帰ってきたFamily Physicianの独り言

札幌で家庭医療研修プログラムのディレクターをしています

ウェブ進化論の見ていないものと私の無力感

2007年12月26日 | その他
梅田望夫著「ウェブ進化論」と「ウェブ時代をゆく」を読みました。
自分が感じているウェブの世界の進歩がきちんと言語化されていて、さらにその大きな世界の展望を見せてもらったようで、ワクワクしました。自分がレジデントを教えるときに、答えを教えるのではなく、答えに至るまでの過程をなるべく教えようとする、そのツールに対する信念のようなものも見えたと感じました。「ウェブ時代をゆく」はウェブというもののダイナミクスを下敷きに、男子一生の生き様自身を問いかけるもので、「けものみち」を歩いている自分にとっては全ての章に興奮しながらの楽しい読書でした。

が。なぜこう腑に落ちない自分がいるのでしょうか。

確かに自分も含め、知的好奇心や挑戦心にあふれた、特に若い人にとってこの著者からのメッセージは強烈でしょう。自分の子供にもぜひ一度はこの二冊を読んでもらいたいと思います。しかし、この本を読んで「余計へこむグループ」というのを自分は強く意識してしまうのです。

著者は「高速道路」は「誰の前にも敷かれ」「やる気のある人ならどこまでも伸びていける自由な環境が生まれた」と書いています。たぶんここに自分が感じる違和感が凝縮されているのではないかと。

今時ウェブなんてどこでもできる、とは言うものの、著者が言う「高速道路」というのはそれなりのスペックを持った比較的新しいコンピューターと、おそらく常時接続のブロードバンドインターネットを「当然のものとして」想定している。ここに世間の常識とかけ離れた著者の世界観、もしくは著者の頭の中にある平均的大多数の日本のお茶の間の風景を見て取れる。批判ではない。世の中の大多数はひょっとしたらそうなのかもしれない。日本は豊かな国だ。

インターネットカフェで、学校で、図書館で、携帯で。そんなインターフェースに制限されない「やる気」が高速道路を走るには必要だと。走る必要はないけれど、走りたければ走れるよ、と著者は言いたいことはわかる。

自分がこんなに違和感を抱く理由は家庭医という職業が大きく影響していると感じる。低所得者、貧困層とまでいかなくても、Good Enoughと言うにはあまりにも不自由な生活をしている人たちがどれほどいるか。病棟で、救急で、外来で、そして往診でそういった人たちの生活を見てしまうと、どれだけ豊かだと思える国にも少なからずこういった層の人たちがいる事を意識せざるを得ない。自分の生活を振り返っても、またこうした知的好奇心を刺激してくれるような書物に出会っても強く意識してしまう。こういった人たちはこの「高速道路」が自分の目の前に用意されていると感じているだろうか?


そして「やる気のある人」の裏側にいる大多数の「やる気のない人たち」。
これも著者を批判しているつもりはない。自分もその「やる気のない人たち」だった時期が確かにあった。高校生の3年間、何事に対してもやる気が出ず、反抗する気さえ起きない僕は東京の小さな一人暮らしのアパートで間違いなく「やる気のない人たち」の側にいた。つらい時期だった。変わりたい自分、でもそれを実行に移せない自分。それは今の自分をしっかり支えてくれてもいるんだけれど。

「不特定多数の衆愚」から掬い上げられる1000万人の「新しい層」の人々が作り出す新しいウェブ時代の「知」とその市場。そこから置き去りにされる「抜け出せない人たち」。


NKHスペシャルのワーキングプアに出てくるたくさんの「そこから抜け出せない」人たち。
決して「自分が何とかしよう」とか、「これが原因だからこうすればいいじゃん」みたいなことは言わない。Steve Coveyが "The 7 Habits"で書いているようにQuick Fixを求める姿勢そのものがやはり間違いだと思うからだ。それを本当に実感してしまうから、そして遠く日本を離れ自分が直接「現地」で「人生をうずめる」ことができないからこそ歯がゆくも思うし、無力感も感じる。

まだ出会えない日本の北の大地の人と交わり、粛々と自分のできる「好きなこと」に「人生をうずめる」日が来ることが待ち遠しくてならない。あと半年。

最新の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
同感です (familymed758)
2007-12-26 18:13:18
ご無沙汰しております、familymed758です

「ウェブ時代をゆく」はまだ読めていませんが、「ウェブ進化論」を読みました。

私もHajさんと同じような感覚を憶えています

個人的には、わくわくしながら読んだとともに、自分が高速道路を使わなくては・・・という強迫観念にかられ、とりあえず無理矢理ブログを始めました。

ただ日本では、Hajさんが書かれているようないわゆる「貧困層で、インターネット環境から取り残されている」と感じる若者は意外と少ないと思います。ネット環境のインフラについては、アメリカより日本の方が恵まれているのではないでしょうか?

なにせ、若者の貧困層のキーワードが「インターネットカフェ難民」ですから。彼らは、インターネットカフェに寝泊まりして、ネット上でバイトを探し、携帯で仕事を得ています。

ただ、彼らが「知的好奇心や挑戦心」を持ってネットに向かっているかは分かりません。

Hajさんが書かれているのが、単なるアクセシビリティーのことよりも、「やる気」がメインであれば確かに日本もそうなのでしょうね。

環境だけを言えば、日本で取り残されていると感じるのは、主に高齢者です。当たり前と言えばそうですが、在宅診療でお邪魔する彼らのアナログな生活には、ネットの陰は見当たりません。テレビは地上デジタル放送ですが。

おそらくHajさんは、アメリカの貧困層をみて感じておられることを書いていると思いますが、数年ぶりに日本に帰られると、ネット環境については様変わりしていることを感じられるかもしれません。

PS. 渡米したら絶対にiPhoneを買いたいです
返信する
若者は大丈夫でしょう (Haj)
2007-12-27 08:30:45
そうなんですね。若者は大丈夫なんです。ウェブ進化論の対象者はやはり若者なんだと。若者、というのは中高年も含めていますが。

でも日本の人口だって何%が「非若者」でしょうか。758先生がされている在宅で見ている層です。

僕が仕事場と宿舎に常時接続が入ったのが2001年。ADSLが両親の家に入ったのが2003年。この5年の進歩は回線の速度、光回線の普及、そしてハードの進歩。あと高速道路をもつ裾野の広がり。これぐらいじゃないでしょうか。

僕が見ているのはアメリカの貧困層ではありません。ウェブ進化論を読まない層の日本人、そして「高速道路」への窓口を持たない日本人です。決して5%程度の少数派ではないんじゃないでしょうか。直感的な感覚ですけれど。ずれてますかねー?

日本の貧困層は人口の15%。この数字は日本で臨床をしている758先生の感覚からして妥当ですか?それとも驚く程多いですか?日本は社会福祉が充実し、地域の助け合いもあり、親戚のつながりなどが強く、貧困層でもそれほど生活に困らない構造だと思いますか?
返信する
しっくりこない感覚 (Tag)
2007-12-27 09:29:08
Hajさん、こんにちは。HANDS事務局をしてた(してる?)一人です。まだお目にかかったことはありませんが、楽しくBlog読ませていただいております。よろしくお願いいたします。

Web進化論、確かにわくわくしました。と同時に、やっぱりしっくりこない感覚を、同じように覚えました。
今留学している英国でも、20代の若者が道端にしゃがんで紙コップを持ち、小銭をくれとせがんできます。そのわきを、開発途上国から来た学生たちが、PC片手に教科書を開きながら歩いています。そして、年配のホームレスの人たちが、Big Issueを売るために、寒い中でも立ち続けています。
いったいこの違いは何なんだろうと、なんだか胸を押しつぶされる感じがしています。
情報にアクセスできる環境がなくて、情報が手に入れられないということと、環境があったとしてもそれを手に入れようとしない(あるいは思いつかない)というのは、どっちにしても情報から取り残されているのに変わりはありません。
米国の公的図書館のほとんどでインターネットにアクセスでき、ホームレスの人が日常をつづったBlogを公開していて話題になったのは、だいぶん前の話だと記憶しています。英国の図書館でも、ネットアクセス環境は整っています。では、翻って、日本の公的図書館のネット環境はどんなもんか? 個人のPC所有と電話回線普及率が高く、安価なネットカフェの普及が先行して、公的サービスの遅れになっているとも考えられるかなと思います。

うーん、、、

いずれにしても、自分の中にある「しっくりこない感覚」に正直に、なんでしっくりこないのかをもっと探究したいなって思います。
返信する
Re:若者は大丈夫でしょう (Haj) (familymed758)
2007-12-27 14:16:00
なるほど~

Haj先生が意識しておられるのは、日本の
1.高齢者
2.貧困層
なんですね。

確かに、人口比で言うと高齢者層は決して5%ではありませんよね。
梅田さんが「私は自分より若い人としか会わない」と公言してはばからないことからも、「ウェブ」シリーズはあくまで若者を意識して書かれた本だという前提で読んでいたので、Hajさんと微妙な解釈の違いが出たのかもしれません。
つまり私の中で、本の対象に「高齢者はどうせ入っていない」という前提がありましたので、前回のコメントのように「日本は結構ネット環境大丈夫ですよ」というニュアンスのコメントになったと思います。

2.の貧困層については15%という数字はピンと来ません。どの程度の生活レベルを「日本の貧困層」というかが私の中に明確な基準がありませんので
仮に所得が下から15%の人たちをみた場合、中年以降の貧困層は生活はギリギリ、医療費も払えず、かなりきつい生活です。地域のつながりは希薄になり、福祉も介護保険で悪化したように感じます。もちろんネットも繋がりません。
ただ貧困層の若者に対する私の印象は、「食事に困っても携帯を持ち、ネットにはアクセスしている」です。彼らが真の意味で「高速道路」の使用者であるかは分かりませんが。また彼らとて、ひとたび体調を崩せばミゼラブルな状況が待っていると思います。

「ウェブ時代をゆく」を読んでから、さらに意見を交換させてください。書評等を読むとこちらの方がメッセージ性重視の本のようですので、私が受ける感覚がさらに変わるかもしれません。
返信する
おお、同志! (Haj)
2007-12-27 14:24:23
Tag先生、活躍をいろいろな所で目にしているだけに、会ったことがあるような気さえしていましたが。コメントありがとうございます。

「ウェブ時代をゆく」はさらに刺激的で、それこそ学問のすゝめとか、堕落論に感じるような時代の流れを強く意識させる一冊です。

日本の社会がもつリベラルさ、というか民間の流れの強さと政府・政治の「遠い感じ」は自分もアメリカに来て改めて実感した気がします。アメリカとイギリスの違いもきっとあるのでしょうが、日本の外に出るというのは大きな意義があるもんですね。

先生のブログも楽しく読みました。将来どこかで接点が持てることをワクワクしながら待っています。

それからJIM4月号お楽しみに!(結局宣伝かよ!)
返信する
なんだか久々に盛り上がるエントリーだな (Haj)
2007-12-27 14:47:49
758先生、コメントありがとうございます。
そうそう、確かに読者層というのが違う、という僕の説明が足りませんでした。

日本の貧困層15%というのは自分にとっては驚きなんです。OECDは全家計平均所得の半分以下の所得しかない家計を貧困層と定義しています。これが15%。6.5人に1人。こんなにいるの?

日本の平均所得は約580万円。半分で290万円。所得税10%、住民税10%として月割りざっと19万円あまり。そこから健康保険とか払っていたら・・・。ということです。きついですね。地域によっては生活できる額ではあると思いますが。家族構成によりますか。日本とアメリカの平均給与、そしてその分布は以下のブログが面白いです。
http://scrapbook.ameba.jp/love-ny_book/entry-10012734814.html

それから「貧乏でも携帯は持つ」という感覚。確かに変な気もしますが、大切なライフラインという意味では自宅の電話を引くよりも安いのかもしれません。面白い現象ですよね。

うーん、この話は興味深いですね。
返信する
貧困の問題 (はっち)
2007-12-30 12:58:33
 私も「ウェブ時代をゆく」を読み、重い腰をあげて、blogを始めました!

 また、貧困の問題は、私のところでも、必ず、出てくるのですが、統計的なことまで考えておりませんでした。

 2005年にOECD(経済協力開発機構、30
ヵ国)が発表した報告書「所得格差と貧困」によると、OECD諸国全体の平均貧困率が10.4%なのに対して、日本の貧困率は15.3%と、確かに、高い数字なんですね!
 また日本の貧困率は、90年代後半に1.6ポイントも拡大していて、OECD全体では平均0.5ポイントの拡大だから、日本は貧困率が高いだけでなく、貧困率拡大のペースでも国際比較で群を抜いているのだそうです。

 うちのクリニックの周辺はお独り暮らしの高齢の方が多いので、その方たちが問題になってきます。
どのくらいの方が、貧困層なのかということも考えながら、働きたいと思います。

 年が明けたら、研修医や看護師とディスカッションしてみたいと思います。また、これまでは、個別で対応していましたが、貧困層の方がどのような特有の問題を抱えているのか整理してみたいと思います。

 Haj先生、新しい視点を教えてくださって、ありがとうございました!

返信する
北海道で会いましょう (Haj)
2007-12-31 14:47:44
はっち先生、コメントありがとうございました。

そうそう、データを見てしまうと目の前の患者さんたちとのギャップに気付き、そして「何か見落としているんじゃないか」という気持ちになれますね。そういう意味でも時々はじっくり数字を見て、我が身を振り返るきっかけが必要なんでしょうね。

はっち先生の所はスタッフも充実、仲間も多く、歴史がありますからきっと良いディスカッションになるでしょうね。夏はそちらでお目にかかれると思いますからよろしくお願いします!
返信する