ガウスの旅のブログ

学生時代から大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。現在は岬と灯台、歴史的町並み等を巡りながら温泉を楽しんでいます。

松本電鉄上高地線乗りつぶしの旅

2018年08月25日 | 旅行
今日は、猛暑になるとの予報だったので、少しでも涼しいところはないかと考えた結果、余っている「青春18きっぷ」を使って、日帰りで長野県へ行って、アルピコ交通の松本電鉄上高地線の乗りつぶしをしてくることにした。
 特別に早起きをし、朝食を済ませてから、自宅を出て、武蔵野線の始発電車へと乗り込み、西へと向かった。西国分寺駅で中央本線へ乗り換えさらに西進して、高尾駅で松本行き普通列車に乗り継ぐ。土曜日の早朝なので、長野県方面へと向かう登山客が結構乗っていた。それでも座席を確保することができ、まどろみながら車窓を眺めていく。とにかく早起きしたために、睡魔が襲ってきて、目の焦点が合わなくなってきた。山梨県へ入ると雲が多くなり、途中雨がパラついたりしたが、中央本線の最高地駅である信濃境を過ぎるころには、晴れ模様になってきた。早朝の電車だけに途中で特急に抜かれることも少なく、順調に走って、出発から4時間半ほどで、9時35分には松本駅へと到着した。
 その後は、いよいよ松本電鉄上高地線へ乗ろうと思ったが、次は10時10分までないとのアナウンスだったので、いったん駅の外へ出ることとした。松本駅改札の自販機で、松本電鉄の新島々駅(片道700円)までの切符を買おうとしたが、その脇に一日乗車券(1,000円)があると書かれていたものの、その購入ボタンがない。不思議に思って、JRの駅員に尋ねてみると駅前のアルピコ交通バスセンターで販売しているとのことだった。そこで、まだ出発時間に余裕があったので、駅前広場を横切り、バスセンターまで足を運んで購入することとした。普通に往復乗車するだけでも1,400円(700円×2)かかるので、かなりお得なことは確かだ。しかも、その一日乗車券にはかわいい女の子(渕東 なぎさ)のイラストが描いてあって、気に入った。
 駅に戻って、松本電鉄上高地線のホームへと向かったが、そこには渕東なぎさ(身長152cmの19歳との設定)のイラストがラッピングされた「なぎさTRAIN」の3000系電車が待っていた。車両に乗り込んで座っていると車掌と思しき人が、乗車記念カードとコンサートの案内を配っていて、不思議に感じる。そうこうしているとバイオリンを持った男性が現れ、最後尾車両での演奏が始まったのだ。なんでも新島々駅へ着くまで、車内で無料のバイオリン生演奏が聞けるとのことで、とても驚いた。
 そんな中で、定刻通り10時10分に発車したが、電車の走行音とバイオリンの音がミックスしてなかなか面白い。アルピコ交通もなかなか粋な企画をするものだと感心し、その車両に乗り合わせた幸運を喜んだ。この上高地線は14.4kmの延長なのに14駅もあって、駅間距離が短い。その駅名標には、イラストが描いてあったりして、結構楽しめるのだが、少し雨が降ってきて気になった。車窓には、北アルプスの山々や田園風景も見え、バイオリンの音色をバックにして、心地よく30分ほどで執着新島々駅へと到着した。ここからは、多くの人々がバスに乗り換えて、上高地方面へと向かっていったが、私は駅舎の写真を撮り、駅スタンプを押しただけで、この電車で折り返すことにする。
 帰りの電車もバイオリンの生演奏が聞けて良かったが、沿線の風景を見ながら少し考えてみた。地方の私鉄は、自家用車の普及と沿線人口の減少で、苦境が続き、廃線に追い込まれるところも少なくない。その中で、この松本電鉄上高地線が頑張っていられるのはなぜだろうかと思う。一つは、上高地への観光客をある程度あてにでき、バスとうまく連携していること、一つは、沿線に高校や大学があって通学客が多いこと、一つは、松本駅でのJR線への乗り継ぎが便利なことなどが考え付いた。こういう路線は、地域住民の足としても貴重なので、いつまでも存続してほしいと願わずにはいられなかった。
 松本駅からは、12分ほどの待ち時間で、11時34分発の甲府行き普通があったので、売店で山賊焼弁当(760円)を買って乗り込むことにする。この弁当を社内で食べたが、安い割には結構美味しかった。
 昼間の普通列車は特急に追い抜かれるため、停車時間の長い駅がある。そこで、塩尻駅、岡谷駅では待ち時間を利用して、駅スタンプを押しに行ったが、これも普通列車の旅の楽しみなのだ。
 13時47分には甲府駅に着き、そんなに待ち時間もなく高尾行きの普通へと乗り継げた。ここら辺では、雨は降っていないものの雲が多く、車窓からの富士山が隠されているのを残念に思う。
 15時半前に高尾駅へと着き、ホームへ下り立つと暑さでむっとした。関東平野は相当の猛暑となっているようだが、それをおして、駅の改札へ行き、駅スタンプを押す。これをしばらく続け、中央本線の各駅に降りて、スタンプを押しながら西国分寺駅まで行ったが、あまりの暑さに辟易とする。その後は、武蔵野線へと乗り換え、自宅へ直行したが、日没までには帰着することができた。

福島交通飯坂線乗りつぶしの旅

2018年08月20日 | 旅行
今日は、天気が良くて気温もそれほど高くないとの予報だったので、余っている「青春18きっぷ」を使って、日帰りで福島県へ行って、福島交通飯坂線の乗りつぶしをしてくることにした。
 早起きをし、朝食を済ませてから、自宅を出て、5時過ぎには武蔵野線へと乗り込んだ。南浦和駅で、京浜東北線へ乗り換え、大宮駅で宇都宮線へ乗ろうと思ったが、小金井行の普通列車しかなかったので、とりあえずそれで進むことにした。すでに明るくなっていたので、ぼんやりと車窓を眺めながら、関東平野を北行していく。
 終着の小金井駅では、次の宇都宮行きまで少し時間があったので、改札を出て、駅のスタンプを押す。そろそろ通勤客が増えてきていたので、ホームへ戻って、電車を待ったが、まだのんびりした感じだった。
 しばらくして電車に乗り込み、宇都宮駅で黒磯行きへと乗り継ごうとしたものの、ここでも30分ほどの待ち時間があった。再び改札を出て、駅のスタンプを押してから、ホームへ到着した電車へと乗り込む。
 次の終着黒磯駅でも30分ほどの待ち時間があり、なかなか前へと進んでいかない。ここから県境を越えて福島県へと入るあたりが、沿線では一番人口の少なそうなところで、電車も昼間帯は1時間に1本くらいしかないのだ。
 やっとのことで、新白河行きへと乗車できたが、乗り換えるごとに電車の編成が短くなっていく。山間部のような人気のないところを走って行って、東北地方へと入っていったが、やっと来たという感じがする。
 新白河駅で、郡山行に乗り換えるのにも時間がかかったが、やっとのことで福島県中通りを進むことができる。郡山駅で福島行きに乗り換え、福島交通飯坂線の始発、福島駅へとたどり着いたのは、正午近かった。
 今朝電車に5時過ぎに乗ったのだから、かれこれ7時間近くかかったことになる。まあ、「青春18きっぷ」の旅とはこんなようなものなのだが....。
 結構時間がかかってしまったので、昼食時間を惜しんで、福島交通の乗り場へと急いだが、阿武隈急行の駅を兼ねていた。改札口で、一日乗車券がないか聞いてみたが、飯坂温泉入浴料込みのものしかないとのことだったので、自販機で飯坂温泉駅までの切符(370円)を買い求めることにした。
 福島交通は、福島県内において、福島市の福島駅から飯坂温泉駅(9.2km・駅数12)を結ぶ飯坂線を運行するローカル私鉄事業者だ。1924年(大正13)に、福島飯坂電気軌道として、福島駅~飯坂駅(現在の花水坂駅)間が開業した。同年に飯坂電車に社名変更し、1927年(昭和2)3月23日に、花水坂駅~飯坂温泉駅間が延伸開業し全通する。同年10月1日に、福島電気鉄道が飯坂電車を合併し、飯坂西線となり、1962年(昭和37)7月12日に福島交通に社名変更した。尚、鉄道事業以外に、自動車運送事業(路線バス、貸切バス、貨物運送等)、保険業務、旅行業などを営んでいるとのことだ。
 ここからは、先頭車両の一番前の窓際に陣取って、車窓を楽しみながら沿線の写真を撮っていくことにする。沿線には、レトロな駅舎や鉄橋があって、被写体には困らない。23分ほどで、終着飯坂温泉駅へと到着したが、この駅が一番立派だった。来た電車は2分で折り返すとのことだったので、駅前の写真を撮ったり、昼食も買い求めたかったので、25分後の次発で戻ることとする。
 駅舎の外へと出てみると大きな松尾芭蕉の像がある。そういえば、「奥の細道」の旅で芭蕉は飯坂温泉へ泊まっているのだった。それをカメラに収め、駅の脇を流れる川面の風景にシャッターを切ってから、昼食を購入するため、構内のコンビニへと入った。結局、時間節約のために、オニギリとカレーパンを買って、駅のベンチで食べることにする。ちょっと味気ない感じもするが、ここへ来るまでに時間がかかりすぎているし、適当な食堂もなさそうだったので、致し方ない。
 食後は、自販機で福島駅までの切符(370円)を買い、再び飯坂線へと乗り込んだ。復路は座席に座りながら、車窓から沿線の風景を楽しんでいくが、長閑な感じがする。終点の福島駅の脇には、JR線への乗り換え口があり、簡単にホームへ出ることができ、すぐに郡山行きへ乗ることができる。
 郡山駅では、水郡線か磐越東線を経由して、常磐線を使って戻ることも考えたが、適当な時間の列車がなかったので断念し、来た線路をひたすらに復していくことにした。
 しかし、新白河駅での乗り換えには、50分ほどの時間を要し、黒磯駅、宇都宮駅でも待ち時間があって、帰着が遅くなりそうだった。そこで、宇都宮駅での待ち時間を利用して、構内のコンビニへ行って、夕食を買い求めることにする。チキンカツカレーピラフを買い求めたが、冷たくなっていて、あまり美味しくはなかった。
 この駅からは、湘南新宿ラインの逗子行きへ乗り込んだが、車窓はだんだん暗くなっていき、小山駅あたりでは、ほとんど見えなくなってしまったので、あとはまどろみながら、席に座り続けることとなる。
 結局、浦和駅、南浦和駅で乗り換え、自宅へと帰り着いたのは、夜8時近くとなっていて、かなり疲れてしまった。

近江鉄道乗りつぶしの旅

2018年08月12日 | 旅行
お盆に愛知県の実家に帰省中だが、天気もまずまずとのことなので、「青春18きっぷ」を使って、日帰りで滋賀県へ行って、近江鉄道の乗りつぶしをしてくることにした。
 朝食後実家を出て、中央本線に乗って、金山駅まで行き、東海道本線の米原行き新快速に乗り換える。結構混んでいたが、なんとか窓側の席を確保して、ぼんやりと窓外の景色を眺めていた。電車は名古屋駅から満席となって、立っている人も多くなり、濃尾平野を順調に走って行って、米原駅へとたどり着く。
 米原駅で下車し、駅のスタンプを押してから、近江鉄道の改札口へと向かったが、次の電車までには30分以上の待ち時間があった。近江鉄道は、滋賀県内において、米原市の米原駅~甲賀市の貴生川駅間(47.7km・駅数25)を結ぶ本線と彦根市の高宮駅~犬上郡多賀町の多賀大社前駅間(2.5km・駅数3)を結ぶ多賀線と東近江市の八日市駅~近江八幡市の近江八幡駅間(9.3km・駅数7)を結ぶ八日市線の3路線を運行するローカル私鉄事業者だ。1896年(明治29)6月16日に近江鉄道株式会社が設立され、1898年(明治31)に彦根駅~愛知川駅間が開業、1900年(明治33)に彦根駅~貴生川駅間が開通、1914年(大正3)に多賀線が開業する。1931年(昭和6)に米原駅~彦根駅間が開業し、本線が全通した。1944年(昭和19)には、八日市鉄道株式会社を合併して、八日市線となる。2016年(平成28)2月29日には西武鉄道の完全子会社となり、鉄軌道事業以外に、自動車運送事業、観光事業、不動産事業、旅行業なども営んでいるとのことだ。
 まず、近江鉄道の土日祝日限定の一日乗車券「1デイスマイルチケット」(880円)を購入し、時刻表ももらってから、駅周辺の様子をカメラに収めながら時間をつぶす。そして、9時19分発の普通列車に乗り込んだが、日曜日のこととて、とてもすいていた。
 車窓から沿線の風景や対向する電車、駅などにシャッターを切りながら、進んでいったが、単線をのんびり走る風情を味わっていく。
 彦根市街を過ぎ、高宮駅で下車して、支線となっている多賀大社駅行きへと乗り換えたが、とてもスムーズにいって良かった。6分ほどで終点へ着き、降り立ったが、多賀大社をイメージした駅舎となっている。折り返しの電車までには、30分ほどの時間があったので、徒歩10分のところにある多賀大社まで急いで行ってみることにした。沿道は門前町の風情があり、土産物屋や昔ながらの料亭、旅館なども散見される。なんとか10分ほどで鳥居をくぐり、参拝をすませて戻ってきたが、電車出発のギリギリだった。
 再び、高宮駅まで戻り、今度は貴生川駅行きに乗り換え、先頭車両の一番前の窓際に陣取って、車窓を楽しみながら沿線の写真を撮っていく。
 今度は、八日市駅で下車し、駅前の写真を撮り、スタンプを押してから、近江八幡駅行きへと乗り込んだ。再び先頭車両の一番前の窓際に陣取って、沿線写真を撮っていったが、レトロな駅舎や鉄橋があって、被写体には困らない。18分ほどで、近江八幡駅に到着したが、ここはJR東海道本線との乗換駅になっていて、とても立派だった。
 駅前に、大きなスーパーマーケットがあったので、その4階のレストランコーナーで昼食をとることとする。その中に、名古屋方面ではなじみの「スガキヤ」があったので、入店してざるラーメン(390円)を注文した。
 食後は、再び近江鉄道へと乗り込んで、八日市駅へと戻っていく。ここで、貴生川駅行きへ乗り換えようと思ったが、49分も待ち時間があったので、駅周辺を歩いてみることとした。駅前の本町アーケード街へ行ってみたが、閉店や移転してシャッターを下ろしている店舗が目立ち、活気がなく、人通りもあまりない。結構日差しがあって暑くなってきていたので、しばらくして駅に戻ったが、駅舎内にも冷房の効いているスペースがなく、汗をかきながら待つこととなった。
 やっと到着した貴生川駅行きに乗り込み、再び沿線風景をカメラに収めながら、進んでいったが、とてものどかな風景が展開している。それも45分ほどで終着となり、近江鉄道全線乗りつぶしが完了した。
 ここからはJR草津線に乗り換えたのだが、少し待ち時間があったので、駅舎の写真を撮り、スタンプを押してから、下りの柘植行きを待つことにする。 
 その後は、柘植駅ですぐに関西本線亀山駅行きへと乗り換えることができた。しかし、空には入道雲が広がり暗くなってきて不気味な感じがする。案の定、加太駅で雨が振り出し、これ以上前に進めなくなってしまった。今年初めまで、土砂崩れで長期不通となっていた区間だけに、不安がよぎる。それでも、10分ほどで前進できることになりホッとした。
 亀山駅からは、それほど待ち時間もなく、名古屋駅行きの快速へと乗り継ぐことができたが、前方には暗雲が立ち込めていることは変わっていない。
 なんとか名古屋駅まではたどり着くことができたが、乗り換えようとした中央本線は、大雨のためにかなり延着していた。それから乗り込んだ瑞浪駅行きも途中スピードを落としての運行ととなったものの、なんとか無事に実家に帰りつくことができて、胸をなでおろす。