シャボン玉の詩

前へ前へと進んできたつもりでしたが、
今では過去の思い出に浸る時間も大切にしなければ、
と思っています。

青い飛沫(13)

2017-04-02 09:43:08 | Weblog
後日の話になるが、まさか邦夫がこの家に住み着くことになろうとは誰も考えていなかった。
土壇場になって急遽治が就職先を静岡「のち群馬へ転勤」の某機械の製作所に換えたからである。
元々都会志向であった治は母の死によってそれを決断した。
勿論治には早晩邦夫は結婚し、奥様共々学校の先生になるであろうという予測があった。
数年後にこれが実現し、この家の主になった。
思えば最善の道であった。

いよいよあの約束の日が近づいている。
兄弟3人の17年ぶりの故郷での再会である。
この体ではいささか心配ではあるが、これが最後になると思っている。
這ってでも行くつもりである。
「あなた、本当に行くつもりなの、その体では無理じゃない?」
女房の奏子は心細げに「私、付いて行こうかしら」などと言い出す始末である。
勿論夫婦同伴でという話もあった。しかしこれには弟二人が反対した。
父さんと母さんを早くから亡くし、治兄さんを中心に我々三人が結束して歩んできた道がある。
余人を入れず、心の底から笑い、涙し、人生最後のひと時を過ごしたいと言う。
最早治は77歳、正義は75歳、邦夫は73歳、いつ何が起こってもおかしくない年齢ではある。

「奏子、心配は要らんよ、大丈夫だ、この行事は予定どうりだからな」
治は心臓を右手で撫でなが有無を言わせなかった。

遂にその日が来た。高知空港に到着である。
いつの間にか高知竜馬空港という看板に変わっている。
此処はなんでも「竜馬」を付けるらしい。
懐かしいというよりは「変わったな」と思う。
三翠園へはタクシーで直行である。