現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

「なよたけの碑」

2013-09-21 16:51:21 | 「八重の桜」
会津若松の東南、青木村の山腹に竜宮城のような門が見えます。
会津戦争にも焼かれず残った「善龍寺」の山門。その寺の
境内に「奈與竹(なよたけ)の碑」があります。3mほどの
堂々とした石碑で、揮毫は「飯沼貞雄」。自刃した白虎隊士
のうち、ただ一人蘇生し、生き残った人。西郷頼母の妻
「千重子」の甥にあたります。

この石碑は、昭和3年に建てられたもの。西郷邸で自刃して
果てた21人の骨を埋葬した墓は、少し離れた所にあります。
小さな墓石に、ただ「二十一人墓」と彫られているのみでした。

善龍寺は「保科(西郷)家」の菩提寺で、西郷頼母の墓も
あります。「頼母」の墓には、「保科八握髯(やっかひげ)
翁墓」と並んで「室飯沼千恵子位」と彫られています。
妻の姓を「飯沼」と旧姓で書いているのも珍しいことです。

長い間、「奈與竹」の碑の前では8月23日、盛大に墓前祭が
行われてきましたが、「頼母」の墓は、苔むしてお参りする
人も稀でした。「妻子は立派に命を全うしたのに、夫たる
頼母は、逃げまわって生き恥をさらした」というのが長年の
評価でした。


「奈與竹の碑」とは、西郷頼母の妻「千重子」の辞世
「なよたけの 風にまかする身ながらも、たわまぬ節の
ありとこそ聞け」に由来するものです。



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