古宇利島にある伝説記念碑
♡岩があったり、素敵な伝説もイイ形になってるよ。
島の活性化には仕方がないかね。
新しい記念碑と新しい観光名所。選ぶとしたら
オーシャンタワーの天辺でお茶をしよう。
そんな浜があったなんて、降りてみないと知らなかったよ。浜比嘉島。
前回に続き・・っていうより、時間があれば行ってるけどね。
きちんと結界を張って、島へ向います。だって要らぬエネルギーが近寄って来ないように。
神だの、先祖霊だの、ご縁がないものは困るので。
自然には感謝です!!
ず~っと先まで、同じように岩が開いています。
ここは、午後から撮影したほうが、もっと光が当たり綺麗でしょうね。
しかし・・・
これ以上、シルミチュー側へ入り込むのは気が向かないなぁ。
自然を楽しむ、癒やしを感じるのは
ここぐらいまでと思うんだけど。。
明日からウンケー。
風物詩エイサーも近くで見学したら、住所氏名を書いて寄付金千円程度を考えています。
あなたもどうかしら・・
島民の迷惑にならないよう、観光にもドライブにも気を配ってね。
前回に続き・・っていうより、時間があれば行ってるけどね。
きちんと結界を張って、島へ向います。だって要らぬエネルギーが近寄って来ないように。
神だの、先祖霊だの、ご縁がないものは困るので。
自然には感謝です!!
ず~っと先まで、同じように岩が開いています。
ここは、午後から撮影したほうが、もっと光が当たり綺麗でしょうね。
しかし・・・
これ以上、シルミチュー側へ入り込むのは気が向かないなぁ。
自然を楽しむ、癒やしを感じるのは
ここぐらいまでと思うんだけど。。
明日からウンケー。
風物詩エイサーも近くで見学したら、住所氏名を書いて寄付金千円程度を考えています。
あなたもどうかしら・・
島民の迷惑にならないよう、観光にもドライブにも気を配ってね。
「浜比嘉島」
沖縄県中部のうるま市にあります。
浜比嘉島は海中道路を渡り、車で行ける離島です。
浜比嘉大橋を渡り終えると、右側を浜集落、左側を比嘉集落となります。
先週、ドライブの最中にみかけた光景、ハーリーの練習ですね。
橋の左側からハーリー舟がみえて、橋の下をくぐりぬけ、
右側へ移動した光景です。逆光になり、景色がモノクロへ一変。
まるで、空間の移動を撮った気分です。
かけ声も橋の上まで響き、伝統行事が引き継がれている活気を感じました。
「観光開発が進んでいる車で行ける離島も多い中、浜比嘉島はしっかり自然豊かな風景が残されている場所です。
くれぐれも、島住民の生活をおびやかさないよう、静かな訪問をお待ちしております」
そうらしい・・です。
伊弉冉、伊弉諾神話と同じように、琉球の国づくり神話にまつわる伝説の地の浜比嘉島もその1つ。
「アマミチュー」「シルミチュー」
その時代の「神々様」のお役目もありますし、どういう姿勢で訪ねるか、お考え下さい。
ネガティブなモノを開けない、引きづらないようそれだけはご注意下さい。
私はそれ以前の「神」(現在のところそう呼んでいる)の存在を知りたいし、
拝みなる儀式を再考察中。(コリゴリ感)
でも、自然をみると、どうしても手を合わせたくなるほど、心洗われる(現れる)んです。
その自然の猛威を現在、真っ向から受けています。
台風7号。
断水解消にはなったはず。。ありがとう。
久し振りに姉とランチをした。しあわせ♡
私は出かける時は、しっかりと化粧?いや、ガードをしていくのだけど。
今日はスキがあったのかも。
そのホテルは高台にあり、レストラン入り口には、珍しく野菜販売コーナーがある!
帰りに欲しい・・しかし、ランチのあと母の面会が予定されているので諦めた。
さすが、余所より高い値段とあって、美味し~そ
デザートまで準備して写真を・・
お代わりもして、お喋りもして、楽しかった時間を精算しようとレジへ向ったら
レジ係と客の問答が、余りにも店に不似合い、噛み合わない話題が耳に入り、
ガードしたはずなのに、す~と入ってきたんだよね。
支払いを済ませて、店を出たとたん、飛んできた。
レジ係の念が!
なんで私に?あの問答した客じゃなくて?
ホントにトンデモナイ!(飛んでもない)と返しました。
車に乗るまで、はたいてはたいて
絶対憑いてくるな
と帰ってもらった。
そう言わざるをえないレベルの持ち主だった。
愚痴を言わず、仕事でのレベルUP、接客に努めるほうが
今を抜ける早道かもね。
あなたの魂の叫びに気付いてください。
口から出るモノに注意せよ
口から入るモノには選別せよ
今年1月に訪れた「オーシッタイ」
綺麗な梅の花を見事に咲かせてました。
今月には、青々とした実がなっています。
観光名所にもなり、地域のチカラですね。
触らず、汚さず、楽しんで帰ります。
これはお隣さんのシークァーサー。
自由に収穫して召し上がれとのこと。
我家のシークァーサーは実をつけたばかり。遅咲きってことだね。
(そだね~と実感することばかり・・)
確定申告で訪れたところ、「イッペー」の花が満開!
周囲の混沌とした街並みを忘れ指す景色です。
きれい!綺麗!
読谷村で見かけた麦畑。
沢山の外来種?(たぶんシマキンバラ)鳥たちが麦の穂に乗って風に揺れてました。近寄ると、一斉に飛び立つ様子がすごかった!
この麦の穂も収穫時には黄金となるのでしょうね。
また、その頃の風景を収めたいと思います。
地産地食・・自然の恵みの風景や食物のエネルギーをいただきます。感謝
観たい景色を観られるのも、そこでそれを創る人がいるから。
観たいもの、欲しいもの、食べたいもの、そこに在るから。
素直で純粋な気持ちで育み、芽を出し、花になり、実になり、収穫するのは人間とて同じことです。
視せていただいた滑走路は飛び立つ時期と確信。
「不自然」は要警戒かも。
旧正月でした。
私が小さい頃は、旧正月の祝いが盛大だったと思います。
まるで、今の中国、韓国のようにね。
新旧、どちらも気を引き締め、新年(信念)で生きます。
さほど、お供えや物質的なことが気にならなくなりました。
きれいにお掃除して(不要なものは捨てる)、
窓をあけ、新鮮な空気(エネルギー)や
意識を自分の中に常に置くことで落ち着きます。
波の上宮に入る前の天気と参拝を終えて変える時の天気が数分で変わりました。
ここは余所より、落ち着きます。
しかし、中国、韓国の参拝者が多く、観光地の一つになってますね。
拝殿の横にゴザを敷くスペースが準備されています。
ウチナー方式で祈りをされる方々のために設けられています。
それをみている中国系、韓国系観光客は似ていると感じているでしょうね。
私もそれがフツーだと育ち(実家ではそういうことはしなかったけど
嫁ぎ先ではユタさんが沢山いた)その祈りの物質的なやり方から疑問を持ち
物より本質へ意識を向けることにしました。
どこで何をやっても、どこまでいく祈りなのか、どこに繋いでいる祈りなのか
それは本人が身をもって受けている、責任を伴いながら。。
今年一年、こちらを訪問いただきありがとうございました。
気まま、気まぐれで書いてますが、正直者でございます。
確信がないものは、曖昧に・・
あった事実はきっかけとして・・ご利用下さい。
さて、人気のあった最後の記事「読谷」ですが、
海がきれいなんですよ。癒やしの場所として大事にして下さい。
琉球に生きるか、沖縄に生きるか、時代を選ぶのも貴方次第です。
観光客で賑わうのも経済効果で嬉しいですが、沖縄県民よ、一番だいじなのは
祈ることですよ。
どこに?何を?
それは、あなたの仕事において、神の立場ならどう祈るのでしょうか。
神と言えば、いいのかな、エネルギーと言えばいいのかな、存在といえばいいのかな・・
観光だけではなく、聖地も訪れる人が多いらしいのですが、
果たして、歓迎されていつのでしょうか。
体調を崩されたり、あるいは、低級のものに御利益をいただいたと勘違いしていることを
未だに耳にすることも。
聖地には、そこの存在のものが、そこに存在する目的をもって在る。
らしい・・です。
むやみやたらに出向き、拝むものではない。
堂々めぐりをするな。
そこではなく、自分の中をみよ。
らしい・・です。
元旦の朝日と夜の満月
いいスタートとしましょう。
より良い年となりますように。。
読谷村は歴史が濃いよね。
まだ、集落には名残(うがんじゅ)がたくさん残っているし。。
古い祈りも続いているのだろうね。
現在、読谷で仕事をいただいているので、どうしても拝所が多くて目にとまる。
村内では、新しいスポットや建造物もどんどん増えていく。
予算もあるだろうし・・
そう言えば・・喜納にある拝所から、霊人が出て来られ「背中に背負ったものはなにか」(通訳さんの話によるとそう言っているらしい)
リュックサックを珍しがって出てきたそうで、こちらの説明を聞いて帰られたことを思いだした。
通訳さんから、「重箱に入っている珍しいモノ(ウィンナーソーセイジ)に惹かれてでてきた方」もいたそうで、こういう楽しい話題は歓迎である。
だいぶ前の話ですが、何故そこへ行ったのか、私は説明すら聞いてなかった。忘れたのか。
過去世でその地にご縁でもあったのか。それでも治まらない、チムフガン自分がいた。
聖地や拝所を控えて何年なるだろうか。そういうケースではなかったようだ。
万能薬はありません。自然治癒が一番の近道です。
先日、喜納番所跡近くの番所亭で昼食を頂いた。
読谷名物の紅いも麺。
とりあえず、味見ということで。。
台風22号 我が家にはフルヤノモリが来ている
〈琉球文化アーカイブより〉 画像は探してみてね
喜納番所(きなばんじょ)は、読谷山(ゆんたんざ)間切の番所(=げんざいの役場)。読谷村喜納の国道58号沿いにあり、正門跡付近に「読谷山村道路元標」と刻まれた石標が残っている。
当初は座喜味(ざきみ)にあったものが、のちに喜納に移されたといわれるが、移動の年代は不明である。1731(尚敬19)年に編集された『琉球国旧記』に喜納番所の記載があるので、それよりは古いと考えられている。1908(明治41)年には役場に改められ、戦前まで使用されたが、戦争で焼失し、戦後、波平に役場ができると放置された。1974(昭和49)年の国道工事によって東側が分断されている。
1853(尚泰6)年に琉球を訪れたペリー艦隊の一行は、6月3日、沖縄島調査の際に喜納番所で休息していて、「番所に相当するクンクワ(公館)は石垣囲いにして、建物は瓦葺、部屋は畳敷きであった。庭には多くの真紅の花が咲いて石造の小鉢がおかれていた。」と『日本遠征記』(1856年)に記されている。
また、北谷間切(ちゃたんまぎり)に向けて南西の方向にのびる宿道(しゅくみち)は、広くてよく踏みしめられ、道路に影を落とす二列の松並木が海岸と平行して植えられていると記している。
行ってきました、沖縄市の東南植物楽園。
ランチのみだと入園料はでません。
痩身ランチなのに、満腹いただきました(>o<)
「酢」と「発酵」の沖縄素材の料理は美味しかった~
お気に入りは以下の通り。
土、日曜日の早朝開催の台湾朝食ってなんだろう。入場料半額セットとなっているけど?
次回のお楽しみにしましょう。
ガラス越しにみえる水上楽園のハスたち。
早朝に満開に咲く、幻想の景色はみることができるかな。
観ることができたのは、玄関で迎えてくれたハスだけ・・
入園料とランチ代をしっかり持って、観覧しましょうねぇ
東村へ行ってきました。
「東村文化・スポーツ記念館」
幼い頃からの藍ちゃんとファミリーが画像や動画で見られます。
芯の強い子だったのね、小さい時から。。
記念のトロフィー、ゴルフグッズの展示も。
館内は写真撮影禁止なのでご注意を!
村内をゆっくり観光してね。
東村公式旅券にも、見所、食べ処満載です。
北の辺土岬まで廻るのも良し。
(沖縄北部でどーして東村?村名の由来は?)
辺土の北国小学校の名前も沖縄らしくない校名かな