花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

言葉の刺激

2013-12-07 08:45:10 | P子の不倫
「セックスは快楽だけに意味があるのじゃなく、アイデンテティに深く関わってるのよ」
 と、P子。
「アイデンテティね」
 と、ちょっと笑いをこらえる私。理論とか理屈とかが苦手なP子に不似合いな言葉だからです。
「そ。アイデンテティ。あたし、この言葉、気に入ってるのよ」
「個性、不変の自己、自己の存在っていうような意味かしら」
「まあ、そんなところ」
「たとえばベッドの上で男女が、黙々とセックスしてるなんて考えられる?」
「黙々と、ずっと無言で、息づかいとか声だけとかっていうケースもあるんじゃない?」
「そんなの、ただの生殖行為みたいじゃないの。やっぱり言葉が口をついて出るでしょ。短い言葉よ」
「いいとか、イヤとか、好きとか、愛してるとか……」
「ダメとか、もっととか、何々してとか、そことか、それ好きとか、恥ずかしいとか、いきそうとか、相手の名前とか」
「ふふふ、けっこうたくさんあるわね」
「行為の所要時間30分以内の性的淡泊男女なら、そんなに言葉を口にしないかもしれないけど、最低でも3時間以上セックスしてれば、もっといろいろな言葉が出るのが自然でしょう?」
「そうかもね」
「それでね、1回目じゃなく2回目か3回目の時だけど、あたし」
「えッ、P子の彼氏って熟年なのに3回もできるの!」
「バカね、3回お果てになるっていう意味じゃないわよ。何回かは快感の爆発を我慢してるの。10分ぐらい休憩して2回目3回目になるってこと」
「快感の爆発の我慢だけじゃなく、中折れの時もでしょう?」
「そうよ。仕方ないわ、トシなんだもの。中年のころは3回お果てになったこともあったけどね。一晩中やって。3回目は少量だったって言ってた。くくッ」
「少量って……ああ、なまなましいこと」
「それでね、2回目か3回目の時、あたし、このごろ、『お仕置きして』って小さな声で泣き叫ぶように言うのが気に入ってるの」
「お仕置き? それってSMじゃない。やっぱりP子ってM女だったのね」
「あなたって、ほんとに考え方が単純ね。あたしはM女なんかじゃないの。ま、多少は、女ってMっ気があるわよ、誰だって。だけど、Mっ気があるのとM女は大違い。ま、あなたに説明しても理解できないでしょうけど」
「説明されてもされなくても、理解できないわ」
「ある時、思いついて言ってみた『お仕置きして』って小さな声で泣き叫ぶように言った時、凄く昂奮しちゃったのよ」
「それで、どんなお仕置き、されるわけ?」
「何も。言葉だけよ。だから言ったでしょ、Mっ気があるのとM女が違うのは、行為が伴うかどうかなの。前者は言葉だけで行為なし、後者は言葉も行為もあり。あたし、痛いのって嫌いだし、痛い行為されたら、醒めちゃうわ。だから、言葉だけなの」
「じゃ、彼氏も言葉で応じるのね」
「そうよ、真に愛し合っている男女はセックスの合性がいいの。『お仕置きして』って小さな声で泣き叫ぶように言うと、あたしが昂奮しちゃうだけじゃなく、愛する旦那様も昂奮して言葉を口にする、それがまた、あたしを昂奮させる、昂奮したあたしに愛する旦那様も刺激されて……。行為なしの言葉だけで前戯も挿入後も最高に燃えちゃうことになるのよ」
「ふうん、いいんじゃない? 誰にも迷惑かけてないし」
「でもね、何故、『お仕置きして』っていう言葉が口をついて出るのか、それが、アイデンテティと深く関わってるんじゃないかしらって思うの。それと深層心理みたいな」
「自分の罪を罰して欲しいとか」
「でも、一体何が、あたしの罪なのか、何の罪に対して神様に罰して欲しいのか、いくら考えてもわからないのよ。だからね、あたしの人生、罪なんてないからこそ、お仕置きして欲しい、罰して欲しい、という言葉が新鮮で昂奮するのかもって思うの。逆もまた真なり、って諺(ことわざ)があるでしょう」
「結局、そういうオチになるのね。だからP子はノーテンキ……いえ、よく言えば楽天家なのね」
 そう納得したのでした。