鳩山テラス


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残雪のブナ林探索  鍋倉山         2019年5月23日  ( 日帰り )

2019-05-23 | 

 


  巨木の谷入り口駐車場 ― 久々野峠 ― 鍋倉山 ― 巨木の谷 ― 駐車場

                                                [  長野県 ]

             

 残雪のブナ林を新緑の時期に歩いてみたい・・・。そんな想いから、憧れのあった鍋倉山。冬の豊富な積雪のため、新緑期を過ぎても雪が残り、“ 根開け ”と呼ばれる姿が写真集で紹介されるなど、ブナの美林として知られている山だ。

 昨年のゴールデンウィークに妙高・火打山を歩いた時、続けて翌日に訪れることを考えていたが、少し新緑には早過ぎて延期。あれから一年が経ち、今日、念願かない登り口の駐車場に降り立った。

  

 天気は快晴。数台の車の人達とともに身支度を整えるが、さて、歩き出そうとして、大きな思い違いに気付かされる。GPSに登山道を示す点線が無いのだ。
 もともと市販の地図が無いのは承知していたが、GPSにも道が出ていないとは・・・。駐車場に森の案内図等は無く、雪の上の足跡も不明瞭で、先程出発した人達がどの方向に行ったかを見ていなかったので、まずは森に踏み込む入り口がわからなかった。

 幸い見当をつけて踏み入った藪の奥で人の声を聞き、なおも進むと先行の人達の姿を見つけて、まずはやれやれ。さあ、ここからはGPSの位置情報をたよりに、インターネットで見た山行記録の踏破ルートを思い出しながら進もう。


 

 
                          新緑のブナ林

 
 ブナの木が現れはじめ、残雪もつながるようになってきたのでアイゼンを装着する。先行の一行は、明らかに違う方向(尾根のほう)へと舵を切りはじめたので、私は雪解けの水音を右手に聞きながら、写真で見覚えのある、ブナが密集していそうな谷の方へと直進する。

 突然、前方に1匹の大きな鹿が現れた。しばらくはこちらをじっと見ていたが、私がひるむことなくその距離を詰めて行ったので、やがて林の奥へと姿を消した。

  

 いよいよブナ林に入り込む。ひんやりとした空気に変わり、シーンと静まり返った新緑の森は、上へ奥へと続いている。

 目映いばかりの黄緑のシャワー。新芽の鱗片がちりばめられた足元の締まった雪。登行のつらさをまったく感じない、夢のような時間が流れた。
 

           
                      雪解けとともに進む ” 根開け ”

 

 
 葉の間から青い空がのぞくようになると頂上も近づき、久々野峠の手前で森を抜け出た。背後に関田山脈がのびやかに連なり、はるか遠くに日本海が望まれ、柏崎原発(?)と思われる建物も見えた。

 
 

                   

   

 頂上近くの木陰に腰を降ろし昼食をとっていると、今朝、途中で方向をかえた人達が登って来た。どうやら私とは逆回りで登って来たということのようだが、このあとにも数組の人達が頂上にやって来て、思い思いの場所で憩っていた。

 
                           久々野峠付近

 

 復路は東に延びる尾根に進路を求めた。標高1100m付近まで降りたところで左に方向を変え、緩く駐車場を目指すこととした。降り始めは天然のハーフパイプのような地形のところを行く。スキーで滑ったら楽しそうなところだ。

 
                   ハーフパイプのような斜面がつづく

 やがてブナの木が現れ始めて、再び黄緑色の空間へと入り込んでゆく。尾根にあるため、明るい感じのブナの林だ。午前中に登って来たところより、密集こそしていないが、巨木が多い。その見事なまでの幹を見上げ、ゆっくり楽しみながら下った。

 

 

 
 このままずっと下って行きたくなるような快適な斜面が続いていたが、そろそろ駐車場の方へと向きを変えなければならない標高1100mの地点まで降りてきた。
 左に逸れるための降り口を偵察に行くが、思いのほか急な斜面と、雪の重みから解放され一斉に立ち上がる低木の藪に行く手をさえぎられ、進めそうなところが無かった。ここをあきらめ、更に下ったところで左に行こうとしたが、やはり同じだった。

   “ 実はもっと尾根の上部にルートを変更しやすい地点があったのか? ”
 
 “ 山スキーコースは、このまま沢を田茂木池付近まで滑って行くのだから、もっと下ってから左に曲がっても良いのでは・・・? ”

といろいろと推測したあげく、結局、このまま谷を進むことにした。なにより下ってみたくなる振り子沢状の地形が、いい感じに続いているのだ。

 道がわからない時、沢状の地形を下るのは絶対NGだが、GPSの等高線で見るかぎり急峻な谷ではなさそうだし、雪の下に水の流れがあったとしても、クレバスのような割れ目もなさそうだ。ただ、単独行という事だけが不安だった。もし何かアクシデントがあった時、誰も私を見ていないということだけが・・・。

  

 振り子沢の左岸に上がり込むポイントが無く、どんどん下ってしまうが、930m地点でやっと左岸に移れた。ここで立ったまま休憩し、GPSで位置確認。
 このまま水平に1kmも行けば駐車場近くの車道に出そうだが、密生した藪が行く手を阻んでいる。

 仕方なく藪の少なくなる場所を求めて、ここから急斜面を登り返すことにした。そのうちにブナ林の探索道にでも出くわすだろうと気楽に考えながら・・・。

  しかし実際には、枝を掴みながらの急登を30分も続け、どうにか見晴らしの効く小尾根を乗越した。汗がどっと噴き出す。
 ここからの下降にピッケルがあれば安心だったが、今日は持って来ておらず、ストックで慎重に下る。下り切ってからも更に左へと小尾根を巻き、再び急斜面を下降して、やっと車道に降り立った。1時間超の踏破だった。

 

 結果から言えば、谷を出た地点から相当登り返し、再び急下降するという無駄なルート取りだったと言える。そしておそらく、あのまま谷を下って行っても車道近くに降り立ち、そこからの車道歩きで駐車場を目指せたと思う。
 地形を読みながら、道の無いところを進むのも結構度胸がいるものだ、と思った。途中でビビるくらいなら、もっと早い段階で安全策を取るべきだ、とも。

  

 

 残雪残る新緑のブナ林歩きは、日常の喧騒から解き放された上質な時間となった。知っている人だけが訪れ、その良さが味わえるこのブナの山。これからも時期を変えながら、この山を訪れてみたいと思った。


                                             


残雪の平標山 ~ 仙ノ倉山           2019年4月22日    ( 日帰り )

2019-04-22 | 




国道17号火打峠 ― 松手山 ― 平標山 ― 仙ノ倉山  (往復)                 新潟県



 先日の平標山(ヤカイ沢ルート)は、頂上付近の気象条件に恵まれず、稜線北斜面の景色を眺めることなく、途中引き返しとなってしまった。そして今回また、好天気予報のもと、松手山の尾根コースで平標~仙ノ倉の稜線を目指した。

  今回も前回と同様、国道17号火打峠のトンネル出口のスペースに車を停める。先日は7、8台の車が停めてあったが今日は1台も無い。おまけに天気が予想外に悪く、尾根の上部は暗い雲に閉ざされたままだ。少々心細くはあったが、そのうちに晴れて来るだろうと決行する。

  7時半出発。半月ほどの間に雪はほとんど消えていて、まずは登山道を夏道どおりにジグザグに登って行く。とにかく人の気配がまったくしないので、熊と遭遇しないようストックを叩いて音を出したり、独り言を発したりしながらの前進だ。やがて前方の樹木越しに送電線の鉄塔が見え隠れする所まで上がって来て、やっと雪がつながって来た。

 稜線の取っ付きで急に展望が開け、苗場スキー場のホテル棟などが眼下に見えた。ここからは先は鉄塔の脇をかすめ、上方へと残雪にトレースが続いている。鉄塔の近くでの休憩は心が休まらないので、手前の斜面で休憩し、アイゼンもここで装着した。 

 自分は送電線の鉄塔に、その大きさや見た目から異常な恐怖心を抱いてしまう。ジャイアント・ロボの足のような巨大鉄骨の脇を「 ヒェー 」と鳥肌をたてながら足早に通り過ぎ、しばらくは振り返ることも出来ずにひたすら離れた。

 
                稜線の取っ付きで眺める苗場スキー場方面

 一度明るくなりかけた時もあったが、登るにつれガスに包まれた。ホワイトアウトというほどではないが、視界は20メートル程しかなく、GPSで自分の歩いている位置を注意深く確認しながら進む。視界は利かないが、そのぶん右側の雪庇の張り出しや、その下の急斜面に恐怖心を覚えることも無く、ひたすら前進することだけに集中できた。たびたび現れるクラック(雪の割れ目)の通過にも、より慎重な判断が出来たような気がする。 

 松手山のピークがどこだったのか気が付かないまま通過し、すでに稜線上部まで達していた。吹きっさらしの地形なのか雪が少なくなり、クマザサや登山道が露出している所もあった。 
 視界こそまだ無いが、それでも時々上部に太陽が薄く見えて、いよいよ晴れてきそうな雰囲気もしてきた。そして左側にも急斜面の切れ落ちが確認できるようになり、11時40分、ついに平標山頂に到達した。アイゼン装着休憩以外、ほとんど休憩なしに4時間近くを歩き通した。
 
 雪がほとんど無い山頂から、少し仙ノ倉山方面寄りにある木階段に腰を降ろし、大休止とした。風は今日も強く、頭上を雲が速いスピードで通り過ぎているが、時折、紺碧の空が現れるようにまでなった。
 ぎりぎり12時前ということもあり、仙ノ倉山へ進もうと思う。山頂に着くころには雲も吹き払われ、稜線北側の景色が眺められるかも・・、という期待もこめた。

  まずは山頂から稜線の南東側に広がる広大な斜面を自由に下る。残雪登山の一番楽しい場面であるはずなのだが、初めての場所ということもあって、やはり夏道から離れて進むことには危険を感じた。今日、この山域に私以外に誰も居ないのだ。
 もっと斜面を下ってから登り返したい気持ちに駆られるが、それを我慢して、下りの途中から方向を変え、雪の残っている所をたどりながら夏道に戻った。なるべく高山植物を直接踏まないようにして・・・。

 このあたりの稜線は、強風地帯で雪が飛ばされるのか、残雪が少ない。木道の上でアイゼンをいったん外して、露出した夏道を進む。
 仙ノ倉山の手前のピークを過ぎ、少し稜線の向きが変わったあたりから雪が深くなり、膝近くまで踏み抜く回数が増えた。しかも強風でバランスを崩されたら、東側へ滑落しかねないほど稜線が狭まって来ていた。

 
 13時過ぎ、何とかたどり着いた仙ノ倉山頂は、まだ雲に覆われたままだった。ただ頭上には雲がかなりのスピードで流れていて、時折、紺碧の空が見える瞬間もある。そしてわずかな時間ではあったが、万太郎山か茂倉岳と思われる稜線が雲の上に姿を見せた時には、感動を覚えずにはいられなかった。


                      ガスに包まれた仙ノ倉山山頂


  リュックを降ろし、また雲が払われるのをしばらく待っていたが、結局それ以降北斜面の稜線が顔をのぞかせることは無く、山頂の標識を撮影しただけで帰路についた。

 
 平標山との鞍部まで戻って来たあたりから、やっと雲がとれ始め、平標山頂で念願の北斜面としばし対面をした。
 西ゼンの急斜面とその先に続く土樽方面への急峻な谷、そして日白山・タカマタギと連なる雪尾根の遥かな道のり・・・、今の自分が単独で踏み込むには無謀、と思わせるには充分な光景だった。

 
                 姿を見せはじめる仙ノ倉山 (平標山山頂より)



                    遠く日白山、タカマタギと続く雪の稜線



                           西ゼン、仙ノ倉谷方面

 頂上で今日一日、これまでほとんど撮らなかった分の写真を一気にとり返し、いよいよ往路をたどって帰路につく。
 
足元から切れ落ちる急斜面、これから行く手に連なる雪庇の数々、そしてはるか遠くに見える黒光りする送電線。午前中、まったくこれらの眺望を知ることなく、黙々と歩いたその道のりに、よくぞここまで登って来れたものだと感心してしまった。



                  
送電線の鉄塔へと続く松手山の稜線


 周りが見えない(気にならない)から、焦せらず、ビビらず、平常心でここまで頑張って来れたのだ。

 周りが見えていたら、カメラを出したりしまったり(邪念?)に集中力を欠き、先が見えるがための自分の立ち位置(現状)を気にして、焦りや疲労感にさいなまれる苦しい道程となったのに違いない。
 人生もまた同じ・・と、ヤマ恒例のプチ悟りをしながら下った。

 
                  
平標山を振り返る。頂上付近はまだ雲がとれない。

 松手山付近からは一段と標高を下げ、先日歩いたヤカイ沢のコースが手に取るように見えた。登行時には見えなかったが、今歩いている稜線の南側には雪庇が巨大彫刻のようになっていて、送電線の鉄塔付近まで気の抜けないルート取りが求められていた。

 
                     雪庇の淵に沿ってトレースが残る


                        巨大彫刻のような雪庇


                          松手山を振り返る


                          鉄塔付近に残る雪庇

 鉄塔の脇を足早に通り過ぎ、今朝、アイゼンを装着した同じところで今度はそれを脱ぐ。ここで緊張の糸がいったん切れたのか、このあと調子に乗ってやってしまった尻セードのせいで夏道ルートの降り口を見過ごしてしまい、その後、道を捜して藪の中をさまよう羽目になってしまった。

 足元に国道脇の駐車場が見えた時、18時になろうかという時間だった。今日一日誰とも会うことは無く、山に入っているのはおそらく私一人だけだったに違いない。天候のほうも予想より回復が遅れ、その意味で “ 残雪に遊ぶ ”という楽しい感じではなく、つねに緊張の中に居た一日だった。

 

           ~  ~  ~  ~  ~  ~  ~  ~

 今年の残雪期に2度続けて探索したこのエリア。メジャーな定番コースといったものとはほど遠く、ひと気の無い危険な一面がある一方で、ここならではの楽しみも併せ持つ。上越国境全体からしてみれば、まだほんの一部に過ぎず、ひととおりの楽しみを知るには、相当な時間と経験を積む必要がありそうだ。

       国道17号火打峠 7:30  ― 平標山 11:40 ― 仙ノ倉山 13:10 ― 
          ―  平標山 14:50 ― 国道17号火打峠 18:15

 


残雪の平標山 (ヤカイ沢ルート)        2019年4月4日  (日帰り)

2019-04-04 | 

 
 国道17号火打峠 ― ヤカイ沢 ― 平標山稜線 (往復)                新潟県


 雪と戯れたくてウズウズしていた矢先に、降雪後の好天気予報が発表された。最初は気軽なアプローチで雪を堪能出来る天神平からの谷川岳でも・・と考えたが、初めての場所を見てみたいという好奇心で、平標山・仙ノ倉山の稜線を目指すことにした。この山の北側に広がる、山スキーに格好の斜面を眺めてみたかったのである。

 
 スキー場がクローズしたばかりの苗場の街を抜け、7時ごろ火打峠に到着。駐車場はまだ雪に覆われていたので、トンネル出口の駐車スペースに車を停める。平日にもかかわらず、既に7、8台の車が停めてあり、数日続いた冬型の気圧配置後の晴天を狙ってやって来る人達が結構いるものだと思った。

  スパッツ、アイゼンで足元を固め、雪の上に踏み出す。やはりこの数日で新たな積雪があった感じで、今朝のものと思われる先行者の山スキーのトレース以外には足跡もなく、松手山コースの登攀に不安を覚える。登り口の前で上を眺めていると、唯一いた登山者に、「ワカン無しではちょっと無理じゃないですかね?松手山まで行けるかどうか・・・」と、声を掛けられてしまう。
 自分自身もこの積雪状況に進退を迷っていたので、これで計画変更の踏ん切りがついた。ヤカイ沢ルートに変更して、山スキーのトレースを頼りに稜線を目指すことにしよう。

  別荘地を抜けしばらく行くと、ヤカイ沢の流れ込みがあり、ここを左折。次第に低木の疎林帯となり、前方が開けてきた。平標山の稜線のスケール感が思ったより大きく、これから相当なアルバイトを強いられそうだ。しかも稜線付近は雲が次々と流れ、風が強いのかも知れない。
 松手山方面の稜線には大きな雪庇がせり出て、まだ雪たっぷりのスロープには、今朝、崩れたのではと思うような真新しい雪崩跡もある。ただ、今歩いている谷のコースは風も弱く、緩やかな新雪の斜面に先行者のスキーのトレースが、きれいに一直線に伸びているだけ。そんな無垢な斜面を、私のツボ足跡が汚すことに気が引けるくらいだ。

                 
                                    明るく開けたヤカイ沢



 
                    松手山稜線の上部に雪庇が見える                

 
 次第に傾斜が増し、ブナやダケカンバの疎林を行くようになると雪もさらに深くなり、深みにはまってからの脱出に体力を消耗するところとなった。4月とは言えども積雪直後のツボ足登行はやはりキツイ。時々、後ろから現れる山スキーヤーに先を譲らなければならず、せめてワカンでもあれば・・と思う。






              
 苗場山方面を振り返る (中央は苗場スキー場) 


 歩き出しから5時間をかけて、やっと稜線までこぎつけた。苗場山、筍山方面の大パノラマが広がるものの、平標山頂や今日の最終目的地だった仙ノ倉山方面は、北西からの強風により雲が発生し続けているのか、その姿を隠したままだ。

 息を整えたあと更に上へと進み、GPSで見て山頂まであと600メートル程の地点で腰を降ろし、雲の消えるのを待つことにした。
                              
 見上げると、ちょうどこの辺りが青空と雲の境界線の真下にあたり、これから先、雲が払われればすぐに山頂を踏める一方、雲が降下して来た場合でも、視界が閉ざされる前に安全地帯に逃げ込めるギリギリの場所だった。
 わずかなブッシュに強風を避け、昼食休憩を兼ねながら手や顔の冷たさに耐えること1時間弱。それでも一向に風は弱まらず、何も見えないままの山頂踏破をここで断念することにした。時間的余裕があれば行くつもりだった仙ノ倉山は、とうに眼中から失せていた。


                 強風による雲がかかる仙ノ倉山方面


 雪の斜面の下りは本当に楽で、あっという間に樹林帯にまで降り着いた。ここまで降りて来ると穏やかな日差しに包まれ、先程まで強風にさらされていたことが嘘のようだ。

 雪にどっかと腰を降ろし、一人のんびり雪山を満喫していると、突然、上から人が現れた。その人はそのままの速さでズンズン下って行き、すぐに姿が見えなくなった。お互いにゴーグルやサングラスをかけているので気が付きにくいが、ワカンを付けていたところを見ると、朝、登り口で声を掛けてきた登山者だったかもしれない。その人は松手山まで行けるかどうか・・なんて言っていたが、頑張って松手山コースを踏破して来たのだ。凄い。

                                                  
  
    笹の斜面に発生した雪崩跡                 深雪の樹林帯を下る



  
 陽が傾きだす時刻になって、ようやく全山快晴となった。ヤカイ沢の広大な斜面にも、朝には無かったシュプールが何本か出来ている。今日、このエリアに足を踏み入れた人達はそれぞれに目的を達成できたのだろうか?

 自分は今日、思わぬ強風や深雪に足を取られながらの前進に、途中撤退を強いられてしまった。そのため稜線北側の雪に覆われた斜面を眺める、という目的を果たすことは出来なかったが、それでもこのエリアの魅力を知るには充分だった。まさに雪がある期間にのみ、眺めに行かれる風景の宝庫といったところだ。
 これからいろいろなかたちで目指すであろう残雪の上越国境。さまざまなルートに思いを巡らせながら、午後の日差しのもと、明るく広々とした谷を下山の途についた。

 

国道17号火打峠 7:30  ―  平標山稜線 12:20  ―  国道17号火打峠 15:50

 

                 

 


残雪の火打山              2018年5月1日  ( 夜行 日帰り )

2018-05-01 | 

 

  笹ヶ峰 ― 高谷池ヒュッテ ― 火打山 ― 黒沢池湿原 ― 笹ヶ峰        ( 新潟県 )

 

 理想の残雪遊びエリアとして、まず思い浮かべる妙高・火打山。森林限界を越えた高地に、高山植物咲き乱れる湿原が点在し、それらすべてを豪雪が覆い隠して出現するスロープは広大そのもの。一年ぶりの山行きは、そんな残雪のパラダイスエリアを訪ねてみた。

 

 前日夕方から、ひたすら下みちで妙高高原へと向かう。道の駅 “ しなのふるさと展望館 ” で車中泊をして、翌朝、まだ月明かりのもと、登山口となる笹ヶ峰へとふたたび車を走らせた。
 笹ヶ峰は娘がまだ小学校に上がる前ごろに、家族でキャンプに訪れた地だ。車が牧場エリアに入ると、当時を思い出させる懐かしい光景が広がっていた。

 例年より1週間以上も早い桜の開花や新緑に、あわてて出向いた感があったが、ここでの新緑はまだまだ早かったようだ。休暇村の広い駐車場に車を停め、早朝の山をバックに愛車を写真に納める。数日後に新しい車が我が家に来ることになっていて、この山行きの移動が、27万kmを走ったこの車の最後のドライブとなるのだ。

 
 登山道入り口のゲートで登山カードを記入し、ブナ林の中を歩きはじめる。木道はまだ雪に埋もれていて、ところどころにあるピンクテープの目印を見つけての前進だ。1時間程が経ち、大きな沢をひとつ越えて現れる十二曲がりと呼ばれる急登の途中で、二人連れの登山者に追い付く。このあたりから雪も深くなり、針葉樹の尾根筋に到達したところでアイゼン装着を兼ねた初めての休憩をとった。あわせて雪焼け対策もしっかりと施す。

 大きな針葉樹の間をぬって更に高度を上げてゆくと、突然、ザーッという音とともに、スキー登山者がターンをしながら滑り降りてきた。昨夜、高谷池ヒュッテに泊まった登山者に違いない。わりと高齢の方のように見えたが、きっと上部は多くのスキーヤーがいて、広大な雪の斜面を自由に滑っているのだろうと思うと、急にワクワクしてきた。

 次第に傾斜が緩くなり、シラビソの背丈も低くなると、ここで目の前にドーンと火打山一帯のスノーエリアが現れた。点在するシラビソ林の間に高谷池ヒユッテの三角屋根も見える。

 
          シラビソ林に溶け込むように建つ三角屋根の高谷池ヒュッテ

 
 火打山は山スキーに最適なスロープを用意して、その下に続く広大な雪原は、まさに自然が作り上げたパラダイスゲレンデ。その光景をカメラに収めたり、ぐるーっと周りの雪原に目を馳せたりと、目的の場所に到達した喜びに浸った。さらに高谷池ヒュッテの前では、居酒屋の小上がり席のように足元の雪が掘られたベンチに寝転がって、ゴールデンウィークの明るい雪の休日を楽しんだ。

 小屋のスタッフに今年の残雪について尋ねると、今年はかなり少ないと言い、掘られた雪の壁を指差すが、それでもそこに立て掛けてあるスキー板の長さから判断すると、4メートル近くはまだあった。


                
                          火打山から焼山(左端)への連なり


 真っ黒に日焼けしたスキーのグループが火打山の斜面を滑り終え、ヒュッテに戻って来るのと同時に、私もそこを目指して立ち上がる。コースタイムはここから1時間半程だが、山頂直下が結構きつそうだ。
 まずは池の上と思われる雪原を歩き小高い丘に立つ。ここから眺める火打山から焼山への稜線は、スケールが大きくみごとだ。自分ならどこをどう滑って降りようかなどと、スキーも持っていないのに勝手に滑降ルートを描きながらひたすら登る。
 振り返れば高谷池ヒュッテも小さくなり、代わりに妙高山がその姿を大きく見せている。今朝、歩き始めてからもう6時間近くが経っていたが、頂上まであとひと息。無立木の急斜面を黙々と登った。

 頂上はほとんど雪が溶けて、石コロだらけだった。ゆっくりと腰を降ろし、おにぎりをほおばりながら360度の展望を楽しむ。今も水蒸気を噴出している焼山の北側斜面は、溶岩が流れた時にできた谷筋が幾つもあって不気味な様相を呈していた。

さて、 いよいよお待ちかねの下りだ。斜面の途中に目標物を決め、そこを目指して降り進もう。山頂直下は傾斜がきつく、尻セードで下るには少々危険と判断。ツボ足でおりるが、それでもその一歩が2メートルはあろうかという歩幅で降りて来るので爽快だ。
 
あまり直線的に降り過ぎてしまうと、最後に登り返しがあるように見えたので、途中からはやや斜めに灌木地帯を抜け、20分程の大斜面下りは無事終了した。
 
( 楽しかったー。 )
 
そして再び高谷池ヒュッテまで、のんびり歩きを満喫した。


 

 


 再びヒュッテ前のベンチで休憩したあと、黒沢池方面を経由する帰路につく。道は雪に埋もれているので、GPSを頼りにしながら進み、だいたい想定どおりに黒沢池ヒュッテへの乗越し地点に立つことができた。

 ここに立ち眼下に目をやると、
 
(えっ、こんなところに?)
 
と意外に思うほどの、広々とした雪原があった。そこは妙高・外輪山の裾野に出来た湿原で、写真集や地形図から想像していたお目当ての雪原だ。童心に帰って、とにかく縦横無尽に足跡をつけてみたい。そして今、そこを見渡すところに立ち、しばらく鳥肌が立つ思いで眺めていた。


    
    
     妙高外輪山の外側、黒沢池付近の湿原は ” プチ尾瀬ヶ原 ” といったところ。 人影は無い。

 
 このあと黒沢池ヒュッテに立ち寄り、そこでトイレを済ませる事を考えていたが、我慢出来ずに、途中、斜面に1本だけ立つシラビソの根元の雪穴の淵にしゃがむ。目の前に広がる壮大な景色と、ヒヤッと冷たい雪の感触に、とても新鮮なリラックスタイムを味わった。

 ここから雪原に向かっての斜面は、たとえ転んでも最後は止まるので安心して走り下れた。平らな雪原に降り立ち、今度は底部から周りの斜面を見上げてみる。黒沢岳からの斜面は少し急だが傾斜は一定で、ここも転んだまま滑り落ちたとしても、最後は底部で止まるから安心して遊べそうだ。自分だけのプライベートゲレンデとして、黒沢池ヒュッテをベースに、いつかここでスキーをしてみたい。

 

 
 陽が傾き、樹木の影が長くなったところで、いよいよ夢のような場所からも去る時刻が来た。GPSを頼りになるべく等高線を水平に進み、午前中通過した富士見平付近のトレースを目指す。
 朝、樹林の中を下から見上げていたルートに、夕刻近くに横から合流しようとしても、気づかずにそこを横切ってしまうようで、何度か行き過ぎながらもジグザグにルートを修正して、ようやく登って来たルート上に出た。あとは見覚えのあるトレースを着実にたどり、笹ヶ峰の駐車場へと降りるだけだった。

 

 

                
                   今回のドライブで引退。愛車 ” オデッセイ ”   笹ヶ峰にて

 

 笹ヶ峰 6:00 ― 高谷池ヒュッテ 9:50 ― 火打山山頂 11:50 ― 黒沢池湿原 ― 笹ヶ峰 18:00

 


残雪の越後駒ヶ岳             2017年5月2日 ( 日帰り )

2017-05-02 | 

 

 
奥只見・銀山平 ― 道行山 ― 越後駒ヶ岳 ― 道行山 ― 銀山平
                                                  新潟県 
              

 2年程前、ヤマケイの紀行文で知った越後駒ヶ岳。豪雪地帯の山らしく、春なお豊富な雪をたたえる掲載写真に心を奪われ、以来、この時期に一度訪ねてみたいと思っていた。そして今年の5月連休の雪稜歩きをここに決め、奥只見湖側の銀山平から日帰り往復で臨むことにした。安定した天気のもと、機動力を発揮するため、小リュックに最小限の雪山装備で出掛けた。

 

 午前4時、まだ静寂に包まれた関越道・小出ICに到着。降りてすぐのコンビニで食料を調達し、奥只見シルバーラインへと車を走らせる。ダム建設用に作ったというこの道路。30分も続く長いトンネルに、あらためて建設当時の凄さを感じつつ、地下水で濡れたゴツゴツの路面を走行。その間、前後に車は無く、途中1台すれ違っただけだった。

 銀山平はまだ道路の除雪が済んで間もない感じで、石抱橋付近も路肩には2メートル程の雪壁が続く。しばらくは車を駐車する場所を探して付近を走るが、結局、監視小屋前の雪の壁にぴたりと寄せた。

 
                        荒沢岳方面を望む

 ガイドブックどおりに、しばらくは河原の雪原を進む。それが狭まるところでいったん車道らしき所によじ登り、あとは川に沿って水平に付いているトレースを忠実にたどった。

  1時間程歩いたところで尾根に取り付き、雪深い急登が始まるが、行く手に広がる青空にそれほど辛くは感じない。登りきった所で3人組のパーティーと2人連れのスキー登山者とが一緒になり、道行山へと方向を少し変えて上を目指す。
 途中、土の出ている箇所が10分程度続き、ここを越えてひと頑張りで道行山に着いた。
                  
 ここから眺める越後駒ヶ岳はまだたっぷりと雪をまとい、広々とした雪稜が山頂直下の大斜面へと続いていた。青空のもと、穏やかに広がるこの光景は、これから今日一日の楽しみが保証されているかのようだ。
 思った以上に山頂は遠く、高く、日帰りハイクはきついのかもしれないが、時間の許す限り足を延ばしてみよう。

 
                     道行山付近からの越後駒ヶ岳



                     道行山付近からの中ノ岳

 小倉山はピークの下をトラバースして進み、越後駒ヶ岳への斜面がさらに近づくと、そこを先程一緒になった人達が取り付いているのが見える。歩いて来た後方を振り返っても人影は無く、今日はこの数名だけでこの山を貸切りだ。

  前駒の急斜面に取り付く。先々月の阿弥陀岳の急斜面を経験したばかりなので、ここは余裕で登れるが、いくつもある雪の裂け目に慎重に足を進めた。
 やがてわずかな平地に建つ駒ノ小屋(無人)の前に到達した。ここにはスキーが何本も立て掛けてあって、小屋をベースに目の前の大斜面を楽しむ人達の姿がたくさんあるのかと思っていたが、誰もいなかった。



                        山頂まであとわずか 

 ここはこのまま通過で、先に山頂を目指す。大斜面の途中で、ふと気配を感じて振り返ると、下から山スキーを履いて登って来た人がいて、その人に続いて山頂に立った。時刻は11時30分。道行山でここを眺めていた時には、下山のタイムリミットを14時にしようと思っていたから、昼食をとりながらこのままのんびり出来そうだ。

 平らな山頂からは360度の眺望を楽しめた。東方向の荒沢岳から時計回りに、燧ケ岳、平ヶ岳、中ノ岳、巻機山、谷川岳、八海山、守門岳、浅草岳がぐるっと見渡せ、その向こうに北アルプス、妙高、飯豊などの峰々が輝いている。日本海側に佐渡もその姿を確認できた。

 
              なだらかな山頂から中ノ岳方面を望む。 遠くに平ヶ岳、燧ケ岳が見える。

 山頂の北側には、今登って来た駒ノ小屋前の斜面とは別に、もう一つスキーに適した大斜面があるらしい。山頂で一緒になった人とその滑り出し地点まで行ってみると、そこは下が見えない程の急斜面だった。

 滑降の準備をはじめたその人と
「では、お気をつけて」
と別れ山頂まで戻るが、滑り出した1分ほど後に再びその地点までのぞきに行くと、もう遥か下の谷を見事なシュプールで滑っていた。滑走が終わったようなので、上から大きく手を振ってみたが、はたして見えたかな・・・?

 


 帰路には恒例の尻セードに挑む。駒ノ小屋に向かって下る傾斜はなかなかのスリルで、スピードが出過ぎて制動をかけるほどだった。今まで経験した中で、一番の距離とスピードをマークしたように思う。

 小屋に降り着く手前で、さっき山頂から滑降した人が再び登って来た。聞けばもう1、2本滑ると言う。雪質が滑り易くて最高!!とのことだった。

 
                   尻セードの跡が残る山頂直下の大斜面



                          あ、滑り降りてきた!    



                          見事なシュプールW


 道行山までの広い尾根下りは、尻セードをしたり写真を撮ったりと、時間をかけながら楽しく下った。いつの間に滑り降りて来たのか、再び先程の山スキーの人に追い抜かれ、また、下からは駒ノ小屋泊まりと思われる登山者数名とすれちがい、結局は15人位の人達で、今日のこの山を楽しんだようだ。

 道行山で陽の傾き掛けた越後駒ヶ岳に別れを告げれば、あとは銀山平へ向けてぐんぐん下るだけだ。他のトレースを頼りに往路とは違う支尾根で下ったりもして、16時に尾根の取り付きまで降り着いた。
 陽も稜線の向こうに沈もうかという頃、満ち足りた一日を思い返しながら、もうひと頑張りの銀山平を目指した。

   
           駒ノ小屋                                        雪山の休日

 

      *       *       *       *       *       *

 

 今回訪れた上越国境の北側は、初めての山域であり、今まで想像の中でしかなかった山や里の様子を、実際に目にすることができた。自宅からのアプローチも思ったより楽で、これなら何度も足を運べそうだ。
 越後駒ヶ岳の広大な残雪の上は、山上の楽園スキー場を貸し切りで遊ぶようなもので、スキーでなくても充分に楽しめる。(スキーで遊べたらもっと楽しいだろうが・・・)

 そして今回の山行で初めてGPSを使ってみた。自分の居る位置が地図上で一目瞭然に分かるだけでなく、今朝、往路でとった軌跡も表示されているので、帰路はあえて別のルートを取ってみたりと、安心だけでなく、遊び心もかなえられるなかなかのスグレモノだ。登山道が雪で覆われて見えない雪山でこそ、その威力を発揮するツールだと思った。



銀山平 5:30   ―   尾根取り付き点 6:30  ―  道行山 8:50  ―

 ―  越後駒ヶ岳 11:30  ―  道行山 15:10  ―  銀山平 17:00

 

 

 


残雪の阿弥陀岳            2017年3月12日 ( 日帰り )

2017-03-12 | 

  
 
  美濃戸口 ― 行者小屋 ― 文三郎道 ― 中岳 ― 阿弥陀岳 ― 御小屋尾根 

  ― 美濃戸口                                         長野県 茅野市 


 残雪の八ヶ岳を歩きに、ほぼ1年ぶりの美濃戸口にやって来た。初めてだった昨年より季節が1ヶ月ほど進んでいるので、雪は幾分少なめ。その分、厳しい寒さもなく、また、八ヶ岳山荘前の駐車場に着いた時の空は、同じ時刻であっても幾分明けていた。

 山荘のロビーで駐車場の支払いや、トイレ、登山計画書の記入等を済ませ、カラマツ林に延びる林道を歩き始めた。途中、ショートカットの踏み跡に分け入ろうとする私を見て、「後を付いて行ってイイですか?」と、気軽に話しかけてきた単独行の人と進む。
 数年前に山を始めたらしいその人は、昨年夏にはもう北アの大キレットや西穂高岳~奥穂高岳間を歩いていて、今日が雪山デビューとのことだった。くしくも昨年、私が鹿島槍~白馬鑓温泉間を歩いていたとき、お互い同じようなところを歩いていたので、とても話が合い、単調な林道歩きのはずが、あっという間に美濃戸に着いた。

 ここでアイゼンを付けるというその人と別れ、南沢ルートへと踏み入る。昨年の時と同様、急にフカフカの雪が増えてきた。昨年のトレースでは沢のつるつるした氷の上を何度か歩かされたのに対し、今年のトレースは沢に降りることは無かった。

 雪原にカラフルなテントが並ぶ行者小屋前に到着。歩き始めからここまで、休憩することなく一気に来てしまった。今回の目標の一つに、“ 山に居る時間をゆっくり楽しむ ” というのがあったので、ここはゆっくりコーヒーでも・・と、お湯を沸かし、一息入れた。

 稜線をぐるっと見上げると、もう多くの人が各ルートに取り付いていて、これから向かう文三郎道にも人影が見える。
 
今日は素手でアイゼン装着をしていても、指の冷たさに顔がゆがむことも無く、昨年、小屋の中に駆け込んでは玄関先のストーブで手をこすっていた初心者マークの自分が懐かしい。

 

             これから登る阿弥陀岳をバックに

 
 
阿弥陀岳北陵ルートなどへの直登トレースを右に分け、文三郎道分岐を目指す。夏道のハシゴ段はまだ雪の下で、その上に刻まれたステップを息を切らして登る。そして、ここを登りきると、いよいよこれからの登る阿弥陀岳と真っ向対峙できる地点にまで達した。
 
昨年、頂上へ続く雪の急斜面を見て、おおいに登攀意欲をかきたてられ、今、こうしてまた来ているのだ。普通、目の前に現れる急斜面を見れば、これから強いられるアルバイトに気が重くなるのに、このワクワクする気持ちはいったい何なのだろう・・・。
 
「 さあ、楽しもーっ 」
と声を出した。

 
               文三郎道分岐からの阿弥陀岳全容

 


        雪崩の危険はあるものの中岳沢ルートにはしっかりとしたトレースが。
           樹林帯中央の白い雪原に雪を被った行者小屋が見える。


 文三郎道の分岐で直角に向きを変え、ここからは赤岳を背にして中岳への鞍部へと、広々とした斜面を少しだけ下る。今日はほとんど風が無いが、このあたりは強風地帯で雪も飛ばされている感じだ。

 
下り切ったところからが、いよいよ楽しみにしてきた登りだ。適度に緩んだ雪に恐怖心は覚えず、斜面に取り付く。ピッケルを差し込み、足を運ぶという動作を数回続けては、ひと呼吸休む・・。この時、片膝を斜面に添えられるほどの急勾配。
 これを無心に繰り返しながら、ふと前を見上げると目の前が空だけとなった。
「えっ、もう登り切っちゃうの?」
と、物足りなさと自分のパワーに驚きながらも登り切ろうとした次の瞬間・・・、大きく阿弥陀岳が現れた???

            
            中岳からの阿弥陀岳。中央やや左上のトレースに下降者がいる。

 
 まず手前に中岳のピークがあり、その後いったんコルへ下ってから阿弥陀岳本峰への登りがあることは理解していた。にもかかわらず
進む途中で錯覚してしまい、今登っていた中岳の斜面が、感覚のなかで阿弥陀岳頂上への斜面になっていたのだ。
 
さすがにこの時は、現れた本番の急斜面にたじろいだものの、すぐに “ 楽しもー ”  モードに気持ちが切り替わった。
 このあたり
中岳のピークは馬ノ背状になっていて、一人分のトレースしかない。強風下での通過には緊張が強いられそうだ。

 コルを隔て、迫る阿弥陀岳の急斜面を2組の登山者が降りて来ていた。目を凝らして見ていると、四つん這いになって降りて来ている。涸沢から奥穂高岳・北穂高岳への斜面や、剱岳の平蔵谷の下降でもそこまではしなかったので、相当な傾斜のようだ。
 ( 楽しみーっ

 中岳の登りと同様、ピッケルを差し込み、一歩ずつ足を進める。見上げると上からまた降りて来る人がいて、その人も四つん這いになって降りて来ている。その足元からは雪の塊が落ちて来るが、雪を落とすなと言っても無理な相談だ。そしてすれ違いでは、登り優先という山のセオリーどおり、私はそのまま直進、その人は少しだけ避けてくれていた。
 すれ違う時にちらっとその人に目をやると、深く差し込んだピッケルを両手でつかみ耐風姿勢を取っていた。
 
(そこまでするか・・?)と内心思ったが、この傾斜ではそれが普通かも知れない。お互い顔を見て挨拶を交わすほどの余裕はなかった。

 頂上も近くなり、少し傾斜が緩んだ所で振り返ってみた。やはりこの傾斜角度だと、下降は相当な恐怖心を覚える。四つん這いでないと下れないっ!!


 
             山頂から眺める八ヶ岳主峰・赤岳

 
 正午過ぎ、頂上に立った。阿弥陀岳は八ヶ岳連山の中でも少し独立した位置にあり、360度の展望が待っていた。違う角度からの赤岳を眺め、南側を覗き込めば南陵が複雑な地形をのぞかせている。
 権現岳の向こうには南アルプスや富士山、奥秩父も遠望でき、北に目をやれば遠く上越国境の山々から左へ、志賀高原の横手山、妙高、白馬、後立山、槍・穂高、乗鞍、木曽御岳までの連なりが一望できた。

 この時、山頂にはちょうど南稜を登り終えた風な二人連れのパーティーがいたが、御小屋(おこや)尾根方面へと行ってしまうと、もう誰もいなくなった。山頂でお湯を沸かして昼食を、とも考えていたが、これから先のひと気の無い御小屋尾根を、一人で下るにはまだ危険な個所もあるので、安全な地点に降り着くまで昼食は我慢しよう。足元から延びる尾根も、美濃戸口までまだまだ遠そうだ。


 
               山頂をあとに御小屋尾根へ下る

 
 下り始めてすぐ、高度感たっぷりの西ノ肩の稜線通過があった。もし強風にあおられバランスを崩そうものなら、そのまま右か左に滑落だ。なおも続く急斜面をロープに沿ってジグザグに降り、やがてモミの灌木が現れるようになってようやく危険地帯も終りを告げた。

 しばらく行くと日向ぼっこに良さそうな雪の緩斜面が現れたので、ここで大休止。お湯を沸かして昼食とした。日焼けや雪目にならないように太陽を背にして腰を降ろす。小1時間の休憩の間、1組のパーティーが通り過ぎただけの静かなランチタイムだった。


 
              御小屋尾根の途中で阿弥陀岳山頂を振り返る

 ここから先、傾斜は緩くなるものの、美濃戸口までの下りはまだまだ長い。午後の木漏れ日の中、ここからはモミの樹林帯にほっこりとした雪歩きを楽しもう。
 
雪の上を行く自分の足音以外、音のしない時間が延々続く。ネット情報だと、ここから先は我々登山者より、何倍も多くのカモシカさん達が生息しているらしい。子連れのシカにバッタリ出くわし、突進でもされようものなら無事で済むわけがない。時折、独り言を口にしたり、ストックをカチカチ叩いて音を出しながら下った。

   

 
 御小屋(おこや)山に着いた時、すでに15時を回っていた。真冬に比べ陽は長くなったとはいえ、はじめてのルートゆえ不安がつきまとう。お昼休憩を終えて出発しようとした時に、阿弥陀岳山頂の方から降りて来る二人連れの姿があったことを確認していたので、自分より後にまだ人が居るのは心強いが・・・。

 美濃戸口への道を間違えないよう、ケータイのグーグルマップで位置情報を確認しながら慎重に歩き出す。
 
雪が次第に少なくなり、さらに傾斜も緩くなって別荘分譲地へと入っていった。やがて yatsugatake J&N  の電飾が見えてくると、やっと長い下りも終了。早朝、車を停めた駐車場に車はほとんど残っていなかった。
  

               *    *    *    *    *

 

 昨年2月、はじめて雪の八ヶ岳に足を踏み入れた時、たっぷりの雪に覆われた阿弥陀岳山頂への登攀ルートに強く心を動かされた。そして、ここにトライすることと、そのあとに続く御小屋尾根の静かな雪尾根下りを楽しみに1年を待った。そして念願かなった今日の山行き。穏やかな晴天にも恵まれて、雪と戯れる楽しい1日となった。


 美濃戸口 6:00  ―  行者小屋 8:30  ―  文三郎道分岐 10:40  ―  阿弥陀岳山頂 12:15
 ―  昼食休憩地点 13:10  ―  御小屋山 15:05  ―  美濃戸 16:40


 

                               

 


鹿島槍 ~ 五竜 ~ 白馬鑓温泉   2016年8月11日 ~ 8月14日 (夜行3泊4日)

2016-08-11 | 

 


 [ 1日目 ]  爺ヶ岳登山口 ― 種池山荘 ― 爺ヶ岳 ― 冷池山荘(泊)

 [ 2日目 ]   冷池山荘 ― 鹿島槍ヶ岳 ― 八峰キレット ― 五竜岳 ― 
         ― 五竜山荘(泊)

 [ 3日目 ]  五竜山荘 ― 唐松岳 ― 不帰嶮 ― 天狗ノ頭 ― 
         ―白馬鑓温泉小屋(泊)

  [ 4日目 ]  白馬鑓温泉小屋 ― 猿倉
                                     ( 長野県・富山県 )



 昨年夏、コース途中の爺ヶ岳で断念した縦走のリベンジ。今年はお盆休暇を利用し、夜行3泊4日の山小屋利用(自炊)で挑んだ。
 

 今年も毎日あるぺん号の夜行バスで爺ヶ岳登山口へ向かうが、初めて毎日新聞社前(竹橋)の出発にしてみた。地下鉄を降りるとすぐ待合場所に到着するし、新聞社ロビーの一角は僅かながら冷房も効いていて、新宿・都庁下に比べれば楽に待ち時間を過ごせそうだ。今後はここにしようと思う。
 すでに多くの人とリュックであふれ、この数日間は山もこの状態かと、少しうんざりする。 


  1日目     晴れ

 早朝、登山口に降り立ち、登山カードの記入を済ませ歩き出す。昨年に続き二度目でもあり淡々と進むが、早朝にもかかわらず登山者が多く、抜いても抜いても次々と先行者が現れる。
 種池山荘の姿が小さく見えるケルンのところを通り過ぎ、石ベンチ付近の涼しい木陰で初めての休憩をとった。針ノ木雪渓が正面に見えるが、ほとんど雪は残っていない。 

 森林限界を越えると目前に種池山荘の橙色の屋根が見えた。昨年、ここに立った時に予想した通り、素晴らしい眺望を得られるところに小屋は建っていた。

 小屋の横手にまわり、日陰で菓子パンとインスタントコーヒーでの昼食を摂っていると、
「ご休憩中のお客様にお知らせ致します。」との放送が・・・。
 「当
山荘ではオーナー手作りの本格ピザをご用意しております。特製トマトソースにたっぷりのチーズ・・・直径は22センチ・・・冷えた生ビールもご用意致しておりますので、是非ご賞味ください。」
 思わず心がぐらっと来てしまう。

 ここから爺ヶ岳への登りは、多くの登山者が行き交っていた。そして今日は念願の鹿島槍の姿がいつでも左前方にある。今夜宿泊の冷池山荘の赤い屋根も、緑の稜線にとても映えていた。

            
、        、      
           
立山、剱岳をバックに多くの登山者が行き交う爺ヶ岳。種池山荘の橙色の屋根が緑に映える。   
     
  
 
 爺ヶ岳中峰では、昨年、ライチョウの親子を眺めていた石の上に立ってみる。昨年はガスで全くわからなかったが、山麓の街が見渡せる高度感のあるピークにそこはあった。そして予想通りの鹿島槍を望む好展望台だった。

 北峰にも立ち寄り、ここでも鹿島槍や剱岳をずっと眺めていた。このあたりからは稜線上の道が少し方角を変へ、顔や腕の左半分が午後の日差しの直撃を受けた。

 冷池山荘には14時少し前に到着。それでも多くの登山者が到着しており、てきぱきと対応するスタッフのもとで部屋を割り振られていた。採光のあるきれいな床張りの廊下を2階のロフト風の場所まで通され、午後の明るい日差しのなか、少し昼寝をすることが出来た。今のところ布団1枚に一人という、超ゆったりのスペースだ。

 この小屋の玄関外の窓辺が水の供給場所になっていて、窓越しに小屋のスタッフが丁寧に水筒に分けてくれる(1リットル100円)。のぞくと奥は厨房で、たくさんの皿が並べられ、まさに夕食準備の真っ最中だった。2階の談話室では、生ビールジョッキ(900円)を手に山談義に華を咲かせているグループや、ドリップしたてのコーヒーでくつろぐ人の姿も。テレビもあるし、山関連の書籍、写真集も充実していて、山小屋というより、ロッジのような雰囲気の小屋だった。

 3回程度の入れ替え制の食堂の喧騒をよそに、こちらは涼しくなった夕方の外ベンチで、のんびりと景色を楽しみながら夕食を摂った。その後ロビーで、折りしも行われていたリオ五輪のテレビ中継に見入り、消灯時間までを過ごした。
 
                       剱岳夕景  冷池山荘内より


柏原新道登山口 5:45  ―  種池山荘 9:50  ―  爺ヶ岳 中峰 11:45  ―  冷池山荘 13:50
      
 


  2日目     晴れ

 昨夜、山荘スタッフに聞いておいた日の出時刻に合わせ、その少し前に外に出てみる。既に集まった大勢のギャラリーと、雲海から昇る幻想的なご来光を眺めた。
 そう言えばここ何年か、ご来光を見ていない。天気が良くなかったか、位置的に見れないところに宿泊していたか、ご来光にかまわず寝ていたかだと思うが、7~8年前に八ヶ岳・赤岳山頂で見たのが最後だったかもしれない。


                         2日目の朝  冷池山荘にて

 山荘を出発して10分程行った所に、この小屋のテント場があった。昨日も遠くからここのテント場は良く見えていて、かなりの傾斜地にあるように見えていたが、来てみるとハイマツ帯のなかに平らなサイトも多い。黒部側からの風はまともに受けそうだが、渓谷を隔てた剱岳がみごとだった。

 澄み渡る青空のもと、 いよいよ鹿島槍の双耳峰が迫る。
 
“あれ、槍ですかね?” と遠くを指さす登山者との会話でも、お互い笑みがこぼれている。なにしろ、さえぎるものが何もない、まるで空中を散歩をしているかのようなところに今、居るのだから・・・。


                         剱岳遠望   中央は三ツ窓雪渓

 鹿島槍南峰に到着。20人くらいの登山者で賑やかだ。そしてここで初めて、これから踏破する五竜岳・唐松岳への稜線が見渡せた。幾つもの岩稜が、まるでゴジラの背のように続いている。さらに五竜岳から派生する遠見尾根のなだらかな稜線を目で追い、昨年の残雪期にテントを張り、一人で一夜を過ごした地点を見つけ出そうと目を凝らしたりもしてみた。


                     五竜岳へと連なる縦走路   鹿島槍南峰より

 つぎに北峰に向かうが、二つの頂をつなぐ吊り尾根に回り込む最初の降り口が、結構な高度感でスリルがあった。足元が切れ落ちるくらいの斜面を急降下し、また登り返すと30分程で、今度は北峰の頂に立つ。ここで八峰キレットを足元に見ることができた。


                 鹿島槍北峰を望む  遠景は妙高方面    南峰より

  いよいよ今回の縦走の核心部へと足を踏み入れる。ここまでくるとさすがに登山者の姿が少なくなり、静かな稜線歩きとなった。振り返って仰ぎ見れば鹿島槍の頂から相当降りてきた感じだ。その後もクサリやハシゴが次々に現れ、急降下しながらやがて長野県側をトラバースすると、キレット小屋の黒い屋根が足元に見えた。難所をひとつ通過して、まずはやれやれ。

  ここから道は登りに転じた。この先、五竜岳へ相当しんどそうな岩稜の登りが待っているので、ここはペースをキープして進みたいところだったが、リュックからカメラを出したり、しまったりの登行にすっかりペースが落ち、ここまで同じような歩調で来ていた他の登山者の姿も、前方に消えて行ってしまった。

  G5、G4と呼ばれる岩稜帯への登りを前に、北尾根ノ頭で大休止。
 
G5への急斜面はハイマツ帯のまだら模様が、口をあけた不気味な生き物にみえる。とにかく一歩一歩着実に歩を進め、G4らしきところも越え、最後に待つ五竜岳本峰への登りにかかる。
 赤茶けたガラ場を見上げると、前方にも数人が足元からガラガラと石をくずしながら、非常にゆっくり登っている。皆、苦しいのだ。今朝、小屋を出発して9時間以上が経った。しかも八峰キレットを越えているだけに、体力も水筒の水も残り僅か。ここを登り切れば、あとは今宵の宿、五竜山荘へ40分程度の下りだけだ、と言い聞かせ頑張る。


                    長野県側にガス湧く鹿島槍~五竜岳間の縦走路


                   G5、G4を経て五竜岳へと続く稜線

    
  五竜岳山頂はガスに覆われていたが、それでも時折、それがスーッと取り払われると、素晴らしい眺望が待っていた。鹿島槍の双耳峰も雲の上だし、明日向かう唐松岳も同じだ。足元には五竜山荘とカラフルなテント群も見えるが、しばらくは小屋には降りずに、このままひとり頂上で雲上の北アルプスを満喫する。


                         雲表の鹿島槍双耳峰

  五竜山荘は宿泊客でごった返していた。リュックであふれた廊下を進み、案内されたところも既に満員状態。それでも周りの人達の協力もあって、何とか創り出された一人分のスペースに寝てみると、私の足の裏が隣列のおじさんの額の上になってしまった・・・。

 夕食は今日も外のベンチ。ガス越しに沈む夕日を眺めながら摂った。食後は食堂のテレビでオリンピックを見ながら缶チューハイを開けた。

  
                             夕暮れの五竜山荘


冷池山荘 5:30  ―  鹿島槍ヶ岳 東峰 8:00 ―  キレット小屋 10:20  ―  五竜岳 15:30  ―  五竜山荘 17:30
   




   3日目     晴れ

 まだ暗いうちに起き出し、外の様子をうかがうと、一面ガスに覆われていた。今日は不帰嶮(かえらずのけん)を越えるので早立ちとしたが、どこまで行くかはまだ未定。そのときの時間や天候を見て、天狗山荘泊まりか白馬鑓温泉泊まりかのどちらかにしようと思っていた。

 小屋を出てしばらくは緩い起伏の中を快調に進む。この時間はまだ行きかう登山者もほとんど無く、稜線は静けさに包まれていた。予報的には晴れなので、いずれこのガスも取れていくだろう。唐松岳に到着するまでに晴れてくれればいい、と考えながら歩いていた。そして予想通り唐松岳頂上山荘が近づく頃、ガスは取り払われ、紺碧の空がのぞいた。


                           五竜岳全景   唐松岳牛首付近より


 唐松岳頂上山荘の前で休憩をとったあと、賑やかな唐松岳山頂はそのまま通過し、いよいよ不帰嶮(かえらずのけん)へと入った。ここから先、一般の縦走者の姿は無くなり、今、ここを歩いている喜びをかみしめる。

 まずはハイマツと花崗岩の山上庭園のような道を行く。黒部側を巻くように三峰を越えると、次に二峰の登りが望め、登り切った頂上で休憩。
 ここから一峰までが核心部となり、通過し終えたオバサン達の話し声が賑やかだ。そのなかで、“さっきの二人連れ、ハーネスつけてなかったけど大丈夫かな?” といったような会話が聞き取れた。

 (えっ?そんなヤバいところなの?ここ・・・。)
と、一瞬不安がよぎる。そして、
 “こっちからは見えないけど、あの峰の向こう側、結構楽しめるわよー”  とまで教わってしまった。


                    不帰嶮(かえらずのけん)ニ峰より一峰を望む

  カメラはリュックにしまい、ここの通過のために買った眼鏡バンドでしっかりメガネを固定して、いざ出発。
 二峰北峰まで来て、いよいよ下降の始まる地点から下を覗き込むと、足元がすっぱりと切れ落ちて、高度感のあるクサリ場が連続していた。一瞬、ひぇーと思いながらも神経を集中し、意外と冷静に対処しながらぐんぐん降りれた。長野側にきられたルートを抜け、今度は黒部側に回り込むと、水平に掛けられたハシゴを渡り、次の大きな一枚岩を鎖を頼りにトラバースする。

 ここで下に目をやると、やっと鞍部が見えて来て、そこで休憩している山ガールがこちらを見上げている。ここで無様な格好は出来ない、と懸命にスマートに降り続けた。
 時間にすると30分も無かったと思うが、核心部は終わった。

 ここから一峰北峰に登り返すと、今降りてきたルート全体が見渡せ、そこを越えてきた感慨に浸りながら一息いれた。

              
 
 越えてきた不帰嶮(かえらずのけん)を振り返る。左下に、先程まで休憩していた山ガールが取り付いている。
                
                                                           

 
 ここまで来ると白馬連山が間近となり、その手前に“天狗ノ大下り”が大きく立ちはだかる。今回の北上コースでは“大登り”だ。赤茶けたガレ場が頭上高くまで続く様は、溜め息まじりの覚悟を決めざるを得ない。上部に数組の人達が見えるが、その足取りは非常にゆっくりだ。

 あまり色々と考えず、ただひたすら登っていたら、ことのほか良いペースで来れたようで、すれ違った人にもうすぐそこが登りの終点であることを告げられたときは意外だった。むしろこのあとに続く、天狗平までのだだっぴろい緩やかな登りの方が辛く感じた。


                        天狗ノ大下り全景

  この頃から、今日の行程をこの先の天狗山荘泊まりにするか、白馬鑓温泉小屋まで行くかで迷い始めていた。昨年計画した時も、今回も、温泉に浸かって汗を流す、ということにあまり執着はなく、むしろ稜線からの夕景や朝の眺望の方に期待を込めていた。
 途中で一緒だった単独行の人が、天狗山荘のベンチで生ビールをうまそうに飲んでいたが、その人に自分は鑓温泉まで降りることを告げて、結局、もうひと頑張りすることにした。やはり、日本有数の高所秘湯、そうそう来れるものではない・・・、というのが決め手となった。

  そうと決まれば、まだ3時間近くを要する鑓温泉小屋までの下山を急ぐ。縦走路の分岐点で右に折れ、一気に標高を下げる。3日間に渡る空中漫遊もこれで終わりだ。高山植物の宝庫といわれるカールのような峡谷を上から見渡すが、人の姿は無く、たぶん今日も私が最後の下山者のようだ。
 広大な峡谷も幅が狭まり、樹林帯に入ってクサリ場の下りが連続するようになると、雪解けの進む沢音が近づいて、温泉小屋が見えてきそうな感じになった。ふと前に高齢の男性登山者が現れ、その人と連れ添うように小屋に降り着いた。


                  白馬鑓温泉への下降途中に白馬の稜線を仰ぐ


 白馬鑓温泉小屋は湯治場のような雰囲気が漂う小屋だった。たくさんのタオルが干してある小屋の前では、湯上りの缶ビールを片手に宿泊客が賑やかで、一段下がったところにある混浴の露天も、ビキニ姿の山ガールを交えて老若男女騒がしい。食堂では食器が並べられ、まさに1回目の夕食が始まろうとするなか、宿泊の手続きをした。

 小屋の夕食時間の関係からか、今まで賑やかだった露天風呂から人がすーっといなくなったので露天に向かった。思ったより広く、12、3人程が同時に浸かってものびのびできそうだ。ほとんど無色に近いような白い湯は、さらさらした感じなのに、思わず “効くーっ” と声が出てしまう。とてもいい湯だ。
 縁の壁や足元から泡とともに湯が沸き出すかけ流しの露天で、くれなずむ空を見上げながらの至福のときが流れた。

  
                           白馬鑓温泉小屋


五竜山荘 5:30 ― 唐松岳山荘 7:40 ― 不帰キレット 11:00 ― 天狗山荘 13:30 ― 白馬鑓温泉小屋16:20
 


4日目 
   晴れ

 最終日、4時前に起き出し、ヘッドランプを灯して出発。猿倉を8:55に出るバスに乗るための早出で、たぶん私が下山者のトップではないかと思う。沢沿いの高い地点をトラバース気味につけられた道を行く。途中、杓子沢からの落ち込みを越えたあたりでの、朝日に染まった鑓ヶ岳と杓子岳の岩稜は見事だった。


                       朝日に染まる杓子岳東壁

 小日向ノコルが近づくころ、振り向くと昨日通過した稜線が雄大にそびえて、その中腹に白馬鑓温泉の小屋も見えた。昨日、あれほど下って到着した温泉小屋が、あんなに高いところに位置していたのか・・・と、あらためて北アルプスの大きさを実感した。

 このあたりと小日向ノコルを越えてすぐにあらわれる草原帯は、ナナカマドの木も多く、紅葉の頃は白馬三山をバックに素晴らしい写真が撮れるに違いない。自分がこれまでイメージしていた白馬鑓温泉ルートは、もっと急峻な狭い地形の樹林帯の中のものだったので、予想外の展望コースだった。

 猿倉にバスが到着したのか、次々に登ってくる人達が現れるようになった。やがて幾度となく歩いた猿倉・白馬尻間の林道の途中に飛び出し、今回の後立山連峰北部の縦走は無事に終了となった。

 
                  小日向ノコル付近から稜線を振り返る  中央、雲の帯のところに温泉小屋が小さく見える
 
                 小日向ノコル付近の草原から白馬岳稜線を眺める


白馬鑓温泉小屋 4:30 ― 猿倉 8:00



             *     *     *     *     *     *     * 

 4日間を通して好天に恵まれ、期待通りの眺望を得ながら、縦走路中2箇所の難所を歩くことが出来た。
 また、今まで歩いたことのあるところを別の地点から眺めたことで、このエリアの親しみを一層深めるとともに、白馬鑓温泉などは再び足を運びたいところともなった。

 今回、縦走した中で八峰キレットと不帰嶮(かえらずのけん)は熟達者向けのコースとなっている。そしてそこを歩いてみて思ったことは、本当に危険な箇所での滑落事故は起きない。むしろそうでないところで、集中力が少し散漫になった時の方が危ない、ということだ。
 ”向こうで対向する人が待っていてくれているから、早くしなければ・・・” とか、
 ”他の人にイイところを見せよう・・・”  とか、邪念が入り込んだ時が要注意だと思う。それが人間だから仕方のないことかもしれないが、出来るだけ平常心を保ちたい。

 五竜山荘のオリジナルTシャツ。 ”山が好き、酒が好き” という文句と縦書きの字体、そしてそのカラー展開でインパクトがあった。今思うと買わずに降りてきてしまったことに後悔。せめて小屋の壁に陳列されていたのを、写真にだけでも残しておけば良かったと思った。

                           
                     五竜山荘~唐松岳で現れたブロッケン現象
                  

                 
                       冷池山荘の小窓から望むご来光

   


厳冬の赤岳                  2016年2月7日 

2016-02-07 | 

 

美濃戸口 ― 行者小屋 ― 地蔵ノ頭 ― 赤岳山頂 ― 文三郎尾根道分岐 ― 
― 行者小屋 ― 赤岳鉱泉 ― 美濃戸口
                                              長野県 ・ 山梨県            
                     

 週末の好天気予報に誘われ、どこかの雪山を歩いてみたくなった。どこにしようかと迷ったが、結局、最も歩いてみたかったのが、かねてから想いを募らせていた雪の八ヶ岳・赤岳だった。暖冬とはいっても、この時期の赤岳が自分のレベルを超えているという自覚はあり、とりあえず行者小屋あたりまでのスノーハイクでも良し、というぐらいの気持ちで向かうことにした。

 

 出発の前夜、19時に就寝。夜中に起き出して、自宅の玄関を開けた時の降雪にはびっくりしたが、山梨方面の好天を信じて降雪の中を出発。案の定、甲府盆地に入ったあたりで星空となった。中央道を諏訪南ICでおり、登山口の美濃戸口へと向かう。満点の星空の中、早朝4時過ぎに八ヶ岳山荘前の駐車場に到着すると、既にたくさん(70台くらい)の車で埋まっていた。まだ暗闇の山中で、山荘の1階ロビーだけが煌々と照明がつき、多くの登山者が出発の準備をしている。さすがに人気のこのエリア、思っていた以上に多くの登山者が入っている感じだ。

  ヘッドランプをつけ、きゅっ、きゅっと雪を踏みしめ、まだ暗い林道を行く。時折、後方から四駆の車がやってきて、そのたびに道を譲りながら進む。ようやく空が明るくなり始めた頃、7年程前に来た時に、見覚えのある建屋が並ぶ美濃戸に着いた。
 当初ここからは、氷の踏み抜きなどの不安の少ない北沢ルートで入山する予定でいたが、実際に来てみるとそんな不安は感じられず、迷わず南沢コースで直接行者小屋を目指す。厳冬の赤岳鉱泉名物“アイスキャンデー”(人工氷瀑)は帰路に眺めることとしよう。

 南沢に入ると片栗粉のような雪も一段と深くなり、
 (この雪を踏みに来たんだ・・) 
と、真冬の八ヶ岳に来ている喜びをかみしめる。トレースはしっかりと付いていて不安もない。スケートリンクのような氷上を横切り、氷瀑登りの人達のテント群の脇を抜け、明るい沢の上を行くと、八ヶ岳の主稜がどんどん近づいて来た。

 雪をまとったコメツガの森が途切れ、人の声が聞こえ始めると、見覚えのある行者小屋が現れた。まだ陽が射す前の雪原には、十数張りのテントも張られている。赤岳鉱泉方面からのルートがここで交差し、小屋の前にはたくさんの登山者が、稜線への本格的な登りを前に身支度を整えていた。


               陽のあたりはじめた阿弥陀岳を望む。   行者小屋より
                
 天気は快晴。風も無いが、まだ阿弥陀岳の上部にだけにしか陽が当たっていないこの時間は、とにかく空気が冷たい。カメラをザックから取り出したり、操作をしたりしているだけで、素手の痛さに顔がゆがむ。慌てて小屋に入り、玄関のストーブで手をこすり合わす始末だ。下山時に美濃戸口で見た寒暖計が-10℃だったことを考えると、この時の気温は-20℃近いと思われる。グローブをしたままでも身支度が出来るようにならないと、ヤバいかもしれない。

 行者小屋は積雪期でも週末のみ営業していて、冬の八ヶ岳を楽しむ登山者のベース基地のひとつになっている。美濃戸口からの2本の入山ルートのほか、地蔵尾根、文三郎尾根、そして阿弥陀岳北陵の3本の登攀ルートがここから延びていて、それぞれを見上げると既に多くの登山者がアリのように行き交っていた。
 (意外に稜線が近いな・・・)
7年前の夏に感じたのはもっと急峻で高度感のある稜線への道のりだった。雪が険しさを覆っているのかもしれないが、躊躇することなく赤岳山頂を目指す。

  地蔵尾根ルートに分け入って行くと、さらに雪がフカフカになった。多くの人が入っているので、トレースはしっかりと付いており、進む方向に迷うことは無い。前方の稜線から、この日初めての陽が射してきた。振り返ると真っ白に輝く阿弥陀岳が神々しい。
 森林限界を越えたあたりからいよいよ足元が切れ落ち、雪に埋まったクサリに沿ってトレースを慎重にたどる。雪がもっと固かったり、強風にさらされていると緊張する場面かもしれないが、今日はそのようなこともなく主稜線まで来れた。このコースで難所と言われるナイフリッジも “ ここがそうなのかな? ”  と思う程度で通過してしまった。


                        地蔵尾根上部を行く

 地蔵ノ頭に立つと、もう目と鼻の先に赤岳天望荘があり、そのから山頂に向けて真っ白な急斜面が突き上げている。赤岳のこの雄姿を見れただけで、今日、ここまで来れた喜びを感じた。後から登って来た登山者と言葉を交わした時に、 “ 以前に来たときの風は普通に立っていられない程だった。今日はまだ穏やかなほう。” と話してくれたが、それでも風が肌に痛い。 

                                                                                                                                                         
              稜線(地蔵ノ頭)に出ると赤岳が悠然と視界に飛び込む



                 厳しい自然の中で冬期営業している赤岳展望荘
 

                地蔵ノ頭からの阿弥陀岳。 手前は地蔵尾根ルート最上部


小屋の山梨県側で風を避けながら休憩し、いよいよ山頂への雪面に踏み出す。7年前の夏に山頂から下って来た時、かなりの急勾配だったように記憶していたが、雪も適度に付いていてそれ程でもない。ピッケルをしっかり刺し、アイゼンを効かせて一歩ずつ慎重に・・・、という感じの登りではなく普通に登れた。ただ北西の季節風が、このあたりから一段と強さを増し、顔の右半分が痛くなってきた。

 赤岳山頂に着いたが、風の冷たさにカメラさえ取り出す気にならず、すぐに赤岳頂上小屋(冬季閉鎖中)の建屋の外で風を避けての休憩をとる。ザックから取り出したおにぎりは、明太子がシャリシャリのシャーベット状になっていたし、水筒の飲み口も氷でふさがれ、鉛筆1本分の穴しか開いていなかった。

 ここでの休憩中に凍傷の疑似体験ともいえる経験をした。1枚ぐらいは記念スナップを、と三脚をセットしたり、セルフタイマーの設定に手間取っている間に、最初感じていた手の痛みが、スナップを撮り終えた時には、両手ともに指の感覚が無くなっていたのだ。
 慌てて手をこすってみるも感覚が無く、少し焦り気味に股間や内股に手を入れ、直に肌の体温で温めること5分。やっと感覚が戻って来たのだった。今朝も身支度をしているときに感じたことだが、グローブを付けたまま身支度が出来るようにならないと本当にヤバい。


 

 
 下りは文三郎尾根でのルートをとる。ところが山頂からの出だしで、いきなりルートを誤ることとなった。山頂に残されたトレースに導かれるまま阿弥陀岳側に下りかけたが、7年前に通過したルンゼ状の岩場とは違う。おかしいと思い、すぐに引き返したが、赤岳の岩壁を登ってくるバリエーションルートに進んでしまったようだ。やはり、雪山を目指す前には一度必ず夏道を歩いておくべき・・とは、このことだと思った。

 正しいルートは権現岳方面への縦走路を少し南下し、大きな岩の覗き窓のようなところからルンゼ状の岩場へと下るものだった。この岩場には鎖を頼りに登った記憶があり、岩と雪のミックスになるここの下りが、今日のルートの最大の難所と位置付けていた。しかし実際には、雪が溜まっている箇所が結構あり、そこを選んで足を置くように下ると、逆に楽しい下降となった。そして何より、南西向きのこのルンゼは、地形的に強風が避けられ、太陽の暖かさにホッとできる所だった。


                    山頂南西面直下、ルンゼ状の岩場の下降


 岩場を降り切り北西側に回り込むと文三郎尾根道の分岐があった。こここそ息も出来ないほどの強風が吹き荒れているものと想像していたが、不思議と風はおさまり、しばらくここでザックを降ろした。

  見上げれば赤岳の雪壁に圧倒され、目の高さには、阿弥陀岳の肩越しに遠望する諏訪の街並みに高度感を感じ、眼下に広がる白い樹林は、稜線の雪と一体となり、そのまま紺碧の空へと溶け込むかのよう・・・。
 (まだ降りたくない・・。)
 人の姿が消えた午後のこの時間帯、冬の八ヶ岳の森を見下ろす高台で、まるで別世界に居るような感覚にとらわれた。


                           八ヶ岳ブルー !!!



                       中岳(手前のピーク)と阿弥陀岳


 
                    文三郎尾根道の途中で赤岳北西壁を見上げる
 
 
 今朝通ってきた行者小屋の前を再び通過し、赤岳鉱泉につながる森へと入った。森に積もった雪が風音や足音を吸収するのか、とても静か。赤岳の登攀を終えた安堵感もあって、午後の木漏れ日にほっこりとする道が続いた。

 赤岳鉱泉には、冬の名物 “ 人工氷瀑 ” (通称:アイスキャンディー)なるものが出現していて、午後の日差しを浴びて輝いていた。ここで氷壁クライミングに興じている人達を眺めながら雪の上に腰を降ろす。大同心、小同心といった八ヶ岳の稜線をバックに、今ここだけにしか無い、なかなかの光景だった。


                     赤岳鉱泉付近の樹林帯から大同心を見上げる


 
                   赤岳鉱泉に出現した ” アイスキャンディー ”

 
 もう15時を過ぎようかという時間。凍りかけのシャリシャリしたおにぎりを全部お腹に詰め込んで、いよいよ下山を開始。アイゼンもここではずして、これで八ヶ岳ともお別れだ。

 遠くなる主稜線をたびたび振り返っては、今日一日、最高の天候に恵まれたことに感謝しながら、美濃戸口までの長い道のりを急いだ。

           *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

 ( コースタイム )
 美濃戸口 5:15 ~ 行者小屋 8:30 ~ 地蔵尾根経由 ~ 赤岳天望荘 10:45 ~
 ~赤岳山頂 12:00 ~ 文三郎尾根経由 ~ 赤岳鉱泉 14:40 ~ 美濃戸口 16:50

                                                  


爺 ヶ岳                 2015年7月30日   (夜行日帰り)

2015-07-30 | 

 

 扇沢(爺ヶ岳登山口) ― 柏原新道 ― 種池山荘 ― 爺ヶ岳 (往復)
                                          ― 北アルプス 長野県大町市 ―


 今年の夏季休暇の山登り。まずは鹿島槍ヶ岳の頂に立ち、そこから八峰キレットと不帰嶮(かえらずのけん)の2つを踏破しながら、天狗岳まで後立山連峰を縦走(北上)するプランを考えた。そして、これら2つの難所通過と、それを2泊3日でつなげるためには荷物の軽量化が必須で、今回はテント設営をあきらめ、山小屋(自炊)を利用しての山旅とすることにした。


 
新宿・都庁下のバスターミナルから、白馬・扇沢方面行きの夜行バス(毎日あるぺん号)に乗る。このバスは七倉、扇沢と停車した後、爺ヶ岳登山口にも停まってくれる。まだ夜の明けきらない4時過ぎ、私ともうひとりの二人だけがポツンと降ろされた。上空はガスで覆われ天気は今ひとつ。そして思いのほか寒い。うだるような蒸し暑さの昨夜の都心とは、まるで別世界だ。

 夏の最盛期だけ開設されている感じの登山案内所に登山届を提出して、さあ出発。しばらくはしっかりと整備された登山道が続き、ジグザグに造られた道も、その間隔がちょうどよい。
 歩き出してから1時間。樹林帯が少し途切れ、ケルンのある地点に到着した。地図での所要時間は1時間20分だから、25%の時間短縮で歩けたことになる。実は、ここまでの所要時間をベンチマークとして、これからの歩程の参考にしようと密かに考えながらここまで歩いていた。このペースなら明日の11時間45分、明後日の11時間50分という長い行程も25%短縮で歩けることになる・・・と、このとき馬鹿げた計算をしていたのだった。

 小休止後、種池山荘の姿が小さく見えている稜線を目指して進む。ここから道は尾根に沿って造られ、傾斜も幾分緩くなった。この登山道には途中の各地点に、八ッ見ベンチ、駅見岬(えきみざき)、石畳、水平道、包優岬(ほうゆうざき)、石ベンチ、ガラ場、鉄砲坂等々・・の名前がつけられていて、それがはっきり読みやすい字体の黄色いアクリル板で標記されていた。
 
小さな雪渓を横切り、鉄砲坂と名付けられた道をひたすら登ると、やがて森林限界を越え、種池山荘がガスの中に現れた。目の前にお花畑の広がるとてもいいロケーションに建っているが、今日は針ノ木岳や蓮華岳方面の眺望が無いのがとても残念。  


                                                    種池山荘の前に広がる雲上のお花畑               

 小屋の中で休憩の後、まずは爺ヶ岳を目指してハイマツの中を登る。黒部渓谷側から断続的にガスが飛来し、なんと涼しいことか。この登り、炎天下ではちょっと辛すぎる。
 爺ヶ岳南峰を経て中峰まで来たところで腰を据え、ガスの切れ間に一瞬でも鹿島槍が見えるかも知れないと、シャッターチャンスを待つことにした。そして先程から現れたライチョウの親子が、私に怖がることなく数メートル先のところを行ったり来たりしているのを眺めていた。


 ふと携帯電話をザックから取り出してみると、LINEが入っているのに気が付いた。普段は携帯を万一の際の救助ツールとして役立てられるよう、電源は切ってバッテリーを温存しているが、この付近の電波状況を見てみようと、たまたま電源を入れてみたのだ。
 すると妻からのメッセージで、就活中の娘のことが書かれていた。就職採用解禁直前の昨晩、複数の企業から内定通知を受けたことと、これから本命企業に挑もうとする娘の揺れ動く心のこととが記されており、“ やっぱり家に居るべきだったんだよ ” と締めくくられていた。

 就職先を決める大事なここ数日を、父親だけ山に遊びに行っているのはやっぱりマズイ!と瞬間的にそう思った。家族が迎える初めての経験。迷う気持ちをいろいろ話し合いたい場面なのに・・・。
 自分としては夜行出発の日も、昼間はランチに買い物にと
家族と一緒に過ごしたし、何らかの結果が出て来るであろう8月1日の夜には帰宅するのだから、特に問題ないのでは・・・と考えていたが、甘かったようだ。

 LINEに返信を入れ、すぐさま下山に取り掛かった。今、この場所ならば引き返せる!  “待っていろ!すぐ戻るからなモード”  に完全に切り替わった。扇沢のバスターミナル駅まで降りれば、いずれかの新宿行きの高速バスで今日中に帰宅できるはずと、とにかく急ぐ。もちろん、急ぐがあまりの転倒や捻挫には充分気をつけながら・・・だ。

 種池山荘の前を足早に通過し、数時間前に登って来たばかりの樹林帯に再突入する。次々とすれ違う登山者に、夏の北アルプスは実に多くの人が日本中から集まる場所だ、ということを実感しながらぐんぐん下る。
 
 爺ヶ岳の山頂でUターンしてから、途中、給水休憩を1回取っただけで、結局3時間近くを歩き通した。そして、ヘロヘロ、ガクガクの状態で今、扇沢のバスターミナル駅に着いて思うことは、時間的な制約の中で歩くことの体力的、精神的な苦痛は計り知れないということだった。そして、そんな気のせく状況下での登山は、決して楽しいものとは言えず、時間とお金をかけてせっかく山を楽しみに来たのに、何ともったいないことか・・・、ということだった。

 当初の計画では、最終日に唐松岳頂上山荘から猿倉へ12時間の長い行程が待っていた。しかも16:35の最終バスに間に合わせるという制約のなかでの強行軍だ。おそらく私はそれを乗り切ることが出来ないのだろうと思った。無理をしたためのケガや捻挫などのアクシデントに見舞われ、山を楽しむどころではなかったのかも知れない。そして、それを見越して神様があそこ(爺ヶ岳山頂)で私に携帯電話を開かせ、Uターンをさせたのでは・・・、というような気がしてならなかった。

              *    *    *    *    *

 いずれ絶対にリベンジはしよう。予想通り(あるいはそれ以上に)面白そうな山域であることが垣間見れたし、八峰キレットと不帰嶮(かえらずのけん)を歩くことが、憧れの一つであることには変わりはない。
 
北アルプスはスケールが大きく、そのぶんきつい。そんな北アルプスの良さを充分に感じるためにも、是非、今度はもう少しゆとりのあるなかで挑んでみたいと思う。


  < コースタイム >

  爺ヶ岳登山口 5:00 ~ ケルン 6:00 ~ 種池山荘 8:00 ~ 爺ヶ岳(中峰)10:00 ~ 
  扇沢バスターミナル 13:00

 


残雪の遠見尾根          2015年4月26日 ~ 27日 ( 1泊2日 )

2015-04-26 | 

[1日目] 白馬五竜スキー場 ― 小遠見山 ― 大遠見山 (テント泊)
[2日目] 大遠見山 ― 五竜山荘往復 ―小遠見山 ― 白馬五竜スキー場                                  
                                                         長野県 ・ 白馬村

 1年間、ずっと楽しみにしていたゴールデンウィークの残雪登山。今年は北アルプス・遠見尾根から、五竜岳、鹿島槍ヶ岳を間近に眺めるプランを考えた。このコースは白馬五竜スキー場のゴンドラ利用により、比較的楽にこれらを展望する場所にたどり着け、尾根には幕営に適した雪原が数ヵ所あることから、今年はここにテントを張って春山を満喫して来ようと思う。


   [ 1日目
 ]   快晴
 
 
白馬山麓も、間もなく桜が満開になろうかというこの時期。残雪残る後立山連峰を望むところに、1年ぶりにやって来た。
  白馬五竜スキー場のゴンドラ乗り場で、水道水の調達と登山カードの提出を済ませ、さっそくゴンドラ車中の人となる。大方のスキーヤー、ボーダーは既に上部ゲレンデに行っているのか、ゴンドラ乗り場に人の列は無く、一人でゆったりとキャビンを占有できた。山頂駅までの8分間に、スパッツ装着、ストック組立、日焼け止めクリーム塗りと、手際よく準備を済ませた。

  春スキーを楽しむ人達の歓声が交差するゲレンデ内を、横切るところから今回の登山がスタート。天気が良いので薄着で登る。リフトの最上部からひと登りの地蔵ノ頭に立つと、これから登る遠見尾根が見渡せた。まだまだ雪がたっぷりと残り、春山全開の尾根歩きが楽しめそうだ。
 まずはブナ林の直登。まだ歩き始めという事もあり、アイゼンとストックでガシガシ進めた。小尾根まで登り着くと、昨年登った八方尾根がおおらかに見渡せ、振り返れば白馬山麓の集落や道路が箱庭のように見える。
 雪上の一歩一歩に息は切れるが、自由なルート取りと目前に迫る白馬の大パノラマに、疲れを感じない雪尾根歩きを楽しめた。
 
                      眼下に広がる山麓の家並み
                                

  正午過ぎに小遠見山に到着。ここからの眺めは圧巻で、鹿島槍、五竜岳、唐松岳、白馬岳と、後立山連峰の名だたる峰々が目前に迫る。振り返れば、足元に広がる山麓の田園風景を隔てて、遠く火打山、妙高山や戸隠、斑尾方面の山並みがのどかに映る。雪山の景色に恋しくなったら「ここに来よう。」と、ひそかに自分のお気に入りスポットに入れた。


                                            五竜岳へと続く遠見尾根


               小遠見山山頂は鹿島槍(左)と五竜岳(右)の好展望台


                           五竜岳をバックに 
 
  ところで、スキー場からここまで、数組の人達と同じようなペースで進んできていたので、この人達もこの先でテントを張るのだろうと思っていた。これならば雪山の一夜も心細い思いは無さそうだと、少しホッとしていたのだが、実は、全員ここまでの日帰り組だったことが、このあとわかる。「さあ、そろそろ引き揚げますかー」的に、おもむろに帰路に着く準備を始め出したのだ。
 「そっかー、ここまでが目的の人達だったんだ・・・。」
どおりで皆、やけにのんびり昼食タイムを取っているなと思っていた。
  今夜の幕営地点は、大遠見山を越えたあたりの平たい雪原を予定しているので、あと2時間ぐらいで到着する。これならばゆっくり進んでも、明るいうちにテントの設営が出来るが、ここから先は私一人か・・・。

 小遠見山から遠見尾根は右に曲がり、五竜岳の隣の白岳へと続いている。小さなアップダウンが幾つかあり、それを越えるたび、針葉樹越しに五竜岳や鹿島槍がいい感じで迫って来るので、何度もカメラを出してはシャッターを切ってしまう。足を進めている時間より、こうしてカメラを構える時間の方が長いくらいだ。


                中遠見、大遠見、西遠見とアップダウンが続く


                            五竜岳



                          鹿島槍ヶ岳

 中遠見山を過ぎたあたりでは、尾根の右側に続く雪庇に気を取られ、ついつい左側にルートを取り過ぎてしまう。尾根へ戻るために急な斜面を登り返さなくてはならなくなり、ここで今日初めてピッケルを出し、谷への滑落に備えた。
 ここを突破すると、広々とした雪原のような尾根に出て、ここが大遠見山の幕営適地だと分かる。なるほど数日前に、誰かがテントを設営した際の、風よけブロックが残っている。そして、なおも進んだ所には、それが数ヵ所にかたまって残っていたので、その一つを今宵のテントサイトにすることにした。

 やはり誰もいない・・・。広々とした雪原に、ぽつんと私だけのテントが張られるのだ。今はまだ午後の日差しが明るく、見晴らしの効く気持ちの良い場所だが、暗闇が訪れたときが問題だ。はやる気持ちに微妙に手が震えているので、ここはあえてゆっくりとテント設営をすることにした。腕時計にちらっと目をやり、設営完了までの時間も把握する。幸い、風が無いので着々と進む。
 前回初めて雪上でテント設営をした涸沢では、土嚢袋に雪を入れてペグの代わりとしたが、2回目の今日は、通常のアルミペグを寝かせて、雪に埋め込むやり方にした。ピッケルで雪を堀り、ロープを巻いたペグを埋め込む。締まった春雪なので、なかなかしっかりと効いている。このやり方の方が簡単で、風に対する強度もありそうだ。設営に要した時間は、室内の整理も含めてちょうど1時間だった。

 不思議なことに今まで無風だったのが、やっとテントのなかでゴロっと横になった時、ゴォーーという音とともに風が吹き始めた。その急な変化に驚いたが、気圧配置的には安定しているはずなので、この風は陽が傾いて気温が下がり、空気の流れが変わった時に吹き出す風ではないかと思った。設営後は少し周りを散歩したが、稜線の向こうに陽が隠れると急に風が冷たくなって、着込んでいてもガタガタと震えた。

 夕食後は早々にシュラフにもぐり、寝てしまうことにした。熊やお化けが出ないよう、匂いのする残飯はジップロックで密閉し、携帯ラジオはNHK第一放送をかけたままにして・・・。
 
夜中に一度トイレに起きたが、遠くにきらめく大町市街の夜景と、自分の背後の暗闇にそびえる岩峰に身震いがした。

 
                          幕営地の朝

     [ 2日目 ]   快晴

 目を覚ました時、もう外は明るくなっていた。今日も快晴だ。テントから這い出して、ふと五竜岳の方に目を凝らすと、白岳手前の斜面を登っている登山者が見えた。私以外にもこの尾根に幕営していた人が居たのだ。その人影は雪の急斜面をトラバースして、五竜山荘へと向かっているようだ。このトラバースは、上部からの雪崩に要注意の場所なので、その行動は大胆にさえ見えた。

 今日の予定は、テントはそのままに、まずは五竜山荘に登る。そこで雪の状態と時間をみて、五竜岳への山頂往復をするかどうかを決め、再びテントに戻り、撤収して往路を下るというものだ。ただ、今の意気込みでは、頂上往復はパスしてもいいかな・・・、それよりのんびりと雪歩きを楽しみ、早めに山を降りたら降りたで、帰りに軽井沢に寄って買い物でもしよう・・・、という気持ちの方が強かった。

  昨日の白米の残りとインスタント味噌汁で朝食を済ませ、6時に出発。まだ気温も低く、雪も締まって歩きやすい。西遠見山と思われるあたりまで来たとき、一張のテントを発見。さっき白岳の斜面をトラバースしていた人のものだろう。そして、そこからわずかに進んだ広い雪原の端にも、数日前のものと思われるテント設営の跡が幾つか残っていた。
 このあたりまで来ると、鹿島槍の双耳峰が望められる角度となり、五竜岳に至っては菱形の紋章が圧巻の迫力で迫ってくる。


                   昨年、同じ時期に登った唐松岳と八方尾根 


                      鹿島槍ヶ岳の双耳峰と北壁

 いよいよ雪に覆われた白岳の登りが目前に近づいた。鞍部を隔てて仰ぎ見る斜面には、幾つかの踏み跡があり、どのルートで登るか迷う。とりあえず最初は尾根筋と平行に取り付き、ある程度まで登った地点から、左へトラバースする踏み跡を行くことにする。
 ここからはカメラはザックに締まって登攀に専念。雪崩に注意しながら慎重に歩を進める。上部に幾つかの雪の割れ目ができているが、人間一人が横切ったところで、びくともしなさそうである。このスケールでは、私など雪の傾斜を行くアリ1匹といった感じだ。それでもなるべく立ち止まらないようにして、斜めに登りきり、五竜山荘の建つ稜線に着いた。

 営業開始の数日前の山荘に人の姿は無く、外にテントが一張あるだけだった。小屋の玄関を開け、声を掛けるが、奥の方で人の気配はするものの返事は無い。仕方なく無断で外トイレを使わせてもらうが、特筆すべきはここのトイレ。扉を開けた時には気がつかないが、しゃがんだ瞬間、目の高さに来るアルミサッシの窓からの眺めにびっくり。窓越しの五竜岳が実に鮮やかなのだ。用を足している時に見える景色の良さと、この解放感は、おそらく北アルプス随一だろう。

 
                五竜山荘からの山頂。残雪が少なく、夏道が露出している。

 山荘から眺める五竜岳山頂への稜線には、思っていたほどの雪が無く、ほとんど夏道が露出していた。出てきた山荘の人に聞いたら、「こんなに雪が無いのも珍しい。小屋の入り口を掘り出すくらいの雪が残る年もあるというのに・・・。」と言っていた。今年は春先が暖かかったし、雨量も多く、雪解けの進み具合も速かったのだろう。雪の少ない頂上往復に興味を削がれ、やはり、ここで引き返すことにした。

 下山の最初は、またカメラをザックにしまい、慎重に雪の斜面を下る。だいぶ雪が柔らかくなっていたので、ズボズボと大股で鞍部まで下った。朝、見かけたテントのところまで来ると、テントの主が居て、ちょうど撤収が終わったところのようだった。挨拶をしてその脇を通り、自分のテントまで戻って来た。上々な気分でテントを撤収し、いよいよ下山開始だ。
 今日は鹿島槍や五竜岳を背にしての
アップダウンを経て、昨日と同じような時間帯に小遠見山に再び立った。昨日と同じように、ここまでの登山者が何人かいて、同じように昼食を取りながら展望を楽しんでいる。迫力のある鹿島槍ともここでお別れ。まぶたにしっかり焼き付け、スキー場への下りについた。
 

                 *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 今年の残雪登山。雪上のテント泊は、おととしの涸沢に続き2回目であるが、100張もあろうかというテント村での前回に比べ、今回は雪原に私一人だけという一夜を過ごした。これである程度の度胸も付いたし、これからの残雪登山の楽しみ方に幅が出てくることを感じさせる山行になった。

 

≪コースタイム≫
 ~1日目~ 
白馬五竜スキー場アルプス平 9:30 ― 小遠見山 12:00 ― 大遠見山 14:40(テント泊)

 ~2日目~
大遠見山 6:00 ― 五竜山荘 7:50 ― 大遠見山テント場 9:50 ― 小遠見山 12:40
― 白馬五竜スキー場アルプス平 13:50
 



                                                          

                                 


紅葉の西上州 立岩~荒船山        2014年10月25日

2014-10-25 | 

大上集落 ― 立岩 ― 経塚山 ― 荒船山・艫(とも)岩往復 ― 星尾峠 ― 大上集落
                                                     群馬県 南牧村

 西上州3回目となる山行きは、紅葉に彩られた岩峰を求めて、立岩~経塚山~荒船山と歩いてみた。

 朝霧に覆われた夜明け前の街を走り抜け、下仁田へ。もう3度目という事もあり、途中に立ち寄る牛丼屋、コンビニ、そして公衆トイレも定まりつつある。ほぼ想定通りの時間で、立岩がそびえる大上集落に到着した。

 特異な岩峰を背景に広がる山奥の小さな集落。この風景を山岳雑誌で知り、一度見てみたいと思うようになったのは、まだ高校生ぐらいの時。行こうと思えばいつでも来れる場所だったにもかかわらず、今日、やっとの実現となった。すぐに車道を外れてカメラを構える。岩峰と集落の構図も、紅葉の具合も、思い描いていた通りの風景が広がっていた。前景に晩秋の柿の木が無かったことを除けば・・・。

 集落を通り過ぎ、道の行き止まりで現れた広場に車を止めた。持参のガイド資料によれば、村営バスの回転場所になっているから駐車は禁止とのことだったが、そのような雰囲気は無く、既に駐車してある2台の横につけた。現在はもうバスも運行していないのかもしれない。
 歩き出してしばらくは、
杉林の中に緩く続く、しっとりとした小径を行く。そして落葉樹林に変わるころ、静寂を突き破るかのように、突然、1匹の大きなシカが走り下ってきた。先に出くわしたのであろう、先行の登山者も上の方で叫んでいる。瞬間的に身構えたが、20メートル程離れたところを横切っていった。

 
やがて白く大きな岩の壁が現れるようになると、道はその岩の隙間を縫うように続く。いかにも真新しそうなクサリに、最初は軽く手を添える程度で楽に進めたが、大きな岩壁の下で右に向きを変える所あたりでは、足元が切れ落ち、そのクサリをしっかりと掴んで通過した。そしてその岩場を回り込むように行くと、岩稜上のコルにひょっこり出た。このあたりは紅葉がまさにドンピシャ。鮮やかな黄色や赤にシャッターを続けざまに切った。

 
 稜線に出ると小さなピークが次々と現れ、飽きずに面白く歩くことが出来た。ただ、岩尾根からの下降時に、降り口を間違えないよう、そこだけは注意を払わなければならなかった。
 威怒牟畿(いぬむき)不動への下降点や、次に毛無山方面への踏み跡を分け、急登をひとがんばりすると経塚山山頂に到着した。眺望の無い山頂だったが、あちこちにグループが陣取っていた。荒船山の方からここまでやって来る登山者が結構多いようだ。良い休憩場所が見当たらなかったので、先を目指す。

 星尾峠への道を分けると、そこからは平坦な道が続く。あまりにもの平坦な地形に、まるで都内の公園の緑地帯を歩いているような錯覚に陥る。そして平な地形の終わりが艫岩(ともいわ)展望台で、20人位のハイカーがいて賑やかだ。まずは崖っぷちの1、2歩手前に立ってみる。スパッと切れ落ちた足元に、国道254号がくねくねと走り、神津牧場、浅間山と大パノラマが広がる。更に遠くに目をやれば、南に御嶽山から乗鞍、穂高、槍、立山、鹿島槍、白馬と日本アルプスの連なりがよく見えた。数年前、人気漫画家の転落事故があったことで有名になってしまったが、ここがのぞき込もうとして落ちてしまう登山者が後を絶たないところなのか・・・。

 
                      艫(とも)岩展望台からの眺め 

 
 大休止の後、ここで引き返し、帰路は星尾峠を経たコースをとる。経塚山山頂の北側の分岐から下ったあたりの紅葉がとても色鮮やかで、その先の星尾峠も静かで、なかなか雰囲気のある所だった。
 
おおかたの登山者はこの峠から荒船不動へと下るが、車を停めてある場所に戻るために、線ヶ滝方面への不明瞭な道を下る。持参した地図(コピー用紙)の等高線をじっくり読みながら地図上の点線を目で追うが、途中、伐採作業用の車道が現れたあたりで、線ヶ滝への下降点を間違えてしまった。一歩手前で支尾根に入ってしまい、確認のために2回も登り下りをしてしまうハメになってしまった。その後も石がゴロゴロとした沢の道は、踏み跡が薄く不明瞭。このような場所にこそ、赤テープなど道標がもっとあっても良いのでは・・、とつくづく思ってしまう。やっと降り着いた駐車場には、私の車だけがポツンと残っていた。

  

  

  

  *  *  *  *  *  *  *

  紅葉の盛りに訪ねた西上州。このエリアの特徴である岩峰群を踏破しながら、色鮮やかな紅葉を楽しむことが出来た。そして荒船山は、遠くからの見た目どおり、30分程歩いても本当に平らだったことを、改めて実感した今日の山行でもあった。


  ~ 参考タイム ~
線ヶ滝駐車場 8:00 ~ 立岩 9:30 ~ 経塚山 11:25 ~ 艫岩展望台 ~ 星尾峠 13:30
~ 線ヶ滝駐車場 15:20
                                                
                                                       大上集落と立岩                                                         
                                


唐松岳 ( 八方尾根 往復 )           2014年5月6日

2014-05-06 | 

 

                                         ― 北アルプス 長野県 白馬村 ― 

年のゴールデンウィーク。待望の残雪登山は、八方尾根からの唐松岳で楽しんだ。

 夜中に家を出発して、一般国道、上信越道、白馬長野道路と経由して、白馬・八方尾根スキー場に着いたのは朝6時ごろ。ゴンドラ乗り場前の駐車場は有料(500円)だったので、少し離れた第3駐車場(無料)に車を停めて、さあ出発。見上げる空はまだ雲に閉ざされているが、これから移動性高気圧に覆われ、次第に晴れてくる予報である。

 ゴンドラの運行は7:20からで、まだ時間があったが、既に30メートル程の列ができていた。乗り場の横に登山案内所があり、登山カード提出のために立ち寄ると、一応、装備と食糧持参の有無を確認され、「昨日は降雪があったので、早めにアイゼンを付けてください。今、上は快晴無風だそうですよ」とのこと。“上”というのはおそらく唐松岳頂上山荘のことだろうが、やはり雲の上なのだ!早く行ってみたい!!

 ゴンドラとクワッドリフト2本を、ほぼ先頭集団で乗り継いでスキー場最上部に到達。スキー客が殆どだが、それに混じって私のようないでたちの登山者が十数人。思っていたほど多くない。皆、唐松岳山頂、又はその途中までの日帰り往復なのか、重装備の人は見かけなかった。
 歩き出しは夏道の現れているルートを進み、20分程登ったところで雪道に変わった。傾斜も緩く、トレースもしっかり残っているので、まだアイゼン無しで充分に歩ける。このころから雲もとれて、右手には雪をまとった白馬三山が、その雄姿を見せはじめた。

 ダケカンバの疎林(下樺尾根合流点)をくぐりぬけるといよいよ傾斜が増し、ここでアイゼンを付ける。三角錐のピークに向かって一直線にトレースが有り、そこをひたすら登る。すぐ脇には下山時に何人もの人がやったのであろう、尻セード(雪の斜面を滑り台のように滑ること)の跡が出来ていた。自分も帰りは絶対やるぞ!と、今から心がはやる。


                        尻セードの跡が残る斜面。帰り道が楽しみ。


 次に現れるもう一つの疎林(上樺尾根合流点)を過ぎると、目の前にドーム型の丸山が現れ、その先に、雪で丸みを帯びた雪の尾根が山頂まで続いていた。すでに唐松岳山頂や不帰嶮(かえらずのけん)の岩稜帯を間近に見えるところまで来たのだ。このあたりから急に雪も締ってきて、しかも春山特有のザラメ雪ではなく、硬い片栗粉の上を歩いているようで快適。しかし、あたりは強風帯でもあり、前進を躊躇するくらいの風が吹いている。あんなに幅広かった八方尾根も、今は切り立った馬の背状の尾根となり、一人分のトレース幅を残すだけである。


 


                      八方尾根上部をゆく

 吹きさらしの岩場にロープが現れ、これをよじ登ると後立山連峰の稜線に飛び出した。大きな谷(黒部渓谷)を隔ててそびえたつ剱岳、立山の両雄姿に、しばし無言で対峙する。

 ふと、煙臭さに我に返り足元に目をやると、一段低い鞍部に建つ唐松岳山荘に気が付いた。ここから小屋へ行き、休んでも良かったが、もうひと踏ん張りして、先に唐松岳山頂を極めることにする。

 唐松岳山頂は岩塊が雪の下に隠れているので、なだらかな頂となっていた。風は非常に冷たかったが、ここでおにぎりを食べながら360度の展望を楽しんだ。五竜岳は、ここからだと逆光になってしまうが、どっしりと大きな山容をみせている。そして、人によっては槍、穂高間の大キレットより怖い、といわれる不帰嶮(かえらずのけん)方面にトレースは無かった。
 寒さに耐え小一時間ほど頂上に居たが、この間、数人がやって来ただけの静かなひと時だった。


                 唐松岳と不帰嶮(かえらずのけん)へと続く稜線


 
                       唐松岳頂上山荘と五竜岳

 
 降り立った小屋では、アイゼンを取るのが面倒なので中には入らず、このまま小休止だけして下山にとりかかる。麓のリフトの最終時間は16時なので、今の13時という時間は、まだゆっくりと下れる時間帯だ。白馬村の家並みや、みそら野ペンション村が箱庭のように見え、なかなか高度感のある尾根下りを楽しむ。
 下る右手に五竜岳と、その奥に覗く鹿島槍ヶ岳。左手には朝からずっと眺めている白馬三山(白馬、杓子、白馬鑓)と栂池高原が広がり、壮大な山岳美を堪能させてくれた。


                      五竜岳とその向こうにのぞく鹿島槍

 午後のこの時間でも、この上天気に誘われ下から登ってくるスキーヤーはまだまだ居て、広大な八方尾根は思い思いのスタイルで楽しめるフィールドとなっていた。本当に今日、来てみて良かったと思う。丸山あたりまで降りてきたところでは、このまま一直線に下ってしまうのがもったいないので、誰も歩いていない広々とした雪の斜面に入り込み、遠回りをしながら下った。

 登りの時に目星をつけていた尻セードの斜面まで降りてきた。迷わず尻セードで下る。昨年のゴールデンウィークに涸沢で一度体験済みで、そのためか今日は上手くスピードにも乗れて楽しかった。ただ尻もちで滑り降りるだけなのに・・・。百メートルそこそこの距離を一気に滑り降りた。
 雪に寝転んでピッケルの写真を撮ったり、八方池では、まだ雪に覆われた湖面上を歩いてみたりと、思いのほか時間をかけ過ぎてしまったようで、リフト最終時間が急に心配になり、八方池からは少し走った。
 結局は余裕で間に合い、どっと噴き出た汗は高速クワッドリフトの風がさましていった。


                        白馬三山をバックに広大な尾根を下る。


  
               白馬三山 (中央左から白馬鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳)


          *  *  *  *  *             *  *  *  *  *             *  *  *  *  * 

 ゴールデンウィークの八方尾根。唐松岳へ登山者の列が続くほどの人出かも知れないと、覚悟をしてやってきたが、連休最終日だったせいか、以外にも静かで開放的な一日を楽しめた。
“朝、ふらっと都会を出ても、夕方には3千メートル級の稜線で夕日を眺められる” といった、唐松岳山荘のキャッチコピーのような山旅がしたくなったら、また訪れてみたいと思う。
 
                                                                             
                                                                                                                                                     

  


春の谷川岳(2回目) (天神尾根 ~ 西黒尾根) 2014年4月9日

2014-04-09 | 

 

                                                                             ― 上信越 群馬県 水上町 ―

 半月ほど前に登った谷川岳。天候に恵まれず、期待した360度の眺望は得られなかったが、それでもとても楽しいものであり、雪がたっぷり残っている間に、又行きたくてうずうずしていた。そこへ天気周りと、仕事の調整に上手く行きそうなメドが立ったので、休暇を取って今日また来てしまった。

 もう慣れたもので、ロープウェイの山麓駅近くに車を止めると、手早く身支度を済ませて、すぐにロープウェイ車中の人となった。高度を上げるにつれ白銀の峰々はまぶしく、日焼け止めクリームを塗りながら同乗の登山者と会話をすると、「僕も休暇を出してやって来ましたよ。」と、上々の天気にその人の顔からも白い歯がこぼれる。

 
山頂駅の改札窓口で今日もポリタン一杯に水を頂き、まぶしいゲレンデに飛び出した。今まで2回来たのに姿を見せてくれなかった谷川岳が、今日は穏やかな姿を陽に輝かせている。
やっと見れたよ・・・。) 
思わずつぶやいてしまう。

 快晴無風の汗ばむ陽気に、アンダーウェアに直接防寒着という薄着でスタート。スキー場から離れると、いよいよ楽しい雪稜歩きが始まった。適度に締まった雪の上を、自由に歩く感覚がとても楽しい。
 熊穴沢避難小屋手前の下降では、岩や土がほとんど露出しており、前回は雪に埋もれていた避難小屋の屋根も一部が足元に覗いている。この半月で70センチほどの雪解けが進んだ感じだ。

 
見上げる前方にはいつも青空と先行登山者の姿があり、今日は何の不安もない。天狗の留まり場を過ぎると白一色の大斜面が広がり、前回、何も見えない中を登っていた時の様子と重ね合わせながら、感慨深く一歩一歩を進めた。
 右手からは西黒尾根の急角度の雪稜が間近に迫り、左手には万太郎山方面の峰々が同じ高さにまでなっていた。角度的に肩ノ小屋の姿は見えないものの、もう頂上の近いことがわかる。今日は風も身体を涼ませてくれるかのように心地良く吹いているだけだ。

   
 先月は見えなかった避難小屋の屋根が現れた             大斜面に続く登山者の列

 

   
       肩ノ広場に建つ指導標                     肩ノ小屋

 

 大斜面を登り切ったところが肩ノ広場だった。今日は小屋の全貌も、予想通りの素晴らしい眺望も手にすることが出来た。前回のホワイトアウトの時とは別世界だ。
 
肩ノ広場に建つケルン型の道標を初めて見て、そしてトマノ耳へ初めて立った。断崖に雪庇の張り出した頂上から、まだまだたっぷりの雪をまとって連なる上越国境の山々を眺める。馬蹄形につながる稜線と、そこから遠く巻機山方面へ続く稜線には何度も目をはせた。
 続いてオキノ耳へ向かうが、その途中から振り返るトマノ耳の雄姿はなかなかのものだった。
切り立ったオキノ耳の頂でも、のんびりとひと時を過ごした。

                                                              トマノ耳

 さて、帰路は登ってきた天神尾根を戻るのが一番安全だったが、安定した今日の天気と、午後1時前という現在の時刻と、トレースの有無から、西黒尾根ルートでの下山に挑んでみることにした。そうなるかも知れないことを見越して、登山カードには一応リスクの高い方の西黒尾根での下山ルートを記入しておいたので、このナイスプレーには思わずニンマリ。
 
それにしても今朝、途中のコンビニで買った昼食用のおにぎりと菓子パンを、見事に車の助手席に置き忘れた自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れつつ、代わりに行動食用のカロリー食品と水で、しっかりと腹ごしらえをして、さあ出発。

 肩ノ広場で天神尾根と別れ、西黒尾根の斜面へ足を踏み入れた。下が見えないくらいの高度感たっぷりの下降だ。幸いトレースが有り、はるか足元に見えるラクダのコルあたりには、一人の人影も確認できた。あそこまでは気の抜けない急斜面が続くと自分に言い聞かせ、一歩一歩慎重に下る。
 雪面から半分露出している鎖場の通過では、腰が引けてずり落ちたり、雪に隠れているクラック (雪の裂け目、空洞) に足を取られたりと、若干もがきながらの下降ではあったが、何とかラクダのコルまで降りてきた。
 時々後ろを振り返っては、今降りてきた斜面を見上げてみるが、人影は無く、どうやら西黒尾根ルートの本日最終の下山者となっているようだ。

 
ここからは一息つけるかと思いきや、ラクダのコブと呼ばれるあたりの通過に、マチガ沢側への滑落や、西黒沢側に張り出た雪庇の踏み抜きにと、緊張の場面はしばらく続く。
 
昨年のゴールデンウィークに経験した涸沢上部の雪稜や、夏の剱岳・平蔵谷の雪渓に比べ斜度的には幾分緩いが、今日の雪稜降下には、足元に山麓の景色が見えることによる高度感に怖さがあった。

 疎林地帯まで降りて来て、やっと一息つけられるようになり、ここで大休止。
 肩ノ広場からここまで一気に降りて来て、喉もカラカラ。時間も相当経ったように感じたが、実際には1時間そこそこ。今にして思えば、もっとゆっくり雪稜の降下を楽しみながら来ればよかったのに、危険地帯脱出とばかりに夢中で降りて来てしまった。途中、見上げる山頂の白い岩峰や、高度感たっぷりの稜線風景など、カメラに収めたいシーンが幾つもあったのだが、下りに専念するためカメラもザックにしまったままにしていた。

 
屈指の急登コースとして知られている尾根だけあって、この先も傾斜はきつく、下が見えて来ないが、ダケカンバやブナの気持ちの良い樹林の斜面を、自分だけの足跡をつけたり、尻セードをしたりと、やっとここからは楽しみながら下ることができた。

 
正面には対峙する白毛門の尾根が次第に大きくなり、下方には土合駅舎も見えて来て、いよいよ今日の雪山登山もフィナーレの時が近づいた。
 送電線の鉄塔の脇を通過し、雪上訓練をしているらしい一団の脇をズボズボと雪に足をもぐらせながら更に下ると、登山センター前の車道にひょっこり出て、ここでアイゼンをはずした。

    
                          西黒尾根の下りで振返る

     ~  ~  ~      ~  ~  ~      ~  ~  ~

 今回、3度目にしてやっと谷川岳山頂に立つことが出来た。そして念願の上越国境の山々を眺め、おまけに西黒尾根をも制覇することが出来た。これも今日一日が絶好の春山登山日和だったためであり、そのことに感謝。

  

― コースタイム ―

ロープウェイ山頂駅発9:10 ~ 肩ノ小屋着11:10  ~ オキノ耳まで往復 ~

肩ノ小屋発 13:00  ~ 西黒尾根疎林帯 14:10 ~ ロープウェイ山麓駅着 15:40

 


早春の谷川岳 (天神尾根 往復)         2014年3月23日

2014-03-23 | 

                                            ― 上信越 群馬県水上町 ―

 雪と戯れる春の山登りがしたくなり、3月後半の谷川岳へと向かった。
 ジグザグの登山道もヤブも岩も、そのすべてを豪雪が覆い隠してしまう上越国境は、この時期まさにパラダイス。まずは雪山初級者でも歩ける、ロープウェイ利用の天神平から山頂往復をめざすこととした。

 数日前から天気図を眺め、高気圧の中心が本州に移動して西高東低の気圧配置も緩み、穏やかな晴天になるであろう、と確信してやってきた。しかし、なぜか谷川岳方面だけは雲がとれない。車を走らせながら見える浅間も赤城も日光方面の山々も、その白銀の姿を朝日に輝かせているというのに・・・。

 谷川岳ロープウェイ駅の駐車場に到着しても天気の状況は変わらず、30分ほども車の中に居て進退を考えた。
 今日はあきらめて帰るか、それともせっかく来たのだから、一ノ倉沢の岩壁を眺めに山麓を周遊しようか、あるいは白毛門の往復に切り替えようか・・。
 
ただ、ロープウェイの山頂駅はずっと見えていて、視界は良好だし、気のせいか雲の流れが速くなったようにも感じられる。そして、なによりスマホで確認する天気図は、高気圧が予想通り本州上空に来ている。だから次第に雲も取り払われて、紺碧の空が広がって来るに違いない・・・、と、期待を込めて決行することにした。
 (
一番嫌なのが、あきらめて別案に変更したとたん、天気が回復して晴れてくることだった)

 登山カードの提出を済ませ、スキーヤーやボーダーとともにロープウェイに乗り込む。時折、雲が割れ、朝日が差し込むとキャビンの中でも歓声が上がる。しかし、谷川岳の山頂付近は、まだここからも姿を見せてはくれない。

 
山頂駅に着き、改札口の詰所でポリタン満タンに水を頂いて、スパッツ、アイゼン等雪支度を整え、さあ出発。昨年秋に来た時、登山道は小尾根を巻き気味に樹林帯の中へと進んだが、積雪期はスキー場北側の端をロープに沿って直登するようだ。トレースはしっかりとついていて、前方には見えるだけでも10人くらいの登山者が歩いている。小規模な雪庇のようなところを真下から乗り越えると、スキー場から完全に離れた。
 いよいよ谷川岳へと続く雪稜歩きとなる。見上げる山頂方向の、黒い岩影のあたりから上部はガスに覆われ見えないが、そこまでの雪稜にも、さらに20人くらいの先行登山者が見える。既に登頂を終えた下山組もいるようで、予想していたより多くの人が登りに来ているのだなと思った。

 昨年秋、休憩したことのある熊穴沢避難小屋が立つ地点まで来たが、建物はまだ足元の雪の下で、その姿は無い。おそらく4メートル位の積雪なのだろうが、雪がすべての凹凸を覆い隠して、そこを歩くのは本当に楽しい。

                                                                                                                              
                       熊穴沢避難小屋はこの雪の下。


 避難小屋を過ぎてからは吹きさらしの稜線歩きとなり、振り返れば天神平スキー場が次第に下方になってゆく。天狗の留まり場とよばれる岩のあたりで、一息入れているころから断続的に強風が吹くようになった。ここで引き返す山スキーの人達も出てきたが、予想以上に多くの登山者が登っていて、トレースもそれなりに残っていることから、これから先、視界が効かなくなっても何とか肩ノ小屋までは行ける、と判断し前進する。昨年秋の時もほとんど視界が効かないなかでの前進だったし、とにかくこのまま雪の斜面を直登すれば良い。そして傾斜が緩くなったところが肩の広場で、小屋は左横に目と鼻の先だ。視界は20メートル程と、ほとんどホワイトアウトに近い状態であったが、幸いなことに時折ガスの中から現れる下山者にも助けられ、目印の竹棒を見落とすことなく登り切り、肩ノ小屋の姿を見つけた。

 
結局、ロープウェイ山頂駅から2時間という、かなり早い時間で到着した。 ここから山頂(トマノ耳)までは5分くらいだろうが、白一色の何も見えない頂上に、この強風を突いて進む気はしなかった。昨年秋に続いて、山頂からの360度の大パノラマは又もおあずけ。
(うーん・・・、なかなか見せて貰えないな・・。)

 小屋には10名程が休憩中で混雑していた。特に玄関付近はアイゼン、スパッツの着脱をしている人が二人いるだけで上がり口を塞いでしまうほど狭く、空いた時を見はからっての出入りが必要だった。板の間に上がり防寒着を脱ぐと、身体からは盛んに湯気が昇った。

  小1時間の休憩後、相変わらずの強風と視界の無いなか小屋を出た。肩ノ広場で降り口を西黒尾根方向に間違えると面倒なことになるので、地図とコンパスで天神平スキー場の方角だけはしっかりと再確認して下山を開始。しばらくはホワイトアウトの斜面に自分ひとりきりの下降が続いた。
 
幸運にも下から一人の登山者が登って来て、すれ違う際に、
「小屋はこっちでいいですか?」 と聞かれ、逆にこちらからは
「天神平からですか?」
と尋ね、お互いに進む方向を確かめ合うことができた。

 さらに下ると目印の竹も1本見つけることができ、やがて登りの時に小休止をした天神ザンゲ岩の黒っぽい影を見つけたときにはホッとした。ここで雲の下に出たのか急に視界が利き、天神平スキー場も足元に見えている。これで大丈夫、と小休止していると、上から単独の人が降りてきて、少し話をすることができた。
 聞くとその人は西黒尾根を登ってきて、コルから上にトレースは無く、視界も効かない中で撤退しようかと迷っていたら、一人の若い人が下から追い越してきて、「これくらいなら大丈夫ですよぉ」 と、どんどん登って行ったとのこと。その人のトレースを追うことで山頂まで来れたのですよ・・、と話してくれた。
 
西黒尾根も山頂近くは、今も雲に覆われてその姿は見えないが、そこまでの急峻な登り角度と、稜線のいたるところにある雪庇を見る限り、西黒尾根は自分の力量ではまだ無理だと思った。        

                                       天神平スキー場を目指して下る登山者。



 
 ここまで降りてくれば視界は良好。めざす天神平のスキー場もしっかり見えているので、ここからはのんびりと雪原と戯れながら下った。頭上を流れる雲の直ぐ上には、やはり紺碧の空があって、今、こうして雪の上に寝転んでそれを眺めていると、つい1時間ほど前まで厳しい山登りをしていたことが嘘のようだ。
スキー場エリアに入ってしまうギリギリの地点でもまた腰を下ろし、30分ぐらいも奥利根源流の白い峰々に目をはせた。そして充分に雪山の眺望を堪能したのち、再びスキー場内へと下った。

     *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 今日は晴天を確信して谷川岳にやって来た。しかし、夕方になっても谷川岳山頂付近だけは雲がとれず、これが魔の山と呼ばれる所以なのだろうか? 
 ロープウェイを利用した天神尾根ルートの往復は、この時期、天候に恵まれれば気軽に山頂をきわめることの出来る楽しいコースだ。今後、このような残雪期のスノーハイクにハマってしまいそうな、そんな今日の山登りだった。

 

(山行メモ)

天神平ロープウェイ山頂駅10:00発  ~ 肩ノ小屋 11:50着 12:40発 ~ 天神平ロープウェイ山頂駅 15:40着

・アイゼン、ピッケル使用。ストックの方が役に立ったと思うが、唯一、耐風姿勢を取らなければならない時のみピッケルが役に立った。
・アンダーウェア ― 薄フリース ― レインウェアで対応。
・登山者数30~40人程度。そのうち半数がスキーヤーやボーダ―で、山頂直下の大斜面から西黒沢に滑り込むグループもいた。
・肩ノ小屋は土足では上がれない。混雑時、アイゼン・スパッツの着脱場所が狭いので、そのまま取らないで玄関付近で休憩したほうが良さそう。


紅葉の西上州  碧 岩            2013年11月9日

2013-11-09 | 

     

 碧岩登山口 ― 三段ノ滝 ― 碧岩 ― 大岩 ― 碧岩登山口
                                                   群馬県 南牧村

 会社の先輩で、西上州の山々をホームグランドのひとつにしている方がいて、面白いからと勧められた碧(みどり)岩。以前はロープも無く、それなりに楽しめたらしいが、今は2箇所ほどのロープが有り、すんなりと頂上に立つことが出来た。それでも遠くから見たその容姿は、登攀意欲をそそるには充分で、西上州2回目となる今回は、紅葉の碧岩を訪ねることにした。

 稜線の紅葉は終わっていたが、途中に残る色鮮やかな木々や、足元の切れ落ちた岩峰からの眺望に、秋の一日を楽しんだ。


   

                              

    

             
                                                                                      鹿岳(左)と四ッ又山(右)
   
                            村役場付近からの大岩・碧岩遠望