アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

アクロイド殺し

2011-08-11 10:06:47 | 
『アクロイド殺し』 アガサ・クリスティー   ☆☆☆☆

 最近、クリスティーやクイーンの、いわゆる黄金時代の海外本格ミステリを無性に読みたくなって鋭意再読中である。一時期この手の小説にはまったく興味を失っていたが、あらためて読み返してみるとやっぱり独特の愉しさがあっていい。最近の日本のミステリとも違う愉しさである。この『アクロイド殺し』は言わずと知れたクリスティーの代表作の一つであり、「意外な犯人」をきわめた作品といっていいだろう。

 まずもって、とにかく意外である。最後の謎解きで相当びっくりする。それも、「こんなに驚いたのはいつ以来だろうか」というぐらいびっくりする。ずいぶん前の作品なのにいまだにこれが「意外な犯人」のチャンピオンなのは、この作品を支えるアイデアに応用がきかないからだろう。似たことをやると絶対「アクロイドのまね」と言われてしまう。

 まだ初期の作品なので、後期のクリスティーに顕著なあの静謐さはまだ見られず、全体にユーモラスなムードが漂っている。ポアロの描き方もコミカルだ。この世界的な名探偵はカボチャ作りのために仕事を引退し、この小さな村にやってくるのである。そしてカボチャ作りがうまくいかず、あろうことか隣人であるシェパード医師の家の中にカボチャを放り投げるという暴挙に出る。また、シェパード医師はポアロの口髭を見て彼を理髪師だと思い込む。そして初対面の際ポアロがもったいぶって「私は人間性の研究をしてきたのです」と言うと、やっぱり理髪師だったな、と納得したりする。

 シェパード医師の姉キャロラインのキャラクターも面白い。これはミス・マープルの原型となったキャラらしいが、やっぱりコミカルに描かれているのでだいぶ感じが違う。大の噂好きで、村中の情報が誰よりもはやく彼女のところに集まってくる。本書ではこういうユーラモスなキャラ設定が非常に効果的で、読んでいてとても楽しい作品になっている。キャロラインの友人たちが集まってお喋りしながらマージャンをやる場面など本当に笑える。クリスティーは軽薄に走らずにロマンスとミステリを引き立たせる稀有なユーモア感覚の持ち主だが、この『アクロイド』はクリスティーのユーモア感覚も読みどころの一つである。

 構成や展開はまさに黄金時代本格ミステリのお手本といっていいと思う。トリックも大技だし、クリスティーお得意のミスディレクションも冴えている。そして何といっても、最後の謎解きのスリルと快感。

 単に意外な犯人というだけではなく、そこへ持っていくポアロの語りもうまい。犯人はこの人しかいない、ということをロジカルに立証していくのだが、彼が描き出す犯人像がだんだん焦点を結ぶにつれ、読者は「え? それってつまり…まさかまさか…え~!?」となるのである。この「まさかまさか」のドキドキ感がたまらない。最初に読んだ時、私はまさかそんなはずはないという思い込みが先行して、ポアロが冗談を言っているのかと思った。

 このアイデアはそれまでのミステリの常識を覆すものだったため、フェアかアンフェアかの論争を巻き起こしたらしい。まあミステリを一定のルールに則ったパズルとして考えている人にしれみれば「ずるい」となるのかも知れないが、クイズ番組じゃあるまいし、面白い小説にフェアもアンフェアもないだろう。狭い意味のパズル小説としても、決してこれがアンフェアだとは思えない。要するに、読者の強固な先入観の裏をかいているだけである。

 今となってはミステリの世界では多種多様な叙述トリックが隆盛をきわめているわけで、そういう意味では先駆的な作品だったと言えるだろうし、また方向性として間違っていなかったのも明らかだと思う。当時これを思いついたということがクリスティーの発想の柔軟さを物語っている。一方、これをアンフェアと非難したS. S. ヴァン・ダインなどは、今となっては創作者としての態度の硬直性、つまりは限界を露呈しているように思えてしまう。

 まあなんにしても、ここまでびっくりさせられる小説はなかなかない。まだ読んだことない人はぜひどうぞ。
 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿