アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

燠火

2008-10-11 21:09:03 | 
『燠火』 アンドレ・ピエール・ド マンディアルグ   ☆☆☆☆☆

 『澁澤龍彦翻訳全集<12>』収録の『大理石』を再読してマンディアルグを読みたくなり再読(ちなみに写真と違って私が持っているのは白水uブックスである)。『黒い美術館』『狼の太陽』に続く第三短編集で、収録作は以下の通り。

「燠火」
「ロドギューヌ」
「石の女」
「曇った鏡」
「裸婦と棺桶」
「ダイヤモンド」
「幼児性」

 「ダイヤモンド」は渋澤龍彦の「犬狼都市」の原典として有名である。というかほとんど同じで、翻案というか渋澤一流のとぼけた「焼き直し」なのだけれども、その原典として選ばれた「ダイヤモンド」が傑作であることは言うまでもない。訳は生田耕作。生田耕作もあとがきで「作者自身<もっとも気に入っている会心作>と公言する『ダイヤモンド』『幼児性』の二篇をはじめ、その他の収録作もすべて見事なまでの珠玉品揃いであり……」と本書を絶賛している。

 同じく生田耕作は「初期作品に顕著だった前衛文学的な難解さがほとんど影をひそめ、メリメ風な明澄性とともに物語的な要素が加わりだしたことも新しい特徴である」とも書いている。初期作品といえば『黒い美術館』あたりのことだと思うが、あまり前衛文学的な難解さがあるように思えずピンと来ない。私の印象ではマンディアルグは初期から残酷とエロティシズムの渉猟者であって、文学的方法論や言語実験への志向はまったくなく、従って前衛文学的な難解さなどありようがないと思うのだがどうだろう。もっとも生田耕作大先生が言うことだがら、私には掴みきれない他の何かを意味しているのかも知れないが。

 「メリメ風の明澄性」の部分はうなずける。初期の陰りと湿り気を帯びた暗い情緒が後退し、硬質な明澄性に向かっている。それはもちろん、ダイヤモンドというオブジェを題材にした「ダイヤモンド」の印象が大きいが、他の作品もどこかあっけらかんとした明るさを漂わせている。もやもやした情緒を研ぎ落とし、ますますオブジェとイメージそのものが前面に出てきたこと、プロットが常套を逸脱してますます破格になってきたことによるものと思われる。

 この独特のプロット展開はマンディアルグの大きな特徴で、最初読んだ時は「何だこれ?」と驚いたものだ。起承転結などない、説明もしない。もちろんメッセージもない。たとえば「燠火」は舞踏会に行った女が気を失い、気がつくと縛られて馬車に乗せられており、ナイフをもった男に殺されてしまうという、それだけの話である。舞踏会が何だったのかとか殺される目的など何も分からない。「石の女」は教師が石を拾ってくると中から小さな女達が出てきて、燃えて死んでしまう。そして石を割った教師もやがて死ぬ、というところで終わる。人間ドラマなど皆無である。ただ石の中から出てきた小さな女達、というイメージを描きたかっただけとしか思えない。「ダイヤモンド」はダイヤモンドの中に入った全裸の女がライオンの顔をした男と交接する話で、これもイメージ陳列小説である。つまりマンディアルグの小説は言語によって見られた夢なのである。ただし「ロドギューヌ」は牡羊と住む孤独な女が村人から残酷な仕打ちを受ける話で、強烈なドラマ性がある。

 もう一つ、今回マンディアルグを再読してあらためて印象的だったのは、物語の展開に具体的なシーンでなく抽象的な叙述が多用されているため、映画や演劇とまったく異なるリズムやテンポで話が進むということだ。これはまったく小説でしか成り立たない手法である。具体的な細部は省かれ、抽象的な叙述が現実を代替してしまう。簡単に言うと、たとえば具体的な会話は一切描かずに「明確な質問をすると、彼女は陰気なつつしみの中に閉じこもってしまうのだった」みたいな書き方でどんどん物語を進めていく。ポーやジュリアン・グラックも同じ手法を多用する作家だ。何事も「目に見えるように生き生きと」描き出そうとする現代の娯楽小説ではほとんど見られない書き方だが、これによって小説は非本質的なディテールにかかわりあうことなく、肝心なことだけにフォーカスしていくことができる。ポーやマンディアルグの小説が醸しだす、一切の異物を排したような純粋性の感覚はこの手法によるところが大きいと私は思っている。そういう意味でも、マンディアルグは非常に古典的な小説家なのである。


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2 コメント

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検索していたらですな .. (超通りすがり)
2015-11-08 03:20:31
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-dea0.html
なんか似たレヴューが二つあるなーと 
作者さんと同一人物じゃないですよね?
こちらのレヴューのほうが古いんで
あちらはまあ「そう云うこと」と推測したんですが ..
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どうも (ego_dance)
2015-11-09 01:46:38
同一人物ではないです。特に気にはなりませんが、ご連絡ありがとうございました。
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