アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

アルベマス

2007-04-14 23:19:23 | 
『アルベマス』 フィリップ・K・ディック   ☆☆☆

 中途半端に読んで放り出していたディックの長編を再読。『アルベマス』はあの『ヴァリス』の原型といわれる作品で、ディックの死後に刊行された。本来はボツ原稿なわけである。そのあたりの経緯は本書のあとがきに詳しい説明がある。一応ストーリーは最後まで完成しているので、中途半端なところで終わったりはしていない。

 正直言ってあまりいい出来とは言いがたい。『ヴァリス』と同じく、ディック自身が経験した神秘体験やらペットの死やらのエピソードが盛り込まれていて、それらに関する考察や解釈、要するにディック神学(のようなもの)がメインとなっており、物語作家としてのディックの良さは十分に発揮されていない。ただディック神学もここではまだ『ヴァリス』ほど全開になっておらず、他の星系からの介入というSF的アイデアの範疇内の収まっている。萌芽の段階といっていいかも知れない。だから逆に『ヴァリス』より読みやすい。

 最初にプロローグがあり、本書の主人公ニコラスが子供の時乞食に5セントあげたが、その乞食は実は乞食でなく、人間を調べるために地球を訪れている超自然的な実体であった、と簡単に記されるが、この淡々とした描写であっけにとられるプロローグが一番面白かった。本編が始まり、ニコラスとSF作家のフィル(=ディック本人)の交流が描かれる。物語の世界ではフェリス・フレマントという人物がアメリカ合衆国大統領になっていて、コミュニストの背後に存在する、アラムチェックというあるのかないのか分からないような組織を激しく攻撃している。そのために秘密警察とスパイが横行し、アメリカはファシスト国家と化している。そんな中ニコラスは神秘体験をし、VALISという存在からメッセージを受け取り、そのメッセージに従って行動するようになる。レコード会社に入り、癌を患っているサダサという女性と知り合い、彼女の書いた歌詞をレコードに吹き込もうとする。これらはすべてフレマントへの対抗策なのだが、ニコラス達は警察につかまって処刑される。残ったフィルも捕まって投獄されるが、彼は発売されなかったはずの曲がラジオから聞こえてくるを聴き、VALISの叡智がフレマントの裏をかいたことを知り、子供達に希望を託す。

 まああらすじはこうだが、本編のかなりの部分がニコラスの神秘経験や夢の描写、そしてそれについて議論するニコラス、フィルの会話に費やされている。その解釈が他星系の介入になったりパラレル・ワールドの介入になったり節操なく変わるあたりはまあまあ面白い。特にパラレル・ワールド説の「ポルトガル領アメリカ」というのは面白かったが、この解釈はすぐに立ち消えになる。

 観念的な議論や夢の描写から離れ、キャラクターが動き始めるとディックの小説は面白くなる。本書ではフィルのところへやってくるFAPの捜査官がやってくるあたりはとても面白い。フィルに声明書を要求したり、捜査官のヴィヴィアン・カプランがフィルの家でマリファナを吸ったりする。罠から逃れるためにフィルはヴィヴィアンと寝るが、その後でヴィヴィアンが未成年だと知ってもっとひどい罠にかかったことを知り、頭を抱えたりする。ドタバタ劇めいていて面白い。しかしこういう、キャラクターが生き生きと動き回る部分は本書では少ない。

 ディックの小説は出来が悪いものでも凡庸ということがないので、私のようなディック・ファンは楽しめる部分がどこかにあり、そういう意味では評価が難しいのだが、まあ本書はディック・マニア以外にはお薦めできない。
 


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