Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

RotemのDMUでAlabangへ

2017年06月11日 17時22分20秒 | フィリピン
昨日、JICA横浜国際センターにおいて、「日本の鉄道、アジアを走る」と題して、この分野では雑誌や本などで数々のアジア各国の鉄道中古車両の活躍するレポートを執筆している斎藤幹雄氏と、アジアの地下鉄、都市鉄道や地球の反対側のアルゼンチンの首都ブエノスアイレスなどの鉄道について詳細にレポートしている「西船junctionどっと混む」の管理人である杉林佳介氏によるトークイベントが開催され、私もお二方のトークと演出を楽しみ行って参りました。
お二方が作成された動画や写真を通して、ミャンマーをはじめ、マレーシアやインドネシア、フィリピンなど、日本の鉄道中古車両の活躍する姿を説明されておりましたが、90分という短い時間の中で、会場に来られた方々にわかりやすい演出が実施され、非常に面白いものでした。終了後は杉林佳介氏が作成された日本の中古車両の鉄道模型の運転会、来場された方々の名刺交換及び雑談会などとなったのですが、中には実際に中古車両の仕事に携わっている方や私の何百倍もコアな方も多くおり、私がこの場に居ることが恥ずかしいばかりで、私のブログ名も一掃のこと別の名前に変えたいという心境にもなったしだいです。
まあ、今さらブログ名を変えるということはさておいて、斎藤氏や杉林氏のように地域を広げて、かつ詳細にまとめるということは私にとっては非常に難しいのですが、私の第2のふるさととでも言うべきフィリピンや205系が活躍するインドネシアだけでも、今後においても訪問し、時間と資金がある限り、1人の趣味人ということでレポートを続けていきたいと思っております。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、前回の続きで今年2月下旬〜3月上旬にかけて、マニラ、ジャカルタに行って来ましたが、今回はマニラ編ということで、PNR(フィリピン国鉄)に乗車しましたので、簡単にご紹介したいと思います。
と言ってもマニラではいつものことで、PNRへの本社訪問並びに車庫での撮影、そしてTutubanからAlabangまで乗務員室に乗車させていただきましたが、順を追って説明したいと思います。
3月2日にジャカルタからマニラに戻り、翌3日午前にPNR本社に訪問することにしていましたが、私もフィリピンに居ると、ついフィリピンタイムとでも言うのでしょうか、時間に縛られてまで行動することは大変ですし、今回は家内と子供といっしょということもあり、マニラから南方30kmに位置するSta.Rosaの自宅を出発したのは正午でした。
バスでVito Cruzまで向かい、そこからLRT1号線とジープを乗り継いで、PNRの本社があるTutubanへと向かったのですが、到着するやいなや腹がペコペコということもあり、Tutuban Centerのモールで昼食を取りました。日本出発前にPNRの幹部の方に3日の午前中に訪問することを伝えていましたので、もしかすると不在なのかもしれないと思っていましたが、昼食後すぐにPNRの本社に訪問すると、その幹部の方は既に午前中で退社されてしまったようで、お会いすることができませんでした。お会いできないということは何を意味するかというとTutuban駅構内と車庫に留置されている車両の写真を撮影できないということであり、10年ぐらい前でしたらこの駅には警備員はおらず、撮影もジャカルタと同様に自由でしたが、世界中で発生しているテロやイスラム過激派に対しての警戒感から、現在では撮影する際にはPNR社員から許可証が必要となっています。
表向き撮影はできないものの、子供の写真であればちょっとは隠れて撮影が可能ということもあり、駅構内に留置されている車両を撮影しましたが、駅構内には203系をはじめ韓国RotemのDMUや科学技術庁(DOST)のハイブリッドトレインが留置されていました。

まずはDOSTのハイブリッドトレインですが、以前も紹介しましたように5両編成の車両で、本線上において試運転を何度か実施したようですが、最大の難点がいくつかあり、低速での走行しかできないことと、ホームと車両床面の高さに大きなギャップがあることです。低速での走行に限るとは連結器に問題があり、縦や横の力に対しては問題がないものの、斜めにかかる力に対して弱いことが判明しており、ホームに対して車両床面のほうが約30cmほど高く、子供やお年寄りが乗降する際には不便さを強いられる結果になっています。
以前、PNRの車両担当の幹部がこのハイブリッドトレインを営業運転させることを述べておりましたが、実用化する上ではこれらの問題をクリアさせなければなりませんので、この車両での営業運転は難しいのかもしれません。


続いて203系ですが、Metro Manilaのコミューター区間であるTutuban〜Alabang間の主力形式であり、朝と夜に運行されているTutuban〜Mamatid間に運転されている1往復についても203系が使用されています。1編成が基本的には5両編成で組成されており、DL牽引で運行されていますが、終点のAlabangにおいてDLの機回しが実施され、RotemのDMUに比べて折り返しに多少時間を要します。


最後に韓国Rotem製造のDMUで、元々3両編成×6編成が在籍し、当初の計画ではその後のSucat〜Calamba間のリハビリにおいても、Rotem製の車両を増備する予定でありましたが、その計画はフェーズ1までしか実行されず、車両の増備も結果的に実行されず、現在、運用に充当されているのは2編成のみのようです。(他の4編成は故障中)


時間的には夕方の5時近くとなり、自宅のあるSta.Rosaに帰ることにしましたが、夕方のラッシュ時にマニラからバスで帰るのも大変なことですので、AlabangまでこのPNRに乗車し、Alabangからジープで帰ることにしました。17時7分発の列車は上の写真で紹介しましたRotem製のDMUでしたので、3両編成では車内は大混雑が予想されますので、子供達には苦痛にならないよう乗務員室に乗車させていただきたく、PNRの幹部らしき方にお願いしてみたのですが、あっさりと許可をいただくことに成功しました。
Alabangまでの切符を購入後、幹部の方とともに前方の乗務員室に入り、幹部の方から乗務員に対して私達の乗務員室への立ち入り許可の説明をいただき、我々家内と子供はAlabangまで乗務員室に乗車できたのですが、とても混み合う客室に乗車することは避けられたものの、乗用車などと衝突事故を起こしたらどうしようとネガティブなことを考えてしまいました。PNRにおいてはかつてのように70km/h以上のスピードで走行することも少なくなり、60km/h以下のスピードで走行することがほとんどですので、万が一、踏切で乗用車と衝突事故が発生しても大惨事にはならないと確信し、腹をくくって乗車しました。
乗車した列車は定刻17時7分に出発し、約28km先の終点Alabangを目指しました。各駅では高床のホーム延伸工事が進行中で、3両から6両対応すべく長さ120mのホーム整備が実施されており、203系のような5両編成でも対応できるようになっています。下の写真にはタガログ語で「Bawal dumaan」と書かれていますが、これは「通るな」という意味です。


列車は40km/hぐらいのスピードで快調に進みますが、各駅で多くの乗客を拾っていきますので、客室内はすし詰め状態を呈しています。なお、毎回のように説明しておりますが、進行方向の先頭車両は女性専用車になっておりますので、Rotem製の3両編成においては男性は2両目もしくは最後尾の車両しか乗車できず、時には乗る事ができずに次の列車を待つということも強いられることが時々あります。



途中、Vito Cruz駅南側の踏切においては、私の知り合いで鉄道マニアであるマーク君が踏切の番人をしていますので、乗務員室の窓から大きな声で「マーク」と叫ぶと、マーク君も気がついたのか手を大きく振ってくれました。勤務が入っていなければTutuban車庫での撮影やPNR本社訪問にも付き合ってくれる良い青年なのですが、マーク君の勤務する日と私のPNR本社訪問日が重なってしまったものの、一瞬だけ挨拶できただけでも良かったのかもしれません。
列車はAlabangに向けて南下しますが、Buendia〈Gil Puyat〉駅まで来ると、混雑率はいっそう拍車をかけ、250%に近い乗車率となりました。
このBuendia駅においても6両ホーム対応工事が実施されているのですが、以前も述べたように元々Buendia駅のホームは北側にBuendia Ave.という大通りとホーム南側にはDela Rosa St.の2つの踏切に挟まれたところに位置します。Rotem製DMUの3両編成であれば問題なく対応できるものの、203系では基本的に5両プラスDLとなりますので、どちらかの踏切を閉めたまま列車が停車しますので、朝夕においては渋滞の元となるので、5年ぐらい前の高床ホーム整備時に予めBuendia Ave.北側、もしくはDela Rosa St.の南側にホームが整備されることが望まれていたわけなのですが、今頃になって下の写真のように結果的にはDela Rosa St.南側に6両対応のホームが整備され、無駄遣いになってしまったようです。
また、SLEXの延長線上にあるOsmeña Ave.がRNRの西側に平行して位置していますが、この道路の上空にSky wayと呼ばれる高速道路が建設中で、マニラ中心部においてはこのSky way〈南北連結高速道路〉がPNRの脇に確保されていた標準軌用の用地と一部PNRの上空に建設されるとのことで、今後のPNRの連続立体化と電化計画に大きな影響が出るのかもしれません。

下の写真は現Buendia駅(Gil Puyat駅)ホームからAlabang方向を臨んだところで、新ホームがDela Rosa St.踏切の南側に建設され、Osmeña Ave.の上空にSky wayと呼ばれる高速道路が建設されています。


列車はBuendia駅を発車し、次のPasay Rd.駅に到着すると列車の混雑率は最高潮となります。また、Rotem製のDMUは1両に2扉しか付いておらず、乗降の際には時間がかかるのですが、この車両が配置される前から乗車率がわかっていましたので、なぜ、乗降には時間のかかる2扉の車両を採用したのか、実情にあった車両を投入すべきかと思いますが、たまたまJR東日本から無償譲渡によって配置された203系はTutuban〜Alabang間の区間においては最適ではとあらためて感じております。


下の写真はPasay Rd.駅で擦れ違う3両編成のRotem製DMUと203系第5編成で、203系のほうが主力形式になっています。近年においては203系の冷房装置に支障があるのか、冷風の温度が高く、サウナ状態の車両が多いようです。


列車はEDSA駅(Magallanes駅)を過ぎると乗車客より降車客のほうが多くなり、徐々に混雑率も解消されていきますが、2扉の車両では乗降に際して時間がかかり、少なくとも2分の停車時間は強いられます。
列車は複線区間の末端駅であるSucat駅に少々遅れながら到着したものの、AlabangからTutubanへ向かう対向列車が遅れており、結果的にこの駅で15分前後の停車が強いられました。

下の写真は夕闇が迫るSucat駅で停車中のAlabang行きの車両とTutuban方面の列車を待つ乗客たちです。


対向列車が到着するや否や我々を乗せた列車は次の終点駅であるAlabang駅に30分程遅れて到着しましたが、緯度が低いせいか日はとっぷりと暮れてしまい、あっという間に闇夜となりました。
乗務員に御礼を告げて降車したのですが、乗車してきた列車は機回しの必要のない203系とあって、遅れを取り戻すかのように早々に折り返し、乗務員たちは我々に手を振ってTutubanへと発車していきました。


以上が今回のPNRレポートであり、あまり大した取材などができませんでしたが、つい最近の現地マニアからの情報によりますと、キハ350第3編成の2両を使用して、Tutuban〜Pasay Rd.間においてシャトル列車が設定される予定や国鉄色のキハ52の3両が先日8日にDL牽引の元で試運転が実施されたとのことで、キハ350やDL牽引による国鉄色キハ52をマニラ首都圏で見ることができるのかもしれません。
また、Bicol方面関連ですが、2015年9月より運転再開されたNaga〜Legazpi間のキハ350によるコミュータートレインは2016年5月より運転休止となり、現在、Bicol地域におけるコミューターの運行区間はSipocot〜Naga間に限られており、この区間はDL牽引によるキハ350が使用されているとのことです。
この他、PNR色に塗られた元新潟色のキハ52の3両はNaga駅に留置されたままのようで、使用されていないようですが、マニラ〜ビコール間の14系、キハ59こがねによる運転についても今のところ再開の予定は残念ながらないようです。
PNRの全体の状況については以上のとおりで、あまり明るいニュースがなく、今後の展望も開けない状況で、PNR南方線の整備にあたって予定されていた官民連携事業〈PPP〉による入札も実施されておらず、一時、中国が支援するのだとか、メガ・マニラ地下鉄を日本政府のODAにより整備するというニュースもありましたが、メガ・マニラ地下鉄の整備には巨額な費用と時間がかかることが想定され、実現化されるまでにはほど遠いことであります。フィリピン国鉄南方線のTutuban〜Alabang間ないしCalamba間の整備が時間的にもコスト的にも難しいことではないと推測されますので、個人的には最優先で整備すべきことではないかと思うのですが、いつになったらフィリピン国鉄の南方線の整備が最優先の事業として見直されるのか私としても大きなジレンマを抱えております。
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南武線の車両を追い求めてジャカルタへ

2017年04月09日 10時31分05秒 | インドネシア
またまた、大変ご無沙汰しております。
報告が大変遅くなりましたが、先日のブログでも述べましたように2月26日〜3月5日の約1週間、マニラとジャカルタに行って来ました。
フィリピン航空の航空券代が前回訪れた昨年5月と同じ4万円ちょっとと全部込みで東京〜マニラ間に比べてなぜか安く、家内の許可の元にジャカルタまで足を延ばし、ジャカルタで活躍する元南武線の205系やCikaumに葬られた103系を求めて、撮影に行って参りました。

今回は元南武線の205系を中心に活躍ぶりを簡単に報告したいと思いますが、ジャカルタ滞在は2月27日〜3月2日の午前にかけてということで3日半の時間を費やしたのですが、結果的にCikaumの103系の撮影も含めても3日半は短く感じており、あっという間のジャカルタ滞在でありました。
今回の訪問においても前回と同様に宿はJakarta Kota駅の近くに滞在しましたが、205系を追っかける上では中央線(Jakarta Kota〜Manggarai間)には205系が多く運用されており、9割程度が205系なのですが、朝夕のラッシュ時を中心にKota駅の9番線〜12番線をフルに使い、205系たちが並んでいる姿を頻繁に見かけることができました。
また、「JABODETABEK COMMUTERS NEWS」の管理人であるパクアン急行様のご報告のとおり、最近、車体前面の南武色の帯がKCJ色へと変更されつつあるという話題が提供され、私も最後に南武線の名残である南武色の姿を残すため、ジャカルタまで来てみたのですが、初日の26日の朝にKota駅に入場してすぐに南武色の205系の並びを拝むことができました。
南武色が少なりつつあるこのような時期に、いきなり並びを見れるのは感激ですが、譲渡時において南武色を新たに貼付けているせいか、中原区時代よりも南武色が輝いて見えます。
左の車両が元ナハH41であり、右が元ナハH3でありますが、元ナハH41のほうは編成札が緑地に白文字でBUD25に変更されており、中原区時代を彷彿するものに徐々に作成、変更されているようです。(編成札の中には地が黄緑っぽいもの、スミ文字もあり)
この編成札は、テレビや新聞などの報道でも話題になった元南武線の車両譲渡時にBukit Duri区においてスマートフォンを発見した若手社員により、編成札が作成されていますが、日本好きなところが高じてなのかこのような細かいところにも興味があるようです。


続いてDepok車庫にお邪魔させていただくことにしたのですが、日本出発前に予め車庫入場のための手続きを行い、少ない時間ながらも撮影させていただきました。
車庫の留置線には元南武線の205系3編成と203系の12両編成が並んでいましたが、左から元ナハH12(後部はナハH11)、マト52、ナハH13(後部はナハH10)、ナハH39(後部はナハH34)で、全てDepok区所属の12両編成でありました。一番左の元ナハH12と後部のナハH11の前面方向幕はLEDに変更されており、中間に封じ込まれてしまった元横浜線の車両から移植されたものと思われます。


翌日の28日にはBukit Duri車庫にお邪魔させていただきましたが、こちらも予め日本出発前に車庫入場の手続きを行い、撮影させていただきましたが、車庫内には期待どおり南武色の元ナハH42+ナハH37の編成が留置されており、この編成はBukit Duri区所属車であることから、編成札も車両番号からとったものに変更されていました。
BUD21の編成札は札式のものになっていますが、BUD26のほうは編成札の掛け金具がないためなのか、左上の隅に貼られているようです。


また、この日もDepok車庫に用事がありましたので、再びDepokへ行ってみたのですが、ちょうど前面方向幕がLEDに変更されたBukit Duri区所属の元ナハH43(後部はナハH38)が留置されており、初めて南武色で前面LEDの車両を撮影することができました。前面の塗装が赤くなければ、以前、横浜線から転入したナハH17を思い出すものになりますが、今のところ南武色で前面方向幕がLEDなのはこのT'c27とTc28、T'c19だけのようです。


Depok車庫をあとにすると、途中どこかで太陽の角度を見ながら撮影することを考えていたのですが、この時期、イスラム寺院と一緒に撮影できるJuanda駅では太陽が南に廻るため撮影には適さず、終点であるJakarta Kota駅まで来てしまいました。
結果オーライで、下の写真のように先程Depok車庫で撮影した車両と元ナハH3の並びとなり、南武色のツーショットが再び見ることができました。


元ナハH43(T’c27)の反対側はナハH38(Tc22)が組まれていますが、こちらの前面帯は既にKCJ色になっていました。いずれは前面帯の南武色はKCJ色へと変更されるものと思われますが、私がジャカルタへ訪問する前に実施されていた南武色からKCJ色の変更はその後実施されていないようで、しばらくこの南武色は検査時まで見ることができるのかもしれません。


号車番号札に注目すると、号車番号の変更は必ずしも実施されていない車両が多く、以前のままであったりするのですが、中には号車札をひっくり返して新たに号車番号を手書きで加えられているものがありました。(車内の号車番号についても同様)


続いて3月1日は、103系の廃車体が置かれているジャカルタ中心部から東に約100kmに位置するCikaumに行くことにしたのですが、Cikaumへ行く前にManggarai駅の1つ手前であるCikini駅で撮影することにしました。駅でのカメラによる列車の撮影については駅によって禁止されているところと禁止されていないところと基準が曖昧ですが、Cikini駅のホーム先端での撮影については、許可証もしくは駅員の同行が必要とのことで、ホテルで拙いインドネシア語による手紙を書いて駅員に見せたのですが、タイプライターかパソコンで文章を書いてほしいと言われたものの、運良く許可をいただき駅員が同行していただくことになりました。
この時期、Cikini駅は順光になる時間も長く、列車も団子状態であることから低速で進入する列車が多く、撮影する上では非常にお手頃で、私のような下手くそな者でもある程度まともに撮影ができます。

下の写真の編成は元ナハH4(Tc88)+ナハH2(T'c86)であり、南武色からKCJ色に変更されていますが、Bukit Duri区所属車であることからスミ文字で「88」の編成札が取り付けられています。


続いて来た列車は元ナハH11+ナハH12で、譲渡当初は南武色であったものの、すぐにKCJ色に変更されましたが、前面の顔は塗り替えから1年以上経っていても綺麗な姿が保たれています。また、前面の方向幕は編成の前後ともにLEDに変更されています。


下の写真は元ナハH3+ナハH36で、Depok区の所属車であるため、編成札はそのままになっています。ナハH3側のT'c87の前面は南武色になっており、中間車のM'233、M’60は以前広告車両であったため側面の帯が南武色ですが、ナハH36側のTc20の前面帯はKCJ色に変更されています。


最後に2日ですが、この日は昼過ぎにジャカルタからマニラへ戻るため、朝だけCikini〜Manggarai間の高架からグランドレベルに下りるところで撮影しておりましたが、雨季であるにもかかわらずこの日も晴天に恵まれ、まずまずのジャカルタ滞在最終日でありました。
下の写真は元ナハH43(T'c27)であり、Depok車庫やKota駅で撮影したものですが、この南武色とLEDの方向幕の取り合わせは一時的なものかもしれません。


ここも信号機が手前にあり、この先、環状線と交差することから、列車は停止、もしくは減速で進み、私のような下手な者でもある程度簡単に撮影できます。
また、ごく希に鉄道警察隊が通りますので、彼らには注意されたほうが良いかもしれません。

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祝-南武線開業90周年

2017年03月13日 23時14分38秒 | 南武線
先月2月9日の更新から約1ヶ月が経過しますが、前回は南武線最後の209系であったH53編成が2月9日に相応しいのかそれともただの偶然であったのか、その日の09F運用が最後となり、翌日には茅ヶ崎に疎開され、209系の営業は静かに終えてしまったようですね。そして2月13日に大宮総合車両センターに入場していたE233系青670編成が編成番号をあらためN36編成となり、H53編成の置き換えが実施されたようで、完全にE233系化が達成されました。
また、南武線では国鉄(JR)南武線の前身である南武鉄道の川崎〜登戸間及び矢向〜川崎河岸間が昭和2年3月9日に開業しましたが、今年はそれからちょうど90周年を迎えるということで、南武線の各駅や中原電車区、矢向車掌区などでは開業90周年を祝うべくイベントが実施されました。

そのイベントの中で私にとっては開業90周年記念グッズの販売や記念列車の運行は興味深いものがありますが、まずはグッズの販売ということで購入することにしてみました。
グッズはちょうど開業90周年を迎える3月9日に川崎駅のアトレ川崎店で午前10時より、2種類の南武線開業90周年記念サボプレートと南武線で活躍してきた73系や101系、103系、205系、209系、現在活躍しているE233系などの各種アクリルキーホルダーが目玉商品ということで、そのグッズを目当てにしていたのですが、いったいどれだけの個数が販売されるのか販売会場であるアトレに電話で確認しても、販売元の電車市場に聞いてみても正確な個数はわからず、個数的にかなり限定的であることしかわかりませんでした。
ということで、それほど購入したいという執着心は全くなかったのですが、記念グッズの販売はJR横浜支社のウェブサイトでも公開しているように、かなりの購入希望者がいるのではないかと思い、一番電車が動き始める朝5時頃に川崎駅に行ってみることにしました。
武蔵中原駅まで自宅からスクーターで行き、4時53分発の始発電車で川崎駅に向かったのですが、なぜか私の周りの乗客達が全てグッズを購入する人達に見えてしまい、これではもしかしたら買えなくなってしまうのかと一瞬ハラハラしたのは事実で、川崎駅でダッシュする乗客も見られ、これはヤバいのではないかと思いましたが、販売会場となる川崎駅アトレのトモズ口に来てみて、だれも並んでいる姿は見られず、販売日を間違ってしまったのか、それともグッズ販売の列がどこかにあるのではないかと疑ってしまいました。どこを探してもそのような列も見られず、結局、トモズ口で冷たい風が吹き抜ける中、1人浮浪者のように座って待っていました。朝7時頃になり、ようやく朝日の日射しが私の居る場所に降り注ぎ、恵みの暖かさが私を包んでくれたのは有り難かったのですが、それでも並んでいる人間は私1人でけでしたが、7時30分頃にようやく高校3年生の1人が「グッズの販売はここですか?」と尋ねてきましたので、私も一先ず安心しました。その後、警備員の方が来られたので、その方にも確認してみるとお店を管理する方と連絡を取り、「ここで並んでください」というお返事をいただき、ほっとしたしだいでした。9時30分頃からグッズ購入の希望者が並び始め、開店時間の10時前にはおおよそ50人ぐらいが並んでいました。開店時間の10時ちょうどに店員の案内のもと店内へ進むと、サボプレートは1人1種類1つずつ、キーホルダーは計2個までの限定ということで、サボプレートは1枚購入できれば良いと思っていましたので、個人的には満足でしたが、わざわざ朝1番の列車で本当に来る必要あったのかなと、それであればもう少し寝ていたかったなと思うところもありました。


サボプレートの裏側は両方ともE233系で、キーホルダーは103系と205系を選んだのですが、なぜか101系はありませんでした。
いずれはこのようなイベントがどこかで実施されると思いますので、キーホルダーのほうはその時にでも購入できるのかもしれませんね。

記念グッズは一先ず購入できて満足でありますが、その次のイベントとして、開業90周年のヘッドマークを付けた臨時記念列車が川崎から登戸間に運行されるということで、その列車に乗車することにしてみました。列車の時刻は川崎駅を10時33分に出発し、登戸に11時02分に到着するというもので、昨年1月に運行された「ありがとう205系」の運用に似ているのですが、今回は快速ではなく各駅停車で運行されました。
その記念列車は5番線から発車するということで、反対側の京浜東北線ホームで撮影するため待ち構えていたのですが、その列車の折り返し時間は僅か4分で、京浜東北線の北行列車1本の通過もあり、撮影する時間はほとんどなく、立川寄りで実施されていた祝賀式の撮影もできませんでした。


記念列車は定刻に発車し、車掌から南武線に纏わるアナウンスも交え運転されましたが、途中、イベントのたびに実施されている中原電車区職員による恒例のお見送りを受けました。よく見ると屋上でも手を振っている方もいますね。手を振るだけではマンネリ化するので、恋ダンスや恋するフォーチュンクッキーのようなダンスでお見送りというのも良いかもしれませんが、お堅い会社がそこまで若手社員にそうさせるほどのものがあるのか次回に期待したいと思います。


記念列車は2分程遅れて登戸駅に到着し、記念列車の運転は無事に終了しましたが、登戸駅みどりの窓口付近では先着100名に記念乗車証が無料配布されていたようで、駅のアナウンスと同時に大勢のマニアが群がっているようでした。
私も参戦したいところでしたが、今から行っては手遅れということもあり早々に諦めたのですが、ダイヤ改正によって上り列車は登戸駅で快速と各駅停車接続が実施されたということで、その姿をまずは拝みたいということもあり、そちらに専念することにしました。


その後も引き続き時間がありましたので、中原電車区の構内をウォッチングしたのですが、夢庵近くでは元青670編成のN36編成が留置されており、初めて南武色になった姿を見ました。側引戸の半自動スイッチは付いていても停止なのかと思われますが、細部で南武線用の8000番台と異なるので、違いを見つけるというのも面白いのかもしれません。公式発表では15日から運用に充当されるということなので、好きな人は朝早くから中原出庫を狙うのも良いのかもしれません。


また、南武線開業90周年の記念のヘッドマークを付けたN1編成は区内3番の武蔵新城寄りに運良く留置されていたため、スクーターの椅子の上から1人撮影会をやって楽しんでおりました。マイナビの報道によると車内に展示されている南武線の写真展示とHMの取り付けは約1年間実施されるようですが、果たして本当に1年間実施されるのか気になるところで、本当であれば慌てて撮影するほどのものでもないのかもしれません。



今回は南武線開業90周年に関連する報告でしたが、次回は2月下旬から3月上旬にかけて約1週間、マニラとジャカルタに行ってきましたので、その話しをブログの中で簡単にご報告したいと思います。
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今日は何の日?

2017年02月09日 23時22分59秒 | 南武線
見出しには今日は何の日ということで、皆さんにいきなり問いかけておりますが、一般的に2月9日は語呂合わせから「ふく(ふぐ)」の日、「服の日」または「肉の日」だったり、スーパーでは肉の特売日だったりするのかもしれませんが、私個人的には209系の日ということで、南武線で唯一活躍するナハH53編成のことについて、ご紹介させていただきたいと思います。
先日もお伝えしましたように今年3月に南武線は全車E233系に統一されるということで、209系の活躍もあと僅かと想定され、火曜日の7日は副業のほうも休みであったため、朝早く起きて209系ナハH53編成目当てで南武線沿線で撮影することにしました。

この日の運用は41Fということで日中運用に充当されることから、富士山といっしょに撮影してみましたが、右下にショベルカーの姿がほんの少し写り込んでしまいました。


多摩川の対岸に渡り、定番の撮影地になりますが、私にとってはつまらないE233系が行き交う中、209系を撮影しました。


その後は稲城長沼〜南多摩間にあるマンションの非常階段から撮影するため、まずはそのマンションの管理人の方に撮影させていただきたいことを伝えると、「何か特別な列車でも来るのですか?」と言うので、私は「特別な列車ではないのですが、古い車両が1本だけ走っており、その車両がもう直きなくなるので」と言うと、管理人の方はよくわかっているのか「209系ですか?」とおっしゃるので、私は「そのとおりです」と返事をさせていただきました。


続いて電車に乗車し鹿島田に来てみましたが、最近、鹿島田駅で撮影したことがないことから、冬場にここから撮影する上では高層マンションの建物の影が列車にかかるようになり、望遠レンズでないと綺麗に撮影できなくなってしまいました。まあ、夏場であればその影も短くなるので気にせず撮影ができるのですが、この209系が去ってからのことを考えると撮影することはあまりないのかもしれません。


その後も南多摩駅と南多摩〜府中本町間で撮影し、最後は1541Fの快速列車で川崎〜立川間に乗車したのですが、2月9日の運用では03Fに充当され、朝の運用で終了していることから、209系にとって記念すべき2月9日がラストランになってしまうのか、明日2月10日以降の動向が気になるところです。


103系が活躍していた当時には、いやというほど「この電車は従来(103系?)の半分以下の電力で走っています。」と見せつけられましたが、今ではその103系が去ってから10年ちょっと経過しており、そのメッセージもとっくに陳腐化しています。
果たして、このナハH53編成の今後は同僚のナハH52やH54編成と同様に廃車されてしまうのか、それとも電撃的に他線区へ転じて活躍することになるのか注目しておりますが、南武線での最後ぐらいは205系と同様に「あリがとう運転」を期待したいところです。
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南武線、全車E233系統一と開業90周年イベント

2017年01月27日 10時14分50秒 | 南武線
大変ご無沙汰しております。
安心してください。死んでなんかいませんよ。
昨年の7月以来の書き込みではありますが、昨年7月にジャカルタの205系について鉄道雑誌に執筆して以来、8月から収入アップということで、副業として宅配の仕事を始めたのですが、本業とあわせて昼夜問わず忙しくなり、年末年始もまったく時間が取れず、半年のブランクが空いてしまいました。副業の宅配の仕事を始めてからは趣味の鉄道にかける時間も少なくなり、撮影する時間もめっきり少なくなってしまいましたし、元地元の南武線をウォッチングする時間もなくなってしまったのですが、宅配の仕事によるおかげでメタボであった体形もみるみるうちにスマートになり、体重が半年で10kgも減ってしまいました。
また、今まで続けてきたブログの更新をしばらく行っていないと、つい今度更新するからと思って億劫になってしまうのですが、そこへ昨日は皆様がご存知のように南武線のE233系全車置き換えが完了するという情報と、開業90周年のイベント情報が各報道機関から発表されましたので、簡単ながら私もこのニュースについて述べていきたいと思います。

大まかな情報については鉄道新聞またはマイナビなどの情報を見ていただければと思うのですが、これらの報道機関のニュースでも述べられているように青梅・五日市線用のE233系青670編成が南武線用の車両として現在、大宮で改造を受けているようで、いずれ3月までにはこの編成は中原に転入するものと思われます。また、この編成の転入により、南武線で唯一残っている209系H53編成の去就が気になりますが、全車E233系へ置き換えと報道されていることから、南武線からは引退することが推測されますが、このまま廃車となってしまうのか、またはあらたに他の路線へ転出し活躍するのかについては述べられていないことから去就が気になるところです。

209系ナハH53の去就が気になりますが、廃車になってしまうのか、他線区で活躍するのか注目されています。


ここで、唯一活躍し続けているナハH53のシーンを何枚かご紹介したいと思います。
特に自慢するほどのものではありませんが、2014年9月28日に登戸駅において南武線の初となるE233系の車両が展示され、中線(2番線)の展示用のE233系と上り本線の列車の並びを撮影し楽しんでおりました。


下の写真は2015年12月24日に撮影したもので、2015年は南武線からジャカルタのKCJに20編成120両が譲渡され、先頭改造車については廃車されたのですが、検査上の周期によるものなのかナハH46編成だけは最後の最後まで残り、2015年12月24日、29F運用をもって通常の営業を終了し、中原区への入区のシーンを撮影したもので、偶然、209系のナハH53編成が上り本線に到着しました。もちろん、209系との並びを撮影したいということで予めカメラを構えていましたが、お互いの編成どうしで「お疲れさまでした」という声が聞こえてきそうです。


いずれにしても209系ナハH53編成の活躍も南武線ではあと僅かとなり、おそらくダイヤ改正前には引退するものと推測され、ありがとう(さよなら)運転については各報道機関やJRからも報道、発表されていないことから、静かに引退するのかもしれません。

もう1つの話題として、南武線の前身である南武鉄道の川崎〜登戸間が1927年(昭和2年)3月9日に開業し、南武線開業60周年以降、70周年、80周年とイベントが実施され、記念オレンジカードの販売、記念列車の運行、車両にヘッドマークや装飾などの取り付けが過去に行われてきましたが、今年は開業90周年にあたるため何かイベントを開催してくれるものと期待していたところ、こちらも各報道機関から発表されました。
目玉としてはE233系1編成に90周年の記念ロゴマークをデザインされたヘッドマークが装着され、車内には南武線にまつわる写真が展示され、平日ではありますが開業日の3月9日に臨時列車が運行、その後は通常の運用に充当される予定になっているようです。
川崎駅や武蔵小杉駅、武蔵溝ノ口駅など主な駅(駅長の配置のある駅?)では各種イベントが実施されるようで、記念切符や記念弁当、記念グッズなどの販売については実施されるのかどうかについては今のところわかりません。

続いて、3月4日にはダイヤ改正が実施されますが、南武線では快速列車のスピードアップ、各停の列車との接続駅の変更が実施されるとのことです。
土休日の下り快速は武蔵中原駅・稲城長沼駅の2駅で各停と接続し、川崎~立川間の所要時間を約2分短縮。土休日の上り快速は登戸駅で各停に接続し、立川~川崎間の所要時間を約1分短縮する。平日については各停との接続駅は下り快速が稲城長沼駅、上り快速が登戸駅となるとのことで、快速だけの利用者であれば多少便利になるのかもしれませんが、利用者によっては現在よりも不便になるのかもしれません。今度のダイヤ改正では1〜2分程度のスピードアップが実施されますが、この程度よりもさらにスピードアップが可能かと推測もできますし、武蔵中原駅、稲城長沼駅の2面4線の施設をフルに活かして、来年以降のダイヤ改正で、この2駅での緩急接続の恒常化を実施することが望まれるところです。

この他、国土交通省の交通政策審議会(昔の運輸政策審議会)の中で、川崎市が要望していた南武線の輸送力増強も盛り込まれ、新型車両のE233系にほぼ置き換えが完了したものの、武蔵小杉周辺などを中心に宅地開発が実施されており、輸送人員が微増ながら増加していることから、現在の6両編成をさらに増強することが川崎市の総合計画にも位置づけられているようです。
また、尻手〜武蔵小杉間の南武線連続立体交差事業の都市計画決定に向けて、鉄道事業者のJRや自治体の横浜市などとの協議、市民に対しての説明会・勉強会も実施されていますので、問題点などもいろいろと明るみになるのではないかと思いますが、この事業自体が高架によるものなのか地下により事業が展開されるのか(おそらく高架で実施)、横浜市である矢向付近も一体となって事業が実施されるのか、気になるところでもあります。

最後に私事になりますが、2月26日〜3月5日まで、マニラに住んでいます家内と子供に会う予定で、さらにその先のジャカルタへ寄っても安いチケットがありましたので、ついそのチケットを購入してしまったのですが、今やCikaumに送られ葬られてしまった103系や前面帯のみ南武色である205系を求めて、家内には大変申し訳ないと思いつつもちょっと足を延ばします。
もちろんフィリピン国鉄の現状についても見てくる予定で、帰国後には簡単になりますがご報告いたします。




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