アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

特別料理

2016-09-17 23:37:04 | 
『特別料理』 スタンリィ・エリン   ☆☆☆☆

 大昔にハヤカワから出ていたハードカバーを持っていたがいつの間にかどこかへ行ってしまい、文庫も出ているし、また読みたくなって購入した。「特別料理」と「決断の時」以外の短編はほとんど覚えておらず、新鮮な気持ちで読むことができた。覚えていないってことは大して面白くないんじゃないかと言われそうだが、実のところ十代に読んだ時より面白く読めた。

 要するにどれもどんでん返しというか、最後のオチであっと言わせるパターンなのだが、そのオチがやたらと意地が悪いのがこの人の特徴だと思う。残酷といってもいい。スカッとしたどんでん返しはなく、「ひえー、こりゃたまらん」というものに偏っている。意地の悪さというのは同じく「奇妙な味」の作家とされるロアルド・ダールもよく言われることだが、同じ意地の悪さでもエリンとダールでは違う。ダールの意地の悪さが人間の愚かさをどこか愛すべきものとして微笑みまじりに描き出しているとしたら(そうでない場合もあるが)、エリンは冷たく突き放してしまう。

 もはやクラシックの威厳すら漂わせた「特別料理」は、名品の名に恥じない傑作。今となってはオチの意外性はさほどでもないが、そこへ話を持っていく段取りが実にうまい。徐々に「もしや…」という疑いが頭をもたげてくる書き方がしてあり、その暗示の微妙さ、ほのめかしのさじ加減こそがこの短篇の味わいである。ラストの「決断の時」もリドルストーリーの傑作として有名で、要するに二つの相反する可能性のうちどっちが結末なのか分からないまま終わる話だ。有名なリドルストーリーといえば「女か虎か」だが、この「決断の時」のラストもなかなかのもので、リドルストーリーには欠かせない絶対絶命感がたっぷりとある。これもやはりラストの状況のトリッキーさそのものよりも、その状況に主人公を徐々に追い込んでいくプロセス、手続きがうまい。

 さて、私がすっかり忘れていた他の短篇もレベルは高い。「アプルビー氏の乱れなき世界」「君にそっくり」「専用列車」はいずれも「そこまでするか?」といいたくなるほど意地の悪い結末が準備されていて、主人公がこの上なきドツボにはまって終わる小説である。作者は作中人物をいじめるのが楽しいのではと思えるほどだ。どんでん返しよりもそこまでの過程で読ませるのはこれらの短篇も同じで、特に「アプルビー氏の乱れなき世界」や「専用列車」は、細かく細かく描きこんでいくディテールが面白い。

 「お先棒かつぎ」はストーリーのツイストはさほどでもないが、うそ寒くなる結末にやはりこの作者の特質である冷たさがよく出ている。「クリスマス・イヴの凶事」と「壁をへだてた目撃者」は読者に大胆なトリックを仕掛ける短篇。「パーティーの夜」はエラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジンで賞を獲った作品らしく、メタフィクション的な凝った仕掛けが施されている。まあまあ面白いが、やはりこの人の持ち味は「特別料理」や「アプルビー氏の乱れなき世界」のような、面白くてぞっとするお話の創作にあると思う。

 そしてそういう意味では、エリンはきわめて特殊な自分だけのジャンルを開拓し、狭いながらもそれを根気よく耕し続けた見本のような職人的作家である。職人作家の味わいはなかなかに深い。



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