コタローの奮戦日記~脊髄小脳変性症克服に向けて~

脊髄小脳変性症と診断されて10年が経ち発症して人生観が変わりました。そんな僕の過去・現在・未来について語っています

メンテナンス

2008年04月28日 01時02分30秒 | Weblog
パソコンの調子が悪かった。

電源を入れても、NETに中々、繋がらない・・・


再起動をしても、上手くいかない。

『・・・・・・・・・・。』



僕のパソコンの環境は、NECのノート型(OSはWINDOWS XP),
USBでCanonの複合型プリンターを繫げている。
NETは、NTT東日本の’Bフレッツ’という光回線を
電柱から回線をケーブルで引っ張ってきて、回線終端装置を経由して、
無線LANで使用している。



NTTの回線終端装置もNECの無線LANのルーターも正常に作動している
ランプがついている。


どうやら、パソコン本体の不具合らしい・・・


『はて・・・・・・困ったな~!』
ウィルスに感染した覚えもないし、設定を変えた覚えもない・・・。


パソコンとにらめっこをしていた時、ふっと昔の記憶をよみがえってきた。

当時のOSは、WINDOWS98・・・だったと思う。
exel などで、9割方出来た会社の資料が突然フリーズしてしまって
やり直し・・・という事が度々あって、そういう事が出来るだけない様に
月に一度はメンテナンスをしていた事を・・・。

駄目もとで、・・・試してみた。


〔スタート〕→〔すべてのプログラム〕→〔アクセサリー〕→〔システムツール〕→〔ディスク デフラグ〕を選んでボリュームの中のWINDOS XPを選んで、
〔最適化〕を選択した。

思えば、このパソコンを購入して約一年半経つが、一度も、パソコン内部をメンテナンスした覚えが無い。
以前、使用していた、WINDOWS95やWINDOWS98の時に比べて、今のOSは格段に性能が良くなっているため、ほとんど、故障やフリーズはしにくくなってはきている。
だけど、所詮は機械であるから、いつかは、壊れる時がくる。

それに、不具合になった場合、自分で、パソコン内部を空けて、
CPUをいじくって、直せる程簡単に出来ていない。


何が原因で、不具合が発生しているのか・・・原因さえ分らない・・・。


デフラグは、難しい説明は出来ないし、
今のOSにはあまり必要の無い機能なのかもしれないけど
メニューにあるという事は、無駄な事ではないのかもしれない。

ディスク デフラグは以前行うと、もの凄い時間がかかるから、
仕事終わりにかけて次の朝、処理が終っているというペースで行っていた。

だから今回も、6時間位、デフラグをかけて、パソコンを放っておいた。


祈る気持で、パソコンを再起動をしたら・・・無事にネットに繋がった。

何が原因で、何故元に戻ったのか分らないけど、以前より処理スピードが早くなっている気がする。

今後は3ヶ月に1度のペースで、パソコンも「最適化」のメンテナンスを行っていこうと思う・・・

ひさしぶりの怒り!

2008年04月25日 00時43分30秒 | Weblog
昨日のニュースをTVで見ていたら、怒りというか悲しい気持になるというか
とんでもない、映像が目に飛び込んできた。
繰り返し、どの番組でも取り上げられていたから、観た方も多いと思うのだが・・・

「群馬県前橋市の歩道に植えてある、プランターの
チューリップを傘で茎から上を
折りながら、通りすぎる男の映像」である・・・

防犯カメラに写っていたものを警察がマスコミに流したもので
本当にこういう、人は許せない・・・

夜11:30頃らしいので、酔っ払っていたのか、
仕事でむしゃくしゃしていたのか・・・
ただ単に、いたずら心なのか、理由はあるのだけろうけど
どうな理由があるにせよ、許せる事ではない!

スーツを着てネクタイを締めた、いい大人が、やる行動とは思えないし、
大体、花を植えて、通りを綺麗にしていこう・・・という人の良心行為を
物を使って、己の感情のまま、無残にも、
破壊するという行為そのものが許せない。


世の中には、自分と同じ考え方ではない人や色々な考え方・
感じ方をする人をする人がいる。


但し、もし、花が嫌いなら、破壊する事をしなくて、無視すれば良いと思う。
己の感情のまま、行動するのは、人とは言えないし、動物と言われても仕方ないのでは・・・とさえ、思ってしまう。
やって良い事・やってはいけない事が存在するのが人間社会であると思う。

社会には、自分が中心に回っていると勘違いしてる人間が本当に多い・・・
この映像の男もそんなたぐいの人なのかもしれないし、久しぶりにニュース映像を見て怒りを覚えた。


バンジージャンプ!

2008年04月23日 00時57分58秒 | Weblog
僕は、旅行が好きである。
子供の頃、親に連れられて行った旅行と修学旅行は別にして、
今でも覚えているのが
今から21年前、19歳の時にアルバイト代を貯めて初めて
自分が稼いだお金で行ったのが
Guam島だった。
エメラエルドブルーの海で初めて乗ったジェットスキーの爽快感は
今でも忘れないくらい気持の良いものだった。

それから、前回行った南信州の温泉旅行迄・・・
仕事で国内・海外出張が多かった、仕事をしていたので、
仕事で行ったあらゆる地域とプライベートの遊びで行った旅を合わせると、
数え切れないくれないくらい あちこちに行った。


先日、長年、使っている、机の横の引き出しの中から、
一枚の写真が出てきた。

今から10年前、30歳のGWにプライベートで行った、
バリ島での一枚だった。
クタというビーチに面している、
高さ60mのバンジージャンプ専用の鉄塔の上から
脚に一本のロープをくくりつけて、飛んでいる、僕の写真だ・・・。

今では、絶対に出来ない事の究極の写真だと思う。

その時の事は今も覚えている。
海沿いの60m頭上は、風が凄くて
お粗末な鉄塔の為、揺れが凄くて、飛ばされそうになって、
そっちの方が怖かった。

そして、現地の人達の『ワン・ツ-・スリー・・・バンジー!』の掛け声共に
眼下のプール目指して、飛んだ!
その瞬間にそこで撮ってもらった写真だ!
見事にピントがあっているし、眼下に見えるビーチ
の人が、豆粒位にしか見えずに、僕の写真の中でも
お気に入りの一枚・・・。

落下している時間は2・3秒位なのに、もっと、もっと長い時間・・・飛んでいる様で
生まれて初めて「脳ミソから、快感!!!になる時の変な物質が出た様な感じだった・・・」

飛び終えた後は、周りのギャラリーから、拍手が起こっていた。

そして記念のTシャツを貰って、この写真を買った・・・。

恐怖心より好奇心の方が強かった当時…
次はスカイダイビングをやってみたかった。

今の身体の具合では、ジェットスキーやバンジージャンプは無理だけど
未だ僕の身体の中には、その時の経験値が残っている。


昔は良かったな~!とは未だ言いたくない・・・

母親

2008年04月21日 01時48分44秒 | Weblog
昨日の午前中、父親の運転で、母が眠るお墓に行った。

本当は、一昨日に行ければ良かったのだが、天気予報で雨が降るらしいと言っていたし、法事で親戚が集まったわけでもないから、一日遅れになってしまった。

4年前の4月19日・・・母親の命日だったからである。





以下は、2007年 5月14日のブログの文章である。

僕の母親は今~4年前の4月19日の早朝、64歳で亡くなった。
母が48歳の時、遺伝性脊髄小脳変性症のMJDと診断されてから、
16年の長く苦しい闘病生活の末に自宅で息をひきとった。

僕は、26歳迄実家で一緒にいたが、その後は、実家から離れて生活をしていた為
その後の事は、年に3回ほど、実家に戻った時や入院のお見舞いの時にしか、
顔を見せてやる事が出来なかった。母親の病状が
いつどういう状態になったのかは、
はっきりと覚えていないけど、僕が実家を出る頃までは、
何とか自分の事は自分で出来ていた記憶がある。
実家は自営業をしている為、父親が、母の介護を全面的にみていた。

車椅子生活になり、寝たきりの生活になり、
最期の頃には、食べ物を飲み込む力もなくなり、胃に穴を開け、
チューブで直接栄養を送り込んでの生活と長い入院生活を送っていたが、
亡くなる7日前に退院出来て、自宅のベッドで息をひきとった。

長い間、病院にいた為に、’自宅に戻りたい’と言い続けていた
母の最期のささやかな、願いが叶ったんだよと、
後日父親と話しをした事を覚えている。

僕が学生の時の元気な頃の母親の印象は、馬鹿がつくほど、人を疑う事をしない
気持のまっすぐな人で、当時、高額の羽毛布団を買わされたり、飛び込みで来た
怪しい商品を買っては、父親に怒られていた。
誰とでも仲良くなったし、誰とでも喧嘩もよくしていたが、表裏のない性格で
親戚・近所誰にでも、好かれていた女性だった。

ネット上のブログの中には、親への恨みや、ひどい中傷を書く人もいる。
僕の病気は母親の遺伝が原因だけど、一度も、母親を恨んだことは
ないし、今後も恨まないと思う。
今はつらいけど、この世に僕という人間を生んでくれたのだから・・・。
この事実は何事にも変え難いと思うから。







通院記録080418

2008年04月19日 18時32分24秒 | Weblog
昨日、月一回の定期受診日だった。

自動受付機で、予約時間の5分前に受付を済ませて、通いなれた診察室の前で待った。
午後の診察だったのだけど、ほぼ予約時間に、順番が回ってきた。

今日の診察で、聞きたい事は2つあった。

その一つは、前回の診察時に、主治医が知らなかった
、「遺伝性脊髄小脳変性症のマウス段階での遺伝子治療に群馬大学において、成功」のニュースを受けての僕なりの疑問に答えてもらう事・・・。

その主治医は、多分、40歳後半で、数ある脳神経の専門分野がある中で、脊髄小脳変性症が専門の臨床医である。
僕自身が、2年半前に、その病院で、脊髄小脳変性症の専門医がいる事を知って、今迄の主治医に訳を言って
交代してもらったという経緯があるから、前回、僕が、そのニュースの事を訊ねた時に、’ばつの悪そうな顔’をして
「そのニュース・・・知らないんだ。、直ぐにその研究論文取り寄せて読むから、次回その質問に答えさせて・・・」と言ってから1ヶ月が経過していた。

挨拶も早々に、主治医が話し始めた・・・・・・。



論文・・・そのものは入手出来なくて、ほうぼうのネットでの情報を集積しての見解だったけど
実験成功そのものは、今迄のアプローチと違って、(病院が所属している、厚生労働省の研究班でのアプローチは今迄は、進行を止めるアプローチだった)
改善を狙う研究成功というものは、素晴らしいものだと言っていた。

実験そのものの、アプローチ方法やその効果・・・は、ネットで詳しく調べれば、大概の事は分るのだが、僕らでは、分らない下記の2つの質問での回答をもらった。

①難病治療の研究は、厚生労働省の監督下のもと、特定疾患として治療研究の対象として、今回の群馬大学以外でも、治療法の研究はされていると聞きますが
今回の実験成功のニュースで、他研究機関での様々なアプローチの研究ってSTOPしてしまうものなのか・・・?

この問いに対する答えは・・・この研究成功の発表で、他研究機関がどう判断されて、STOPしてしまう研究機関もあるかもしれないけど
今迄の例でいうと、この成功のニュースに触発されて、研究が活発に行われる方が、可能性としては高いという事であった。
色々な型がある、脊髄小脳変性症・以外の神経難病でも、今回研究されている、型以外での研究の応用にも、力が入るのでは・・・という回答であった。


②この治療法が完成して、人に使用出来る段階を100とした場合、今の時点での進行段階は?

患者の立場では、一刻も早い、薬の投与が待望されるのだけど、残念ながら、現時点では30~40といった
進行段階との事。但し、時間的な事ではなく、これからのステップ(段階)を踏む意味であるが・・・と付け足していたが・・・。
やはり、安全性のデータ-を確保するのに、時間がかかるらしいのだ。
マウスと人間では、寿命が違うし、サルでの実験を行いながら、安全性のデーターを確保して
様々な手続きを踏まないと、人間への投薬は難しいと言っていた。

治験段階では、点滴での投与になるだろう・・・とも言っていた。


マスコミ等ですぐに、「1リットルの涙」に治療法成功・・・といったみだしが付けられて騒ぎたてるけど
医学的に不解明の部分が多い、中枢神経の変性箇所の治療という事は、僕らが思っている以上に
難しい事らしい。

でも、このまま、順調にいけば、そう遠くない、時期に、治療法が世の中に出る可能性も十分あると言っていた。


もう一度言うが、今回の話しは、ある総合病院の神経内科・専門が脊髄小脳変性症の臨床医である
僕の主治医の話である。
ドクターの話しが全て正しいなどとは思わないし、カレの話しを一言一句鵜呑みにしようと思わないし
ドクターの立場的に、慎重に話しをされている感じがした。
けど、嘘は無い・・・。

そうして・・ビタミン12の欠乏による、末梢神経の神経炎の改善の’メチコバール(500u g)'
を新規に処方してもらい、問診は終了。

次回は5/9(金)に予約を入れた。

痛い話し

2008年04月17日 18時24分00秒 | Weblog
先週、ブログに書いた温泉旅行から、自宅に帰った金曜日の夜の話し・・・

父親の右脚に見慣れない、簡易ギブスが巻いてあった。

最初僕は気がつかず、友人のFが『右脚、どうしたんですか・・・?』の言葉で、僕も見てみると、石膏で巻いてはいないけど、膝上下15cmの着脱式の簡易ギブスが巻いてあった。


『転んで、右膝の皿にひびが入ってしまった』との事。

詳しく状況を聞いてみると、『昨日の朝9:00頃、仕事中に、品物を持ちながら、転んで、コンクリートに膝と左胸と左手をぶつけてしまった。』

『雨で滑りやすかったし、品物を落とさない様に、かばった為に、打ちどころが悪かったらしく、痛いなと思いつつも、仕事を続けていたのだが膝が腫れてきたので』近所の総合病院に行くと、『右膝の皿が縦にひびが入っていますよ・・・』と診断を受けた様なのだ。


その夜は、痛くて、眠れなかったそうである。


僕も、はるか昔、小学生の時に、少年野球でキャッチャーをやっていた頃、
軟式なので、脚にプロテクターをつけていない時に、ホームベースに突っ込んできた奴に膝を蹴られた経験があり、
打撲だけど、もの凄く痛かった経験を覚えているので、父親の話しは聞いているだけで、痛さが想像出来た。


あれから、1週間・・・今日、医者に行って来たとの事で、


左手と左胸の打撲は、痛みも、腫れもなくなった様であるが・・・

右膝は未だ、腫れがひかない・・・腫れが引くのはしばらくかかりそうである。

だけど、縦のひびだったのが、良かったのだろう・・・脚を引きずりながらでも、自由に動きまわっている。

これが、横のひびだったら、トイレにも行けない、何も出来ない、状況が一月位掛かっただろうから
自分でも不幸中の幸いと言っている。


僕は去年の夏に沖縄に旅行に行った時、部屋の中で転んで、右肩部分をひねって筋を痛めて、昨年一杯、痛かった。

2ヶ月程前にも、起きた時に右首筋を寝違えて、1月程痛かった。


・・・今は、そのどちらも、痛みはない。


普通、人は、怪我でも病気でも痛みという感覚は、「喉元過ぎれば・・・」という言葉の様に、消えれば、消えたで、いつのまにか
無くなるもの・・・それが自分の身体の自然治癒力であると思うけど、筋の痛みなどは、病気のせいか加齢のせいか、
最近は、治りも遅くなってきている・・・。

プリンター(複合機)購入!

2008年04月15日 17時29分38秒 | Weblog
僕が使用している、ノート型パソコンの両脇にはHPのプリンターとEPSONのスキャナーが各々USBケーブルで接続されていた。
1週間前迄は・・・
プリンターもスキャナーも、頻繁には使用する事もないのだが、無いと不便というか、使いたい時に無くてはならない
ある意味必需品である。

10日程前に、証明写真が必要になったので、半年位前に撮った写真をプリントしようとしたのだが、プリンターのローラーが、上手く、写真用の’フォト光沢紙’を巻けずに、印刷が出来なかった。

そのプリンターは購入して、7、8年経っており、チリやホコリで大分内部(特にローラー部分)が傷んでいる様であった。

メンテナンスをして、このまま、使い続けても、又、ローラー部分に不具合が生じる恐れがあるし、買い換えるとしたらと思い、ネットで僕が最近、注文している、ある大型家電メーカーのHPで、プリンターを検索した。

『え~、こんなに機能が付いているのに、値段がこんなものなの~』と正直驚いた。
そうして、購入を決めて、機種を選び始めた。

一度購入したら、5年以上は使い続ける物だし、一台でプリンター・コピー・スキャナー機能のある複合型を選んだ。

最新機種ではないのだが、半年前に発売されたタイプで、¥12900(税・送料込)・・・。

意見はあるだろうけど、家で使用する物だから最大A4版で事が足りるし、今迄、プリンターとスキャナーが別々だった物が一台に集約されて
(その分大分、大きいが)いるし、快適に動いてくれる事を考えると、安い買い物ではないかと思う。

デジタル家電・・・古い物を大事に使用するのもいいが、やはり、寿命という物があるし、最近購入した物は
スピード・容量・音や画質の良さなど・・・快適に動いてくれるから嬉しい!

温泉旅行!

2008年04月13日 15時44分57秒 | Weblog
4/10(木)・11(金)・・・
南信州の昼神温泉郷に友人の車で旅行をしてきた。

僕自身、行った事も聞いた事もない、温泉郷だった。
場所を決めた理由は、この時期、南信州は、東京では見頃を終えた桜が満開になると以前聞いた事があり雪が残る日本アルプスを見たいと思い、単純に長野県に行きたいと思ったから。
何故、昼神温泉にしたのか・・・それは、ネットで宿を探していく中で、今回は、車椅子に乗ってでも、不自由のないバリアフリータイプの宿を中心に探して、
いきついた宿だった。

今回は、事前に、役所の障害福祉課で、無料で、車椅子をレンタルして、友人の車に積んでもらい、
さすがに、レンタルだけあって、乗り心地は悪いものだったが、旅の目的の一つは『転ばない事・怪我をしない事』と
していたので、初めてではあったが、車椅子を使用しての一泊二日だった。

友人は高校の時に知り合ったから、もう25年来の友人である。
平日にのんきに、旅行に行ける理由・・・
それは、カレが、自由人であるから・・・
とはいっても、仕事をしていないという意味ではなく、ちゃんと仕事はきっちりこなすが
会社という組織に属していないという意味でであるが・・・
とにかく、中年になって、初めて2人で旅行に行った・・・厳密に言えば連れて行ってもらったという表現の方が正しいかもしれない。

木曜の朝方、我が家に迎えにきてもらったところから、旅行が始まった。
ドライブスルーで、朝飯を買って、中央高速道にのった。
日頃の行いのせいか、天気は雨!
途中、双葉SAに寄った。
初めて、車椅子を使用して、人混みの中を移動した。
最初に感じた事は、目線が低く、真っ直ぐ見ると人の顔っていうよりは
人のお腹部分しか見えず、違和感を感じた。

と、同時にこれが、車椅子の目線なんだなとも思った。

軽食を食べ、コーヒーを飲み、トイレを済まして、中央道の飯田ICを目指した。

飯田ICを降りて、少し街中を走って、宿を目指した。
宿は『昼神グランドホテル・天心』


車でホテルの敷地の中に入っていくと、若いお姉さんが傘をさして、車椅子を脇に置いて到着を待ってくれていた。
予約時に大体の到着予定時間とホテルのレンタル車椅子を依頼してあった為である。
役所で万一レンタル、出来なかった事を考えて事前に頼んでいたからである。
こちらも、乗り心地はお世辞にも良い物とは、言えなかったが、贅沢は言ってられない・・・ご好意に感謝をして
滞在中はこちらをお借りした。

チェックインを済ませ、部屋へ・・・
和室が大半なのだが、2ベットの洋室をあらかじめ選んでおいた。
部屋で少し休憩をした後で、7階にある、大浴場に行った。

車椅子でも十分入れる様に、エレベーターを降りて、一段上がる脇に、スロープがあり
中まで、車椅子で十分入れる。浴室の中まで、車椅子でも入れて、温泉を堪能した。

風呂を出たところで、おばちゃんに、足裏マッサージをオプションで受けた。
友人は『ドゥアー・・・痛い・・・』と叫んでいた

そして・・・夕食・・・
2箇所、お食事処があるのだが、僕らは、「かまど」という、テーブル席で・・・
豪華な料理と美味しいお酒を飲み、2時間以上かけて、これ又、堪能させてもらった。

部屋に戻ると、呼んでいた、マッサージ師が2名、部屋の前で待っていた。
肩・腰・脚の凝りをほぐしてもらっている途中、あまりの気持ちよさに、寝てしまった。

マッサージが終わり、すこし休んで、1階にある、露天風呂に向かった。
今迄は完璧にバリアフリーで、段差もなく、快適なつくりになっていたが、
露天風呂はさすがに、少し段差があった・・・が、怪力の持ち主の友人が
車椅子毎かつぎあげてくれて、こちらの露天風呂(野天)も堪能した。

その後は、さすがに、2人共、疲れて、ビール1本空けて、眠った・・・


次の日は、朝から快晴で気持のいい風が吹いていた。

昨夜、夕食をとった、「かまど」で朝食を食べた後で、友人は展望風呂に入りに行った。
部屋で少し、休んで、1階のラウンジでコーヒーを飲み、土産物屋を覗いて、チェックアウトをして、宿を後にした。

~ネットで探した宿だったけど、バリアフリーという面では、快適だったと思うし、友人もとても良い宿だったと言っていた。~

桜の花や桃の花がとても綺麗な国道を走って、飯田駅方面の
信州蕎麦屋で、昼飯を食べて、未だ雪化粧を残している、日本アルプス・富士山を見ながら
中央高速道で帰途についた。


追記:病気の為、年々身体の動きが不自由になってきて、車椅子でないと転倒の危険があり、今回の旅行で初めて使用した。
レンタルだから、大きさの問題や乗り心地がよくない等の事もあったが、車椅子を使用して移動する時は、安心感がある。
今の自分には、必用なものなのかもしれない・・・。
だけど、無事に温泉旅行に行けたのは、友人Fのおかげである。
本当に有難うございました。
今年の秋、紅葉の時期に又、旅行に行きましょう!

ある日の電話

2008年04月08日 16時14分57秒 | Weblog
先日も我が家の固定電話が、「プルル、プルル!」と、応答に出ては、一言、二言で
電話が切れ、又、少し経つと又「プルル、プルル!」と連続3回も鳴っていた。

又始まってしまったのかと思った。

その電話に出た父親も、相手が分っている・・・間違い電話なのであるが、返答に困る相手なのである。


その相手は話方からすると、かなりの高齢のお婆さんで、別に、我が家に用事があってかけているわけではく 電話に出ると『○○さん?』
と問いかけてくるのである。

「・・・・・・・」



我が家は『○○』ではないのである。

半年くらい前から、始まったらしく、最初、父親は「何で、何度も間違ってかけてくるのだろう?」と思いお婆さんに「うちは、○○ではないし、○○さんって電話暗号は?」と聞くと我が家の電話番号と最後の数字が違うだけであった。


その時は、「番号は似ているけど、違うので、気をつけて下さいね」
と言ったが、不定期ではあるが、先日も又、電話が鳴っていた・・・。

どうやら、高齢のお婆さんで、身の回りで困った事があると『○○さん』に電話をかけている様であり、程度はわからいけど
アルツハイマーと言えばいいのか、認知症といえばいいのか、本人には、全く悪気はないのだが『○○さん』の電話番号が認識出来ない様なのである

以前、困ったので『○○さん』に電話をこちらからかけて、事情を説明してから
一月位はそのお婆さんからの電話は無かったのだが、又、かかってきている。

我が家は、自営業をしており、今の時期は繁忙期という事もあり、そのお婆さんの電話に丁寧に対応している事が出来ないのである。
’病気が原因なのだから・・・怒っても仕方ない’と後で冷静になれば、思うのだが、連続して何回も間違い電話があると、その度都、電話で応対をしていくうち、本能的に頭にくる。

相手のお婆さんだって、本当は、『○○さん』に用事があるはずなのに、連絡がつけられないのであるから不安や焦りがあるだろう。
1人で暮らしているのか、家族が一緒なのか、貧困なのか、裕福なのか・・・どの様な環境で生活をされているのか分らないけど、ひとつだけ分っている事実・・・
それは、日によって、体調の良し悪しがあるけど、痴呆が進んで、かけたい相手の電話番号やリダイヤル等の電話の機能を認識出来なくなってきているという事。

認知症は、新しい事や数字から認識出来なくないかわりに、何十年も前の事はしっかりと認識出来るという事を聞いた事がある。


自分にはどうしてやる事もできない事だし、考えても、どうしよもない事なのだけれど・・・
高齢だから仕方ないのかもしれないけど、脳障害はきついものだと改めて思った。

通信販売

2008年04月06日 13時56分46秒 | Weblog
先日、夕食を食べている時の事・・・。

親父の後ろに、有名な通販番組の社名が書いてある、中くらいの大きさの
ダンボールが置いてあった。

『何か買ったの?』と聞いた。


すると、そのダンボールの中に入っていた、もうひとつ小さい箱の中から
出てきたものが、CASIOの電子辞書だった。


60歳代後半で、これから何かの試験に挑むではなく、以前より、CMを見る度に、欲しくなって『なんと、これ一台に、辞書が何十冊も入っていて、¥29、800え~ん・・・お買い得ですよ・・・』
の聞きなれたフレーズで、衝動的に、注文をしてしまった様である。

’まんまと、CMにのせられて、購入したな’と僕は思った。

そうなのです。

親父は、通販で購入するのが、好きなのである。

ロデオボーイⅡ・デジカメ・電気カミソリ・ビデオカメラ・掃除機・そして今回の電子辞書・・・
といった家電類
紀州のうめぼし・もみのり・辛子明太子・乾麺・水・・・などといった食品
その他・・・

今、僕が思い出しても、すぐにこれくらいは、通販で購入しただろうというものが思いだされる。


食品類は、消費をするものであるから、自然に無くなるものだが、
通販で購入した家電製品は、’持っている’という言葉があてはまり、以前購入したもので、今、継続して使用している家電は掃除機くらいである。


僕自身、’電子辞書’は、持っていれば、便利かな~’位しか思い入れはないのだがしばらくすれば、ほこりをかぶっていると思われる・・・ので、そうしたら、僕が使用したいと思う。

それにしても今の技術の高さには、改めて驚かされる。
もの凄い情報量が、本当に、小さく・薄いカードなどに、収められている。
10年前に、使用していたフロッピーディスクを何十枚とCOPYしていた時代からは考えらねない進歩だと思う。



メモリーカードで32ギガ・・・僕が使用しているI Podは229曲保存しているが、残りは73ギガ・・・そうしてこんな小さい中ボディーの中に、辞書が何十冊と入っている・・・




命を扱う医療技術の進歩とデジタルの進歩は分野が違うので一緒に出来ないと思うけど今迄不可能とされていた事を可能にしていくという意味では、同じかもしれない・・・

2008年04月04日 16時01分19秒 | Weblog
最近のTV番組で、’クイズ’や’常識問題’’雑学’’~テスト’という様な番組が多くなってきていて、あまり生活と関係の無い事柄や雑学的な事も多くて、決まっていつも観ている番組はないのだが
知識が薄い僕は、最近好んで、このての番組を観ることが多くなってきた。

フジテレビで見た気がするんだけど、興味深い、事柄をあつかっていた。

日本人の死亡原因のベスト3というのが、がん・心臓病・脳障害という事は知っていたのだけどここからが、その番組でやっていた事柄・・・

病気にならない人(心臓が強くて、脳障害にもならない血液がさらさらの人)
でも、医学的にいうと130歳が限界で、その死亡原因はがんであるという事。を伝えるTV番組をやっていた。

人間の体内には数兆個の細胞がある。
そして、10代でも一日10数個、40代で一日30~40数個の細胞が
突然変異をして、がんの細胞になっているという。

だけど、その突然変異したがん細胞は、周囲の若くて元気の良性の細胞にやっつけられている。

が、加齢と共に、体内の細胞は自然に減っていくし、元気もなくなる。
その元気のなくなった部位に、強力ながん細胞の一個が生き延びて
栄養を吸収しながら、2個→4個・・・・・・・と増殖を続ける事によって
その部位にあった良性の細胞が、がん細胞に負けて、部位ががん化する。

転移は、より栄養のある部位・・・例えば、胃がんの場合は肝臓に、肺がんの場合は脳に・・・より近い部位へ栄養を求めて、血管を通じて、転移が起るというものが・・・

医学的にいう、130歳が限界・・・だけど、現実的にはフランスの女性が122歳(1997年没)・・・これが長寿の世界記録である。

病気になる以前から、一環して思っている事は、
ギネス級の長寿記録を期待する人生より、短くても実りのある人生をおくる事を選びたいと思っている。
そして、今・今後・・・どの様な人生がまっていようとも、逃げない・あきらめない・そして、小さい事でも楽しみを感じる様な生活をおくっていきたいと思っている。

薬害肝炎問題その後・・・

2008年04月02日 17時00分32秒 | Weblog
以前、このブログで取り上げた、’薬害肝炎問題’・・・(12/6と1/17)

毎日、新しいニュースが飛び込んでくるし、この問題と関わりのない人達は『あ~、そういえば、そんな事あったよな』位の案件かもしれないけど
僕にとっては、この問題は見過ごせない。友人がまさしく、この問題の被害者という事もあるのだけど、政府や厚生労働省の極めて迅速でない
対応に憤りを感じるからである。
下記は、この薬害肝炎問題のその後・・・というか、友人の生の声である。





裁判の原告になった人には、和解金が支払われつつあるらしい。(確かではない!)
でも、オレみたいに「薬害です」って認定できる人の大部分は、まだまだ。あと2~3年かかるんじゃない?って言われちゃってます。
原因は
○まず、国会が審議していない。法案が審議されていないんだ。ガソリンだの道路だの、福田内閣のふがいなさが露呈。
○法案が可決されてから、法が施行され、給付事務所なるものが立ち上げられ、そこが窓口になる。
○そして、そこに書類(まだ、この書類の書式でさえ決まってはいない。)を提出し、審査を裁判所で実施。(審査方法も未定)
○確かに薬害です、っていう認定を受けたら、指定された病院で進行度の検査。(厳密にどうやって進行度を審査するんだろう?)
○検査の結果で、病気の進行度で給付金の額が決定する。(医者のさじ加減で二千万→四千万が決まることにドクターも困るだろうね。)
○その後、受け取り
っていう流れらしい。
だから、治療費の負担軽減策(上限の決定)や、認定できない人に対しても、援助をする、なんていうのはまだまだ先の話。
待ったなしの肝炎患者なのにね。
悪化のスピードが速くなると、一週間で肝炎→肝硬変→肝ガンとなり、肝機能障害(これ、死亡原因でよく聞くでしょ。)に劇的に進む
病気なのに、困ったモンです。





薬害肝炎訴訟のその後・・・という特集番組を観たわけでもないし、友人からのメールでの生の声であるから、僕は今後もこの問題について、事ある毎について、触れてみたいし、’おかしい’と思うこと事はおかしいと訴え続けていきたい!




この裁判の真の目的は、手遅れになるまえに・・・高額の治療費を国や製薬会社が負担の上、原告だけでなく、薬害が原因で病気になった者全てが、治療出来る様に、してほしい・・・というものではなかったか…。

やはり、今の司法の限界というか、結果的には、’和解金’というか’お金’でか片付けるしかなくて、
ニュースで’全面解決’と報道されたが、本質は全然解決なんてしていなくて、国や製薬会社が負担するはずの高額な治療費でさえ
支払われるべき金が何年先になるか・・・?という状況はおかしいと声を大にして言いたい。
待ったなしの状況であるのに。


『おかみ』などと呼ばれていた時代から役人という人種は、自分達の非を認めないし、何かと、言い逃れをしようとして
責任を認めたがらないし、自分達の都合の良い様に、法律を作ってそれを盾にし、自分達は絶対に
法治国家である、今の社会では、罪にとわれない様に、していく・・・

法治国家であり、多数決で決まる今の日本社会。
今、僕ら、難病患者は、医療券という物を持っていれば、病院に行って、問診・投薬というものが、健康保険と併用して
所得に応じてだが、かなり、個人負担は少なくてすんでいる。
が・・・だ・・・ここからは、僕の予想なのだが・・・
今までは、治療薬がなかったから、負担も少なくてすんだけど、治療法がみつかって、治せる病気になったとしたら・・・
難病では、なくなるのだから、手放しで喜べない事態が起るかもしれない・・・。

それは、治療費の問題。

治療法は手術という可能性は少ないと思う。
最初は点滴等で、一気に治療を出来る訳でもないだろうから、ほとんど、毎週・・・事によっては
週何回も点滴治療を受けにいかないといけなくなるかもしれない。
そうして、肝炎治療の様に、進行ステージで、保険適用か適用外になる恐れもある。
比較的、程度が軽い患者は、保険適用で、中度・重度の患者は保険適用外になって
一本¥1万円の点滴を週2日、年100万も個人負担で治療しなければ
ならない可能性だってある。(それ以上の負担も十分考えられる)
75歳以上のお年寄りが、’後期高齢者’と呼ばれ、年金から保険料を
強制的に徴収するほど、弱者を支える体力のない今の医療体制なのだから・・・

お年寄り・・・、病気で苦しんでいる人達・・・
社会で支えてもらえないと、生きることさえ、あきらめないといけない新しい問題が生まれる前に
『おかみ』といわれる人達に、何かをかんじてもらいたいと願う。