アブソリュート・エゴ・レビュー

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エリン・ブロコビッチ

2006-07-08 00:21:56 | 映画
『エリン・ブロコビッチ』 スティーヴン・ソダーバーグ監督   ☆☆☆☆☆

 スティーヴン・ソダーバーグは『セックスと嘘とビデオテープ』を観て「なかなかいいな」と思ったが、その後のこの『エリン・ブロコビッチ』と『トラフィック』を観たらそれが「すげえいいな!」になった。びっくりしたのは『セックスと嘘とビデオテープ』とクールな映像感覚は共通するものの、それ以外の部分ではまるで別人のようにエネルギッシュというかたくましい映画になっていたことである。

 『セックスと嘘とビデオテープ』では四人の登場人物の微妙な係わり合いにスポットをあて、舞台劇のように時間と空間を限定し、内面描写を重視した繊細な映画を撮る監督というイメージだったが、『エリン』と『トラフィック』ではより社会的な題材、複合的で広がりがある物語、多彩な登場人物を扱い、しかも見事に端正な物語に収斂させるという離れ業を見せている。独特のクールなトーンも生かされていて、映画を更に面白くしているのもすごい。

 ストーリーは米国で実際にあった水質汚染の訴訟の話で、事実を隠蔽しようとする大企業を弁護士と女アシスタントが追求していく、というものだ。いわゆる社会正義ものである。最初このストーリーをソダーバーグがやると聞いた時はかなり違和感があった。こういう題材の映画というのは面白いが、映像作家の個性は出しにくいだろうと思ったらからだ。リアリズム至上主義にならざるを得ないし、演出や話の展開はどうしても似通ってしまう。ところが実際に映画を観始めると、ソダーバーグ以外の何物でもない映画になっていた。こういう社会正義もの映画で、ここまで映像や演出に監督の作家性が出たものも珍しいんじゃないだろうか。

 というか、これを社会正義もの、告発もの映画と見るのが間違っているのかも知れない。これはエリン・ブロコビッチという女性の自己実現の物語でもある。その両方の要素がとてもうまくミックスされている。

 エリンが就職面接を受けているシーンから映画は始まる。懸命に自分をアピールするが、面接官の反応はかんばしくない。外に出てくると駐車違反の貼り紙。悪態をついて運転を始めると、突然横から飛び出してきたスポーツカーにガン、と衝突される。このキビキビした展開がすごくいい。交通事故のシーンはものすごくあっけないが誰もが飛び上がるに違いない。それぐらいインパクトがある。

 その後裁判、弁護士事務所へ怒鳴り込み、無理やり仕事をもらう、という展開で水質汚染の話につながっていく。ソダーバーグの演出はスピード感と一歩ひいた冷静さが特徴だと思う。センチメンタリズムがない。深刻で重い話なのに、湿り気がなくカラッと乾いている。これは色鮮やかで明るい映像、クールな音楽にもいえる。だからどことなくオフビートなユーモアさえ漂う。また、大企業の隠蔽体質にエリンが怒りを爆発させるシーンなんかも小気味いい。もちろん、これらはすべてエリン・ブロコビッチというキャラクターの魅力でもある。この映画ではジュリア・ロバーツが最高にいい仕事をしている。

 訴訟は順風満帆とはいかず、原告である住民達に突き上げられたり、資金不足で大手法律事務所が入ってきたりと結構面倒な展開になる。エリンの私生活でもオーバーワークが人間関係にひびを入れる。こうして広がりに広がった話に、ソダーバーグは見事な決着をつける。一人の原告住民の感謝の涙、それがすべてを浄化する。このシーンは素晴らしい透明感に溢れている。ソダーバーグの乾いたタッチが魔法となる瞬間である。

 これは告発型の社会派映画でもあるが、同時に劇的な人間ドラマでもあり、かつ作家主義的なクールで美しい映画でもある。なんと、全方位型の傑作映画なのだ。


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