葉っぱの気持ち

今日出会えた人。。。今日感じた気持ち。。。
気ままに風にのせてみたい。。。どこまでも高く~

納棺師。。。。。。。。

2013-03-27 | 日々の出来事
私達は家族葬で義父を送った
88歳といえば米寿「お赤飯炊いてお祝いしたい」
悲しいなかにも夫とそんな気持ちでした
式場は2日間貸し切りができるのでゆっくりとできました
お花で祭壇もいっぱいにして、私達との思い出の写真や
本人が描いた絵も飾り
「いっぱいやさしさをありがとう」と式場の方が書いて
祭壇の傍に飾ってくれました。
こんな事あったね~。。。。。一緒にでかけたよ~。。。。。
お通夜に来て下さった方や、親族でいろんな話ができました
納棺の時は夫・私・長男と3人で傍でちょっとだけお手伝いしました
お風呂にずっと入れなかったので、夫がオプションで
「湯なんとか??の儀」をお願いしました。
義父は簡易お風呂でシャワーをかけてもらい
頭・体・足と洗ってもらいました
タオルを上手に使って、顔意外全く見えないようにしていました
私達も3人でお湯を体にかけてあげましたが。
20代の女性、お二人でキビキビと、湯なんとか??の儀を終了し
私達はその手際の良さとお二人の雰囲気に「ただ感心しきり」
髪の毛もきっちりとアップし、無駄な動きも無く
「それではこれから旅立ちのお支度に入ります」
夫はきれいな色の着物で・・・・と言ってブルーの色を選びました
私達もひもを結んで手伝いました。
納棺師の方はサッサッと上手に整えて、私達はまたまた感心しきり
私は義父がお風呂ですっきりとしたあたりから
お坊さんに見えてしょうがなかったです
「おじいちゃん、お坊さんみたいだね~」
ブルーの着物を着て数珠を持って、今度はお化粧。
ファンデーションを塗ると「違和感はございませんでしょうか?」
くちびるを整えて「少し明るい感じに致しますが
何か違和感はございませんか?」
とってもきれいなお顔に整えていただいてから納棺。
お通夜の席でも、ご参列いただいた方々から
「きれいだきれいだ」と言われていました
お風呂のセットも簡単にたためて、キビキビと後片付け
長男が「お姉さん達は納棺師なんですか?おくり人を見ました」
「はい、そうです。映画の監修も行いました」と言っていました
「お若いのに。。。。すごいお仕事だね~」と夫とまたまた感心
最近の新聞にも納棺師の仕事が載っていました
元看護師の方も多いらしいです。
数日前も成田空港で納棺師の方の働きが放送されていましたね~。
すごい仕事だぁ。。。。。。って思う


さっぱりしないこの気持ち。。。。。。

2013-03-27 | 日々の出来事
今日は雨。桜通りの桜の花も満開だ。
寒いので少し持つかな?桜まつりは4月6・7日
葉桜まつりになっていますかね~
なんだか、ちっとも気分が晴れず
本日は午後からのお客様なので、家でお花の整理をしてから
サロンに来ています。納骨は来月。
祭壇の傍はお花でいっぱいでしたが
さすがに、3週間も経つと元気がなくなり
大きなごみ袋2つにめいっぱい捨てました
肺炎で食べられなかった事もあり、朝夕と私達と
同じ食事を欠かさずお供えしている
「毎日、寝た~って気がしない」と夫
実は私も変な汗が出たり、2時間置きに目が覚めて
今年に入ってから寝不足気味だ
「49日まで、おじいちゃん、あっちこっちに飛んでって
時間関係なく家も出たり入ったりしているだろうからね~」
それで、私達も落ちつかないんだよきっと
すっきりしないよーーーーーーー!!!
落ちつくまで少し時間もかかる
寝不足でやる気のない夫。
右半身が痛くてすっきりしない私。
太陽も出ないので、益々自律神経も不安定
春なんだから、陽気な日差しに包まれたいもんですね~




やっとサロン再開。。。。。

2013-03-18 | サロン
2月末からサロン閉じていました
風邪をひいてから胃腸炎になりお腹の調子が悪く脱水状態。
それでも、1月から入院している義父の所には仕事帰りに
毎日出かけ、話しをしていました。
胃腸炎が最悪になり、ご予約いただいていたお客様には
お詫びメールを送ることとなり、大変ご迷惑をおかけしました
「んーーーー今日は大丈夫のような。。。。。」
でも「ぉーーーーー!!やっぱりだめだーーーーー
この繰り返しが2週間続きました。
辛いもんなんですね~こんなひどいのは初めて!と
言いながら、じーーーーーーっと家にいたのでした。
3月に入り、義父の様態が急変。病院からの電話も頻繁になり
「今週末あたり」と密かに話していたのですが
その通りに事は運び。。。。。。。数え年88歳で亡くなりました。
まだ、意識のある時にちゃんとお別れができたので
私達は悔いがありません。
呼吸が苦しい中「お母さん、お父さん、ありがとう」と言ってくれました
涙が止まらず。。。。。。。。「こっちこそ感謝いっぱいだからね~」
持病があったのですが、結局肺炎という事でした。
酸素も15リッター入れないとダメで、傍で見ているのも辛かったなぁ
良く頑張りました!!私が調子悪くてサロンに行けなかったのも
いつでも病室に来れるように義父がしていたのかも。
お別れが出来た次の日から目も見えない様子で
ただ呼吸をしているだけ。
「また、明日くるね」と耳元で言うと、首を横に振った
「帰ったらダメなの?」と聞くと首を今度は縦に振った
次の日の午前10時に病院から
「いい状態ではないので気をつけてきてください」
意識がなくなって、酸素も測定不可になった頃
「人間感覚で耳は最後まで聞こえると言われているので
いっぱい話しかけてください。連絡できる人には早くに」と担当看護師
耳元で大きな声で叫んだり、ゆすったり、まだまだ!!って言いながら
主人の到着を待った。その時間が一番辛かった。
間に合わせたかったから。応えるように何秒か置いて息を吸って
義父もよく頑張った~。主人が到着して1分程で
ゆっくりと亡くなった。義父の目から涙が出ていました。
タオルを絞って顔をふいてあげました。
気がつけば、梅の花が満開になっていました