自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

★「カストロの死」一面のなぜ

2016年11月27日 | ⇒メディア時評
  キューバの革命家、フィデル・カストロが11月26日死去した。享年90歳。彼の功績は1959年のキューバ革命でアメリカ合衆国の事実上の傀儡政権であったフルヘンシオ・バティスタ政権を武力で倒し、キューバを社会主義国家に変えたという点だろう。その死は、当日のテレビのトップニュース、翌日27日の新聞一面を飾った。ただ、メディア各社のその扱いに少々違和感を感じた。「なぜ一面なのか」と。

  革命によってキューバの最高指導者となり首相に就任。1965年から2011年までキューバ共産党中央委員会第一書記を務めた。現役を引退した革命家の死が、新聞一面である理由が分からない。日本の総理経験者の死で、これほどの扱いをするだろうか。カストロの死を一面扱いする論拠は一体何なのか。

  確かに理由はいくつかあるだろう。たとえば、キューバ革命を成功させて反アメリカの政権を打ち立て、これを指導した。革命の嵐だった1960年代をリードしてきた人物は、その後、アメリカとの国交を54年ぶりに回復した。社会主義国家キューバを創成し、そして社会主義国家キューバにピリオドを打たせた人物なのだ。名実ともに「一つの時代が終わった」ということなのだろう。でも、それが一面なのだろうか。カストロの理念を共有した時代の人間、あるいは国の人間ならば、その歴史的な価値観を共有できるかもしれないが、それでも、日本でそれを共有できる人は果たしてどれだけいるだろうか。

  ある新聞は見出しで「キューバ革命主導 反米のカリスマ」と打っている。キューバ革命というのは現代の日本人にどれほど訴えるものがあるのだろうか。ましてや、「反米のカリスマ」とはどんな意味なのか。誰に訴えた見出しなのだろうか。確かに、カストロは2003年に広島を訪れ、原爆慰霊碑に献花している。そのことと、反米はイコールなのだろうか。「反米のカリスマ」とはいったどのような意味がある見出しなのだろうか。

  亡命キューバ人がアメリカで100万人とも言われる。キューバでの革命が進行する中で、急速な社会改革に反対する富裕層が出国した。アメリカは「キューバ地位特別法」で不法入国するキューバ人を1966年から政治亡命者として扱い、アメリカの領土に入れば滞在を許可し、永住ビザを取得できるようにした。これが大量出国を煽ったとも言われている。アメリカとすれば、亡命を受け入れる方が正義であり、亡命者を大量に出した国が悪という構図をつくりたかったのだろう。その後、アメリカへの大量キューバ人の移住は重荷になる。

  言いたいことは、カストロの死を「反米のカリスマ」として扱い、一面に持ってくることに、むしろ反感を抱く読者がいるのではないだろうか。キューバが日本にとってそれほど身近ではない国だけに、素朴な疑問がわいただけの話である。

⇒27日(日)夜・金沢の天気  あめ
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☆2つのデモを読む

2016年11月14日 | ⇒トピック往来
   トランプ大統領の誕生をどう見るか。現地アメリカのテレビをはじめ、日本のメディアでもその分析で忙しい。14日の時事通信WEB版では、1100万人超と言われる不法移民について、トランプ氏が犯罪歴のある200-300万人を強制送還する考えを明らかにした、と伝えている。選挙期間中、トランプ氏は不法移民全員を強制送還すると公約していたが、選挙戦の途中から犯罪歴のない不法移民の扱いをあいまいにしていた。また、焦点となっていたアメリカにおけるTPP(環太平洋経済連携協定)の議会承認手続きについて、オバマ大統領は任期中の実現を事実上断念したと13日付の朝日新聞などが伝えた。こんなたぐいのニュースがここしばらくは続くだろう。

   当のアメリカでは、トランプの大統領に反対するデモが各地で盛り上がっている。11日午後、ニューヨーク中心部の公園で開かれたデモ集会には数千人(主催者発表)が集まり、高校生や大学生らが「トランプは出ていけ」「Love trumps hate」(愛は憎しみに勝る)と叫び、抗議した。ロサンゼルスではデモが暴徒化して、逮捕者が180人にのぼったという。この日、アメリカ各地17ヵ所でデモが行われた。

   こうした一連のデモで分析できる特徴的なことは、民族対立の様相を帯びてきていることだ。ロサンゼルスでは反トランプデモが連日行われ、ヒスパニック系や黒人の若者層が「KKKもトランプも出て行け」と叫んでいる。KKKは白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン」のこと。KKKは来月3日に拠点であるノースカロライナ州で、当選祝賀パレードをすると発表していて、民族対立のヤマ場になる可能性がある。今回の大統領選によって、アメリカ社会に修復できない亀裂ができてしまったようだ。それにしても、仮にクリントンだったら、反クリントンデモが各地で起きていただろうか。その違いを分析する必要がありそうだ。


   お隣、韓国では朴大統領の政治の私物化を糾弾する大規模なデモが12日、ソウルや釜山で市内であった。参加者は「下野しろ」などと迫るスローガンを掲げ、退陣要求を叫んでいることだ。面白いのは、現地のマスコミの報道ぶりだ。ソウルのデモ参加者数は主催者発表で100万人、警察推計で26万人だが、メディア各社は主催者発表の「100万」を見出しで躍らせている。日本のメディアは記事でも見出しでも「26万人」だ。

   上記の違いをどうとらえるか。韓国のメディアはおそらく「民衆の味方」としての立場で「100万人」をアピール、日本のメディアは客観的な報道としての警察推計の「26万人」を取る。見方によっては韓国のメディアは民衆を扇動しているとも受け取れる。この2国で同時多発で起きているデモ。デモを読めばその国のリアルな姿が見えてくる。

⇒14日(月)朝・金沢の天気    くもり
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★千載一遇のチャンス

2016年11月09日 | ⇒トピック往来
   アメリカ大統領選挙でトランプ氏が勝利した=写真=。「番狂わせ」「予想外」の展開だった。そもそもアメリカの世論調査ではクリントン氏の優勢と伝えていた。たとえばCNNの「政治予測市場」は、クリントン氏が勝利する確率は先週いったん下がったものの、7日には91%に回復したと伝えていた。アメリカの政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス(RCP)」も7日時点の全米世論調査の平均支持率で、クリントン氏44.8%、トランプ氏42.1%だった。ではなぜ、予想はひっくり返されたのか。

   面白いことに、アメリカのメディアは、その理由を「隠れトランプ票」があったためと伝えている。問題発言を繰り返すトランプ氏への支持を公言しにくいことや、メディアへの不信感から、世論調査に回答しない人たちの存在がこの「番狂わせ」「予想外」を招いたというのだ。言い訳としか聞こえない理由だが、世論調査の結果をひっくり返すほど、「隠れトランプ票」が多かったことは間違いない。

前回のブログ「トランプ現象と白人層の閉塞感」で、「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」について述べた。もともとは政治的、社会的に公正・公平・中立的という概念だが、広意義に職業、性別、文化、宗教、人種、民族、障がい、年齢、婚姻をなどさまざまな言葉の表現から差別をなくすこととしてアメリカでは認識されている。しかし、ポリティカル・コレクトネスは、本音が言えない、言葉の閉塞感として白人層を中心に受け止められている。心の根っこのところでそう思っていても、表だってはそうのように言わない人たちでもある。「隠れトランプ票」とはこうした人たちを指すのではないか。

    それにしても、9日の東京株式市場で、日経平均の下げ幅は一時1000円を超えた。開票作業が続く中で、トランプ氏優勢の報道を伝えられ、投資家にリスクを避けたいとの思いが強まったようだ。終値は前日より919円安い1万6251円だった。さらに、トランプ氏が勝利を決めたことで、日本とアメリカなど12ヵ国が参加するTPP(環太平洋経済連携協定)の発効に暗雲が立ち込めてきた。トランプ氏はTPPについて「大統領の就任初日に離脱する」と反対を表明しているからだ。白人の労働者層の支持を集めるための、プロバガンダだったが、クリントン氏もTPPには反対を表明していたので、ここは有言実行だろう。

    ほかにも、日本とアメリカの安保体制も懸念される。在日米軍の費用負担の全額を日本に負担させるとのトランプ氏の発言である。ある意味、これは「戦後レジーム」を見直す千載一遇のチャンスかもしれない。戦後70年余り経った現在でも「アメリカの核の傘の下」で、外交や防衛問題などアメリカにお伺いをたてているのが現状だ。過日、国連での核兵器禁止条約の制定交渉をめぐる決議案で日本が反対に回ったのは、その最たる事例だろう。この際、対米関係を見直すときが巡って来たと前向きに考えればよいのではないだろうか。もちろん、よきパートナーを目指して、である。

⇒9日(水)夜・金沢の天気    はれ
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☆トランプ現象と白人層の閉塞感

2016年11月08日 | ⇒トレンド探査

   きょう(8日)からアメリカの大統領選挙の投開票が始まる。大統領選をめぐっては、民主党のクリントン氏、。共和党のトランプ氏の両候補の直接討論などを、日本のメディアもこれまでになく熱心に取り上げてきた。テレビでその様子を見ると、「大統領に不適格」「犯罪者」と非難し合う場面が多々あり、嫌悪感を感じた。日本でこんな選挙討論が放映されれば、おそらくテレビ局に視聴者からの苦情が殺到するだろう。「もっとまじめに政策論争をやれ」と。

   それにしても、FBI(連邦捜査局)に高度な政治判断があったのだろうか。6日という間際になって、FBIはクリントン氏の私用メールに再度問題ありとしていたが、一転して訴追しないと表明した。そのとたんに、トランプ氏の選挙勝利の可能性が薄まり、アメリカでも日本でもメール問題で下がり続けていた株式市場が値を戻した。これも不思議な話だ。当選すれば、株式市場を大混乱させるであろう人物を候補者に押し上げたことだ。「偉大なアメリカ」を選挙公約に掲げているのだから、株価が上がるような強い経済政策を打ち出すべきだろう。

   日本のメディアの現地アメリカに乗り込んで、大統領選挙の直前の様子を伝えている。その中でキーワードが一つ浮かんでいる。「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」だ。政治的、社会的に公正・公平・中立的という概念だが、広意義に「差別的な表現をなくそう」という意味合いで使われ、職業、性別、文化、宗教、人種、民族、障がい、年齢、婚姻をなどさまざまな言葉の表現から差別をなくすことがアメリカでは広く認識されている。

   これはアメリカが歴史の中で磨き上げてきた美徳だろう。奴隷の解放戦争(南北戦争、1861-65年)までやった差別との戦いの成果だ。ところが、最近になって、こうした広義のポリティカル・コレクトネスにいささか嫌気や戸惑いを覚えるが人たちが白人層に出てきた。言葉を発するにも周囲に気遣いしながら、さらに差別的な意味の発言が少しでもあると「ポリティカル・コレクトネスに欠いている」と裁判に訴えられる。白人層はある意味でポリティカル・コレクトネスに気遣いし過ぎて、閉塞感を覚えているのかもしれない。これは、トランプ支持層と言われる白人の貧困層だけでなく、「隠れトランプ支持層」と称される一部白人の中間層、富裕層にしてもしかりだ。

   そこで、トランプ氏が「メキシコとの国境に壁を築く」「イスラム教徒は入国させない」などの暴言を吐くと、白人層の一部ではスッキリする、そんな現状がアメリカを覆っている。アメリカの政治状況が衆愚化したとか、知性が劣化したという表面だけで論じることができない。心の深層にあった、ある種の「わだかり」が噴き出してきた、そんな状況ではないか。うまく表現はできない。

   ポリティカル・コレクトネスはさらに広がっている。すべてのマイノリティにだ。マジョリティを自負する白人層の寛容さが限界に来ている。これが「トランプ現象」ではないだろうか。

⇒8日(火)朝・金沢の天気   くもり

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★今そこにある隣国の危機

2016年11月03日 | ⇒ニュース走査
  初めて韓国を訪れたのは2013年8月25日、本土ではなく済州島だった。世界農業遺産(GIAHS)を研究する日本と韓国、中国の研究者らが当地に集まり、「日中韓農業遺産 連携協力のための国際ワークショップ」を開催した。済州国際空港に到着して、ロビーや免税店などがごった返していて、成田や羽田などの日本の空港とは違った勢いを感じた。その年の2月25日に朴槿恵氏が第18代大統領に就任し、「経済復興」「国民幸福」「文化隆盛」を掲げた韓国の新しい時代のスタートを切って間もないころ。まさに上げ潮ムードだった。

  あれから3年を過ぎて、韓国の勢いが突然止まったかのようだ。連日日本のメディアを通じて入ってくる韓国の様子は政治、経済ともにレームダックのようだ。今一番ホットなニュースが、ウォーターゲート(1972年、ワシントンの民主党本部で起きた盗聴侵入事件)になぞらえた「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」。朴槿恵大統領は先月24日、国会での施政方針演説で、再選を禁止した憲法を改正することを提案した。その数時間後、朴政権の影の実力者といわれてきた崔氏のタブレットを入手し、分析した結果を韓国のケーブルテレビがスクープした。タブレットには大統領の演説文が44件あり、その演説文を事前に入手し、手直ししていたことだった。韓国には大統領記録物管理法があり、大統領府の文書を流出させた者は7年以下の懲役または罰金刑が課せられる。

  情報漏洩問題がクローズアップされる前は、アメリカの要請に応じて、高高度ミサイル迎撃装置(THAAD)の配備を受け入れを表明して、中国との軋轢を生んだことだ。中国でのG20首脳会議に合わせ、中国の習近平主席は朴大統領と9月5日に会談したが、このとき、習主席は「この問題(THAAD配備)の処理を間違えば、地域の戦略的安定に助けにならず、紛争を激化させる」と憂慮した。すると間もなく海上が騒がしくなった。違法操業の取り締まりをしていた韓国の高速警備艇が、中国漁船と衝突し沈没したのは先月7日のことだった。

  経済もおぼつかない。世界7位の韓進海運が破綻。大騒ぎになったが、サムスン電子の新型スマホ「ギャラクシーノート7」は火を噴き、そして、ロッテのお家騒動は泥沼化した。隣国の騒動を喜ぶつもりはないが、こうも連日のように新たなニュ-スが飛んでくるとつい気になってしまう。今後どうなるのか。友人に国家機密を洩らしたのは大統領自身である。絶体絶命のピンチに立たされていることだけは間違いない。今そこにある危機をどう乗り越えるのか。

⇒3日(祝)夜・金沢の天気    あめ
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☆核廃絶なぜ「反対」なのか

2016年11月01日 | ⇒ニュース走査
   それにしても腑に落ちない。核兵器を法的に禁止しようという核兵器禁止条約の制定交渉を来年2017年3月から開始するという決議案が、軍縮を担当する国連総会第1委員会で123ヵ国の賛成多数で採択された。一方、アメリカ、ロシア、イギリス、フランスなどの核保有国など38ヵ国が反対したが、その中に唯一の被ばく国として核兵器の廃絶を訴えてきた日本が反対にまわったのだ。

   ことし5月28日、アメリカのオバマ大統領と安倍総理は広島市の平和記念公園の原爆死没者慰霊碑を訪れ、オバマ氏は所感で、核廃絶を訴えたではないか。国民はこの様子じっとテレビで見つめ、核なき平和に希望を抱いた。

  Among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime, but persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.(わが国のように核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければならない。私たちが生きている間にこの目標は達成できないかもしれないが、たゆまぬ努力が大惨事の可能性を小さくする。)


   反対に投じた日本の主張はこうだ。28日、岸田外務大臣が記者会見で語ったコメントは「決議は具体的、実践的な措置を積み重ね、核兵器のない世界を目指すという我が国の基本的立場に合致しない」との理由だった。これを解釈すると、核軍縮を実効的に進めるには、核保有国と非保有国の協力がなければならない。それは、国際社会の総意で進められるべきだと日本側は強く求めたが、受け入れられなかった、とういことを言いたのだろう。これまで、唯一の被ばく国として核兵器を持つ国と持たない国の「橋渡し」をすると日本は繰り返し国際舞台で述べてきたではないか。今こそ日本がその立場を誇示して、「橋渡し」役を果たすべきだろう。

  今回反対したことで、賛成・反対問わず各国から見れば、日本は完全に軸足を核保有国側に移したということになる。安全保障の観点からみても、国際的な信用度という面でも深刻な問題ではではないだろうか。

   確かに、北朝鮮など日本の近隣諸国では核戦力の開発で騒がしい。これが現実の核の脅威であり、アメリカの「核の傘」の重要性は増しているという判断なのだろうが、アメリカやロシアという核兵器保有国と足並みをそろえて反対したのは納得できないと考えるのは私だけだろうか。百歩譲って、日本には棄権という選択肢はなかったのだろうか。あの中国やインドの保有国は棄権しているのだ。唯一の被ばく国という立場をもとにして、国際的に核廃絶のリーダーシップを取るという日本の本来の役割が失われたような気がしてならない。

⇒1日(火)朝・金沢の天気    あめ
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★MRJが能登空港に

2016年10月16日 | ⇒ニュース走査
   先日(14日)、能登空港ターミナルビル(輪島市)に会議で出向くと、ビルの3階の展望台が人だかりになっていた。野次馬根性でその人の群れに分け入ると、見えたのが、あの「MRJ」だった=写真=。前日(13日)に予定外で能登空港に急きょ着陸したと空港のスタッフが話していた。スリムでシャープな姿立ちの機体だ。まるで、鳥のハヤブサのような安定感がある機体だと感じた。

   MRJと言えば、半世紀ぶりの国産旅客機として三菱航空機が開発を進めている。これまで5機の試作機が製造されている。能登空港に着陸したのは2号機で、国内での飛行試験を行うため、13日に愛知県の県営名古屋空港を離陸し、日本海上空を経て、同日名古屋空港に戻ることになっていた。では、なぜ能登空港に。

   以下、地元石川のメディアが能登空港管理事務所の説明として着陸の経緯を伝えている。13日午後4時前、三菱航空機から「MRJ2号機に不具合があるため着陸し点検したい」と連絡がった。その15分後の着陸、つまり「緊急着陸」だった。その後、空港では点検作業が行われていて、離陸の予定はまだ立っていないという。着陸の理由について三菱航空機側は「確認したいことがあったため着陸した。飛行試験中なので、トラブルの1つ1つについてコメントはしない」「機体は開発中のため確認すべき事項が多い。今回の着陸は開発計画にも影響しない」と話している、とか。

   確かに、事故による緊急な着陸でもなく、またそれによって定期便の発着が遅れたわけでもないので、いちいち着陸の理由をコメントする必要はないのかもしれない。ただ、MRJはこの8月、1号機がアメリカでの本格的な飛行試験を実施するために出発しようとしたが、機体の不具合で何度か延期されたことは記憶に新しい。素人の想像だが、事故が起きることを極端に恐れているのだろう。航空機メーカーとして、慎重に慎重を重ねている姿勢がそこに見える。
 
  間近に機体を眺めていて、素朴な発露だが、今後MRJが試験飛行を無事に終え、国産ジェットとして世界の空を飛んでほしい、今度は定期便として能登空港に来てほしいと思った。

⇒16日(日)朝・金沢の天気    くもり  

   
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☆クマモトを訪ねる-下

2016年10月09日 | ⇒トピック往来
   熊本を訪れた8日、現地では大変なことが起きていた。午前1時46分ごろ、阿蘇山の中岳で大噴火があった。このことを知ったのはJR「サンダーバード」車内の電光ニュース速報だった。阿蘇山では36年ぶりの「爆発的噴火」だという。噴煙は高さ1万1千㍍まで上がり、広範囲に噴石が飛び散っているという。熊本市内でも灰は降っているのだろうか、そんなことを思いながら熊本に向かった。

   熊本に着いて、熊本城の被災状況を見た後、チャーターしたタクシー運転手に「阿蘇山まで行って」と頼んだ。すると運転手は「ここから50㌔ほどですが、おそらく行っても、帰る時間は保障できない」と言う。聞けば、熊本市内と阿蘇を結ぶ国道57号が4月の地震で寸断されていて、迂回路(片側1車線、13㌔)は慢性的な交通渋滞になっている。さらに、今回の噴火で渋滞に拍車がかかっている、という。プロの運転手にそこまで言われると、無理強いもできない。「それでは益城(ましき)町へ行ってほしい」と方針を変えたのだった。

   ともとも益城町へ行く予定だった。4月14日の前震、16日の本震で2度も震度7の揺れに見舞われた。今はほとんど報道されなくなったが、現状を見て愕然とした。新興住宅が建ち並ぶ中心部と、昔ながらの集落からなる農村部があり、3万3千人の町全体で5千棟の建物が全半壊した。実際に行ってみると街のあちこちにブルーシートで覆われた家屋や、傾いたままの家屋、解体中の建物があちこちにあった。印象として復旧半ばなのだ。

   とくに被害が大きかった県道沿いの木山地区では、道路添いにも倒壊家屋があちこちにあり、痛々しい街の様子が。タクシー運転は「先日の新聞でも、公費による損壊家屋の解体はまだ2割程度しか進んでいないようですよ」と。そして農村部では倒壊した家の横にプレハブ小屋を建てて「仮設住宅」で暮らしている農家もある。益城ではスイカ、トマトなどが名産で、被災農家は簡単に自宅を離れられないという事情も想像がつく。

   またまた8日付の地元紙、熊本日日新聞を購入して広げると、「益城町の復興計画骨子案」が一面で掲載されていた。市街地の北側に新たに「住宅エリア」を、熊本空港南側には新たな「産業集積拠点」などを設けるとしている。骨子案は12月に取りまとめ、県や国にも説明してその後3月議会で採択、それから土地の買収交渉などの長い道のりが想定される。

噴火と震災のクマモト。言葉で「復興」「復旧」「再生」は簡単だが、それを実施する行政的な手続き、復興政策の策定には時間がかかる。時間と戦いながら丁寧な行政手続きを進める、日本型の復興モデルになってほしいと心から願った。

⇒9日(日)午後・熊本の天気   はれ
   
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★クマモトを訪ねる-上

2016年10月08日 | ⇒トピック往来

    ことし4月16日の本震で震度7の揺れに2度も見舞われた熊本。その後も震度4以上の地余震が115回も起きている。6ヵ月後とするきょう8日、熊本市、そして隣接する益城町の被災現場を訪ねた。

    金沢から熊本へは、JRの「サンダーバード」で新大阪へ。新大阪から山陽新幹線で博多へ。さらに博多から九州新幹線に乗り継ぎ、熊本に到着した。朝8時すぎに金沢駅を出発したので、かかった時間は6時間ほどだ。被災地を訪ねるの目的の旅だが、熊本駅に到着すると出迎えてくれるのが、あの「超」有名な「ゆるキャラ」の「くまモン」だった。くもモン駅長室などこれでもかとあのゆるキャラが存在感を見せつけている。ここまでくると、おかしくて滑稽な感じがして、心が緩む。2011年3月の九州新幹線全線開業をきっかけに誕生して、5年間、知名度で言えば、ジャーニーズ事務所のタレントを凌ぐかもしれない。駅近くのホテルにチェックインしたが、部屋に入ってびっくり、大小のくまモンの縫いぐるみがベッドの上やソファに10個もある。これには、「参った」。

    大粒の雨が降って来たので、タクシーをチャーターして熊本城に向かった。雨にもかかわらず「熊本城坪井川園遊会 秋の宴」というイベントの真っ最中で大勢の人が集まっていた。女の子たちが扮する花魁(おいらん)道中やフラダンスのイベントもあり、華やかな雰囲気だ。そんな中、ちょっと気が引けたが、ボランティアの女性に「被災した熊本城でかろうじて残った縦一列の石垣で支えらた城はどこから見えますか」と尋ねた。すると、「湧々座(わくわくざ)の2階からだったら見えますよ」と丁寧にも施設に案内までしてくれた。石垣が崩れるなど恐れからいまも城の大部分は立ち入り禁止区域になっている。

    2度の震度7の揺れで石垣が崩れるなどの大きな被害を受けた熊本城。かろうじて「一本足の石垣」で支えられた城跡は「飯田丸五階櫓(やぐら)」と呼ばれている名所。応急工事が施されていた。ボランティアの女性の説明によると、高さ10㍍の「コ」の字形の鉄骨の架台で櫓を支え、一本足の石垣の倒壊を防いでいるのだという。熊本城の周囲をぐるりと一周したが、飯田丸五階櫓だけでなく、あちこちの石垣が崩れ、櫓がいまにも崩れそうになっている。

    ふと思った。これが金沢城だったらどうか。おそらく、「金沢城が復旧するまで」と一切のイベントなどは実施されないかもしれない、と。でも、熊本の人々の心根は強い。「あたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ・・・」、「おてもやぁ~ん あんたこの頃 嫁入りしたではないかいな~」。復興途中でありながらも逆境にめげず、踊り歌う地域性がむしろ感動を呼び起こす。くまモン、そして駅前にある「おてもやん」の少女像。クマモトらしいと感じた。

⇒8日(土)夜・熊本市の天気   あめ

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☆いざ、鎌倉-下

2016年10月03日 | ⇒トピック往来
  3日目に拝観に訪れたのは、鎌倉の大仏さん。小学校の教科書の写真などで幼少よりなじみのあるポーズだが、こうして実際に観るのは初めて。青い空、周囲の樹木と映え、ここに座して760年余り、古都鎌倉のシンボル的な仏教美術、国宝でもある。パンフなどによると、完成当時は全身に金箔が施され、大仏殿に安置されていた。ところが、大仏殿は2度の台風で損壊し、露座の大仏になったとされる。地域の災害の歴史を刻んだ歴史があり、含蓄のあるお姿と察した。

  大仏の裏側にまわると、「胎内拝観」という文字が目に入ってきた。鎌倉の大仏は中に入れるようになっている。拝観料はわずか20円。内部を見ると、鋳造の木枠の跡が見えるが、よく解らない。首の部分を見ると強化プラスチックのようなものが重ね貼りされていて、頭を支える部分が補強されていることがうかがえた。歴史ある鎌倉の大仏となれば、なおさら補強が必要なのだろう。かつては金色に輝いていたであろう大仏は青銅製、現在は酸性雨などの影響で変色しつつあり、メンテナンスが大変であることは想像に難くない。

  鎌倉文学館を訪れた。夏目漱石や川端康成など鎌倉にゆかりのある文豪や文学者に関する原稿など資料を収集・展示している。万葉集や平家物語などの当地にまつわる古典作品も紹介している。

  本館は、旧前田侯爵家の鎌倉別邸(本邸は東京・駒場)だった。加賀・前田家15代、16代の2代にわたる当主が建てた、と説明書きにある。完成したのは昭和11年、レトロな格調をそのままに残した洋館。国の登録有形文化財にも指定されている。内部は、アールデコ様式が随所に見られ、大理石の玄関や暖炉、飾り窓の装飾とステンドグラスが建物の重厚さを伝えている。真ちゅうの緻密な細工を施した照明器具が妙に部屋とマッチしている。文学資料よりも洋館の造りに見とれてしまった。

  本館を出て歩くと、芭蕉の句碑が目に止まった。「鎌倉は生きて出にけん初松魚」。初松魚は「はつがつお(初鰹)」のこと。江戸時代、鎌倉はカツオの産地として知られ、鎌倉でとれたカツオは早船で江戸に送られたという。魚河岸の初ガツオ、鎌倉ではピチピチしていたんだろうな、と。芭蕉は案外食通だったに違いない。

⇒3日(月)朝・金沢の天気  くもり
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★いざ、鎌倉‐中

2016年10月02日 | ⇒トピック往来
  鎌倉市の中心と言えば、鶴岡八幡宮あたりか。駅前から参道がまっすぐ伸びる。その長さは500㍍。1180年、鎌倉入りを果たした源頼朝は、先祖が創建した由比若宮を遷座して、鶴岡八幡宮を中心とした街づくりを始めたと言われる。参道を歩く。左右に老舗の商店や銀行などが並び、頼朝がプランニングした通りに、街の中心と実感できる。

  鶴岡八幡宮の入り口の旗上弁財天社前で観光ガイド氏が面白いことを説明してくれた。「鶴岡八幡宮の境内には白ハトがいます。白ハトは樹木の上にとまり、黒いドバトは地べたにいるのです」と。観察すると樹木に白ハトが数羽とまっていた。さらにガイド氏は「八幡宮の額の八の字は、神聖な神の使いとされる二羽の白ハトをかたどっています」と。確かに、本宮手前の楼門の額の「八幡宮」の八の字はハトをシンボリックに描いたものだった。参道沿いに鳩サブレーで有名な豊島屋の本社がある。そうか、鳩サブレーの原点は鶴岡八幡宮だったのかと合点がいった。

  鶴岡八幡宮で有名な樹木と言えば大銀杏(おおいちょう)だろう。1219年、鎌倉幕府三代将軍の実朝が僧侶に暗殺された際、僧侶が潜んでいた場所が大銀杏の木陰で、後に「隠れ銀杏」と呼ばれた。そのくらいの知識はどこかで得ていた。ところが実際に訪れて驚いた。その大銀杏は2010年の強風で倒れ、現在は根元を残して切られていた。かつて根回り6.8㍍、高さ30㍍、樹齢千年と言われた八幡宮のシンボルだった。倒れた大銀杏の根元は傍に移され、銀杏の若木が元の地で植栽されていた。銀杏版の式年遷宮と考えればその意義は大きい。この若木が鶴岡八幡宮のさらなる何百年の未来と共にするのだ。

  鶴岡八幡宮から歩いて15分ほど。参道から本堂前までシロバナハギが咲く宝戒寺に赴いた。「萩の寺」として知られている。赤い彼岸花も咲いている。周囲を街を見渡すと、黄色いキンモクセイもいたるところに咲いている。鎌倉は花のにおう街なのだと感じ入った。

  鎌倉で一番の古刹、杉本寺を訪ねた。鎌倉幕府が開かれる500年近くも前の平安初期の734年に創建された。仁王門を抜けるとコケむした石階があった。すり減った石段は長い年月をかけて多くの参拝者が訪れたことを物語っているかのようだ。本堂の屋根は茅葺(かやぶき)で風情がある。訪れたとき、毎月1日の護摩供(ごまく)が営まれていた。

  土曜日ということもあり、参拝者が多く訪れていた。見渡すと、若い女性が目立つ。護摩供が終わり、女性たちは御朱印帳を購入している。「御朱印ガール」たちだ。 御朱印は、寺や神社に 参拝したあかしとしてもらう押印のこと。「鎌倉三十三観音巡り」の一番札所が杉本寺なのだ。

⇒2日(日)朝・鎌倉の天気   はれ
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☆いざ、鎌倉-上

2016年10月01日 | ⇒トピック往来
    一度ゆっくり散策したみたいと思っていた場が鎌倉だった。その思いが叶った。9月30日正午すぎにJR横須賀線鎌倉駅東口に降り立った。駅前には有名なハンバーグ店などありにぎわっているが、これがあの「古都・鎌倉」かと少々拍子抜けした。ただ、後ろを振り返ると、駅舎が屋敷風の形状でその存在感を強調しているようにも思えた。

    駅前の広場を抜け大通りに出ると、鶴岡八幡宮の裏参道がまっすぐ伸びていた。鶴岡八幡宮は後で行くことにして、タクシーで報国寺に向かった。禅宗のこの寺は1334年にこの地で開山された。境内の本堂裏には「竹の庭」があり「竹の寺」とも称される。竹はモウソウ竹で上にまっすぐ伸びている。あいにくの曇り空だったが、これが青空だったら日が差し込む光景は格別かもしれない。逆にしっとり雨が降っても場は和むかもしれないと思ったりもした。

    この竹林を眺めながら、茶席「休耕庵(きゅうこうあん)」で抹茶(薄茶)をいただいた。「いざ鎌倉」という言葉がある。功名手柄をたてたいと、どれほどの武士(もののふ)たちがこの鎌倉の地に馳せ参じたことだろうか。新田義貞による鎌倉攻め(1333年)、多くの武士たちが「いざ鎌倉」と戦い散っていった。その翌年に開山された報国寺の境内にも当時の供養塔が多くあった。耳を澄ますと、竹林を通り抜ける風の音がサラサラと。その切ない音に、武運なく散っていった武士たちの魂の行き交いを感じたのは私だけだろうか。

    それにしても、境内には苔(こけ)が清く整えられ、気持ちが良い。報国寺は観光地の格付けを行うミシュランで三ツ星を獲得している。インバウンド(海外観光客)が境内に目立った。

   次に「鎌倉市雪ノ下」という地名に、鎌倉投信株式会社を訪ねた。昨年5月にNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」にファンドマネージャーとした出演した新井和宏氏(同社資産運用部長)に会うためだ。実は昨年8月に金沢大学で講演会があり、その折、あいさつをさせていただいた。今回は2度目となる。金融というと、経済状況がよいときは盛んに投資を勧め、悪くなるとさっと逃げてしまうという印象がある。講演で初めて新井氏の話に耳を傾けて、「この人は逃げない」と思った。その人のオフィスをぜひ訪ねてみたかった。

   新井氏はツムラやカゴメ、ヤマトといった大手企業から、赤字や非上場の中小零細まで、新井氏が「いい会社」を発掘して長期で投資している。ある1社の株が暴落しても、ダメージを受けないようにする、リスクヘッジでもある。どのような方法で「いい会社」を探すのか。先の講演会の休憩の合間に、名刺交換をさせていただいたが、その名刺にヒントがあった。点字付きなのだ。新井氏は、著書「投資は『きれいごと』で成功する」(ダイヤモンド社)にこう述べている。「本当に彼ら(障がい者)を活かせる会社は、『時間がかかる』を『粘り強い』と読みかえ、能力が最大化される場を見つけて配置します。そして自分の場所を見つけたら、人はキラキラと目を輝かせて働きます」。ファンド・マネージャーが点字付きの名刺を持っていることの意味も改めて聴いてみることにした。

   証券取引の後場が終わった午後3時すぎに会社を訪問した。築90年余りの古民家だが、造りがしっかりしている。トレードルームからは和風の庭が見える。一帯の山林も含め敷地は750坪もある。仕事が終わった若手社員が山の斜面で花壇づくりに励んでいた。いにしえの文人でも出てきそうな古風な玄関、そして座敷に案内された。床はフローリングにして、応接室に仕立ててあった。ここで新井氏の近況を聴いていると、一つ感じたことがあった。昨年の講演の趣旨とまったくぶれてはいない、とういことだ。丁寧に会社を訪問して話を聞く。投資先の企業価値を社会性や現場力といった基準で自ら選ぶ。格付け会社の評価など最初からあてにしない。そして、新井氏の言葉からは、投資先の企業と「苦楽とともにする」心構えを感じた。

   鎌倉でこのような魅力的な人物と再会できたことに心が引き締まった。鎌倉という場は、今も昔も人を引き寄せる、流行りの言葉で言えば、パワースポットなのかもしれない

⇒1日(土)朝・鎌倉の天気    くもり
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★「使い切る」意識

2016年09月20日 | ⇒ニュース走査
このところ連日、富山県議会、富山市議会で政務活動費の不正が発覚している。とくに、辞職、辞職願の提出、辞意表明をした市議会議員は自民・民進の2会派で9人にも上る。富山県議会でも2人が不正受給を認めて辞職、辞職願を出している。本来ならローカルニュースなのに全国紙などは社会面や一面で取り上げ、まさに政治スキャンダルと化している。

  富山市議会の政務活動費は議員が調査研究などに使える経費として、市議1人当たり月額15万円が認められている。これは議員報酬とは別で、余った分は市に返還することになっている。地元新聞によると、平成15年度の富山市議会の政務活動費の消化率は100%だったという。前年度の14年度は99%だったと報じられている。

  不正受給を認めた市議9人に共通する不正のポイントはただ一つ、領収書の偽造工作だ。白紙の束を親しい業者にもらい、小切手のように使う。パソコンで領収書を偽造して市政報告会の資料印刷代や茶菓子代などを受給していた。なんとしてでも政務活動費を「使い切る」ことに心血を注いでいたようだ。

  それではチェック体制はどうなっていたのか、ということが気になる。本来議会事務局がチェックするが、難しいのは各会派を通じて所属議員に支給されること。領収書の宛名がたとえば「富山市議会自由民主党」となっていると、第三者からはどの議員が使ったのか分からない。さらに複雑なのは、政務活動費は同じ会派内の議員の間で融通が認められていて、月によってはA議員が20万円、B議員が15万円ということもありうる。さらに、チェックする側の議会事務局は領収書の細かな内容にまで踏み込む立場ではない。たとえば、。「不正ではないか」と気づいても、どんな茶菓子をいくつ買って、誰が食べたかといったことまでチェックできない。あくまでも、領収書に受領印、日付の記載など、体裁が整っているかをチェックするだけなのだ。

  それにしても、そこまでして「使い切る」意識はどこから湧いてくるのだろうか。私個人の推測だが、意外と勤勉・真面目な富山の県民性に由来しているのかもしれないと思っている。政務活動費を余らすのはもったいない、きっちり使うといった生真面目さを感じる。その代わり、不正が指摘されれば、言い訳せずに潔く辞める。「行き過ぎた真面目さ」ではないのか。

⇒20日(火)夜・金沢の天気  あめ 
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☆「ごちゃ混ぜ」の論理

2016年09月11日 | ⇒トレンド探査
  最近のニュースから気になったことをいくつか。「ジェンダーバランス」あるいは「ジェンダーフリー」はすでに定着した感がある。ところが、ここまでやるかというのニュースを見つけた。以下、9月6日付のAFPニュースを引用する。

  ノルウェーでは女性に徴兵を義務付けただけでなく、戦友の男性たちとともに、つまり同じ男女混合部屋で寝泊まりしているようだ。同国軍の男女のバランスはまだ完全に均等ではないが、19歳で徴兵された兵士の3分の1が女性という。歩兵だけでなく、ヘリコプターやジェット戦闘機パイロット、潜水艦の操縦士など陸海空である。徴兵は19歳から44歳まで、2015年からの男女が対象となった。期間は12ヵ月から15ヵ月。これまでも志願兵で女性の割合は高かった。

  同国では現在までの5代の国防相のうち4人が女性で、NATO加盟国で初めて男女両方の徴兵を開始した。男女両方を徴兵しているのは世界でもイスラエルなど少数の国という。その背景もある。ノルウェーで19歳の新兵は毎年1万人ほど、この数字は対象者の6分の1だ。同国では兵役に就くのは「やる気のある人」という評価になり、退役後は労働市場で高く評価される経歴とみなされるらしい。

  男女間のトラブルが起きないのかと考えるがそうではないらしい。男女共用部屋はジェンダーを希薄化させるためにセクハラ対策が有効とされる。つまり、生活エリアを共有することで、男女双方が自分たちの行動に気を付けるようになり、「きょうだい」であるかのような仲間意識を育むことができるというのだ。

  なるほどと思う。確かに19歳という若さでは男女で「きょうだい」感覚があり、生活エリアが共有され、女性が男性を叱咤するシーンもあるだろう。そうすると規律やモチベーション(意欲)も高まるという効果があるのかもしれない。徴兵制とうい中で男女ごちゃ混ぜの論理はうまく働くのかもしれない。

  日本で徴兵制はないが、志願する女性自衛官はいる。このノルウェーの「ジェンダーフリー」「ごちゃ混ぜ」をどう考えるのか。現在、日本の防衛大臣が女性であり、その点インタビューしてみたいと思った。

⇒11日(日)午後・金沢の天気  はれ
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★環日本海を日露の外交モデルに

2016年09月04日 | ⇒トピック往来

   日本海側に住む我々にとって、「環日本海」という言葉はとても響きがいい。大陸との経済的な交易をはじめ、相互に発展する余地がありながらも、まだまだ手が付けられていないという状況だ。それに少し明光が差してきた。今月2日と3日にウラジオストクにある極東連邦大学で開催された東方経済フォーラム(Eastern Economic Forum)で繰り広げられた日本とロシアの首脳による外交だ。

   東方経済フォーラムはロシア極東地域の経済やアジア太平洋地域の国際協力の拡大を目的として、2015年5月にプーチン大統領令で発足した年次開催の会議で、ことしが第2回となる。主な議題は、ロシア極東地域の投資とビジネスの現状を高めることだ。この経済フォーラムを安倍総理はうまく外交の場として活用した。

   3日のフォーラムで安倍総理は「私たちの世代が勇気を持って責任を果たそう。70年続いた異常な事態に終止符を打ち、次の70年の日本とロシアの新たな時代をともに切り拓こう」とスピーチしたこれは双方にまたがる領土問題の解決の糸口を開き、平和条約を締結することを強くにじませたものだろう。2日の首脳会談でも個別にプーチン大統領と話し合ったと報じられている。

  環日本海時代の幕開けを予感させた言葉が、安倍総理の演説にあった、年次開催される東方経済フォーラムを活用して、日本とロシアの首脳会談も年1回、定期的にウラジオストクで開くことをプーチン大統領に呼びかけたことだ。この定期的な会談は8項目の経済協力の進み具合を確認するためだ。その8項目の中で目を引くのが、「ロシアの健康寿命の伸長策では日本式の最先端病院を設立する」「都市づくりは人口100万人以上の中核都市で木造住宅建設や交通インフラの更新」「極東開発支援は農林水産業の輸送インフラ整備を通じロシア国内外への供給力を高める」など。

  安倍総理は演説の中でこうも述べている。「多くの国々が日本のカイゼンの手法に習熟するなか、ロシアはまだ日本企業と深く付き合うことで起きる生産思想の革新を経験していない。プーチン氏が目指す製造業大国へ至る道には近道がある。日本企業と組むことだ」と。

  こうした具合的な8項目の経済協力の提案について、プーチン大統領は「唯一の正しい道だと考えている」と高く評価した、と報じられた。経済協力とパッケージにした北方領土問題の解決案だ。これを「外交」と言うのだろう。日本は法的、歴史的観点から北方4島は固有の領土だとして一括返還を要求し、ロシアは第2次大戦の結果として4島統治の正統性を主張しきた。「返せ」「返さない」では外交交渉に進展はない。日本とロシアによる外交モデルとしての「環日本海」に期待したい。

⇒4日(日)朝・金沢の天気   くもり
 

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