花澤嬉一の旧ブログ

文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」「青山二丁目劇場」を担当。

【radikoで17日まで】ラジオドラマ執筆『空に記す~東京編・後編~』について

2018年12月12日 13時44分51秒 | Weblog

ついに完結しました『空に記す』。

構想から考えると、足掛け3年かかりました。

ずっと聴いて頂い方、本当にありがとうございました。

嬉しいことに、「一緒に旅をしている気分だ」と言ってくれるリスナーさんが多かった。

また、ソラシルでラジオドラマに嵌ったということも。

これを機に、もっとラジオドラマの魅力を多くの人知ってもらいたい。

『想像力』は無限です。

メディアやコンテンツが増えた昨今だからこそ、ラジオドラマの良さを分かって欲しいと思う。

Twitterのハッシュタグで#脳内VRってよく付けている。

ラジオドラマは、声と音を聴き『想像力』で自分なりの世界観を創る事が出来るんです。

さて、早速解説を・・・

と思いきや、ちょっとだけ。

実はブログで以前は、『ネタバレ』って書いていたんだけど、『解説』にした。

一般的に、またリスナーの皆様が『ネタバレ』と口にすることはあっても、

僕が使うことは違うと、途中から感じ始めたのだ。

シリーズを進めていくうちに、寛二と純の人間性を掘り下げていくにあたり、

『ネタ』ではないと思った。

寛二と純は、生きている。

そう思うと、解説の方が適切だと思ったのです。

というわけで、解説を。

オープニング。

『男はつらいよ』ではお馴染みの夢オチ。

たぶん、多くのリスナーの皆様が戸惑われたことだろう。

まさかのハワイで結婚!

自分で書きながら、笑った。

割烹着ウエディングドレスって、

梅むらさきのブーケって。

 

映画館ができる話。

調布に馴染みがある方は、ここで?と思うだろう。

調布には、今映画館がある。

去年、6年ぶりに駅前に出来たのだ。

だから、この時点で「来年出来る」って言ってるから、

実はソラシルシリーズは、これまで2年前の話だったと言うこと。

 

「覚悟」という言葉。

新潟編でも出てきた言葉。

これは僕自身がいつも思っていること。

何かをやろうと思うと「覚悟」が必要。どんなことでも。

 

医療ジャーナリスト

これは想定外だった。

偶然にも、古川さんが担当している『ガンダム』のカイ・シデンもジャーナリストになった。

これは意識していなかったが、古川さんが作るキャラクターは多面性を持っている。

一見、チャラチャラしていて、素直でない。

しかし、他人を思いやる、特にマイノリティを思う気持ちが芯になっていると思う。

そう考えると、自然とジャーナリストになっていったのだ。

 

想定外でさらに言うと、進の小説家だったという設定もあとからついてきた。

旅の小説家は相性がいい。

知人の小説家、森沢明夫さんも若い頃バイクで旅をしていた。

来年『男はつらいよ』の50作が公開されるが、

寅さんの甥っ子、満男が小説家になったということにも納得がいく。

 

 

現代の医療について

深くの掘り下げなかったけど、これは難しい問題。

難しい問題だから、寛二にジャーナリスト側にいってもらいたいという気持ちが僕の中にあったのかもしれない。

 

寛二と由紀子。

ここは見事だった。

当たり前だけど、あたるとラムではなく。元医者同士の会話だと感じた。

前編から思っていたが、平野さんの由紀子の言葉はひとつひとつに説得力がある。

医者を辞めたこと。そばで進をずっと見ていたこと。さらに、ずっと寛二の旅を見守ってきたようにも思える。

 

進の死。

このシーンの収録は、古川さんの思いがガラス越しにも伝わってきた。

涙を堪えるのが大変だった。仕事だ、仕事だと言い聞かせて。

空海と最澄について。

同じ密教ではあるが、空海が東密、最澄が台密。日本の二大密教といわれている。

太龍寺は空海が修行をした場所。

進のセリフ「釣りか・・・何もかも皆懐かしい」は、『宇宙戦艦ヤマト』のオマージュ。

沖田艦長が死ぬ前に言ったセリフだ。

寛二の「アニキ、俺」「もうちょっとだけ」というセリフ。

栃木編で出てきた言葉だ。

古川さんが素晴らしいと思ったのは、子供の頃に戻りつつ言っていたこと。

やり過ぎず、微妙な匙加減だった。

 

 

純と博。

純が裁判で勝った。

純のなかで、リベンジしたい気持ちがずっとあったのではないかと思う。

旅はそれを考える時間だった。

同じ会社で、また過労死。繰り返される悲劇に、黙っていられなったのだろう。

優しさの中に強さを持っている純らしい決意だ。

博役の岸尾さんは、いい空気をソラシルに持ち込んでくれたと思う。

博は、ソラシルの人間関係で一番遠い距離感を持っている人間だ。

その距離感を保ってくれたような気がした。

 

千代、由紀子、春香。

この場の関係も良かったなぁ。

女子会でワイワイやりながら、そこにいない人(寛二、純、進、博)のことを話す。

単なる説明でななく、自分との関わり方で人間を創る。

ラジオドラマは特に、本人より周りの人達が登場人物を創ることが多いから、重要なのだ。

そして、ここで2年経ったのがわかる。

ということは、やっと現在に追いついていきたのだ。

 

再び旅へ

舞台は東京駅。熊さんに会ったのが銀の鈴で、待ち合わせする場所で有名なところ。

ここでの会話は、鹿児島編のオープニングと同じ。(微妙に変えているけど)

なぜくり返しのか?

『旅は続いている』

『人生は旅で、同じことの繰り返し。でも少しずつ変わっていく』

『寛二と純は今も旅をしている』

そう伝えたかった。

僕の『男はつらいよ』の寅さんに対する気持ちと同じで、寛二と純もそうなって欲しかったのだ。

渥美清さんはこの世にいないけど、寅さんは今でも旅をしている気がする。

映画館に足を運んでいた時期も『男はつらいよ』という映画を観に行くというより、

寅さんの近況報告を聞くために、くるま屋に行くという感覚だった。

おいちゃんたちみたいに、「寅さん、今頃なにしてるかな?」「またフラれたの!」って言いたい気持ちで映画館に行っていた。

だから『空に記す』も、そうであって欲しい。

寛二と純が、皆さんの頭の中でずっと旅をしていて欲しい。

 

山下さん連れ出される。

多分誰も想像出来なったと思う。

これは映画監督川島雄三へのオマージュ。

詳しいことは下記の「幻のラストシーン」を見て頂きたい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%95%E6%9C%AB%E5%A4%AA%E9%99%BD%E5%82%B3

虚構から現実へ飛び出したかったのだ。

寛二と純が、よりリスナーの皆様の中で生きるにも必要だと思った。

しかも、シリーズをずっと俯瞰で見てきたナレーターの山下さんだからこそ、意味がある。

そして、旅はこれから始まる。

さっきも書いたが、『空に記す』は時系列で言えば、2年前の話をずっとやっていて、やっと現在に追いついたのだ。

旅は、まだまだこれから。人生も、まだまだこれから。

リスナーの皆様へ送る、寛二と純からのエール。

 

川島雄三監督に関して僕のエピソードがある。役者を志して上京して初めて住んだのは、中野の風呂なしの部屋。元々は下宿をやったいたアパート。

その部屋で、役者をしていたからのか映画の撮影現場の夢をよく見ていた。テレビドラマではなく映画の撮影現場だけだった。

まぁ、役者だからと思っていたが、ある日大家さんから、同じ部屋にかつて川島雄三監督が住んでいたと聞いた。

それ以来、川島雄三監督のことが気になり、映画を見たり調べたりして「幻のシーン」のことを知り、感銘を受けていたのだ。

創り手として凄くわかる。クリエイターって、一生懸命創ったものをぶち壊したい気持ちって、心のどこかにあるんじゃないかな?

自分で創ったらこそ、自分で壊せる。壊すからこそ、生まれるものがある。縛られたくない、そんな気持ちが。

 

 

最後のセリフ。

寛二、純、進の3人バージョン。

これは、収録現場でもオンエアーでも鳥肌がたった。

進が入ることによって、生きている人も亡くなった人も、同じ空の下にいるということを伝えたかった。

寛二と進の最後のシーンで

「見上げた空とありのままの自分をひとつにしよう」という進のセリフがある。

まさに『空に記す、わが息吹』なのだ。

 

ざっくりと解説をしてみましたが、いかがでしたでしょうか?

最後に、このような機会を与えてくれた文化放送と青二プロダクションに感謝いたします。

また、毎回ラジオやパソコンの前で聴いて頂いたリスナーの皆様、本当にありがとうございました。

寛二と純に会えて嬉しかった。ありがとう。

 

 

 

 


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