はちみつブンブンのブログ(伝統・東洋医学の部屋・鍼灸・漢方・養生・江戸時代の医学・貝原益軒・本居宣長・徒然草・兼好法師)

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江戸時代の外科手術(4)-手足の落たるを続法- (修正版)

2015-06-10 20:01:26 | 江戸時代の医学

 今回は手足を切り落とされてしまった時の手術です。紹介はしますが、真似はしないでくださいね。身近な人の手足が切れて落ちたら、応急救護をして救急車を呼びましょう。

 「施薬院男解体臓図」

先、ヲチタル手ヲトリヨセ、砂ナドツキタラバ其口ヲ洗テ、能々見ヨ。筋肉ノ内ヘチヂミ入テアルモノナリ。



 其口ヲ洗テとありますが、洗う方法はいくつもあります。ここでは疵洗薬を使う方法をご紹介しましょう。疵洗薬は藤瘤、蓮葉、石南、車前草、それから塩を三合、水を八升を煎じて六升五分になるまで煮詰めて作ります。これを温かいうちに疵口にかけて洗うのです。これは相当塩分濃度が高いことが分かると思います。仮に天然塩で一合170gとした場合だと、この塩分濃度は7.8%あり、人間の体液の浸透圧が0.9%の食塩水と同じなので、相当しみるはずです。しかしそれを補って余りあるメリットがあります。それは煮沸消毒した直後の洗浄液を使用するという点と、浸透圧による殺菌を期待できるという点です。
 ちなみに疵口を温めた酒で洗うという方法もあります。華岡青洲も焼酎で傷を洗ったように、これらはアルコール消毒のことですね。

ソレヲツガニノツメニテ筋ヲカキヲコシ、トウシンニテモ生柳ノ枝ナリトモ骨ノ内ヘシンニ入レ両方ノ筋ヲ合セ、皮ノ上ニ墨ニテシルシヲシテヲキ、…

 ちょっと長い文なので、間に解説を挟みましょう。ツガニ(頭蟹)とはモクズガニという蟹のことです。日頃、その蟹を多く採っておき、肉やミソを全て取り去り、干して保存しておきます。その蟹の爪を、落ちた手の切口の内側に縮み入った筋肉を掻き起こすのに使います。そして灯心や生柳ノ枝など細い棒を、骨の切口の穴に入れて真っ直ぐになるようにし、両方の筋肉を合わせて正しい位置になるように調節して、ずれないように皮膚の上に墨で印を付けておきます。

扨、筋渡シノ薬ヲ両方ノ筋ノ処ニバカリ貼テ、落タルキレクチニ人油ヲヌリ、アイシルシノテンニ合セ少シモチガハヌヤウニヲシ合セテ、針ニ糸ヲツケテ八處ヌヒテ、人油ヲ切口ニクルリト引テ、…

 筋渡シノ薬は河童から製法を教わったという伝説の薬の名前。新撰組の芹沢鴨が作っていたことでも知られています。医者がそれぞれ独自の秘伝の製法を持っていたようですね。詳細は不明ですが、おそらくここでは人油膏の一種(人油や葡萄酒、野師油、乳香、小麦などから作られた軟膏)のことだろうと思います。
 墨でつけた印に合わせて、筋肉や腱を縫合していきます。

偖テ唐綿ノイカニモホソキウスキカネキンヲ水ニテ洗ヒ蝋気ヲナクシテ、常ニタクハヘ置、長サ三寸ホドハバ四分カ三分ニイクツモキリテ、…

 これは手術用の脱脂綿の作り方ですね。長さが約9cm、幅は3、4cm。カネキンとはカナキン(金巾)のこと。ガーゼのポルトガル語です。

其モメンニ天利膏ヲアツク貼テ、鶏ノ卵ツブシ白ミヲ皿ニ入テ、天利膏ノ貼タル木綿ヲタマゴニヒタヒタニツケテ、ヌウタルイトヲ一処ツツニテキリテ、合セタル両口ヲモメンノマンナカニナルヤウニ間ヲ一分カ半分アケテクルリトツケテ、其上ニ青膏ヲ紙ニ付テ、上ヲ張ナリ。

 前々回(腹を納る法)でも出てきた、鶏ノ卵。古来、日本で使われてきたその卵の白身は無菌状態であり、良質のタンパク質を豊富に含み、また細菌の細胞壁を分解するリゾチームも含んでいます。卵を割らない限り、衛生状態が保たれるので、合戦の陣中でも使える質の良い薬でした。
 次の段落はグロテスクな表現を含みますので、気の弱い方は飛ばしてお読みください。

其上ヲ鶏ノヒヨコノウヅラホドナルヲケヲムシリ、クビノキハカラト羽モ胴ノキワカラ足モキワカラキリテ、二ツニワリテワタヲ去テ温マリ有ル内ニヲチタル方ヘ大分カケテクルリトマクホド、ヒヨコヲキリテマキ、上ヲフクサニテツツミ、イタニノセテ、ヲチタル方ヲ少シサカリカゲンニシテ女ヲソバニヲキ、ヲチタル方ヲソロソロサスラスベシ。ソバ伴ヲツケヲクベシ。

 ウズラ位の大きさの鶏ノヒヨコを用意します。それを生きたまま毛をむしり、首と羽と足を根元から切断します。そして胴体を二つに割って、内臓を取り、温かいうちに、切断した手の末端側、青膏を貼布した上に、くるりと巻いていきます。大部分を覆ったらフクサで包みます。患部を板にのせて位置を少し下げます。馬肉の湿布というものがありますが、このヒヨコの湿布は作用がまったく異なります。馬肉の湿布は冷やして炎症を鎮めるのが目的ですが、これは保温が主な目的です。またヒヨコの若い生命力や成長促進因子をもらう、という意味もあったかもしれません。手を少し下げるというのは新鮮な血液を供給させたいがため。そしてマッサージを行います。

次ノ日ハイロハズ中一日ヲキテヒヨコヲトリ、青膏モ天利膏モトリテ亦前ノ如ク療治スベシ。十五六日シテ本ノ如クツゲルナリ。股ヲツグモ同前ナリ。少シ二三分ホド成トモ皮カカリアレバ、ナヲナヲツギヤスシ。

 次の日は何もしないで、中一日おいたら全て取り替えます。これを繰り返すと15、6日ほどで手は元通りにつながる、とのことです。しかし、ここでは血管も神経も縫合していませんし、元通り動かせたか否かは不明です。現代の日本での実証は困難でしょう。

惣ジテ手ヲヒニカカリテハ、今死スルモノニモイカニモ心ヤスキヤウニ云モノナリ。ソレニテ手ヲヒチカラヲエルナリ。ソバノ人ガ云分ニハ實ニセネトモ、医者ノ言コトハ實トヲモヒテ気ヲヨクスルモノナリ。大事ノ手ヲヒナラバ、手ヲヒニカクシテシンシヤクスベシ。

 手ヲヒとは患者さんのこと。一般的に、今にも死にそうな患者さんにでも、安心するように話さねばなりません。そうすると患者さんは治す力を得られるのです。身近の人からの励ましを信用しなくても、医者が「大丈夫。心配いらないよ。だんだん良くなるよ」などと言えば本当のことだと思って、気分が良くなります。命の危険がある患者さんに「あなたは死ぬかもしれない」などと言わず、斟酌すべきであると、言っています。

 ここであえてこのように言及しているのは、当時死にそうだと思われる患者さんに、「あなたは死ぬ」という医者がいたからです。でもこれは江戸時代からではありません。二千年以上前から死を予言する医者の逸話が数多く残されているのです。むしろ死を予言することが名医であるように伝えられてきたので、医者がそれを目指すことは普通でした。現代でも「あなたの病気は治りません。余命〇年です。あきらめなさい」などと医者から言われる患者さんが結構いますね。でも、もしそう言われても信じないことです。フランスの哲学者、アランも以下のように言っています。

カッサンドラは不幸を告げる。眠っている魂たちよ、かずかずのカッサンドラに不信をいだけ。真の人間は奮起して未来をつくるのである。

つづく

(ムガク)

(これは2010-09-14から2010-09-28までのブログの修正版です。文字化けなどまだおかしな箇所がありましたらお教えください)



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