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目 次。
-事業の拡大-
「…………」
住民の治療行為を行っていたシグルーンは、ショーンの姿を認めた瞬間、無言で呆れたような、あるいは面倒臭さそうな表情を作った。
そんな顔を向けられたショーンは、小さな少年を抱えていたが、単純に逃げ遅れた住人を救出しただけではないことは、酷く憔悴したような彼の顔から察することが出来た。
その表情は後ろ暗い何かを隠しているかのようでもあるが、そこに見えるのは少年を救えなかった悲しみでもなければ、その命を救おうとする必死さでもない。だが、その少年に関わる想定外の事態が起きたことだけは確かなのだろう。
そしてそれは、簡単に解決できるほど単純な問題ではないのかもしれない。だからこそ、シグルーンのその表情なのである。
「……その少年はここの住人かしら?」
「い……いえ……」
シグルーンの問いにショーンは伏し目がちに答えた。それを見てシグルーンは何かを察する。
「命に別状は?」
「あ……りません」
シグルーンは一瞬何かを考えるような仕草をしたが、決断は早かった。
「じゃあ、先に拠点に送ってしまいましょう」
「えっ!?」
次の瞬間、少年の姿はショーンの腕の中から掻き消えていた。シグルーンが転移魔法で移動させたのだ。そして呆然とするショーンを尻目に話を進める。
「さて……と、詳しい話は後で聞くとして、まずはこの街の住人をどうするか……ね」
街の住民達は火災によって住処を失っただけではなく、生活を立て直す為の財産や、これから生きていく為の食料の備蓄も失ったのだ。彼らの生活は完全に崩壊してしまった。
しかも資源が枯渇し、自然の恵みが期待できないこの痩せたウタラの土地では、1から生活を立て直すのはほぼ不可能だ。住人の大半は遠からず飢えなどで命を失うだろう。
さすがに彼らをこのまま放置して「自力で生きてくれ」とは、合理主義のシグルーンにも言えなかった。
だが、クラサハードから物資を運んで彼らを支援するのでは目立ちすぎる。それではシグルーン達がこれまで進めてきた計画がウタラ側に察知されてしまいかねない。かといって、数百人単位の住民をいきなりクラサハードへ亡命させるのも簡単な話ではない。法的な問題は勿論、敵対している両国の国民が全くの軋轢を生じさせること無く共存させるのも難しいからである。
ならば、何処か人知れぬ辺境の土地に難民キャンプを作り、住民達をそこへ運ぶしかない。それならばウタラ側に動きを察知されることも無いし、現地の住民との軋轢に悩む必要も無い。
「……丁度人手も足りなかったことだし、グリーンプラント農園を手伝わせましょうか」
「それは……確かに人員の増員は喫緊の課題でしたが、外部の者を大量に動員するのであれば、彼らを管理する人員も必要になります」
ショーンの言うとおり、農作業を指導する人員は勿論、秘密裏に進めている事業が故に、情報の漏洩を防ぐ為の監視人員も必要だ。それはショーンとシグルーンの2人だけでは心許ない。
「でもクラサハードには公式に許可を貰ってやっている事業じゃないから、そちらから人員を派遣するのは難しいし、アースガルの戦乙女騎士団も殆どは兼業で他に仕事もあるし……あ!」
ふと、シグルーンはある人物の存在に思い至る。
「そうだ、あいつがいたわ! どうせ他にやることも無いだろうし、あいつを使いましょう」
「え、どなたですか?」
そんなショーンの問いに、シグルーンは見ていれば分かると言わんばかりにウインクしてみせた後、呪文の詠唱を始めた。
「
我が忠実な僕(しもべ)よ、呼び掛けに応じ彼方(かなた)から此方(こなた)へ。その身を人にやつし、この場に顕現せよ!」
シグルーンの呪文詠唱とともに、眼前の空中に魔法陣が平面的に浮かび上がった。そしてその魔法陣の中心から何かが眩い光を放ちながら生えてくる。
それはやがて人の姿を形作り、地に降り立った。その人物はシグルーンの前に恭(うやうや)しく跪いた。
「御館様、召喚に応じアジ・ダハーカここに推参しました」
「あんたなんてクロでいいわよ」
そんなシグルーンの言葉通り、それは黒い革製のコートのような服で全身を覆い、肌も浅黒い黒ずくめの男であった。
次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。