現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

カーネル・サンダース

2009-03-31 07:04:39 | 社会問題
「道頓堀からカーネルおじさんの像発見」のニュース。
S60年、阪神優勝に熱狂したファンによって胴上げされ、
投げ込まれたのだが、その後阪神は一度も優勝できず、
「カーネルの呪い」とささやかれてきたそうな。
持ち去られたKFCの店も今はなく、親会社も倒産。川から
救出されて「これで呪いは解けるか」との期待も空しく、
阪神はますます不調とのこと。

カーネル・サンダースの話は10年前、私が50歳で退職した時、
スキルアップの研修で聞いた。
「彼が、KFC(ケンタッキーフライドチキン)の店を立ちあげようと思い
たったのは、なんと65歳。会社を辞め、「さぁこれからは
年金で悠々自適の生活を」と思ったが、受け取った年金の
あまりの少なさに、これでは老後は危ういと、年金に代わる
ビジネスを考えた。
それは、子供の頃母が作ってくれたフライドチキンのレシピを
作り、その通りに作って販売してくれる人(店)を探すこと。
しかし、いざ人に話しをしても誰も相手にしてくれない。
自分の町を一通り回り、隣の町へ、そこもダメ、断られ断られ
の連続で、いくつかの州を回り、ついに1,000軒目。ケンタッ
キー州で、引き受けてくれる店にめぐりあった。その1号店の
成功を見て、2号、3号店と序々に店舗が増えていった。
そして彼は、世界で初めて、フランチャイズビジネスを創始し、
大富豪となったのだ。

断られた理由は、それまでアメリカ人はチキンを食べる習慣が
無かったという。チキンが売れるはずがないという思いこみだ。
カーネル氏は自分ではフライドチキンを作らない。店を開く人を
探し、レシピを売るだけなのだ。彼の老後は莫大な権利収入が
入るようになった。
日本でも店舗を広げるに当たって、彼は90歳の高齢にもかか
わらず来日し、多くの人とにこにこ笑顔で握手を交わした。
「この一人ひとりが、私に収益をもたらせてくれる」と心に
つぶやきながら。
それが、あのカーネルおじさんの像になった。アメリカには
あの像はないそうだ。

彼から学ぶことは、「母の作ってくれたフライドチキンの味は
誰にも愛されるものだ」という信念。そして断られても断られ
ても足を運び、人と面談。そのあきらめない努力だった。

これから定年、老後を迎える人々に、彼は勇気と智慧を教えて
くれたのだ。大阪店の倒産も彼には全く影響はない。

この不況、失業者続出の中で、ヘドロの中から亡霊のごとく
甦ってきたカーネルおじさん。また阪神の、大阪の、日本の
世界の再生に、力となってくれるだろうか。

「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

一休と虚無僧」で別にブログを開いています。

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