自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

☆アメリカ・ファースト

2017年01月23日 | ⇒メディア時評
   最近ニュース報道はトランプ大統領の就任とその一挙手一投足に注目が集まっている。メディア上では東京都の小池知事の存在感が一気に薄れたような感じもある。東京都議選の行方より、はやり、アメリカの行先と未来、世界の動向に関心が集まる。その意味で、「アメリカは偉大」だ。どのような人物が大統領になろうと、アメリカはアメリカ、世界の耳目が集まる。トランプ氏が声高に言うまでにすでに、すでに「アメリカ・ファ-スト」だ。

   21日未明のアメリカ大統領の就任式の模様を視聴した。反対する人たち、就任を歓迎しない人たちの声がこれほど大きく、デモも随所にありと波乱の幕開けを予感した。その就任の演説で連呼した「アメリカ・ファースト」。すべての政策でアメリカを優先し、メリットを勝ち取ると宣言していた。そこで感じたことだが、公職に就任するとその言葉の重みを意識して声のトーンも慎重になるが、トランプ氏の言葉は選挙の時と同じようにエキサイトして聞こえた。さらに演説の内容もさほど変わらない。既視感(きしかん)が脳裏に漂った。

   政策も大統領選での公言と変わらないようだ。「移民を認めない」。果たしてこれでよいのかと疑問に思う。アメリカが牽引するIT産業では、例えばフェイスブックやアップル、グーグル、マイクロソフトといった企業には有能なクリエーター、エンジニアがいるが、アメリカ人ばかりではない。移民の人だって多い。それを排斥するというのならば、むしろ国力の衰退につながるのではないか。

   また、トランプ氏がお得意の「アメリカ国内に工場を戻せ」の言葉で自動車産業界を揺さぶっているが、単純に重厚長大産業の復活をイメージしているのろうか。むしろ、オートドライブ(自動運転)など車社会におけるイノベーションが求められ、産業構造に変化が起きようとしているのに、かつての栄光を生産現場の雇用拡大でアピ-ルするのは時代錯誤ではないだろうか。

   オバマ氏のイニシアティブ進めていたTPP(環太平洋連携協定)の脱退をさっそく表明した。それだけでなく、NAFTA(北米自由貿易協定)を再交渉し、応じない場合は離脱するという徹底ぶりだ。

   こうした政策転換を眺めて見ると、単純に「社会分断」「国際的な孤立」「技術革新の疎外」などいろいろな言葉が浮かんでくる。天下動乱の幕開けなのか、見る分には面白い時代に突入した。アメリカ・ファーストの行方をウオッチ(見守り)したい。

⇒23日(月)朝・金沢の天気  ゆき
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★「あのとき」のケータイとネット

2017年01月17日 | ⇒トピック往来
   1995年1月17日5時46分、金沢も大きく揺れた。当時、テレビ局で報道デスクの仕事をしていた。確か、当時は成人式が1月15日だったので、翌16日は振り替え休日、その連休明けの朝だった。22年前の阪神淡路大震災のことである。

  さっそくテレビをつけた。「近畿地方で大きな地震がありました」とアナウンサーはコメントで繰り返し述べているが、映像が入ってこない。そこでキー局のテレビ朝日の報道デスクに電話をした。情報が錯綜していたのだろう、これもなかなかつながらない。地震で死者が出ていれば、取材の応援チームを現地のテレビ局(大阪ABC)に派遣する準備をしなければならないので、その情報が知りたかった。

   まもなくしてNHKで映し出された映像を見て仰天した。倒れたビル、横倒しになった高速道路などの空撮の映像が次々と。あの映像を見ただけでも、事態が容易に想像できた。すぐに若手の記者とカメラマンに現地に行くよう指示した。その時、記者に持たせたのが携帯電話だった。被災地では安否を親族に伝えるため、公衆電話に長い行列ができていたこともあり、当時会社に数台しかなかったケータイを連絡用に持たせた。

   このときは携帯電話は「売り切り制」(1994年)に移行した時期だった。つまり、それ以前はNTTとのレンタルで携帯電話を契約していた。デジタルホングループ(現在「ソフトバンク」)などが新規参入したころで、携帯電話が一般で普及する初期のころだった。その後、爆発的に普及したのは言うまでもない。

   このとき、聞き慣れない言葉が飛び交った。「インターネット」だ。神戸大学の研究者たちが、インターネットを通じて被災地の状況を世界に発信したことがニュースとなった。当時はインターネット、メールを知る人も少なく、通信環境も一般化していない時代だった。私が勤務していた職場(テレビ局)で初めて、メールを使い始めたのは大震災から1年たった1996年だった。このときはネット環境をいち早く手掛けていた朝日新聞東京本社から中古のパソコン(確か富士通製)を払い下げてもらい、社内の数人で試験的に使ったのだった。その後、会社全体で通信環境が整備され、社内で一気にネット環境が整った。

   1995年、ケータイとネットの幕開けは阪神淡路大震災だった。その後、2011年3月の東日本大震災では避難所でケータイを使う姿が普通になっていた。

⇒17日(火)朝・金沢の天気    くもり
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☆ハイブリッド戦争

2017年01月13日 | ⇒メディア時評
  昨日(12日)未明のトランプ時期大統領の初めての記者会見をテレビで視聴していて、この大荒れの会見が次の時代の到来を端的に象徴してると実感した。注目したのは、CNNのホワイトハウス担当記者が「報道機関を攻撃するのであれば質問のチャンスを与えてください」と訴えたの対し、トランプ氏は「あなたのところ偽ニュースだ」と質問をさせなかった。

  この偽ニュースとは、会見の前日(11日)に報道されたロシアのアメリカ大統領選への関与かんするニュースだ。以下、11日付のCNNウエッブ版(日本語)。「ロシアがトランプ氏の個人情報や財政情報も集めていたことを示す極秘文書が含まれていたことが分かった。事情を知る複数の米当局者がCNNに語った。」「添付文書の内容からは、ロシアがもともと米民主、共和両党について情報を収集していながら、民主党のクリントン陣営に不利な情報だけを公開していたことがうかがえる。ロシア政権がトランプ氏に肩入れしていた事実が裏付けられたと指摘する当局者もいる。」「文書の基になっているのは、英国の情報機関、対外情報部(MI6)の元工作員がまとめた35ページ分のメモだ。CNNはメモ自体の内容も入手したが、その詳細については独自の確認が取れていないため報道を差し控える。」

  少々長くなったが、要点はロシアはトランプ氏に有利に大統領選挙を進めるためにサイバー攻撃など行い、それだけでなく、ロシアはトランプ氏の個人情報や財政情報なども収集していた。しかし、この程度の記事で怒りの矛先がCNN記者に向かうものだろうか、と。

  というのも、ロシアがアメリカ大統領選の期間中、民主党のクリントン陣営幹部らにサイバー攻撃を仕掛け、メールを含む大量の情報を収集し、クリントン陣営に不利な情報だけを告発サイト『ウィキリークス』などに提供した疑いがあるということは、この記者会見でトランプ氏も「ロシアがやったと思う」と認めているのである。

  事の真贋は別として、この記者会見での様子を見て、「ハイブリッド戦争」という言葉を思い起こした。2014年ロシアが宣戦布告をせずにウクライナのクリミア半島に非正規軍を送り込んで制圧し併合した手法が「ハイブリッド戦争」と世界で言われるようになった。従来の国家と国家という争いの構図ではなく、非国家組織(極右や極左集団、テログループ、民兵などの非正規軍、サイバー攻撃集団、経済詐欺集団など)が、国家レベルではなく、狭い範囲で戦争に起こす構図だ。

  ロシアが前回のアメリカ大統領選で、民主党のクリントン陣営にサイバー攻撃を仕掛けたのも、明らかにハイブリッド戦争だろう。サイバー攻撃だけでなく、経済的手段やメディアを利用する方法もある。相手の社会に深く入り込んで、内部から政治的な意思を突き崩す方法である。おそらく、トランプ氏もこのハイブリッド戦争の仕掛け人になるのではないか。それも陰に隠れてではなく、堂々と実行するのがトランプ流かもしれない。この手法にメディアは無力だ。なぜなら、本来アメリカでもウオッチドッグ(権力監視)がメディアの役目だが、そんなものは不要というのが、あのトランプ氏が記者会見で見せた攻撃的なスタンスだった。

  なぜ、トランプ氏がCNNを目の敵にという理由をもう一つ。それは日本のメディアとはまったく異なる状況がアメリカにはあるからだ。日本のテレビ局は放送法の中で定められている、政治、とくに選挙での公平中立を守らなくてはならない。ところが、アメリカでは公平中立を旨としたフェアネス・ドクトリンがとっくの昔(1987年)に廃止され、テレビ局は政党色を強く押し出して報道している。たとえば、FOXは共和党、CNNは民主といったところが代表的だ。だから、もともとトランプ氏は民主党色が強いCNNを嫌っていたのだろう。このままだとメディアは無力化することになるのではないか。

⇒13日(金)朝・金沢の天気    くもり時々あめ
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★涙の演説、荒れる会見

2017年01月12日 | ⇒メディア時評
  アメリカのオバマ大統領が昨日(11日)在職2期8年の締めくくりの演説を行った。次期大統領のトランプ氏はきょう12日、当選後初めての記者会見を開いた。その二人の様子が余りにも対象的だったので、感想を述べてみたい。

  オバマ氏はイリノイ州シカゴでの退任演説で、リーマンショックとその後の景気回復、キューバとの国交回復、医療保険制度改革(オバマケア)、イランとの核合意など政権の政策の実績を述べ、「Legacy(政治的遺産)」を強調した。

  ちょっと感動したのはこの一節だった。Our Constitution is a remarkable, beautiful gift. But it's really just a piece of parchment. It has no power on its own. We, the people, give it power - with our participation, and the choices we make. Whether or not we stand up for our freedoms. Whether or not we respect and enforce the rule of law. America is no fragile thing. But the gains of our long journey to freedom are not assured. 意訳すると、憲法は美しい贈り物だが、私たちが政治的に参加し責任ある選択をしなければ憲法はただの紙である。  

  本来、大統領の退任演説はホワイトハウスでするのが通例だが、今回オバマ氏の希望で、2008年大統領選で勝利演説をしたシカゴで市民を前に退任演説した。締めくくった言葉は、2008年と同じ「Yes We Can(私たちにはできる)」と、「Yes We Did(私たちは成し遂げた)」だった。この場所設定と締めくくりの言葉でも想像できるように、オバマ氏は「演出家」なのだ。自らのヒロシマ訪問、真珠湾への安倍総理の招へいもそうだ。演説中には涙をぬぐって見せた。役者でもある。

  一方、12日未明にあったトランプ氏の当選後初めての記者会見はテレビのニュースで見る限り荒れ模様だった。自身に不都合な情報を伝えてきたCNNテレビのリポーターからの質問を拒否する一方で、報道に手加減してきたテレビ局や新聞社には謝意を示すなど、メディアの選別を露わにした。このことを逆にCNNはどう伝えたか。12日付のCNNウエッブ版(日本語)は「ニューヨーク市内のトランプ・タワーで行われた記者会見では、メディアや政敵にも容赦ない批判を浴びせ、20日に就任した後も攻撃的なスタイルを変えない姿勢をはっきりさせた。」と記事で応戦している。

  そのほか記者会見では、20日の就任後は即座に医療保険制度改革法(オバマケア)の撤廃に乗り出し、メキシコとの国境を隔てる壁の建設を急ぐことなどが語られたようだ。ツイッターによる攻撃、「ツイ撃」から今度は本人の「口撃」が本格化しそうだ。

⇒12日(木)朝・金沢の天気    くもり時々はれ
  
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☆続・広告のメッセージ性

2017年01月07日 | ⇒メディア時評
  「これは、自虐ネタですよ」。大学の先輩教授は3日付の全国紙の広告を見て笑った。『早慶近』の特大文字とマグロの頭の写真が掲載された全面カラー広告。広告主は近畿大学だった。

   この特大文字を読者が普通に読めば、「早稲田、慶応、そして近大」。これまでは「早慶上智」だったが、最近は上智にとって代わって近大が早稲田、慶応と並んだ、と言いたいのだろうと解釈する。文章を読めば、3日が近大の一般入試出願の受付の開始日と書いているので、インパクトを狙った、自虐ネタだと理解できる。

   ウイキペディアによると、自虐ネタ(じぎゃくねた)とは、主にお笑い芸人が、漫才や漫談などの話題として使用する、自分を貶(おとし)めるネタのこと。自虐ネタの元祖はタレントの坂田利夫かもしれない。自ら「アホのサカタ」と歌って、そのキャラをネタに笑いをとる。

   今回の広告では、その自虐ネタを大学の広報目線で使っているということで価値が高いと感じる。文章を読むと、広告で言うべきことは言っている。「“早慶近”はさておき、日本は語呂がよいだけの大学の“くくり”に依存してませんか? こんなもん世界から見たら、通用するわけがない。2017年。そんな大学界の常識、そろそろ見直してもいい頃じゃないですか。」と。その通りだ。日本でしか通用しない大学のランクを表現する“くくり”はグローバルを標榜するこの社会にどのような価値や意味があるというのだろう。そのことをひと言せていただきたいとの意思が十分に伝わってくる。ただし、オチもつけている。「でも、さすがに“早慶近”て、言いだした自分でもアホくさくて、笑てまうわ。」。言葉表現といい、実に関西らしい自虐ネタのオチである。

    そして最後に“早慶近”の意味を披露している。「みなさまに早々に慶びが近づきますように」。この広告の練り方は深い。

⇒7日(土)夜・金沢の天気   はれ   
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★広告のメッセージ性

2017年01月05日 | ⇒メディア時評
   けさ(5日)全国紙の朝刊を広げて少々驚いた。「これ、なんの広告だ」と。2ページの見開き白黒で、向かって左面に真珠湾攻撃の写真を、もう一方に広島に落とされた原爆によってできたきのこ雲の写真を配置してある。そして、「忘却は、罪である。」「人間は過ちを犯す。しかし学ぶことができる。世界平和は、人間の宿題である」のメッセージが添えられている。最初の印象は、宗教団体の広告かとも思った。出版社の宝島社が、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、日刊ゲンダイの全国版に掲載した広告だ。

   同社は昨年1月5日付でも、全国紙に「死ぬときぐらい好きにさせてよ」を掲載した。15段カラー見開きで、女優の樹木希林さんが水面に浮かぶ様子を、イギリスの画家・ジョン・エヴァレット・ミレイの名作「オフィーリア」をモチーフに写真で表現した。ほかにも、「子孫のために、借金を残す。」(2013年)、「ヒトは本を読まねばサルである。」(2012年)など。過去の作品の多くは、数々の新聞広告賞を受賞している。1998年から、商品では伝えきれない「企業として社会に伝えたいメッセージ」を発信したいと新聞広告を掲載している。

   企業のメッセージ性としてはインパクトがある。宝島社のホームページには以下の「広告意図」が掲載されていたので、全文を紹介する。

 今回の企業広告のテーマは「世界平和」です。
 2016年は、オバマ大統領の広島訪問、
 安倍首相の真珠湾訪問が実現した歴史的な年でした。
 そして2017年。世界は大きく変動することが予想されます。
 トランプ新大統領が誕生します。
 イギリスがEU離脱交渉を本格化し、
 難民問題は各国を揺るがすでしょう。
 変わりゆく世界にあっても、
 決して変わらない、変えてはいけない人間の目標が、世界平和です。
 そのために何ができるのか、何をすべきなのか。
 この広告が、それを今一度見つめ直すきっかけとなれば幸いです

⇒5日(木)夜・金沢の天気    くもり
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☆人生の決断に「鶏の声」

2017年01月04日 | ⇒トレンド探査

   ことしの干支は酉(とり)、動物に当てれば鶏(にわとり)となる。中国では、鶏は夜明けを知らせる威勢の良い鳴き声から、吉兆をもたらすと言われているそうだ。日本でも、鶏にまつわる有名な神話がある。太陽神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、天岩戸(あまのいわと)という洞窟に引きこもり、世が闇夜になってしまう「岩戸隠れ」だ。他の八百万の神々(やおよろずのかみがみ)は天照大御神の気を引いて、洞窟から出そうとする。よく知られている立役者がアメノウズメの踊りだが、闇夜に鳴き声を上げて夜明けを知らせる「常世の長鳴鶏(とこよのながなきどり)」もひと役買った。

  鶏って卵を産むだけでなく、太古から神話にもかかわる貴重な動物だったのだと改めて思いながら、元旦に届いた年賀状(141枚)を読んだ。そして分類してみた。賀状に鶏のイラストで酉年を表現していものが57通、「酉」という文字表現が8通、鶏ではなく鳥類(ツル、トキ、不死鳥、ダチョウなど)で表現しているものが24通、酉とは関係のない「謹賀新年」「富士山」「日の出」「家族」などで表現しているものが51通、残り1通はなぜか豚だった。過半数の89通が酉をイメージした賀状であったことを考えると、干支は今でも賀状に欠かせない年始のあいさつ代わりなのかと思う。

   「鶏」と言えば、実は人生の決断を迫られた思い出がある。50歳のときにテレビ局を辞した。人生の折り返し点で、悩んでいるとき、ある政治家が私にこう言った。「ニワトリのように強制換羽(きょうせいかんう)をしてはいかがですか」と。初めて聞いた言葉だった。

   養鶏業者の間の言葉だ。ニワトリは卵を産み始めてから8ヶ月ほどで卵の質が落ちてくる。この時点で、絶食させる。毛が抜け、衰弱したところでエサを豊富に与えると、また、良質の卵を産むようになる。その政治家は彼なりの解釈を聞かせてくれた。人もまた同じ仕事を続けているといつか周囲が見えなくなったり、アイデアが枯渇したり、その延長線上に嫉妬、やっかみが出てくる。それは人生の劣化の始まりなのだ、と。その年齢が50ごろ。そのとき、「家族が大切…」と言いながら現状を続けるのか、収入減を家族に理解してもらい別の道を歩むのか、それぞれの選択ですよ、と。私の場合、結局後者を選んだ。それから12年、今彼には感謝している。

⇒4日(水)夜・金沢の天気   くもり
   

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★2017年の賀状を「読む」

2017年01月03日 | ⇒トピック往来

  正月3が日、金沢は晴天に恵まれ、穏やかな年の始めとなった。以下は私の年賀状。

    謹  賀  新  年
 
   今年もよろしくお願いいたします。還暦を過ぎて、自分の至らなさにハッとすることが多々あります。先日お寺が点在する金沢の東山界隈を歩いていると、山門の掲示板にあった「その人を憶(おも)いて、われは生き、その人を忘れてわれは迷う」という言葉が目に入りました。仏教的な解釈は別として、人は若いころは諸先輩の言葉に耳を傾けていても、加齢とともに聞く耳を持たなくなり、我がままに迷走するものだと。これって自分のことではないか、と気がついて掲示板を振り返った次第です・・・。荒れ模様の世界情勢ですが、引き続き、人生のよきお付き合いをお願いいたします。

   いただいた年賀状から。かつての仕事仲間(新聞・テレビメディア)からの賀状。「世界もテレビ業界もいよいよ激動の時代へ。メディアの胆力が問われます」、「放送コンテンツのネット同時配信に向けて動きが本格化しています。ネットワークの在り方にも変化が出始めました」、「・・・『空気』や『言葉』が言論を抑え込んでいる。そんな時代になっていないかと、考えました。その答えははまだ見つかりません・・・」。新聞も放送メディアも大きな岐路に立っている。短文だが、ひしひしとその気持ちが伝わってくる。

   ITベンチャーの社長からいただいた賀状。「当社は新たなサービスの開発を目的として、今後発展が期待されるIoT技術の活用やデジタルマーケティングについて研究を行うIoTマーケティングラボをスタートいたします」。金沢のホテルの社長兼支配人からいただいた賀状。「おもてなしの神様は、細部にこそ宿る・・・20世紀を代表する建築家ミース・ファン・デル・ローエの『神は細部に宿る』の言葉通り、細かな設え、おもてなしのすみずみまで、金沢らしいこだわりをもって、お客様をお迎えします」。

   漆芸の重要無形文化財保持者(人間国宝)からいただいた賀状。「うるしの木は植樹して、12年から15年ぐらいで樹液を採取出来ます。その事を漆を掻くといい、一本の樹から約180mlぐらいしか採れません。・・・・昨年暮れに届いた漆を使い今年も仕事が出来る事に感謝いたし、新年のご挨拶申し上げます。」。漆芸と人生をともにする謙虚な心根がこちらの心にも響く一文だった。

⇒3日(火)夜・金沢の天気    くもり

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☆大晦日 定なき世の定かな

2016年12月31日 | ⇒ドキュメント回廊
  「大晦日 定(さだめ)なき世の定かな」と俳句を詠んだのは井原西鶴(1642-93)だった。以下は私独自の解釈だが、混沌としたこの世にもはや守るべき定(さだめ)というものはなくなったが、不思議と大晦日だけはみなが律儀に新年を迎えようと定めにしたがっている、と。

  西鶴が生きた1600年代の後半は寛永から元禄時代にまたがる。四代将軍・徳川家綱から五代・綱吉の世である。戦国の世を直接体験していない世代が大半を占め、社会の価値観や意識というものが大きく変化する時代だったと言える。綱吉が発した「生類憐れみの令」(1687年)はその時代の在り様を表現するシンボリックな事例だろう。人を含む生き物すべてを慈しみ、その生命を大切にしようとする、まさに「平和な時代」を象徴している。西鶴は大坂で名を成したが、大坂と江戸で同時発売した『好色一代男』(1682)はベストセラーになり、続いて『好色一代女』(1686)も大流行。「浮世草紙」(小説)という文芸作品のジャンルを築いた。

  話を元に戻す。「大晦日の定(さだめ)」とは何か。そのヒントが『世間胸算用(せけんむねさんよう)』(1692)にある。この浮世草紙の副題は「大晦日は一日千金」である。ネットで現代語訳を見つけ、読むうちにこの作品は当時のリアルなドキュメンタリ-ではないかと思えてきた。まず、出だしがこうである。「世の定めで、大晦日の闇は神代このかた知れたことなのに、人はみな渡世を油断して、毎年一度の胸算用が食い違い、節季を仕舞いかねて困る。というのも、めいめい覚悟がわるいからだ。この一日は千金に替えがたい。銭銀のうては越されぬ冬と春との峠が大晦日、借金の山が高うては登りにくい。」

  つまり、大坂の商人にとって1年の総決算である大晦日に時間を絞って、金の貸し手と借り手との駆け引きを中心に、年の暮れの庶民の姿を描いているのだ。取り立てる側、取り立てから逃げる側の攻防を描いた。

  借金の取り立てを逃れるため、遊女の宿で身を隠していた男性がつい大騒ぎして、声が外に漏れてしまう。すると、取り立ての若い衆2人が宿に乗り込んできた。「旦郡、ここに居やはりましたか。今朝から四五度も御宅へ伺いましたが、お留守では仕方がおまへなんだ。よいところでお眼にかかりました」と、何やら談判した挙句、あり金全部と、羽織、脇差、着物類までまき上げてしまって、「残りは正月五日までに」、と言い捨てて帰った。

  『好色一代男』が描かれたことは経済的に活況だったが、『世間胸算用』が世に出た頃は逆にある意味でバブル崩壊で、商売に失敗した人々の貧乏長屋があちこちに立っていたと言われる。江戸時代は、盆と正月が商売上の支払期限(いまでも業種によってこの日が期限)となっていて、借金している者はいよいよ返済に迫られ、切羽つまるのが大晦日だ。西鶴の筆は、金が一番動く大晦日に絞って、無名の庶民の悲喜こもごもを実録風に描いた。作家としての鋭い構成に感服する。

31日(土)午後・金沢の天気    あめ

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★2016 ミサ・ソレニムス‐続々

2016年12月30日 | ⇒ドキュメント回廊

        先ほど2016年最後の取引となる日の東京株式市場で日経平均株価が大引けとなった。終値は前日に比べ30円77銭安の1万9114円37銭。12月に入り、「トランプ効果」を期待して、2万円突破かなどと言われていたが、やはり相場は相場だ。

   最近のニュースで、いろいろ数字が気になった。というよりショックだったのが、厚生労働省が発表した統計だ。2016年に国内で生まれた日本人の子どもの数は98万1000人で過去最低で、統計を取り始めた1899年以降初めて100万人を割り込む見通し、と。これにともなって、死亡数が出生数を上回る自然減は10年連続となり、人口減に歯止めがかからない。

         いつの間にか恐ろしい数字が飛び交っている

   さらに数字を拾っていくと、日本は年間に30万人ずつ人口が減っている。この減り方は、出生数の減と高齢化の増で今後は50万人、60万人と減少幅は大きくなっていくことになる。現在の鳥取県(57万人)、島根県(69万人)、高知県(73万人)くらいの人口分が年に一つずつ消滅していくことになるだろう。そうなると、次世代の地域を誰が支えるのか、国民一人ひとりの負担額は大きくなってくる。では、移民政策を推し進めるのか。移民が流入するヨーロップの混乱ぶりを見ていると、簡単に移民政策をと主張することもできない。では、座して死を待つのか、新年をまえに何とも暗く重苦しい気分になってくる。

   とんでもない数字が飛び交った。経済産業省が、東京電力福島第一原子力発電所の賠償や廃炉費用の合計が20兆円を超えると試算しているという。11兆円としてきたこれまでの想定の2倍に膨らんでいるのだ。福島第一原発の事故の賠償や廃炉などにかかる費用が20兆円を超える規模に膨らむ見込みであることが分かった。当初の見込みでは賠償は5兆4000億円、除染は2兆5000億円、廃炉は2兆円で約11兆円。それが、新たな試算では賠償は対象が増えて8兆円、除染は長期化により4兆円から5兆円に膨らみ20兆円を超えたのだ。増加分を誰が負担するか。原則的には、東京電力だが、一部は電気料金に上乗せされる見通しだという。

   福島原発事故を受けて、多くの国民は原発に否定的な眼差しを向けるようになった。鹿児島県知事選(7月10日)や新潟県知事選(10月16日)の結果でもそれが如実に表れている。しかし、政府は、原発に依存するエネルギー政策を維持しており、2030年度には全発電に占める原発の割合を20-22%にするという目標も打ち出している。今後新たに原発を建設しないとこの目標は達成できないとも言われている。

   原発の運転で生じるプルトニウムもたまり続けている。すでに国内外に50トンのプルトニウムがある。プルトニウムは原爆の材料にもなる危険な物質だが、原発で使う核燃料の材料にもなるという理由から政府はプルトニウムを増やす施設の建設を続けていく方針だ。北欧ではプルトニウムを地下数百㍍に埋める仕組みを実現させようとしている。仮に処分できたとしても、無害化まで10万年かかるようだ。人間がとうてい責任を負えないようなとんでもない数字が飛び交っている。

⇒30日(金)夕・金沢の天気   くもり

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☆2016 ミサ・ソレニムス-続

2016年12月29日 | ⇒ドキュメント回廊

  真珠湾攻撃から75年、安倍総理がアメリカのオバマ大統領とともにハワイの地・パールハーバーを訪れ、かつて攻撃した側と攻撃された側の国の首脳がそろって慰霊した。日本のマスメディアは「謝罪はせず」という見出しをあえて立てて、この慰霊の様子を報じた=写真=。5月にオバマ氏が広島を訪問したときと同じように、安倍総理も謝罪に関することは口にしなかった。では、日本の総理の真珠湾訪問は、アメリカ、日本の両国民にどのように映ったのだろうか。

  パールハーバーで「不戦の決意」を語った総理の演説は格調高かったのではないか。とくに最後の2フレーズだ。「私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。パールハーバー。真珠の輝きに満ちたこの美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。私たち日本人の子どもたち、そしてオバマ大統領、皆さんアメリカ人の子どもたちが、またその子どもたち、孫たちが、そして世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。そのための努力を私たちはこれからも惜しみなく続けていく。オバマ大統領とともに、ここに固く誓います。ありがとうございました。」

       「場の演出」の総合プロデューサーは誰か

      とくに練られていると感じた言葉は「パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを(will continue to remember Pearl Harbor as the symbol of reconciliation.)」の下りだ。アメリカ人にとって、「remember Pearl Harbor」は憎しみを喚起する言葉だ。そのフレーズをあえて使って、「remember Pearl Harbor as the symbol of reconciliation」としたことだ。

  これに対し、オバマ氏はこう応えた。「As nations, and as people, we cannot choose the history that we inherit. But we can choose what lessons to draw from it, and use those lessons to chart our own futures.Prime Minister Abe, I welcome you here in the spirit of friendship, as the people of Japan have always welcomed me. I hope that together, we send a message to the world that there is more to be won in peace than in war; that reconciliation carries more rewards than retribution.(国も、人間も、自分たちが受け継ぐ歴史を選ぶことはできません。でも、歴史から何を学ぶかは、選ぶことができます。安倍総理、私は友情に基づいて、あなたを歓迎します。日本国民が常に私を歓迎してくれてきたように。戦争ではなく、平和で勝ち得るものが多く、和解は報復よりも報われるというメッセージを、私たちが一緒に世界へ送りたいと願っています。)」

  双方の演説を読めば、今回の安倍総理の訪問は日本とアメリカの同盟関係をより強化するというコンセプトだったことが理解できる。オバマ氏の広島訪問のときもそうだった。両国のトップが互いに「シンボリックな場」を訪れ、献花し、慰霊した。「場の演出」とすれば、官邸やホワイトハウス、国会や上院などに比べれば、パールハーバーやヒロシマはより臨場感があり、同盟関係の強化を双方が強烈にアピールできた。そう理解すれば、「謝罪の言葉」はこの場にはそぐわない。

では一体誰がこのような「場の演出」を見事にプロデュースしたのか。これまでの経緯をたどると、総合プロデューサーはオバマ氏だ。演説は格調高かったが、安倍総理はオバマ氏の演出に乗った役者だった。では、トランプ次期大統領にはこのような「場の演出」ができるだろうか。トランプ氏にはそのセンスがどうもなさそうだ。

⇒29日(木)朝・金沢の天気     くもり

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★2016 ミサ・ソレニムス~下

2016年12月27日 | ⇒ドキュメント回廊
  最近、社会活動を行うNPOなど団体で「CSV」という言葉がよく用いられる。CSVCSV(Creating Shared Value)は共通価値の創造、略して「共創」とも言う。これまで、CSR (Corporate Social Responsibility)という言葉をよく耳にした。企業による社会貢献、あるいは企業の社会的責任だ。CSVは組織の枠を超えて、企業や地域、人々と新たな文化的なつながりや、道徳的な規範、政治的な価値共有などもこれに入るかもしれない。

   次なる世界史の序章が始まる

  このCSVを歴史的に、グローバルに展開してきたのはアメリカだったと言っても、それほど異論はないだろう。1862年9月、大統領のエイブラハム・リンカーンが奴隷解放宣言(Emancipation Proclamation)を発して以来、自由と平等の共通価値の創造の先頭に立った。戦後、共産圏との対立軸を構築できたのは資本主義という価値ではなく、自由と平等の共通価値の創造だった。冷戦終結後も、その後も自由と平等の価値創造は、性、人種、信仰、移動とへと進んでいく。アメリカ社会では、こうした共通価値の創造を政治・社会における規範(ポリティカル・コレクトネス=Political Correctness)と呼んで、自由と平等に基づく文化的多様性を標榜してきた。

  ところが、ここに来てポリティカル・コレクトネスを標榜し、先頭に立ってきたアメリカの白人層は疲れてきた。そして「これは偽善ではないのか」と思うようになってきた。誰もが自由と平等で、それは誰かの犠牲に上に成り立っている偽善だ、と。アメリカ社会は薬物を社会にまき散らし治安を乱している不法移民に甘い顔をして彼らを事実上受け入ている。ポリティカル・コレクトネスに我々は圧迫されている、これは偽善だ、と。そのような声なき世論の盛り上がりのタイミングにトランプ氏が大統領選挙に向けて動き出し、そしてその座を勝ち取った。

  イギリスのEU離脱をはじめ、今回のトランプ勝利をひとくくりに「ポピュリズム(Populism)の嵐」と称する向きもある。ポピュリズムは、国民の情緒的支持を基盤として、政治指導者が国益優先の政策を進める、といった解釈がマスメディアなどではされる。果たしてこんな単純な意味づけでよいのだろうか。当初、マスメディアでは「トランプを支持したのは白人労働者だ」と。もっと広く、トランプ勝利を押し上げた「声なき声」があるのではないか。それは自由と平等の共創に疲れた白人インテリ層ではなかったのか。

  2017年、トランプ大統領が始動するとおそらく世界の秩序は次なるステージに入る。自由と平等の共創ではなく、価値の分断だ。アメリカ独自の価値判断がその基準だろう。次なる世界史の序章が始まる。

⇒27日(火)朝・金沢の天気   くもり
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☆2016 ミサ・ソレニムス~中

2016年12月26日 | ⇒ドキュメント回廊
  還暦を過ぎて、自分の至らなさにハッとすることが多々ある。過日寺が点在する金沢の東山界隈を歩いていると、山門の掲示板にあった「その人を憶(おも)いて、われは生き、その人を忘れてわれは迷う」という言葉が目に入った。仏教的な解釈は別として、人は若いころは諸先輩の言葉に耳を傾けていても、加齢とともに聞く耳を持たなくなり、我がままに迷走するものだと。これって自分のことではないか、と気がついて掲示板を振り返った・・・。

        熊本、そして伊勢志摩の旅で目にしたこと

今年訪れたプラベイトな旅先をいくつか振り返る。10月8、9日日、熊本を訪れた。地震から半年たった現状を見たいと。そして、現地では大変なことが起きていた。8日午前1時46分ごろ、阿蘇山の中岳で大噴火があった。このことを知ったのはJR「サンダーバード」車内の電光ニュース速報だった。熊本に着いて、タクシー運転手に「阿蘇山まで行って」と頼んだ。すると運転手は「ここから50㌔ほどですが、おそらく行っても、帰る時間は保障できない」と言う。聞けば、熊本市内と阿蘇を結ぶ国道57号が4月の地震で寸断されていて、迂回路(片側1車線、13㌔)は慢性的な交通渋滞になっている。さらに、今回の噴火で渋滞に拍車がかかっている、という。プロの運転手にそこまで言われると、無理強いもできない。「それでは益城(ましき)町へ行ってほしい」と方針を変えたのだった。

  ともとも益城町へ行く予定だった。4月14日の前震、16日の本震で2度も震度7の揺れに見舞われた。今はほとんど報道されなくなったが、現状を見て愕然とした。新興住宅が建ち並ぶ中心部と、昔ながらの集落からなる農村部があり、3万3千人の町全体で5千棟の建物が全半壊した。実際に行ってみると街のあちこちにブルーシートで覆われた家屋や、傾いたままの家屋、解体中の建物があちこちにあった。印象として復旧半ばなのだ。

  とくに被害が大きかった県道沿いの木山地区では、道路添いにも倒壊家屋があちこちにあり、痛々しい街の様子が。タクシー運転は「先日の新聞でも、公費による損壊家屋の解体はまだ2割程度しか進んでいないようですよ」と。そして農村部では倒壊した家の横にプレハブ小屋を建てて「仮設住宅」で暮らしている農家もある。益城ではスイカ、トマトなどが名産で、被災農家は簡単に自宅を離れられないという事情も想像がついた。

 噴火と震災のクマモト。言葉で「復興」「復旧」「再生」は簡単だが、それを実施する行政的な手続き、復興政策の策定には時間がかかる。時間と戦いながら丁寧な行政手続きを進める、日本型の復興モデルになってほしいと心から願った。

  ゴールデンウイークの5月3日、伊勢志摩を訪れた。その月の26、27日に伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)が開催されるとあって、賢島(かしこじま)駅の周囲ではものものしい警備体制の様子だった。道路には随所に警察の警備車両が配置され、機動隊員が立っている。集落の細い道では自転車に乗って巡回している警察官も見えた。

  英虞湾を望む風景はまさに、人の営みと自然が織りなす里山里海の絶景だった。真珠やカキの養殖イカダが湾の入り組みに浮かぶ。昭和26年(1951)11月にこの地を訪れた当時の昭和天皇は「色づきし さるとりいばら そよごの実 目にうつくしき この賢島」と歌にされた。晩秋に赤く熟した実をつけたサルトリイバラ(ユリ科)とソヨゴ(モチノキ科)が英虞湾の空と海に映えて心を和ませたのだろう。昭和天皇はその後も4回この地を訪れている。歌碑は志摩観光ホテルの敷地にある。その少し離れた横に俳人・山口誓子の句碑もある。「高き屋に 志摩の横崎 雲の峯」。ホテルの屋上から湾を眺めた誓子は志摩半島かかる雲のパノラマの壮大な景色をそう詠んだ。志摩観光ホテルはサミット会場となった。各国首脳はこの景色を臨んで何を思ったのだろうか。

  鳥羽市にある相差(おおさつ)海女文化資料館を訪れた。海女たちがとったアワビを熨斗あわびに調製して、伊勢神宮に献上する御料鰒調製所がある。二千年の歴史があるといわれる。資料館では、石イカリがあった。平均50秒という海女さんの潜水時間を有効に使うため、速く深く潜るための道具である。石を抱いて海に潜った海女がアワビをとり、命綱をクイクイと引っ張ると、舟上の夫が綱をたぐり寄せて海女を引き上げる。セイマン(星形)とドウマン(網型)は海女が磯着に縫った魔除けのまじない。それほどに命がけの仕事でもあった。

  これだけの歴史と文化、潜水技術を有する伊勢志摩の海女のエリアだが、ユネスコは先月30日、韓国が申請した「済州の海女文化」を無形文化遺産に登録した。海女文化は日本と済州島にしかないとされ、日韓共同での登録を目指す動きもあったが、残念ながら日本側の申請作業が進まず、韓国の単独登録となってしまった。

⇒26日(月)夜・金沢の天気     くもり
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★2016 ミサ・ソレニムス~上

2016年12月25日 | ⇒ドキュメント回廊
  先の休日(天皇誕生日、23日)はちょっと優雅な一日だった。「宇野さん、いっしょに茶杓(ちゃしゃく)をつくりませんか」と誘ってくれた友人がいて、この日の午前中、茶杓づくりに初めて挑戦した。茶杓は茶道で使い、棗(なつめ)など茶器に入った抹茶を茶杓ですくって茶碗に入れる。還暦を過ぎてお茶を習い始めたと知った友人が竹細工のプロを紹介してくれたのだ。30年間乾燥させた竹をひたすら小刀で削って、サンドペーパーで磨く、最後に半ば乾燥した椋(ムクノキ)の葉で全体を磨く。3時間ほどかけて仕上げた。竹細工をしたのは、子どものころ竹とんぼをつくって以来だろうか。

  午後は石川県立音楽堂での「荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)」のコンサートに聴き入った。県内では、すっかり年末の恒例のイベントとして定着し、ことしで54回目。ことしはイタリアからソリスト(メゾソプラノ)を招き、例年になく雰囲気が盛り上がった感じだった。「キリエ (Kyrie)憐れみの讃歌」、「グロリア (Gloria)栄光の讃歌」、「クレド (Credo)信仰宣言」、「サンクトゥス (Sanctus)感謝の讃歌」、「アニュス・デイ (Agnus Dei)平和の讃歌」と演奏は進み、聴いているうちに高揚感が湧いてくる。茶杓づくりで味わった一点集中の充実感との相乗効果か、爽快感に満ちた一日だった。余勢を駆って、このブログでも年末恒例となった「ミサ・ソレニムス」と題して、この1年を回顧したい。

戦後71年「負の遺産」の清算、その現実はどうか

あす26日、安倍総理はハワイのパールハーバー(真珠湾)をオバマ大統領と訪れ慰霊する。このニュースに接した多くの日本人は、5月に被爆地・広島を訪れたオバマ氏への返礼の訪問と感じたのではないだろうか。オバマ氏とともに犠牲者を慰霊し、これが最後となる首脳会談も行うという。総理は「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという未来に向けた決意を示したい」と首相官邸で記者団に語っていた。謝罪ではなく、あくまでも未来志向なのだ。

  今月16日、総理とロシアのプーチン大統領との総理公邸での共同記者の様子をじっとテレビを通して見つめていた。北方四島での「共同経済活動」に耳目を傾けた。2人の首脳はそれぞれ、関係省庁に漁業、海面養殖、観光、医療、環境などの分野で協議を始めるよう指示し、実現に向け合意したと述べた。この「共同経済活動」が「平和条約締結」に向けた重要な一歩になると、安倍氏、プーチン氏それぞれが強調した。ロシアが実効支配している北方四島に共同経済活動を足がかりに日本が手をかけた、つまりフックをかけたということだろう。これまで手出しすらできなかった四島に影響を拡大できる可能性を手にしたようだ。

  ここで総理のことしの外交の特徴が一つ浮かんでくる。戦後71年目の「負の清算」だ。真珠湾攻撃、原爆投下、北方四島…。この重い負の歴史遺産をオバマ、プーチンの両氏を巻き込んで、未来志向へと転化したいとの思いがにじむ。ただ、現実はどうか。

  今月23日の国連総会の本会議で、核兵器を法的に禁止する「核兵器禁止条約」について、来年3月から交渉を始めるとの決議が賛成多数で採択された。核保有国のアメリカやロシアは反対。それに被爆国である日本も反対したのだ。核兵器の非人道性を訴える非保有国のリーダーとなるべきは日本ではないのだろうか。それが、なぜ反対なのか。アメリカの「核の傘」に入っている気がねがあるのならば、せめて棄権ではないのか。その説明が聴きたいものだ。

⇒25日(日)夜・金沢の天気     くもり
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☆北方四島に手をかける

2016年12月16日 | ⇒メディア時評
きょう(16日)も安倍総理とロシアのプーチン大統領との総理公邸での共同記者=写真=の様子をじっとテレビを通して見つめていた。新しい言葉がいくつかあった。北方四島での「共同経済活動」がその一つ。2人の首脳はそれぞれ、関係省庁に漁業、海面養殖、観光、医療、環境などの分野で協議を始めるよう指示し、実現に向け合意したと述べた。この「共同経済活動」が「平和条約締結」に向けた重要な一歩になると、安倍氏、プーチン氏それぞれが強調した。

  上記のことは両国による共同声明でもなく、共同宣言でもなく、なんと「プレス向け声明」だと。プレス向け声明ってなんだ。これは政府や行政、民間企業などがマスメディアに発表する声明や資料のこと、つまり「プレスリリース」のことだ。つまり、このようなことをお互いに確認しましたので、マスメディアのみなさんにお知らせしますというたぐいのものだ。

  ここで考え込んでしまう。これだけ国際的にも注目される外交案件で、しかも、首脳同士が胸襟を開いて協議し、合意したのであれば、共同声明か共同宣言が発せられてしかるべきだろう。実際にプレス向け声明では、「両首脳は平和条約問題を解決する自らの真摯な決意を表明した」と明記してある。それだけ確信をもって合意したのであれば、なぜ、共同声明か共同宣言として発しないのか。

  北方四島の日本への帰属問題についての言及はなく期待外れだったが、元島民が査証(ビザ)なしで渡航できる「自由往来」の拡充すると双方が述べた。プーチン氏は「総理から元島民の手紙を読ませてもらい、人道上の理由から、一時的な通過点の設置と現行手続きのさらなる簡素化を含む案を迅速に検討するよう指示した」と説明した。

  元島民が査証なしで渡航できることはそれは元島民の長年の願いだったろう。しかし、ここでまた考え込んでしまう点がある。「元島民の手紙」である。なぜここで元島民の手紙が浮上してくるのだろうか。誰がそのような仕掛けをしたのか。安倍氏は「しっかりした大きな一歩を踏み出すことができた」と強調した。その言葉の運びは、この元島民の手紙に安倍氏もプ-チン氏も感動して、思いが通じ合ったというシナリオが意図されるように思えてならない。その手紙をぜひ読んで見たいものだ。

  今回の合意は安倍氏とプーチン氏が試行的に互いの信頼の醸成に向けて取り組む新しいアプローチなので、あえてので国家間の共同声明でも共同宣言でもない、プレス向け声明にとどめて着実に実績を積み上げ、平和条約締結に持ち込んでいきたい、という意味合いなのだろうか。それは、元島民の手紙を読んだ2人が互いに感動して約束したことなのだ、とでも言いたいのだろうか。これまでの外交シナリオにはない、安倍氏とプーチン氏によるパートナーシップ協定といった意味合いか。正直よくわからない。

  ただ一つ、評価できるのは、ロシアが実効支配している北方四島に共同経済活動を足がかりに日本が手をかけた、つまりフックをかけたということだろう。これまで手出しすらできなかった四島に影響を拡大できる可能性を手にしたのである。これが安倍氏の戦略だったのだろうか。会見で安倍総理は毎年秋にウラジオストクで開催される東方経済フォーラム(ロシア主催)に出席し、この共同経済活動の進捗状況を確認していくと述べ意欲を見せた。

⇒16日(金)夜・金沢の天気     くもり

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