『犬の人生』 マーク・ストランド ☆☆☆☆☆
アメリカの詩人ストランドの短篇集。訳は村上春樹。
私は村上春樹の小説の大部分は苦手だが、この人の翻訳本は結構好きだ。レイモンド・カーヴァー全集は何冊か持っているし『バースデー・ストーリーズ』も良い。中でも極めつけに好きなのがこの『犬の人生』である。
何がそんなに好きなのか、箇条書きにしてみる。
1.簡潔で軽やかでエレガントな文体。簡潔な文体と言っても、ヘミングウェイの禁欲ハードボイルドタッチ、ブコウスキのぶっちゃけぶっきらぼうタッチ、パスカル・キニャールの古典的彫刻的タッチ、ホアン・ルルフォの灼熱黙示録的タッチ、などなど色々あるが、ストランドの簡潔さはストイックさよりも散文詩的な言葉のスピードから生まれてくるものだ。彼の文体はあるイメージから別のイメージへ非常にすばやく移動する。そのスピードと軽やかさが非常に心地よい。ただスピーディーなだけでなく、時にはエレガントに立ち止まることもある。その自在さがとても美しい。コクトーに通じるものを感じるが、コクトーよりオフビートな味があって現代的。きらめくようなフレーズが次から次へとこぼれだす。これほど「美しい」文体はない。
2.シュルレアリスティックなイメージの数々。この人の場合シュルレアリスムというよりポエティックと言った方がいいかも知れない。ナンセンスな発想が多いため、決して重たくならない。シャンパンの泡のように軽く明るく透明だ。そういうところはボリス・ヴィアンに通じるものもある。
3.オフビートなユーモア。僅かに文章に感傷性、というかノスタルジーがにじむ時もあるが、オフビートなユーモアを伴っているため絶対にクサくならない。どこか冷たい目があってバランスを取っている、そのバランス感覚が最高。甘くもなくブラックでもない。
とにかくこの人の魅力は読んでもらわないと分からない。この手の小説に慣れない人が読むと「なんじゃこりゃ?」で終わってしまうかも知れない。オクタビオ・パスとかヴィアンとか、あの手のシュルレアリスティックなスケッチが好きな人にはたまらないはずだ。
では、それぞれどんな短篇なのか簡単に書いてみる。
『更なる人生を』:死んだ父親が蠅や馬やガールフレンドの姿になって時々戻ってくる話、もしくはそう思いこむ男の話。
『真実の愛』:色んな女と恋愛、結婚を繰り返しては別れる男の話。
『小さな赤ん坊』:小さな赤ん坊についてのスケッチ。ストーリーはないに等しい。
『大統領の辞任』:気象マニアの大統領の辞任演説。
『水の底で』:水の底へ沈みつつ人生を回想する話。散文詩的。
『犬の人生』:昔自分は犬だったと妻に告白する夫の話。
『二つの物語』:衝突する馬とポルシェ、飛び降り自殺する女と止めようとする男、という二つの情景のスケッチ。ストーリーはないに等しい。
『将軍』:戦場と家庭を行き来する将軍の話。
『ベイビー夫妻』:ベイビー夫妻の一日を描写。
『ウーリー』:溺死した友人ウーリーがいかに素晴らしい人物だったかという話。
『ザダール』:旅行先で遭遇した不思議なカップルの話。
『ケパロス』:ケパロスと二人の妻のギリシャ神話風の物語。二人目の妻ベティが女神に象にされるところで終わる。
『ドロゴ』:ドロゴという少年を追憶する男の話。
『殺人詩人』:両親を殺害し、処刑された天才詩人の話。
これを読むだけで「なんじゃこりゃ?」となる人は多いと思う。こういう話がオフビートでスピーディーでポエティックな文体で綴られるのである。強烈に惹かれるか、引いてしまうかどちらかだろう。
それにしてもストランドにはもう未訳の散文はないのだろうか? あったらとにかく全部読みたいのである。
アメリカの詩人ストランドの短篇集。訳は村上春樹。
私は村上春樹の小説の大部分は苦手だが、この人の翻訳本は結構好きだ。レイモンド・カーヴァー全集は何冊か持っているし『バースデー・ストーリーズ』も良い。中でも極めつけに好きなのがこの『犬の人生』である。
何がそんなに好きなのか、箇条書きにしてみる。
1.簡潔で軽やかでエレガントな文体。簡潔な文体と言っても、ヘミングウェイの禁欲ハードボイルドタッチ、ブコウスキのぶっちゃけぶっきらぼうタッチ、パスカル・キニャールの古典的彫刻的タッチ、ホアン・ルルフォの灼熱黙示録的タッチ、などなど色々あるが、ストランドの簡潔さはストイックさよりも散文詩的な言葉のスピードから生まれてくるものだ。彼の文体はあるイメージから別のイメージへ非常にすばやく移動する。そのスピードと軽やかさが非常に心地よい。ただスピーディーなだけでなく、時にはエレガントに立ち止まることもある。その自在さがとても美しい。コクトーに通じるものを感じるが、コクトーよりオフビートな味があって現代的。きらめくようなフレーズが次から次へとこぼれだす。これほど「美しい」文体はない。
2.シュルレアリスティックなイメージの数々。この人の場合シュルレアリスムというよりポエティックと言った方がいいかも知れない。ナンセンスな発想が多いため、決して重たくならない。シャンパンの泡のように軽く明るく透明だ。そういうところはボリス・ヴィアンに通じるものもある。
3.オフビートなユーモア。僅かに文章に感傷性、というかノスタルジーがにじむ時もあるが、オフビートなユーモアを伴っているため絶対にクサくならない。どこか冷たい目があってバランスを取っている、そのバランス感覚が最高。甘くもなくブラックでもない。
とにかくこの人の魅力は読んでもらわないと分からない。この手の小説に慣れない人が読むと「なんじゃこりゃ?」で終わってしまうかも知れない。オクタビオ・パスとかヴィアンとか、あの手のシュルレアリスティックなスケッチが好きな人にはたまらないはずだ。
では、それぞれどんな短篇なのか簡単に書いてみる。
『更なる人生を』:死んだ父親が蠅や馬やガールフレンドの姿になって時々戻ってくる話、もしくはそう思いこむ男の話。
『真実の愛』:色んな女と恋愛、結婚を繰り返しては別れる男の話。
『小さな赤ん坊』:小さな赤ん坊についてのスケッチ。ストーリーはないに等しい。
『大統領の辞任』:気象マニアの大統領の辞任演説。
『水の底で』:水の底へ沈みつつ人生を回想する話。散文詩的。
『犬の人生』:昔自分は犬だったと妻に告白する夫の話。
『二つの物語』:衝突する馬とポルシェ、飛び降り自殺する女と止めようとする男、という二つの情景のスケッチ。ストーリーはないに等しい。
『将軍』:戦場と家庭を行き来する将軍の話。
『ベイビー夫妻』:ベイビー夫妻の一日を描写。
『ウーリー』:溺死した友人ウーリーがいかに素晴らしい人物だったかという話。
『ザダール』:旅行先で遭遇した不思議なカップルの話。
『ケパロス』:ケパロスと二人の妻のギリシャ神話風の物語。二人目の妻ベティが女神に象にされるところで終わる。
『ドロゴ』:ドロゴという少年を追憶する男の話。
『殺人詩人』:両親を殺害し、処刑された天才詩人の話。
これを読むだけで「なんじゃこりゃ?」となる人は多いと思う。こういう話がオフビートでスピーディーでポエティックな文体で綴られるのである。強烈に惹かれるか、引いてしまうかどちらかだろう。
それにしてもストランドにはもう未訳の散文はないのだろうか? あったらとにかく全部読みたいのである。
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