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-選 択-
「詳しいことは後で話すけど、ちょっと手伝ってもらうわよ」
唐突に呼び出されたクロなる男は、一方的かつ気安い調子でかけられたシグルーンの言葉に対し、反発を示すこともなく恭しい態度で答えた。
「ハッ、君命とあらばこの命捧げる覚悟で遂行いたしましょう」
「そんな命なんていらないわよ」
しかし、シグルーンはすげなく流した。見た目だけならばクロの方が屈強であるだけに、なにやら異様な光景であるように見える。だがそれ以上に、
「……なんだあの人……」
ショーンはクロに対して激しい違和感を覚えた。風貌が他者を威圧するような物であるのもそうだが、そもそも現れ方がおかしい。通常の転移魔法なら一瞬で姿を現す筈だが、彼は魔法陣の中から出現した。あれでは魔物の召喚に近い……というか、そのものである。
だが、今のショーンはシグルーンとクロの主従関係について問い質す立場でないし、そのような状況でもない。
今は焼け出された街の住人達を優先すべき時である。
シグルーンは住民達に対して移住案を大雑把に説明した。本来極秘裏の計画故に現状では言えないことも多い。更に怪しい風貌のクロの存在もあって、住民達にとってはかなり胡散臭い提案であっただろうが、それでも藁にも縋る想いで乗ってくる者も多かった。
これはシグルーン達が人身売買組織を撃退し、怪我人の手当をした事によって信頼を得ていたことも大きかったのだろう。
だが、全員ではない。中には頑なにこの地へ残ると言ってきかない者達もいた。このままでは生命の安全は保証できないと説き伏せようとしても、その心は変えられなかった。
彼らにとって生命の危険があるのは覚悟の上なのだろう。そもそも、今更長年住み慣れた土地を離れて新たな生活を始める気力は、彼らには最早残っていないのかもしれない。これまでの貧困生活に彼らは疲れ切っていたのだ。
そしてなによりも、なんだかんだでこの土地に愛着もあり、離れがたいのだろう。そんな選択をした人々の気持ちも理解できるからこそ、シグルーンは移住を強制するつもりはなかった。
「彼らを……置いていくのですか!?」
ショーンはシグルーンの方針に異を唱えた。このまま救える命を見捨てるのは、彼の価値観としては受け容れがたかったのだ。
そんなショーンに対して、
「小僧、御館様の決定に対し無礼だぞ!」
クロは声を荒げた。そんな彼をシグルーンは諫める。
「無礼はあなたよ、クロ。彼は一応王子なんだから。でもね、少年。彼らにも誇りを以て生き方と死に方を選択する権利はあるのよ?」
「ですが、これは追い詰められて選ばざるを得なかった選択です。そんな自殺のようなことを認めるのは……!」
「でも、こんな世の中、誰も彼も助けようとしていたら際限が無いわよ? それにかかずらっていたら、いまやっている事業の方が疎かになりかねない。その結果はこの国の現状維持によって増え続ける犠牲……。似たような事は以前にも言ったわよね?」
そんなシグルーンの言葉の通り、根本的な問題を解決しない限り、この国で苦しむ人々の悲劇は止まらない。そしてそれを解決することは容易ではなく、他のことに力を注ぐ余裕はさほど無いと言っていい。
そもそも彼女は、誰も彼もが救われるほど、この世界が人類を許容しているとは思っていない。資源が有限である以上、それを全ての人間で平等に分け与えようとすれば、全員が貧困に陥る。だから奪い合わなければ豊かで満ち足りた生活は維持できないようになっているのだ。そして誰もが豊かさを求めている以上、その奪い合いは止める事は出来ず、また、人口が増えるほどにその度合いは強くなっていく。
これはかつて女王として国を統治し、多くの民の生活を見守ってきたシグルーンだからこその実感である。故に彼女は、死にたい者は好きにすればいいとすら思っている。その分だけ奪い合いが減るのならば──全員を救うことができないのならば、そう割り切るしかない。
無論、外聞が悪いのでおおっぴらに発言することはないが──。
しかし、ショーンは食い下がる。
「だけど際限が無いからこそ、せめて視界に入った者達だけでも救いたいのです!」
それはショーンの都合で救う命を選別することであり、公平性は無いと言える。
それでも何も救えないよりはいい。そもそも人間に出来るのは本来その程度のことでしかない──それを理解し受け止める覚悟があるのならばいいが、他者の命を背負い過ぎて潰れないか、それがシグルーンには気がかりであった。それと同時に、ショーンのような人間を好ましくも思う。彼女の姉もそういう人だったのだから。
「……まあ、後日またここに来て、彼らの考えが変わっていないのかを聞く機会を作るのはやぶさかではないけれどね……」
「あ、ありがとうございます!」
シグルーンが出した妥協案を受け、ショーンは勢い良く頭を下げるのであった。
次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。
-選 択-
「詳しいことは後で話すけど、ちょっと手伝ってもらうわよ」
唐突に呼び出されたクロなる男は、一方的かつ気安い調子でかけられたシグルーンの言葉に対し、反発を示すこともなく恭しい態度で答えた。
「ハッ、君命とあらばこの命捧げる覚悟で遂行いたしましょう」
「そんな命なんていらないわよ」
しかし、シグルーンはすげなく流した。見た目だけならばクロの方が屈強であるだけに、なにやら異様な光景であるように見える。だがそれ以上に、
「……なんだあの人……」
ショーンはクロに対して激しい違和感を覚えた。風貌が他者を威圧するような物であるのもそうだが、そもそも現れ方がおかしい。通常の転移魔法なら一瞬で姿を現す筈だが、彼は魔法陣の中から出現した。あれでは魔物の召喚に近い……というか、そのものである。
だが、今のショーンはシグルーンとクロの主従関係について問い質す立場でないし、そのような状況でもない。
今は焼け出された街の住人達を優先すべき時である。
シグルーンは住民達に対して移住案を大雑把に説明した。本来極秘裏の計画故に現状では言えないことも多い。更に怪しい風貌のクロの存在もあって、住民達にとってはかなり胡散臭い提案であっただろうが、それでも藁にも縋る想いで乗ってくる者も多かった。
これはシグルーン達が人身売買組織を撃退し、怪我人の手当をした事によって信頼を得ていたことも大きかったのだろう。
だが、全員ではない。中には頑なにこの地へ残ると言ってきかない者達もいた。このままでは生命の安全は保証できないと説き伏せようとしても、その心は変えられなかった。
彼らにとって生命の危険があるのは覚悟の上なのだろう。そもそも、今更長年住み慣れた土地を離れて新たな生活を始める気力は、彼らには最早残っていないのかもしれない。これまでの貧困生活に彼らは疲れ切っていたのだ。
そしてなによりも、なんだかんだでこの土地に愛着もあり、離れがたいのだろう。そんな選択をした人々の気持ちも理解できるからこそ、シグルーンは移住を強制するつもりはなかった。
「彼らを……置いていくのですか!?」
ショーンはシグルーンの方針に異を唱えた。このまま救える命を見捨てるのは、彼の価値観としては受け容れがたかったのだ。
そんなショーンに対して、
「小僧、御館様の決定に対し無礼だぞ!」
クロは声を荒げた。そんな彼をシグルーンは諫める。
「無礼はあなたよ、クロ。彼は一応王子なんだから。でもね、少年。彼らにも誇りを以て生き方と死に方を選択する権利はあるのよ?」
「ですが、これは追い詰められて選ばざるを得なかった選択です。そんな自殺のようなことを認めるのは……!」
「でも、こんな世の中、誰も彼も助けようとしていたら際限が無いわよ? それにかかずらっていたら、いまやっている事業の方が疎かになりかねない。その結果はこの国の現状維持によって増え続ける犠牲……。似たような事は以前にも言ったわよね?」
そんなシグルーンの言葉の通り、根本的な問題を解決しない限り、この国で苦しむ人々の悲劇は止まらない。そしてそれを解決することは容易ではなく、他のことに力を注ぐ余裕はさほど無いと言っていい。
そもそも彼女は、誰も彼もが救われるほど、この世界が人類を許容しているとは思っていない。資源が有限である以上、それを全ての人間で平等に分け与えようとすれば、全員が貧困に陥る。だから奪い合わなければ豊かで満ち足りた生活は維持できないようになっているのだ。そして誰もが豊かさを求めている以上、その奪い合いは止める事は出来ず、また、人口が増えるほどにその度合いは強くなっていく。
これはかつて女王として国を統治し、多くの民の生活を見守ってきたシグルーンだからこその実感である。故に彼女は、死にたい者は好きにすればいいとすら思っている。その分だけ奪い合いが減るのならば──全員を救うことができないのならば、そう割り切るしかない。
無論、外聞が悪いのでおおっぴらに発言することはないが──。
しかし、ショーンは食い下がる。
「だけど際限が無いからこそ、せめて視界に入った者達だけでも救いたいのです!」
それはショーンの都合で救う命を選別することであり、公平性は無いと言える。
それでも何も救えないよりはいい。そもそも人間に出来るのは本来その程度のことでしかない──それを理解し受け止める覚悟があるのならばいいが、他者の命を背負い過ぎて潰れないか、それがシグルーンには気がかりであった。それと同時に、ショーンのような人間を好ましくも思う。彼女の姉もそういう人だったのだから。
「……まあ、後日またここに来て、彼らの考えが変わっていないのかを聞く機会を作るのはやぶさかではないけれどね……」
「あ、ありがとうございます!」
シグルーンが出した妥協案を受け、ショーンは勢い良く頭を下げるのであった。
次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。