アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

おとうと

2017-10-02 23:30:43 | 映画
『おとうと』 市川崑監督   ☆☆☆★

 名作と名高い『おとうと』を日本版DVDを購入して鑑賞。このところ私はなぜか市川崑づいていて、『鍵』『ぼんち』『細雪』を再見して以前見た時より感動を深めたため、とりわけ評判が高いこの作品に手を伸ばしたのである。1960年のキネマ旬報ベストテンで第一位となっている。ちなみに、同監督の『鍵』は前年のキネマ旬報ベストテンで第九位。

 結論から言うと、『鍵』の方がずっと面白かった。なぜこれがそこまで評価が高いのかよく分からず、念の為二度鑑賞したが、やっぱり言うほど面白くない。とりあえず、映像は独特である。「銀残し」という手法で現像されていて、そのせいでカラーとモノクロの中間のような渋い色調で、かつ陰影の彫りが深い特徴的な映像となっている。それが大正から昭和初期のノスタルジックな日本の光景とあいまって、なかなか印象的な絵があちこちに出てくる。

 ストーリーは要するに不良の弟・碧郎(川口浩)とその面倒を見る勝気な姉・げん(岸惠子)の話で、前半はげんが碧郎の素行の悪さに色々迷惑をかけられ、振り回され、喧嘩したり仲直りしたりするエピソードの積み重ねで、後半はその碧郎が不治の病である労咳にかかり、衰弱して死んでいくストーリーとなっている。面白いのはこの姉弟と両親の関係で、父親(森雅之)は作家で、子供たちのことは考えているもののどことなく一歩距離を置いている。母親(田中絹代)は後妻で、子供たちにとっては義理の母だが、足が悪くて家事はほとんどげんに任せきりのくせにこの姉弟を憎悪し、ことあるごとに二人に辛く当たる。そして、クリスチャン仲間の田沼夫人(岸田今日子)と会っては子供たちの悪口を言って憂さを晴らしている。

 姉弟愛の微笑ましいエピソード集であるはずの前半が妙に不穏な空気に包まれているのは、この田中絹代演じるママ母の陰険さ、不気味さが最大の原因である。つるんでいる岸田今日子も不気味で、陰では悪口を言ったり妙な告げ口をしたりするくせに、げんの顔を見ると満面の笑みで挨拶する。一方、田中絹代の方はいつも暗い顔で、子供たちがいかに性根が悪いかということをぐちぐち言い募る。それを満面の笑みで聞きながら相槌を打つ岸田今日子。コワい。この二人がクリスチャンというのがまたすごい。

 碧郎が問題を起こしたあとの食卓で田中絹代が嘆きに嘆き、それを森雅之の父親がそんな風に言っちゃだめだと諭していると、突然立ち上がって天を睨み「ああ、神様!」などと慨嘆し始めて皆を凍りつかせるあたりはもはやダークコメディの趣きがあり、はっきり言って私はこういう部分が一番面白かった。その他げんが妙な男(仲谷昇)につきまとわれたり、ラブレターをもらったり、碧郎に金をせびられたり、喧嘩したりというエピソードが続くが、まあ特にどうということはなかった。

 そして碧郎が病気になってからは、いわゆる「難病もの」的ストーリー展開となる。銀残しのせいでいやに画面が暗く、医者(浜村純)が金髪でどことなく不気味だったり看護婦(江波杏子)が場違いなほど妖艶だったりと、ちょっと類型を脱していて面白い部分はあるけれども、大筋はヒューマニスティックなムードとなる。そして、あんなにバラバラだった家族に絆が生まれる、という収束の仕方をする。田中絹代のママ母も、あなたたちに辛く当たってすまなかった、みたいに謝罪する。前半のあの不気味さがこんなヒューマニスティックな決着を見るとは思わなかった。お涙頂戴色はそれほど強くないが、なんだか普通で、あまり感動的とも思えない。これは私がひねくれているせいか。

 そして、ラストがまたヘンである。碧郎の死の衝撃で失神したげんが別室に寝かされる。看護婦が出て行くと目を覚まし、あたふたと着替え、母親が覗きに来ると「お母さんは休んでて下さい」と言い捨ててあたふたと出て行く。それで終わり。弟の死に負けず健気に生きていこうとする姉、という解釈もあるようだが、なんだか正気を失ったようにも見える。ともあれ、強烈に印象に残るが、奇をてらっただけのような気もしないでもない。

 まあそんなわけで、あちこちに不穏な部分、ヘンな部分があって、それが引っかかりを残して面白味となっているような映画である。その面白味は、やはり役者に負っている。特に森雅之、田中絹代が良く、岸田今日子、江波杏子、浜村純なども悪くない。先に書いたように映像にも味があり、クールで抑えた演出も心地よい。ただしヒューマニズム難病もの的なストーリーは、個人的にはピンと来なかった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿