はちみつブンブンのブログ(伝統・東洋医学の部屋・鍼灸・漢方・養生・江戸時代の医学・貝原益軒・本居宣長・徒然草・兼好法師)

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No.64 幻肢痛と鍼灸(その2)

2008-12-22 20:57:51 | 幻肢痛など

エッセー「No.58 幻肢痛と鍼灸(その1)」では片腕を失った患者さんの残されたほうの腕に鍼をすることで幻肢痛を治療しました。それ以外にも幻肢痛の鍼灸治療で興味深いものがあります。それは失われた腕に鍼する治療です。


この症例は奥平明観(1947年-)著の『邪気論』に記されていますが、この本の中では「邪気」というものを以下のように定義しています。


1.外邪―風・寒・暑・湿・熱・火の六淫と疫癘のような外部からくる発病要因
2.形ある実体―寒邪・熱邪・湿邪等の体内に入った発病要因、および病理的損傷を総称する(現代医学的には細菌・ウイルスその他炎症部位等を幅広くいう)
3.形無き実体―正気と同様の実体ある存在で、体にとってマイナス要因となるもの(逆に正気は体にとって本質的要因)


この先生は「形無き実体」としての「邪気」を手掌で感覚することができるようです。患者さんの失われた腕を手掌で観ると、患者さんが感じる幻肢と同じような形にその腕を観ることができました。それから失われた腕の合谷という経穴に鍼をすると、体温や自律神経の働きなどに明らかな変化があったというものです。また「邪気」の反応があるところに鍼をして「邪気」を取ると瞬間的に痛みが消えたようです。


この症例は「邪気」が実在するという一つの根拠として提示されています。この経験をした人たちにとって、かくかくしかじかの事実が存在した、それ故「邪気」は存在するという見方は正しいものだと思います。


しかし別の見方を否定することはできません。例えば患者さんと先生の脳にあるミラーニューロンがお互いに働いて痛みの存在に影響を与えた、という説明でも良いかもしれません。


また(両腕を持つ)人にマネキンの腕を自分の腕だと錯覚させてから、マネキンの腕に強い刺激を与えることで、その人に痛みを与えることができることがあります。これなどは脳が痛みを作り出したといっても良いですし、錯覚したと同時に「邪気」がマネキンの腕に流れたので身体に影響を与えたといっても良いかもしれません。


ヒプノセラピー(催眠療法)も痛みに効果があります。慢性の腰痛などだけではなく、麻酔薬を使わずにヒプノセラピーによる鎮痛だけで外科手術をしたという症例もあります。鍼麻酔で外科手術をすることもありますが、これなどは鍼も手も使わずに聴覚や視覚による刺激によって痛みの存在に影響を与えています。


痛みとは不思議なものですね。


(ムガク)


No.63 幻肢と治療

2008-12-13 21:13:40 | 幻肢痛など

幻肢の報告は戦争があると増えるような印象があります。30年戦争の只中でのデカルト、普仏戦争後のベルクソンや第二次世界大戦後のメルロ・ポンティなど戦争というものは幻肢に言及した哲学者たちにも影響を与えているかもしれません。


それは戦争が起こると手足を切断された患者さんが増えるからかもしれません。軍事病院からの幻肢の報告がイラクの戦争以来目に付くようになりました。人類の文明が発達するとともに地雷やミサイルなどの兵器も発達してきました。不祥の器による悲劇はさけたいものです。


「文明。それに比べれば、死はさしたることではない。われわれは星に向かって消えた音楽である」(サンテグジュペリ『手帖』より)


私たちの幸せや安全のために生み出されたものが時には私たちの犠牲を求めるようです。このジレンマはどのように解消すれば良いのでしょうか。


さて幻肢の治療の続きです。医療機関では薬物療法が一般的です。しかしその治療を受けていた患者さんのうち一部から、より効果の高かった治療法があったという報告があります。それは気晴らしやリラックスすることです。(註1)


また高周波パルス療法も幻肢痛に効果があるようですね。複数の治療が無効であった幻肢の患者さんにそれを行ったところ、薬を止めても長期的に痛みから解放されているとの報告がありました。(註2)


ラマチャンドラン博士の鏡を使った幻肢の治療は興味深いですね。患者さんの右手と、切断され今はもうない左手(しかし無いはずの痛みに悩まされている)の間に鏡を置いて、右手とその鏡に映っている(あたかも左手のように見える)右手を見ながら両手を動かそうと試みます。すると左手の感覚がよみがえり、数週間後には幻肢痛が消失したという話があります。(註3)


まだ他にも治療法はありますが、その多様性は不思議なものですね。身体の一部を失ったという、免疫や代謝性疾患と比べると単純に見えるものにも個人差が存在し、その人にはどんな治療法が合っているのかはやってみるまでは判らないのですから。治療にはいろいろありますが、その価値とか意味というものは人によって異なるようですね。自然環境における生態系であれ、生命の体内環境であれ、生命の治療であれそれらを成り立たせている鍵は「多様性の維持」かもしれません。


しかしながら医学界、鍼灸医学の世界には別の考え方もあります。それは医療者がそれぞれいろいろな治療を行うことは安全性や信頼性を失うので、治療法はマニュアル的に統一したほうが良いというようなものです。


それはさて置き、どうしてこれらの治療は幻肢痛に効果があるのでしょうか。全てを同時に説明することははたして可能なのでしょうか。


(註1)Ketz AK."The experience of phantom limb pain in patients with combat-related traumatic amputations."Landstuhl Regional Medical Center, Landstuhl, Germany. Archives Physical Medicine and Rehabilitation. 2008 Jun;89(6):1127-32.


(註2)Wilkes D, Ganceres N, Solanki D, Hayes M."Pulsed radiofrequency treatment of lower extremity phantom limb pain."Department of Anesthesiology and Pain Management, University of Texas Medical Branch, Galveston, TX 77555, USA. Clinical Journal of Pain. 2008 Oct;24(8):736-9.


(註3)V.S.ラマチャンドラン『脳の中の幽霊』より


(ムガク)


No.62 幻肢痛と薬物

2008-12-03 21:16:03 | 幻肢痛など

鍼灸治療は幻肢痛に効果があるようです。しかし効果があるのは鍼灸治療だけではありません。もしかしたらなぜ効果があるのかという問題は、そこを考えていくと見えてくるのかもしれません。


幻肢痛には薬物治療が主に行われます。たとえばオピオイドと呼ばれる麻薬性の鎮痛薬や非ステロイド性の鎮痛薬があります。また抗うつ薬やカルバマゼピンのような抗てんかん薬が使われることもあります。最近ではガバペンチン(抗てんかん薬)も使われるようですね(ただし日本では健康保険の適応ではありません)。


てんかんはなぜ起こるのかはよく分かっていないようです。てんかん発作の時には脳神経に異常な電気パルスが発生するらしいのですが、なぜなのかは判っていません。なぜということが判らなくても発作の条件が分かると、脳に電極を埋め込み、発作に対処できるようになりました。また抗てんかん薬もなぜ効果があるのかがよく判っていません。脳神経細胞のイオンチャネルに作用するらしいのですが、それがなぜ効果を持つのかは明らかではありません。


このよく判らないということは、それだけ人の身体が複雑でよく判っていないということも意味していますが、実は「生きている」ということは何なのかもよく判っていません。生物学的な生命の定義(呼吸をするとか繁殖をするとか細胞から成り立っているとか)がありますが、それは生物学という学問の中だけの定義です。なぜならこれらの定義は我々が生きていると感じているものである動物や植物を集めてそれらを抽象化したものだからです。例えば2千年前の人が「この人は細胞からできているから生きているのだ」と思わないように、この抽象に基づいてそれが生きていると感じた訳ではありません。そこには直観が働いています。


すこし脇道にそれましたが、メマンチンというアルツハイマーの薬(日本ではまだ臨床試験中で未承認です)も幻肢痛に効果があるらしいですね。先日、サンディエゴの海軍医療センターでのことですが、さまざまな薬が無効であった幻肢痛の患者さんにメマンチンを投与した時に、幻肢痛が軽減したとの発表がありました。(註1)


てんかんの薬やアルツハイマーの薬で幻肢痛が改善するとは興味深い話ですね。これらの薬の共通点はというと、どちらも脳に働くと考えられていることです。幻肢痛に効果がある(と考えられている)ものはそれだけではありませんので続きは次回にしたいと思います。


(註1)Hackworth RJ, Tokarz KA, Fowler IM, Wallace SC, Stedje-Larsen ET.2008."Profound pain reduction after induction of memantine treatment in two patients with severe phantom limb pain."Anesthesia and Analgesia. 2008 Oct;107(4):1093-4.


(ムガク)