旧正月でした。
私が小さい頃は、旧正月の祝いが盛大だったと思います。
まるで、今の中国、韓国のようにね。
新旧、どちらも気を引き締め、新年(信念)で生きます。
さほど、お供えや物質的なことが気にならなくなりました。
きれいにお掃除して(不要なものは捨てる)、
窓をあけ、新鮮な空気(エネルギー)や
意識を自分の中に常に置くことで落ち着きます。
波の上宮に入る前の天気と参拝を終えて変える時の天気が数分で変わりました。
ここは余所より、落ち着きます。
しかし、中国、韓国の参拝者が多く、観光地の一つになってますね。
拝殿の横にゴザを敷くスペースが準備されています。
ウチナー方式で祈りをされる方々のために設けられています。
それをみている中国系、韓国系観光客は似ていると感じているでしょうね。
私もそれがフツーだと育ち(実家ではそういうことはしなかったけど
嫁ぎ先ではユタさんが沢山いた)その祈りの物質的なやり方から疑問を持ち
物より本質へ意識を向けることにしました。
どこで何をやっても、どこまでいく祈りなのか、どこに繋いでいる祈りなのか
それは本人が身をもって受けている、責任を伴いながら。。