デンマーク ハーフキッズ

デンマークについてのさまざまな情報やニュースの紹介、またデンマーク人と日本人のハーフのうちの子供たちの子育て日記。

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新デンマーク大使着任

2011-09-04 07:22:02 | 日本の中のデンマーク
 前メルビン大使に代わり、新しい駐日デンマーク大使が9月1日より着任されました。


デンマーク大使館HPより----------------


駐日デンマーク大使着任
2011年9月1日にA.カーステン・ダムスゴー大使が、駐日デンマーク大使として就任致しました。配偶者のエスベン・カーマーク博士と来日致しました。



直近の経歴として、同大使はデンマークのアフガニスタン大使を務めました(2010年-2011年)。同大使のそれ以前のポストとしては、デンマークのイスラエル大使(2003年-2008年)、デンマーク外務省の政務局長、そしてデンマーク外務大臣のアフガニスタン及びパキスタンに関する特別代表を務められました。

駐日デンマーク大使を任命されたことは夢のようで、今後の任務の遂行を楽しみにしています。


デンマークは評判が大変良い国であり、日本の中でも強いブランディングが構築されており、この両国間の絆は古く、また強いものでもあります。大使館がチーム一丸となり、商業的および文化的にも、両国間の繋がりを更に強化なものとすることを願います。(ダムスゴー大使談)

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 配偶者は男性のようです。さすがデンマーク、こういうところはすばらしい!
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ホスピスの話の続き

2011-09-04 05:38:05 | デンマークについて
 今回のホスピスの入院の前、短期で義母は数日ホスピスにお世話になったことがあったようで、そのときの対応が本当によかったと義母は何度も言っていました。「とても優しかった」と。デンマークでは何かとしばしば不親切な対応を受けることもあるので、ホスピスの人達の優しさは義母にとって本当に心休まり、印象に残るものだったようです。

 そのとき、まずはホスピスで義母と看護師とのミーティングがあったそうです。しばし、質問や話が行われた後で、その看護師の方が「あら、あなた、もしかしてタバコを吸うんじゃないの?」と尋ね、義母がそうだと言うと、「あら、ごめんなさいね、気づかなくて。」と急いで灰皿を取りに行き、「ここでは何でもすべてあなたの好きなようにしていいのよ」と言ったそうです。

 そうしたホスピスがどのようなものなのか、前回紹介した本ではその理念や日々のケアなどが書かれており、私のデンマークのホスピスへの理解を深めてくれました。本の終わりではベテランの看護師リタ・ニルセンがホスピスについての説明をしています。「患者さん1人ひとりや、その家族の方々と対面することは強烈な体験でした。私は教室でクラス全員を教えることには慣れていましたが、ここでは1人の人と向き合って話をするのです。そのシンプルながら深いふれあいに感動しました」「生命に焦点を当てる、つまり人は死ぬまでは生きているのです。患者さんたちは余命がかぎられているし、体調のよい時間となればもっとかぎられたものとなります。たとえば、一日に10分とか、そんな限られた時間ですから、本人の願いを優先させることが大切です。外の空気に触れたいですか?お葬式の準備をしたいですか?それとも、まったく別のことをしたいですか?と」。こうした気持ちで、多分義母にも接してくれているのでしょう、現在入院している義母には何かを強要されることもなく、けれども、いつも傍らにいて話しかけたり、義母の幻想の話を聞いてくれたり、義母の要望に応えようとしてくれています。

 著者は「リタ・ニルセンは、患者に付き添って死の谷に向かう道のりをいっしょに歩き、その途上で思いやりと心の慰めを提供する。死に直面している患者に対して、彼女は同僚達とともにプロの技術と人間性を提供するのだ」と書いています。リタは「プロの技術を使って、痛み止めを投与したり身体上の介護を施したりします」と言っていますが、こうしたことは家族がやりたくてもなかなかどうしたらよいのかわからず、ひたすら困惑する部分です。技術的なことは病院でも提供できると思いますが、死に直面している患者や動揺する家族に対し、深い人間性をもって心から接してくれること、ときには勤務時間を過ぎてまで向き合ってくれることに、どれだけ患者も家族も感謝することでしょう。

 また、スタッフはできるかぎり家族を支援し、それを通じて家族が患者を支援し、「ご家族がもつ親身な愛情が、患者さんに奇跡をもたらしてくれるのです」とリタは語っているが、まさに私達が夏にデンマークに行くということだけが義母の支えであり、その終わりとともに、義母は生きる意欲を失くしてしまったのでした。私達が望めば、サンクト・ルカス・ホスピスは実際に何でも応えてくれようとしてくれていますが、私達家族が遠く離れ、遠隔操作しかできないことをとてももどかしく感じています。

 私も癌で死ぬときはホスピスがいいかな。家で死ぬのがいいのかなと思っていたけれど、家族は私がいる分、自分の生活を縮小したりストップすることになってしまうこと、プロフェッショナルな人のケアが身体的にも精神的にも私自身必要だろうということから、ホスピスが最良の選択のように思います。義母を見ながらそう思っていましたが、この本を読んで、さらにそう思うようになりました。とにかく、サンクト・ルカス・ホスピスの方々が、技術的・人間的にプロフェッショナルであることに深い感謝と尊敬を、今は遠い日本から日々感じています。
 

 
 
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サンクト・ルカス・ホスピス Sankt Lukas Hospice

2011-08-31 16:09:58 | デンマークについて
義母は今、ヘレラップにあるサンクト・ルカス・ホスピスにいます。私達が日本に戻る前日に入院していた病院から退院し、その3日後には運よくそのホスピスに受け入れてもらうことができました。

 それまでも在宅ホスピスでがんばっていた義母ですが、退院した日、とうとう、立ち上がることもベッドから抜け出ることもままならず、という自分の体の状況を冷静に判断して、ホスピスに入ることを決めました。このことは義母にとっても、そして周りの家族にとってもとても大きな決断だったと思います。そこに至るまで、私は、いつもいつもデンマーク人の考え方と日本人の考え方を自分の中で対比させ、いろいろ私自身も考えさせられていました。あくまで本人の意思や尊厳を尊重しようというデンマーク社会の中核となる部分を見たような気がします。

 在宅ホスピスでは、看護師の女性が毎日1度、義母を訪ねてきていました。(私達のいる間はことわっていたようですが、夕方には食事を整えてくれるヘルパーの方が来てくれ、そして週に一度は掃除をしてくれるヘルパーの方が来るようになっていたようです。)看護師の女性は40歳前後の、非常にフレンドリーな、そして一度など大切な診療バッグを忘れて帰るなどちょっとお茶目な感じの人で、初対面から親しみを持てるタイプで私はとても好感をもちました。彼女は義母に、昨日の訪問から今までの義母の様子を聞いていきます。何をどのくらい食べたか、何をしたか、トイレはどうだったか、シャワーは浴びたか、薬は飲んだか、効果はどうか、などなど、ゆっくりとシートに書き込みながら聞いていきます。そして、痛みはどうか、問題はあるか、そして何かあればそれにどう対処しましょうか、と相談していきます。

 ダイニングテーブルでそうした質問に答える義母は、気分のよいときは、なんだか親しい親戚の娘が訪ねてきてくれたような、ちょっと楽しげな様子で答え、気分の悪いときはその親しい娘に、ねえ、わかるでしょう?と目で訴えているような様子を見せていました。そして、義母がその看護師さんを心から信頼している姿を見て、家族はどんなに安心したかしれません。

 看護師さんは義母の話を聞きながら、柔らかな口調で、そして焦らせるようなそぶりは全くなく、義母の今後の選択、つまりホスピスに入るか、あるいは在宅ホスピスを強化していくことについて説明していました。家族と看護師さんの思いは、1人暮らしではもう危険すぎるので、ホスピスに入ってほしいと思っていましたが、義母はかなり悩んでいました。在宅ホスピスを強化する場合は日に6度、ヘルパーが入り、細やかに義母の面倒を見てくれ、そしてくつろげる自宅に最後までいられるというメリットがありましたが、そのためには看護用のベッドを入れなくてはならず、そのためにカーペットをはがすなどのこれまでの居心地を損ねるようなことが行う必要があるというデメリットもあり、義母はそれを嫌がっていました。しかし、やはり家にいたいということで、一度は在宅ホスピスを強化することが決まり、早速次の日の早朝には工事の若者が来て、義母の玄関の外側に、鍵を入れるための箱が取り付けられました。(あまりの手配の早さにびっくり。)

 けれども、退院してきた義母はもうベッドから起き上がることも難しく、そして恐らく息子や孫達がまた遠く離れてしまうことにがっくりしたのでしょう、帰国の朝、訪問に来た看護師さんに「ホスピスに入りたい」と言いました。(実はその日、彼女は義母を訪問しなくてよいことになっていたのですが、昨夜退院してきたはずだからどうかなと思って寄ってくれたそうです。本当にいい人です。)

 そして、今、義母はホスピスにいます。来てからというものの、義母は眠り続け、ほとんど食べず、まるで生きていく気持ちを完全に失ってしまったかのようだそうです。それでもときどき、幻覚を見たり、その話をホスピスの看護師さんにしたり、孫からの絵や写真を見たりもしているそうですが。

 でもこのホスピスは、義母も以前少しお世話になったときに「みんなが本当に優しくしてくれた」と言っていましたし、夫が何度電話しても非常に親切で優しい対応をしてくれます。義母に対してはもちろん、私達家族の要望も出来る限り応えてくれようとし、何かお願いしても快く応え、できるだけのことをしますよ、という姿勢です。病気の強大さにあまりにも家族は無力で、しかも私達のように遠く離れていると、本当に何をしているんだろう?という無力感に襲われますが、ホスピスでの看護師さんたちに本当に救われます。もしかしたら病気の当人よりも家族のほうが救われていると思います・・・。このようなところに義母が迎え入れられて、神様に感謝するしかありません。

 そう思っていた矢先、先日図書館にいったら、なんとこのホスピスのことが紹介された本を見つけました。このホスピスで最後を迎えた女性のことを書いた本なのですが、義母がこのようにケアを受けているということがわかり、また少し掲載されている写真でその環境もわかり、どうしてこういうときに、こういう本に私は巡り合えるんだろう、とこれもまた神様と自分の幸運に感謝しました。この本に書かれていることは、内容は違えど私達の日記のような感じがします。そして、このタイトルも実感しています。

 『天使に見守られて 癌と向きあった女性の闘病記録』
  イェンス・グルンド&メッテ・ホウマン
  トーベン・ストロイヤー写真
  フィッシャー・緑 訳 
  須山玲子 企画・編集協力
  新評論 2009年
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デンマークで図書館三昧な日々

2011-08-24 23:09:32 | デンマークのあちこち
 滞在中、暇さえあると図書館に行っていました。今回、史料が集めておかないといけなかったので、日本でまずできるだけめぼしをつけ、デンマークではいくつかの図書館に行っていました。勉強熱心というよりも、行かないと気持ちが焦ってしまい、行っていると気持ちが落ち着くから・・・。

 今回、友人の計らいで初めてロスキレ大学の図書館へ。ロスキレ大学の周りはびっくりするほど何もなく、こういう静かな環境はやっぱりいいなと思いました。夏休みでカフェテリアが閉まり、お昼ご飯を食べるところさえ困る状態ではあるものの、私の通っている大学と違い、こういう環境は勉強するぞ、するしかないし・・・という気持ちにさせてくれます。

 ロスキレ大学の図書館は、安藤忠雄氏が設計したのかなと思わせるようなコンクリートの内装でした。1階は吹き抜けになっていて、2階と地下に本があります。大学の図書館という点では基本的に私の大学と変わらない気がしましたが、その建物に圧倒されました。あれこれ調べ、スーパーのようなかごに本を入れ、地下のコピー機で大量コピーをしたのですが、コピー代が安くて助かりました!バレラップ図書館では1枚2クローネ(30円くらい)もしますが、ロスキレ大学ではその4分の1くらいで、100枚もコピーをするとだいぶ差が出ます。ここでのコピーによって、だいぶ文献が揃いましたし、本当にありがたかったです。

 次に、コペンハーゲンの王立図書館では今回初めてマイクロフィルムを読む、という体験をしました。ここに来るだけで、まずはものすごく高尚な気分になれます。これぞ知の真髄のど真ん中にいるという気分にさせてくれる「西」の部屋のインテリア!部屋は円型で、緑のランプが配置された古くて重厚なデスクが並び、その周りに1冊千ページもあるような厚い本がずらりと収められた本棚があります。その厳かな感じがまるで映画のようで、本当に素敵でした。ここでは主に、国会答弁の一次史料を手に入れました。

 反対にある「東」の部屋、これが今回1970年代初めの新聞を探しに行った部屋なのですが、こちらは打って変わってモダンなガラス張りの部屋で、ずらりと並んだコンピュータに学生達がへばりついています。とはいっても、中には机の上に足を投げ出しているような人もいて、そのあたりは皆さんリラックスムードで調べ物をしているようです。(コーヒー持ち込みもOKです。)その奥に、もうひとつガラスで仕切られた部屋があり、ここでマイクロフィルムをコンピュータ上で読めるようになってました。

 ここには確か4日間通ったのですが、最初の日は機械の操作や記事のコピーのしかたなどでかなりおずおず・・・。しかも、記事の特定ができていなかったので、広範囲に渡ってみることになり、収穫はほぼゼロ・・・。しかし、2日目からは記事の特定もある程度リストを作ることができ、操作も覚え、なんだか調子が出てきたのでした。研究と関係ないけれど、マグレーテ女王の戴冠のころの新聞記事などをちらちらと見つつ、すっかり楽しくなってきてしまい、気づけばその日は、なんと飲まず食わずで7時間も記事を探してしまいました。ほんとわくわく、楽しかったです。

 ここで毎回会う、でっぷりと太った50代中ごろに見えるおじさんや、小柄の丸顔の同じく50代中ごろに見えるおじさん達は、多分研究者なんだろうな、古い新聞記事を探しているということはもしかして歴史家なのかな?それとも専門分野についての歴史的背景を見つけようとしているのかな、などとちょっと想像してみました。言葉を交わすわけではないけれど(私語厳禁な雰囲気)、なんとなく仲間意識を感じてみた私です。

 最後に、一番馴染みのバレラップ図書館ですが、ここはこまぎれの時間のあるとき、インターネットを使う必要があるとき(リポートを1通提出しなくてはならなかったので、ここから送りました)などにちょこちょこ利用させてもらいました。帰国の飛行機が1日延びて時間ができたときも、迷わずここへ・・・。本当に、本当に会員登録をしたかったのですが、外国人で無理なのは残念です。まあ、当たり前だけど・・・。

          

 ここがバレラップ図書館でいつも座らせていただいた、私のお決まりの場所です。本棚を背に、窓に向かって座ると不思議と気持ちが落ち着き、集中ができました。こういう場所、なーんか日本にはないのです。日本だとレイアウトなのか狭さなのか、国民性が違うからか、なんだかここまで気持ちが入り込める場所があまりないのですよね。

          

 こちらはバレラップ図書館のカフェテリアで、ジジがキッズ・ミールを食べているところ。各テーブルにバラが飾られ、働いている人達はとてもおだやかで優しく(障害のある人も働いています)、ここもまた気持ちの落ち着くスペースでした。しかも普通のレストランよりも安く、1人でも入りやすく、こういうところも日本にあるといいなと思ったのでした。

 あーあ、本当にデンマークにしばらく住んで、CPRナンバーをもらって、もっと落ち着いてデンマークの図書館に通ってみたいです。日本ではほとんど手にはいらないデンマークの本がそこにはたくさんあって、もっとデンマーク語ができれば、本当にいろいろ読めるのに、と思いました。デンマークの図書館にデンマークの本があるのは当たり前で、おかしなことを言っているように聞こえるでしょうけど、本当にそう思い、後ろ髪を引かれつつ、日本に戻ってきたのでした。慌しかった帰国後、持って帰ってきた史料の整理が、やっと明日あたり終わりそうです。

 
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デンマークのヘルシーな食べ物?ハンバーガー

2011-08-17 08:14:41 | デンマークの家具・物・たべもの
 まずは食べ物の話ですが、デンマークの外食で今回一番たくさん食べていたもの、それは多分ハンバーガーです!
 
 ハンバーガー=不健康というイメージがなんとなく私の中にはあったのですが、デンマークのファーストフードではないハンバーガーは、もしかしたらなかなかヘルシーな食べ物かも、というのが私の今回の新発見です。しかも家では病気の母にいろいろな野菜のたっぷり入ったスープをずっと作って一緒に食べていたので、ますます体によい食生活だったようで、日本に帰り、すぐに体重計に乗ったところ、体重はまったく増えていませんでした!(よかったー!)

 デンマークのお肉はとてもおいしい。デンマークと言えば豚肉が有名ですが、鶏肉も牛肉も臭みがなくて味がしっかりしていて、ちゃーんとおいしいのです。トレーサビリティーが徹底していると言われていますが、食べてみると本当にきちんと飼育された味ってこれかなという感じです。そのおいしい牛肉の赤みの部分で作られたハンバーガー、まさに、ダイエットに必要な良質なたんぱく質ということでヘルシーな気がします。

 そして、デンマークの伝統的な料理はブラウンソースというバターや肉の脂肪分こてこてのソースと共に食したり、お肉をバターたっぷりのお鍋で焼いたり(ほとんど揚げているという感じ)というものですが、バーベキューやハンバーガーはそうした余計な脂肪分がなく、すっきりしています。脂肪分の少ない部位のお肉を使ったハンバーガーなら、ケチャップやマスタードをかける程度で、控えめにしておけばより健康的ですよね? ただし、お供のフライドポテトもかなり控えめにしておかなくてはいけませんが。

 デンマークではどうしてもレストランが高く、4人家族で食事に行くとだいたい1万円くらいはかかってしまいます。一度などストロイエのあたりでブランチを食べたら約8000円! 朝ごはんでこの値段とは、円に換算するとびっくりです(デンマーク人はびっくりしないかな?デンマーク人にとってもレストランは高いというイメージがありますよね?)。そこに行くとハンバーガーはややお値段も下がり、家計にとってもダイエットになるというありがたい存在でした。しかも、子ども達も夫もハンバーガーなら文句が出ないので、助かります。ちなみに夫はデンマークに来てまでチャイニーズやアジアンなものはもとより、和食なんてぜったい食べたくないー!といつも叫んでいます。(でも一回だけ他のお店がすべて閉まっていたという幸運に恵まれ、おいしいチャイニーズを食べられました。)
 
 世界NO.1に輝いたレストランNomaをはじめ、最近は高級でとてもおいしいレストランも増えているのだと思いますが、ナイフとフォークで食べるこの大きなハンバーガーは素材の味を楽しめて、「おいしい」デンマークを気軽に噛み締められます。初めてデンマークに来た頃は、日本人に馴染める味だからかフィスクフィレ(お魚のフライ)ばかり食べていましたが、だんだん、私もデンマークに慣れるにつれ肉食になってきたようです。というか、お魚はおいしいものが日本で食べられますが、お肉は断然デンマークのほうがおいしいので、たくさん食べてこなくちゃね!
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デンマークから戻りました

2011-08-12 01:18:08 | デンマークについて
 先週の木曜日デンマークから戻りました。帰国の前日、SASからSMSが届き、なんと飛行機の故障とやらで「飛行機が飛ばない」とのこと。こんなこと初めてな私はびっくり仰天でしたが、翌日には飛行機が無事に飛び、一日遅れで暑い暑い、暑-い日本に帰ってきました。

 今回の滞在は3週間弱でしたが、いつもとはちょっと違った滞在になりました。

 いつもなら1週間くらいサマーハウスを借りて主にユランなどでのんびり、夫の実家でも子供を母に預けてコペンハーゲンなどでのんびりしていたのですが、今回は夫の母の病気と私の文献探索が重なり、なんだか妙にせわしなく、フェリエ(お休み)気分はなれませんでした。母の体調が思わしくなかったので、家事や子育てをし、できるだけ長い時間図書館に行き、その合間に友達と会う、という日本と全く変わらない毎日を過ごしていたように思います。それでもそうした友人との時間は心楽しく(今回はかなり少なかったけど)、また3泊で行ったロラン島への小旅行ではやっと少しフェリエ気分を味わえたかなと思います。

 今回は夫が子供を見なくてはならず、私はほぼ全て一人で行動することになりました。いつもは夫と行動することが多かったので、私は地図すら持たないこともしばしばで、しかも大抵車で移動していたのでした。が、今回はほぼ初めての全くの一人行動。一日を除いては、ほぼ一人で図書館に行き、古書店に行き、また別の図書館に行き、あれこれ人に尋ね、調べ物をしていました。そうした中で見えるデンマークは、また新しく、新鮮でした。

 母が入院したり、自宅ホスピスをしていたりという体験もまた、私に新しいデンマークを見せてくれました。

 そしてまた、今回はいろいろな家族の形を見ることがあり、デンマーク社会における家族って何だろう?とデンマークの新しい家族像についても考えさせられた滞在でした。

 終末医療やホスピスという段階の母を見て、またそうしたデンマークの家族像などを通して、なんというか、今回ほどデンマークと日本の文化の違いを強く感じ、各々についてどう理解していけばいいのと考えたことはありませんでした。どちらもいい・悪いではありません。ただ、特に母のことに関しては、今回ほど自分が日本人であり、デンマーク人ではなく、ある意味、非常にもどかしいという思いにとらわれました。(これはもしかしたらごく個人的体験で、ここで日本人、デンマーク人とまとめてしまうのは恐らくよくないのでしょうが・・・。)と、同時に、日本とかけ離れたデンマークを、「家にはないものを持ってる羨ましい親戚」のように感じ、なぜか強い愛情を感じたのでした。→この表現、意味不明かしら~?
 
 これからできれば今回感じたことをひとつひとつ書いてみたいと思っています。まあ、毎年体験したことをいろいろと細かく書きたいと思いつつ、時間切れでなんだか尻切れトンボで終わってしまうのですが、今年はいかに???
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鰻と最近の大学院生活

2011-07-06 05:48:21 | デンマークの行事
 あまりの急激な暑さに風邪を引いてしまったようで、週末からやや微熱とのどの痛みがありましたが、月曜日、たまたま大学院の先輩女子2人とランチに行くことになっており、鰻を食べてきました。大学の近くにある「すず金」という、美味しいと評判のお店です。お店の中はこぎれいで、まるで鰻の寝床のように奥に長くなっています。そして肝心の鰻は、甘くなく、そのためややさっぱりしていて、暑い中、とっても美味しかったです。目が回るような暑さの日だったのですが、ちょこっと焦げ目のついた柔らかい鰻で、すっかり元気になってしまいました。ついでに日曜日にちょっといやな事があったのですが、その気分も吹き飛んでしまいました~。やっぱり日本の夏は鰻を食べなくてはね。来年もまた夏には「すず金」に食べに行きましょう。

 前期の授業はまだ1週間残るけれど、鰻でパワーをもらったおかげでか、昨日のゼミ発表を無事に終え、これで前期のすべての課題や発表を済まし、いよいよ私の気持ちはデンマークです。来年の論文執筆に備えて、今回のデンマーク滞在は史料・文献集めの本当のチャンスなので、できるだけきちんと集められるように、下準備をこの1週間がんばらねば・・・。何が必要なのか、どこに何があるのかをできるだけ把握して、準備して行きたいと思っています。特に私の場合、文献などが日本の図書館には置いてないので、ちゃんと集められるかなと今から妙に緊張し、なんだか敵地に乗り込むような、妙に切迫した気持ちになっていますが・・・。

 さて、そんな中ですが、最近やっと私にも大学院で友だちができてきました。大学院には専修室といってその科の人が集まる部屋が設けてあるのですが、去年一年はなんだか気後れがしてほとんど足を踏み入れられませんでした。が、ここに来てようやく私も気軽に入って行けるようになりました。またゼミも、今まではあまりほかの学生さんと関わりがなかったのですが、今年はいろいろな人と関わっており、そういう中でだんだん人間関係も楽しくなってきています。自分自身、こんなに年齢差があるのに、人間って意外と友達になれるんだなぁとびっくりしていますが、目指すところが一緒でありそして切羽詰っていること、西洋史ということで海外の話題が多いこと、そしてわりとみんなブラックなジョークが好きなことなどで、楽しくよい仲間です。

 久しぶりに学生の友達をもって思うのは、その人間関係の軽やかさです。大人になってからの人間関係は何かが絡むことが多いですよね?会社、PTA、子どものクラス、ボランティアなどの人間関係は利害関係とまではいかなくても、非常に気を使うときがあります。そこにいくと学生同士の人間関係は、思惑も変な気の遣い合いもあるいは親としての謝罪などもなく、すっかり忘れていた感覚でしたが、ありのままの
自分のすっきりした関係です。すっかりくつろいでいる自分に気づき、逆に大人同士っていろいろ気を使っていたんだ~と気づきました。(大人は大変よね・笑?!)

 最近は前期も終わりに近づいているということで、学生達の間ではあちこちで飲み会の話が出てきています。残念ながらデンマーク行きであまり参加できそうもありませんが、M2会、女子会は8月の帰国を待ってくれるそうなので、すごく楽しみにしつつ、こんなに学生生活が楽しめて、ラッキーだなぁと皆さんに感謝しています。勉強は半分は追い詰められたりして苦しいものですが、こうした人との楽しみ、リサーチとそこで出会う人の広がりの楽しみ、少しずつ研究が進むと見えてくることがあるという楽しみなどプラスの面も本当に多く、大人の方には本当に、本当にお勧めの場所です。 

 
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デンマーク・フレゼリク王太子の訪日

2011-06-18 00:52:19 | デンマーク・ニュース
 引き続き、日本のメルビン・デンマーク大使とデンマーク大使館の震災に関するさまざまな活動ぶりは素晴らしく、今週ののデンマークのフレゼリク王太子(日本の報道では、フレデリック皇太子となっています)訪日を中心にご紹介したいと思います。

 6月13日から16日までフレゼリク王太子が訪日されていましたが、その目的は自らの被災地への訪問であり、今回の地震におけるメルビン大使の東松島市訪問に触発されて、フレゼリク王太子も自ら何か自分もできることをしたいと今回の訪日に至ったそうです。

 スケジュールは13日に自衛隊訪問、松本防災担当大臣や一部のNGOや企業、また個人活動家の方などとプライベートな会合に出席、そして天皇・皇后両陛下からの歓迎の夕食会がなされました。翌14日には東松島市を訪問。フレゼリク王太子からデンマーク企業からの義援金として2200万円が渡され、子ども達とともに給食を食べたそうです。私が見た映像では王太子(や大使館のスタッフの方、そして大使夫人までも!)が子ども達とサッカーに興じていたり、幼稚園を訪問してレゴやアイロンビーズなどのプレゼントをしていました。15日には日産訪問、また再生可能なエネルギーソリューションのセミナーにサムソ島エネルギーアカデミーのサーン・ハマセン氏らと共に参加、また風力発電関係で東京湾を訪れてます。そしてその日は日本在住のデンマーク人が招かれたレセプションが夜、行われました(残念ながら私達は伺えませんでしたが)。

 読売新聞の報道によると、フレゼリク王太子は「欧州では日本旅行は危ないという見方が 広がっているが、危険ではないと示したかった。遊覧船から見た松島の自然は素晴らしく、 東北地方にとって観光が重要だとよく分かった」と語り、また福島第一原発の事故で関心が高まる自然エネルギーについて、「再生可能エネルギーの ノウハウについて日本と協力する用意がある」と、デンマークが推進する風力発電などでの技術協力に意欲を示したそうです。

 ロイヤルファミリーで日本にお見舞いに来たのはこのフレゼリク王太子が初めてだそうで、まるで普通のビジネスマンのようなある種の気軽さで、一国の第一王位継承者が海外の被災地を見舞うところに、デンマーク人の決断力や行動力をいつものように見た気がしました。いまだに義援金を分配できない政府や日本赤十字と比べて、これまでのメルビン大使や今回のフレゼリク王太子の行動は、清々しく感じます。一方で、これを機にエネルギーのシフトを行おうという動きの現在、すかさず自国の風力エネルギーをお勧めしてくるあたり、外交というところも見せてもらった気がします。それもまた、本当に日本人の将来のことを考えた上でのお勧めと、私は受け取れますが。(余談ですが、唯一原爆を経験した日本が、これまで原子力発電を受け入れ、今回の放射能漏れでドイツやイタリアが原発廃止にさっさとシフトしている中、まだ原発を継続していいんじゃないかという人がいるのは不思議です...。)

 さて、最後に今回のフレゼリク王太子の訪日の、日本側の報道がまた日本らしいものでした。フレゼリク王太子がどのような気持ちなのかとか、エネルギーの話を聞きたいとかそういった観点からの報道のされかたではなく、すっかり「イケメン王子」という芸能ニュース系の取り上げられ方になっていました。「かっこいいですねぇー」という司会者女性、そして、訳のわからないことに「世界のイケメン独身王子ベスト5!」なんていうのを見せてくれた番組制作者・・・。震災という土台での訪問を明るく報道するのはもちろんいいのですが、そうした土台を忘れて、イケメン、イケメンと騒ぐのはちょっと軽々しい報道ではありませんか? 私が見た限り、デンマークでは、フレゼリク王太子が被災者をお見舞いしました、とごく真面目に扱っていましたよ...。
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デンマーク語の読書会

2011-06-07 01:09:13 | 通信制大学・大学院
 去年のデンマーク語のクラスメート達と、大学が始まってからデンマーク語の読書会を始めました。毎週水曜日、デンマーク語のクラスの後、私を含めて5人でちょっとした記事などを読んでいます。

 といっても先生のいない読書会。あれやこれやと考え、文法的には、構文的には、いや、雰囲気では、と正しい訳を求めて皆で知恵を寄せ合うのですが、結局、意味がちゃんと取れているかどうか不明、ということで終わることもしばしばです。それでも、デンマーク語をとにかく読むこと、それだけでも意味があるし、それぞれに法律、ドイツ語、キルケゴールと研究の分野が違うので、各見解や専門の知識などを聞けるのも勉強になります。デンマーク語だけでなく、いろいろな情報交換もありがたいし、面白いです。あるいはお互いに不安なことを言い合ったりすることも、それもまたちょっぴり気が楽になって助かります。

 今年度になってからは、ようやく私も大学院生らしい勉強を楽しめるようになってきたようです。去年は、デンマーク語地獄だったもんね~。それでもちっとも読めるようにならず、相変わらず地獄は続いていますが。

 でもこうした読書会も楽しいですし、ゼミで博士課程のものすごくレベルの高い意見交換を聞いて、なるほど、研究者ってこういうふうに物を考えていくのねと思ったり、いろいろな新しい言葉を教えていただいたりするのもわくわくします。なんていうのでしょうか、丁寧に物事を見ていくということ、自分の考えを育て、そして自分の見方を作っていくのだということ、そういうことを日々、教えてもらっている気がします。

 また、講義のひとつは英語で行われているものがあり、英語で物事を見ることはまた新鮮です。面白いことに、先生に質問も気軽にできる!日本語だと日本人のメンタリティになり、質問を躊躇してしまいますが、英語だとその日本人のメンタリティからちょっと抜け出し、比較的気楽な気持ちで質問ができるのですね。単語がわからないと引っかかってしまうことと、あとからノートを見返したときに、自分でもよくわからなかったりすることがあるのが問題ですが・・・。

 一体全体、1年半後にどんな論文が書けるんだろう?というのはひたすら不安ですが、でもこうした学びの楽しさやわくわくする発見などを味わえること、とても幸せな時間だなあと思います。ゼミや講義は今年度で終わりになりますので、この1年はデンマーク語読書会も含めて、たくさん刺激をもらいたいと思っています。
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子ども達との毎日

2011-05-26 23:03:40 | 母親業・主婦業
 ジジの小学生生活もだいぶ板についてきた今日このごろ。子ども達と私の生活もだいぶまた様変わりしてきました。小学生2人のお母さんは毎日新しいことが次々起きて、相変わらずスリリングです。そして、子ども達との毎日は、一日一日、本当に貴重だなあと思います。子どもってちゃーんと一日ずつ成長しているのですよね。毎日、何かを確実に学んでいて、昨日の子どもと今日の子どもは違っています。だからとても「今日の」今目の前にいる子どもが大切に思えてきます。

 ジジは最大限に小学校生活を楽しんでいるようで悪友とともにやりたい放題(入学式翌日には女子トイレを覗いたらしい)、放課後は5時半まで学校で遊んで帰ってきません。ついでに夕食のときには、しばしば学校内での兄の失態も暴露してくれます。

 そんなジジはほぼ毎日、私に絵や小さな作品をくれますが、そういうのってとっても幸せ。手紙も字がかけるようになってからはよくくれます。最新のものはこの前私にものすごーく怒られたときの手紙で、「ままへ、いつもごめんなさい。ぼくわまちがいが4ある。1めはどんどんしない、2めはどあをゆっくりしめる、3めことばをていねいにつかう、4めゆったらすぐにやる。ぼくわそれをやればよかった?」という反省の手紙で、すごい形相で怒っている私と正座して泣いている自分の絵が描いてありました。あまりに可笑しくてかわいくて、ダイニングテーブルの横に貼ってあります。2番目の子はこういうこちらの思いもつかないようなことをしてくれるところが、手に負えないけれど、かわいいものですね。
 
 そして、ショウミーはいよいよ7月で10歳です。うちの小学校ではやりませんが、お友達の小学校では4年生の行事として「2分の1成人式」というのをやるそうです。ふーん、そうなのと思っていたけれど、いざショウミーがその年齢になるとその意味がすごくよくわかるようになりました。10歳ってすごく大きい。個人差もあるかもしれませんが、もうショウミーはなんでもわかるし、私とは別の個人としての自分をしっかりと持っているし、ある部分、私よりも大人の部分も出てきました。どうやら人間は10年でほぼ完成するようです。ここからは本人次第、ということがぐっと多くなるように思います。

 そんなショウミーは最近、急に自分のこれからのことを考え始めたようで、中学をどうしようかな~と言い出しました。サッカー選手になれないことは4年になってよーく自覚したようで、じゃあ、自分は何が得意なのかなと考えてみたらしいのですが、それで勉強をがんばる、と思いついたようです。中学受験なんて全く必要ないと思っていたし、経済的に塾や私立の中学校に行かせるような余裕もないので、私としてはそんなショウミーにひたすら、えー、えー、えー!?何言ってるの!?という感じです。親の私が思っていないようなことを、どこでこの子は考え付いたんでしょ??? まあ、こうして想定外のことが起きるから、子育てってスリリングで楽しくもあるのですけど・・・。でも勉強をがんばりたいというこの子の気持ちを親として汲んであげたいとも思いもし、この件についてはまあ、これからじっくり親子それぞれ、考えてみようと思います。ま、近所の中学校はとてもよさそうなので、そこでも十分ということで気楽な気持ちではありますが、でもやっぱりいろーんなことを考えてしまい、悩むなぁ・・・。

           

           この前見に行ったブルーマンと。
           こういう子ども達とのお出かけも、きっと今が一番できるときですよね?
           楽しもう!
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