アブソリュート・エゴ・レビュー

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スペイン岬の謎

2012-11-06 21:36:09 | 
『スペイン岬の謎』 エラリー・クイーン   ☆☆☆★

 「国名シリーズ」その9、実質的なシリーズ最終作である。この後に「ニッポン樫鳥の謎」という邦題の作品もあるが原題は「The Door Between」であり、当初の意図は諸説あるものの国名シリーズとは見做されていない。

 本書は国名シリーズの中でトップクラスとは言えないまでも、比較的出来がいい部類だと思う。謎とロジックの構成が巧妙かつ精緻で、クイーンの本領は十分に発揮されている。被害者の男性が全裸で発見され、「なぜ犯人は被害者を裸にする必要があったのか?」という謎がメインに進んでいく。色々な容疑者が浮かび上がるが、裸にする理由がないことでどうしても行き詰ってしまう。これをエラリーは浜辺の足跡と組み合わせて推理することでほぼ容疑者を絞り込み、あとは細かな条件でフィルタリングして唯一の可能な犯人を特定する。最後の謎解きで披露されるエラリーのロジックは手馴れていて危なげなく、完全に手法が確立された感がある。作者クイーンの円熟をうかがわせる。

 また、さすがなのは被害者が着ていたマントの使い方で、あれによって状況がさらに不可解になり、またマントに関するある事実がきっかけで急転直下解決に至る展開もうまい。という風に全体に円熟味漂う作品になっているが、逆にいうと初期の新鮮味が薄れ既視感が出てきたと言えないこともない。

 ただし本書の舞台は他のシリーズ作品と違ってニューヨークではなく海辺の避暑地になっていて、また違う雰囲気が味わえる。エラリー・クイーンのパートナーは大学時代の師である老判事で、クイーン警視やヴェリー刑事部長といったお馴染みのメンバーは出てこない。エラリーは休暇で海岸に出かけてこの事件に遭遇するのである。「休暇中にまで殺人事件に出くわす名探偵」という「古畑任三郎」でもお馴染みのパターンだ。

 このパターンは特にアガサ・クリスティーが得意とするところで、彼女だったら色んなわけありカップルを登場させてロマンティックな恋愛模様を繰り広げるところだ。クイーンもそれを狙ったのかも知れないが、クリスティーの華麗な雰囲気にはさすがに及ばない。しかし海辺の避暑地が舞台ということで、クイーンにしてはわりと華やいだ空気がある。

 しかし本書の最大の欠点は、アマゾンのカスタマーレビューで誰かが書いていたが、やはり犯人の犯行時の「状態」である。まったく必要性がないばかりか、人間の心理としてあり得ない。しかも、その点については非常におざなりな理由づけが老判事の口からなされるだけだ。推理の他の部分は非常にロジカルなので、これが惜しい。

 とはいえ、クイーンがもっともクイーンらしかった「国名シリーズ」の掉尾を飾るには恥じない出来だと思う。



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