アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

名もなき毒

2006-10-05 21:45:56 | 
『名もなき毒』 宮部みゆき   ☆☆☆★

 宮部みゆきの新作を読了。まあまあ面白かったが、それほど印象的でもなかった。『誰か』の主人公だった杉村三郎が登場する。
 
 『誰か』は自転車のひき逃げという、ミステリとしては「ささやかな」犯罪をテーマにしていて、普通に満たされた家庭人である杉村が探偵役をつとめるにふさわしい話だったが、本書は連続無差別毒殺事件という派手な犯罪だ。どういう展開になるのかと思っていたら、何というか、連続無差別殺人が全面的にフィーチャーされるわけではなく、その一部に杉村が何となく巻き込まれる、という物語だった。まあ杉村は刑事でも探偵でもない一般人なので、堂々と捜査に参入できるわけはない。だからそういう意味では『誰か』と同じく、犯罪の捜査そのものは描かれず、一般人の杉村とその周辺の人々が絡む範囲で、ちょっと距離を置いて犯罪が描かれるというスタイルだった。割と長い小説なのにこじんまりした印象なのはそこいらへんが原因だろう。

 しかしこういうスタイルのミステリは珍しいと言えば珍しい。主人公が捜査の渦中に入っていかない。犯人逮捕をニュースで知ったりする。犯罪そのもの、捜査や解決方法にフォーカスするのではなく、捜査と離れたところにいる一般の人々が描かれる。

 それから毒殺事件と並んで、本書のもう一つのメイン・プロットは杉村の会社のトンデモ社員である。ネタバレにならないように詳細は書かないが、杉村がとんでもない女子社員にかかわったことでどんどん災厄がエスカレートしていく。はっきり言って毒殺事件の顛末よりこっちの方が派手で面白い。最初はどこのオフィスにも一人ぐらいいそうな感じで、そのリアルさがいい。そして恐い。宮部みゆきはこういうのを描かせるとうまい。そういう意味では、「誰もが何かしら毒を持っている」という本書のテーマはこの作家にとてもふさわしいと思う。

 それから宮部みゆきのいいところは、例えば杉村三郎の愛妻のような「善人キャラ」の中にも、何か気になるところを見つけてそれを誠実に描き出していくところである。彼女は素晴らしい女性なのだが、生まれながらの大金持ちとしての悪意のない毒、要するに金持ちのいやらしさみたいなものはやっぱりあって、それと知らずに見せてしまう時がある。そういうところもきちんと描かれている。

 杉村三郎はキャラクターとしてはものすごい温和で「いい人」であり、インパクトには欠ける。私にとって一番魅力的だったのは、彼の義父であり今多コンツェルンの帝王である今多嘉親である。強大な権力者であり、小柄なくせに異様な威圧感を発するカリスマ的な人物。

 本書は全体に小粒なので、最初の宮部みゆき本としては推薦しないが、身近な題材で濃密な人間ドラマを構築していく宮部節はちゃんと賞味できる。


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2 コメント

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はじめまして (coollife)
2006-10-08 11:23:13
宮部みゆきの「誰か」を読みましてその感想をブログに書きまして,他にレビューがないかな?と検索していてこちらを見つけたしだいです.

とても丁寧に感想が書かれていてすばらしいと思いました.

「誰か」は宮部みゆきの今までと違う新しい一面を見ることができてよかったと思っています.

トラックバックもさせていただきました.

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はじまめして (ego_dance)
2006-10-10 10:10:45
coollifeさん、こんにちは。

『誰か』も読みましたが、良かったです。こういう派手じゃない事件で人間ドラマを掘り下げていくのは宮部みゆきらしいと思いました。杉村一家の描写もいいし、読んだあと、じわっとくるものがありますね。
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