平安夢柔話

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壺装束で神社参拝 ~京都1泊旅行2006年春5

2006-05-05 23:59:59 | 旅の記録
 壺装束とは、平安時代の姫君の普段着である袿を少したくし上げてひもで縛り、その上に一枚衣を重ねたものです。頭には笠をかぶせるので顔ははっきり見えないようになっています。

 壺装束を着て真っ先に思ったことは、「十二単に比べるとずっと動きやすい。」ということでした。これなら当時の姫君も快適に物詣ができただろうなという気がしました。

 そんなわけで、私たちもいよいよ平安時代の姫君気分で下鴨神社の参拝に出かけます。壺装束姿となった私となぎさんと里江さん、それに私のだんなさんと里江さんのだんな様、ニテコ池の河童さんと穴瀬さんとくたくたさん、総勢8人で出発です。そして、賀茂川と高野川に囲まれた三角地帯にある「糺の森」と呼ばれる深い森に覆われた長い参道を歩いていきました。はき慣れない草履で、しかも砂利道なのでかなり歩きにくいです。

 下鴨神社は正式名を賀茂御祖神社といい、京都で最も古い神社の一つです。穴瀬さんのお話によると、桓武天皇が平安遷都を行うずっと前から、この神社は存在していたとのことです。また、これは帰宅後に知ったのですが、糺の森は2300年の歴史があるとか。すごーい!

 砂利道を歩くこと約15分、わくわくする物が目に入ってきました。そうです、昨年の夏に京都文化博物館で展示されていた牛車です。(この牛車の写真は、当ブログの2005年9月4日の記事「日帰り京都旅行2005年夏5 ~牛車」に載せてあります。)私は昨年の夏に洋服でこの牛車に乗ったのですが、今回は壺装束で乗ってみました。
 予想通り、乗るのはなかなか大変でした。でも、畳3畳が敷いてある車の中に入ったときは嬉しかったです。気分はすっかり、物詣をする菅原孝標女です。車にはなぎさんと里江さんと一緒に乗ったのですが、3人で乗っても充分余裕がある広さです。1メートル50センチくらいの高さなので、見晴らしも良かったです。増して今回は神社の境内ですものね。
 牛車を降りるのは乗るのよりも大変……と覚悟していたのですが、案の定、一人ではなかなか降りられません。降りるのを助けて下さったニテコ池の河童さん、ありがとうございました。平安時代の姫君も、こうして助けてもらいながら牛車を降りたのかもしれません。

 牛車を降りてからしばらく歩き、下鴨神社の本殿へ参拝しました。壺装束で下鴨神社を参拝という夢がかなったことに感謝し、「これからも良いことがたくさんありますように」とお願いをしてきました。
 そのあと御手洗池へ行ってみました。ここは、現在5月15日に行われる葵祭の前、齋王代が禊をするという由緒ある池なのだそうです。私も手を清めようと思ったのですが、どうしても池に手を入れることができませんでした。体が固いので、前屈みになれないのですよね…。

 そんなハプニングもありましたが、帰途についた私たちです。その途中、「ならの小川」が再現されているのを見ることができて大感激。
 百人一首98番目の歌「風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける」に歌われたならの小川は、上賀茂神社の境内に流れていた清らかな小川です。小川の近くに「奈良社」という社があったために「ならの小川」と呼ばれていたそうです。毎年6月の終わりに、このならの小川にて禊の行事が行われていました。上記の歌はその時の情景を詠んだものです。上賀茂・下鴨両神社の神聖な雰囲気にぴったりの歌ですね。
 そしてこの歌の作者の藤原家隆は、源義仲に愚弄されたあの猫間中納言藤原光隆の息子さんに当たる人です。なので私にとってはとても親しみのある人物なのです。どこからか家隆さんが現れるような気がして心がはずみました。

 こうして私たちの下鴨神社参拝は終わりました。往復40分以上の散策はさすがに疲れましたが、とても楽しかったです。
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関連リンク
日帰り京都旅行2005年夏5 ~牛車

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