星に願いを

5年間続けた海外生活から帰ってきて、5年がたちました。趣味の自転車(アウトドア)、読書(インドア)を綴っていきます。

年明け

2006年01月02日 09時36分40秒 | 思うこと

ここ数年、自分の実家で年越しを過ごしていないけれど、それまでは、年越しを幼なじみと過ごすのは毎年恒例の行事だった。大晦日の午後には、友人のガレージにいつもの4人が集まり、自分たちの車やバイクの洗車を行う。

夕方に一旦解散し、夜の10時過ぎに僕の家に集まってくる。そして、地元のお寺に行って、除夜の鐘の順番待ちをする。毎年、木杓文字が整理券代わりのお土産だった。実家にはたくさんたまっていると思う。

除夜の鐘をついてから、すぐ近くの神社に行って、薪で暖をとりながら、年が明けるのを待つ。年が明けたら初詣。

そして、港の船舶の汽笛を聞きながら、もう一つ別の神社に向かって、御神酒を受ける。そこは比較的大きい神社なので、その時間に訪れると、小学校時代や中学時代の友人に出会うことがよくあった。

そのまま、友人の家に遊びに行って、6時頃、日の出を見に出かける。建設中のマンションによじ登ったり、六甲山に登ったり、明石海峡大橋が出来た年には、淡路島まで日の出を見に行ったりした。

しかし、日の出は、数回しか見ることが出来なかった。僕たちの中ではジンクスがあって、日の出が見れた年はろくな事が起こらないというものだった。
1度目… 見に行ったみんなが骨折を経験した。
2度目… みんなして、大学受験に失敗し、浪人生となった。
3度目… 阪神大震災の直撃を受けた。
(この初日の出の時は、本当に日の出が美しかった。
この日に地震曇が発生していたとの噂があった。)

結婚し、家族が出来ると、除夜の鐘、初詣は参加できたけれど、初日の出まではなかなか行けなくなった。ここ8年近くは、初日の出には行ったことがない。

ここ、イギリスで、ゆく年くる年の再放送(これも8時間から9時間遅れで、こちらの年越しに合わせて放送)を見ていると、横浜の汽笛の映像がが流れていた。
その汽笛の音を聞いていて、そんな自分の育った街での年越しを思い出していた。

自分の生まれ育った街に帰りたい気持ちになった。


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