花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

頬から唇へのキス

2010-02-25 11:43:19 | 告白手記
 プラトニック・ラブの男性から、頬にキスをされるようになって3度目ぐらいの時、唇にキスされたんです。
 彼の部屋で、いろいろな話をして、食事をしに行くことになった時です。
 その部屋を出るまぎわに、立ったまま、いつものように彼から頬にキスをされて……。
 頬に押しつけられた彼の唇が、そのまま少し移動して私の唇をとらえたんです。
 彼の舌が、口の中に差し込まれ、私の舌にからみついて……。
 そうされる予感はあったものの、その瞬間、甘美なめまいを起こしそうなくらいの歓喜に包まれました。
 ずっとずっと、プラトニック・ラブの関係と、そう思っていたのですから無理もありません。
 ディープ・キスをされるかもしれないという予感は、現実にそうなるとしても、ずっと先のことのような気がしていたんです。
 頬へのキスと違って、長いキスになりました。
 頬へのキスと違って、彼の腕の中に抱き締められているのに気づきました。
 そして彼の肉体に、私を抱きたい欲望のしるしがあるのに気づきました。
 でも、私は彼に抱かれたい欲望は、なかったんです。ディープ・キスだけで満たされる心地でしたから。
 けれど、男性の彼は……。
 唇を離すと、性の欲望を抑えられないような息づかいで、いつものように私の頬に、キスをしたんです。
 私は、性の欲望はなかったけれど、彼の腕の中に抱き締められているのが最高に快くて、ずっとそうしていたかったくらいです。
「お腹、すいた?」
 と、彼は少しうわずったような声で言いました。
 私は、コクンとうなずきました。
「じゃ、何か美味しいもの、食べに行こう」
 今度は、ふだんの時に近い声に戻って、彼が言いました。
 抱擁が解かれ、私の胸に、小さな後悔がかすめました。彼の肉体から、私を抱きたい欲望が、一瞬にして去ってしまったことを感じとったからです。
 私自身は性の欲望がないくせに、彼の中にあったその欲望が消え去ったことが、私を落胆させたんです。
 矛盾しているみたいですけど──。

男性の肉体への興味

2010-02-19 14:23:05 | 告白手記
 20歳のころ、プラトニック・ラブの男性がいて、それより以前に、愛を交わした初体験の相手の男性とも付き合っていたんですけど……。
 セックスを知って1年余りのころは、ベッドに入ると、興味と好奇心でいっぱいでした。
 セックスという行為への興味と好奇心も、もちろんですけど、それ以上に<男性の肉体>への興味と好奇心が強かったんです。
 女性と違う男性の肉体の、アレについては、ある程度、本で知識として知ってはいても、現実に見たのは初めてですから無理もないと言えるでしょう。
 男性が性の欲望を感じた時のアレの<形状>、通常の時の<形状>。露骨なことを言えば、色とか形とか感触とかも、初めて知ることになったわけですから。
 彼とベッドに入ると、それについて、文字どおり<好奇心の塊(かたまり)>でした。
 けれども──。
 初体験の男性は、<お行儀の良いセックス>をするタイプの人だったので、私の興味と好奇心は、毎回、隠さなければなりませんでした。
 具体的に言うと、じっくりと見たこともないし、じっくりと触ったこともないし、もちろん愛撫なんて教えられなかったから、したこともないし……。
 何故、興味と好奇心を隠さなければならなかったかというと、<お行儀の良いセックス>をする男性である彼に、嫌われたくなかったからです。
 やはり、性的な欲望の前に、純粋な愛があるんですね。
 愛され続けるためには、はしたないと感じられるような性的興味も好奇心も、隠すというか、秘めておかなくてはと思ったのでしょう。
 その反動が、若くなくなってから、妙な潜在心理となって消えないでいるのかもしれません。
 たとえば、レストランとか喫茶店とかに男性と2人でいて、親しい知人か友人の彼が、
「ちょっと、トイレ」
 と、軽く手を挙げたりして、席を立って行く時など、私の胸は、
 ──ドキン──
 と、音を立てそうなくらい激しい鼓動が起こってしまうんです。
 別に、その知人か友人の、トイレの中でのしぐさや行動を具体的に空想するわけではありません。そうではなく、
 ──男性がトイレの中に入る──
 という<情報>が、私の頭の中にイン・プットされ、
 ──男性がズボンのファスナーを下げ、アレに指を触れて取り出して、あらわにする──
 という<情報>が、私の頭の中にイン・プットされると、何故か、私の胸は、
 ──ドキン──
 と、音を立てそうなくらい激しい鼓動が、起こってしまうんです。
 この場合、男性は、知人でもなく友人でもなくAさんでもなくBさんでもなく、あくまでも<男性>です。
 大勢での飲食の時ではなくて、2人の時に限るんです。つまり、1人の<男性>がトイレへ去って行き、その場に私1人でいる時にだけ、そうなるんです。
 けれど、最近は、男性と2人でレストランや喫茶店にいても、
「ちょっと、トイレ」
 と、席を立って行く人は、ほとんどいません。
「ちょっと、携帯」
 と、仕事の用事か何かで急な連絡が入ったりして、席を立って行く人が多いんです。
 それで、なかなか戻って来ないと、
「何かあったんですか? 急用?」
 心配して聞くと、
「いや、たいした用じゃありません。トイレも寄って来たもんですから」
 なんて、少し照れたように笑って言ったりするので、可愛くなってしまうんですけど。
 確かに、礼儀的には、「ちょっと、トイレ」より、「ちょっと、携帯」のほうが、照れくさくないし、飲食店でのムードやマナーに適しているかもしれませんけど。
 それで──。
 ──男性がトイレの中に入る─
 という<情報>が、私の頭の中にイン・プットされ、
 ──男性がズボンのファスナーを下げ、アレに指を触れて取り出して、あらわにする──
 という<情報>が、私の頭の中にイン・プットされると、何故か、私の胸は、
 ──ドキン──
 と、音を立てそうなくらい激しい鼓動が起こってしまうからといって、私が、すぐ淫らな空想を浮かべる女だなんて誤解しないで欲しいんです。その場合の<男性>は、知人でも友人でもなく、あくまでも<男性>ですから、その人の顔を思い浮かべるわけではないんです。
 知人でも友人でもなく、ベッドを共にした男性の場合は、ドキッとしないし、
 ──いま、トイレの中で、手でアレを取り出してるんだわ、うふ──
 なんて、ちょっぴり、おかしくなるだけです。
 そんな私の心理を少し分析してみると──。
 心理学の本で読んだことがあるんですけど、幼いころに女の子は、父とか兄弟の裸体を見た時に、自分の身体にないものが、男の身体についていることを発見し、驚愕と憧れと願望と劣等感と崇拝とコンプレックス(複雑な感情)を抱くという衝撃的な体験をするらしいんです。
 けれど、その時期を過ぎて、男と女の身体の違いを自然なことと受け入れられるようになる。女の子が少女になり、大人の女性になるために必要な成長過程、ということらしいんです。
 それが、私の場合は未経験で、自然な成長を遂げていなかったための、男性の肉体への強い興味と好奇心が、なかなか消えないような気がするんです。
 大人の女性になるまでの成長過程に必要な、その体験がなかったのは、子供のころ、父や兄と一緒にお風呂に入ったことがないからです。
 自分の身体についていないものが、男性の身体についているということを、本で知識として知って衝撃を受け、性の初体験の時に<実物>を見て、さらに衝撃を受けたのですから──。
 とは言え、飲食店で男性と2人で過ごすたびに、「トイレ」という言葉を彼から聞くと、ドキッとさせられるなんて、私って、少しヘンかもしれないという自覚は、ちょっぴりあるんです。
 また、たとえば何かのウェブサイトで、ある男性が、トイレのドアを開けようとしたら──なんて文章を読んだ時でも、ドキッとさせられてしまうんですから、自分で自分に呆(あき)れてしまいます。
 つまり、私には、大人の女性になるまでの成長過程に必要な体験がなかったためと、初体験の相手の男性以降も、<お行儀の良いセックス>をする人ばかりなので、男性の肉体への興味と好奇心が満たされていないための潜在心理が、あるような気がするんです。

欲望を感じる時

2010-02-11 12:49:26 | 告白手記
 私が20歳で、相手の男性は35歳で、週に1度というほど多くはなく、月に数回会っていたんですけど、彼が私の唇ではなく、頬にキスをしたのは、性的な欲望を自制していると、私には感じられたんです。
 何故なら、彼が唇を、私の唇に触れさせたいのに、ほんの少し移動して頬に、押し当てる……と、そう感じたからです。
 彼は最初から私の頬にキスをしたいわけではなく、本当は唇にしたいのだということを、私は感じ取ったということなんです。
 ──きっと、いつか、私の唇にキスするわ──
 その直感と、その予感は、的中したことで、彼は性の欲望を自制していたということが証明されたんです。
 男性が、性の欲望を自制できるということ。それが、大人の男性の証明であることと、そう思っていたんです。
 若い日の私が、同世代の男性には惹かれなくて、<年齢のかなり離れた兄>ぐらいの男性が好きだった理由の1つが、それなんです。
 20歳の私と同世代の男性は、2人きりになると、キスしたがったり、身体に触りたがったり、何か落ち着かないくらい、性の欲望をあらわにするというか、抑えられないような感じが、イヤだったんです。
 それで、15年上のその男性が、性の欲望を私に感じているのに、それを自制している、そう感じることで、私は彼に性の欲望を覚えたんです。
 とは言っても、当然ですけど、女性は年齢と共に変わります。2人きりになった時、性の欲望をあらわにするというか、抑えられないような感じの男性に、
(私の身体に触れたいんだわ。私を欲しいんだわ)
 そう感じたとたん、相手の男性に欲望を感じるようになったという変化です。年齢を重ねてきたのですから、自然なことでしょう。
 相手の男性が、私に欲望を感じていないということなら、私もそんな彼に欲望を感じない、ということになるんです。
 もちろん、男性ならどなたでもというわけではありません。好きなタイプというか、フィーリングが合いそうというか、少しでも、この男性って素敵……って感じられる男性に限ってですけど。
 というわけで、私が欲望を感じる時は、相手の男性が、男性の欲望をあらわにしても、それを自制していると感じられる時、ということは、若い日も若くない日も同じと言えるような気がします。
 それは、恋愛についても同じです。私を好きになる男性を、私は好きになり、私を愛してくれる男性を、私は愛するようになるんです。ごく自然に、本能的に、そうなるんです。
 ですから、私は、男性から振られたとか失恋したことが1度もないんです。これは本当なんです。と言っても、自慢できることではありません。
 振られたことも失恋したこともないから、私が特に美人とか魅力的な女とか自惚(うぬぼ)れているわけでは、ありません。美人でもなく不美人でもなく、普通の容貌であって、特に自惚れたい外見があるわけでもありません。
 そんな私を好きな男性を、私は好きになり、そんな私を愛している男性を、私は愛するので、そうではない男性を好きになったり、愛したりしないから、振られることも失恋することもないというだけの話なんです。
 別に自分が傷つくのがイヤとか、そういうことではなく、ごく自然に、本能的に、そうなるんです。だから、私を好きでもない男性を振り向かせるとか、追いかけるとか、そういう経験が1度もないんです。むしろ、そういうことができる女性は、自分の魅力に自信があると言えるかもしれません。何故、こんな魅力的な私を好きにならないの、と。きっと振り向かせてみせると。
 私はそういう無駄な努力はしないというか、簡単に諦めてしまうんです。いいわ、あなたが私を好きじゃないなら、私もあなたを好きでもないわ、さようなら。というふうに。もちろん、それは無言の会話、私の頭の中だけの会話です。つまり進展する可能性のない男女関係は、たとえば初めて会った日に、結果が出るということで、合理的というのもヘンですけど、振るとか振られるとか失恋とかの事態を招かないんです。
 愛も、欲望も、相手次第というか、まず、相手の感情が伝わってきて、初めて私も、ちょっと好きになりそうな男性を、本当に好きになる、ということになるんです。つまり、男性に対して、常に<受け身>とも言えるかもしれなくて、<消極的>とも言えるかもしれません。それと、
 ──私を好きでもない男性を好きになったって意味ないじゃないの──
 ──私に性の欲望を感じない男性に、欲望を感じたって、虚しいじゃないの──
 そんな心理になってしまうんです。すると、その時から相手の男性は、男性であって男性ではなく、中性みたいなものです。この世に男性は星の数ほどいるけれど、その大半は私にとって男性というより、<中性>人間です。私を好きになったり愛したりする男性が多くいるはずはなく、私のほうも、ちょっと好きだけど相手はどうかしら、なんて思う男性が、多くいるというほど私は多情でもないし好色淫乱女ではないということなんです。
 見かけによらず、純情なんです、私って。