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-滅びの理由-
「私は……私は、お前達のことを必死に捜していたのだ……!」
そんな今にも嗚咽に変わりそうなノルン・ダークの言葉に偽りは無い。実のところ彼女が近隣諸国に侵略の手を伸ばした切っ掛けは、愛する男と息子を捜す為だったのだ。
何故ならば、サエン達が送り込まれた魔境はあまりにも広大であったからである。それはトスラック王国を取り囲むように存在していた複数の隣国の、更に外側を囲むように拡がっていた。この時代の人間の生活圏はまだまだ狭い。開拓民の手が及ばない土地の大半は魔境だと言っても過言ではなく、その隣国の国土を合わせたよりも広い魔境の何処にサエン達が送られてしまったのかは、トスラック王国を手中に入れたノルン・ダークにも知ることは叶わなかった。
それを唯一知り得たのは、彼らを連行する任にあった兵士達のみであった。ところがである。他国で兵士が活動することは相手国からすれば諜報や工作の敵対行為ともとられかねない。だから彼らは極秘裏に移動し、そしてそのまま帰還しなかった。おそらくは魔境からの帰路の途中で、魔物か盗賊にでも襲われたのだろう。
つまり、サエン達の行方を知る者は既にこの世には存在しないということになる。
それを知ったノルン・ダークは大規模な捜索隊を編成し、魔境の各地へと手当たり次第に派遣しようとしたが、先述した理由により他国の領土で兵士が表立って動く事は難しく、捜索は遅々としてとして進まなかった。
これに業を煮やしたノルン・ダークは隣国に攻め入り、その強大な魔力を用いて次々に占領していく。そしてその国々に捜索隊の拠点を置き、支配地域の国民の多くを捜索隊として魔境に送り込んだのである。無論、そのほとんどは生きて帰ることは無かった。
ノルン・ダークのその行いは、多くの民衆にとって悪逆を極める物であったが、その動機が愛故なのだという事実はなんとも皮肉な話である。
「だが、見つからなかった……! 捜しても捜しても見つからなかった!」
サエンはそう嘆く母を冷たい視線で見下ろしながら、静かにその述懐を聞いていた。母の想いがどうであろうとも、彼が舐めた辛酸は無かったことにはできない。今更言い訳されても、何が変わるという物でもないのだ。
バンカーとその一族郎党は、魔境での過酷な生活の中で次々と命を落としていった。まだ幼かったサエンは、辛うじて生き残った者達に育てられはしたが、常に飢えと死の恐怖にさいなまれる生活と、そこで生き抜く為の戦闘技術などの修練を強いられ続けたのである。
結果として、サエンは強靱な少年として成長を果たしたが、その代償は決して小さくは無かったはずだ。
それでもノルン・ダークの言葉を遮らないのは、母に対して微かに残った情がそうさせたのかもしれない。
「私は全てを失ったと思った……。だからその代わりに、全てを手に入れようと思った。この世界の全てを……! その足掛かりとなるこの国は私の全てだったのだ……!」
「……だが、俺が還ってきた今、もういらないよな? 俺にはこの国の継承権があるはずだ。あんたも、骨達の親分なんて醜態を晒していないで、さっさと成仏して全てを俺に引き渡せ……」
「……そうだな……。我が子の成長した姿を拝むことが出来た今、最早思い残すことも無い……」
と、サエンの言葉を受けたノルンは涙する。先程までとは違い、憑き物が落ちたかのように穏やかな表情となっていた。
(あれ……? なんかいい感じに話がまとまりかけている……?)
それを感じ取り、レクリオは警戒を解いて結界を解除する。
「んんっ!?」
しかしそこへと流れ込んでくる空気は、未だ憎悪に満ちているかの如く冷たく、彼女を蝕む物であった。
(この空気……あの女王様が原因じゃ無いの!?)
そう、よくよく考えてみれば、この国がノルン・ダークにとっての全てであったというのならば、彼女自身の手で滅ぼす理由など無かったはずなのだ。つまり、彼女とは別の意志がこの国の滅亡に関与しているのではないか。
それを肯定するかのように、サエンの次の言葉がノルン・ダークに劇的な変化をもたらすこととなった。
「……尤も、あんた自身が望んでそうしているって訳でも無いのだろうがな。そろそろ解放してやれよ……!」
「おごっ!?」
その次の瞬間、ノルン・ダークの身体が激しく痙攣する。そして彼女が纏う何処か生物的な意匠の肩当てが、その全身を覆うように膨れ上がっていった。それはやがて、巨大な人の姿へと変じていく。いや、それは人ではなく──、
「悪魔(デーモン)……!!」
震えを伴って発せられたレクリオのその言葉の通り、それは古(いにしえ)よりの伝承の中にある悪魔の姿そのものであった。
次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。
-滅びの理由-
「私は……私は、お前達のことを必死に捜していたのだ……!」
そんな今にも嗚咽に変わりそうなノルン・ダークの言葉に偽りは無い。実のところ彼女が近隣諸国に侵略の手を伸ばした切っ掛けは、愛する男と息子を捜す為だったのだ。
何故ならば、サエン達が送り込まれた魔境はあまりにも広大であったからである。それはトスラック王国を取り囲むように存在していた複数の隣国の、更に外側を囲むように拡がっていた。この時代の人間の生活圏はまだまだ狭い。開拓民の手が及ばない土地の大半は魔境だと言っても過言ではなく、その隣国の国土を合わせたよりも広い魔境の何処にサエン達が送られてしまったのかは、トスラック王国を手中に入れたノルン・ダークにも知ることは叶わなかった。
それを唯一知り得たのは、彼らを連行する任にあった兵士達のみであった。ところがである。他国で兵士が活動することは相手国からすれば諜報や工作の敵対行為ともとられかねない。だから彼らは極秘裏に移動し、そしてそのまま帰還しなかった。おそらくは魔境からの帰路の途中で、魔物か盗賊にでも襲われたのだろう。
つまり、サエン達の行方を知る者は既にこの世には存在しないということになる。
それを知ったノルン・ダークは大規模な捜索隊を編成し、魔境の各地へと手当たり次第に派遣しようとしたが、先述した理由により他国の領土で兵士が表立って動く事は難しく、捜索は遅々としてとして進まなかった。
これに業を煮やしたノルン・ダークは隣国に攻め入り、その強大な魔力を用いて次々に占領していく。そしてその国々に捜索隊の拠点を置き、支配地域の国民の多くを捜索隊として魔境に送り込んだのである。無論、そのほとんどは生きて帰ることは無かった。
ノルン・ダークのその行いは、多くの民衆にとって悪逆を極める物であったが、その動機が愛故なのだという事実はなんとも皮肉な話である。
「だが、見つからなかった……! 捜しても捜しても見つからなかった!」
サエンはそう嘆く母を冷たい視線で見下ろしながら、静かにその述懐を聞いていた。母の想いがどうであろうとも、彼が舐めた辛酸は無かったことにはできない。今更言い訳されても、何が変わるという物でもないのだ。
バンカーとその一族郎党は、魔境での過酷な生活の中で次々と命を落としていった。まだ幼かったサエンは、辛うじて生き残った者達に育てられはしたが、常に飢えと死の恐怖にさいなまれる生活と、そこで生き抜く為の戦闘技術などの修練を強いられ続けたのである。
結果として、サエンは強靱な少年として成長を果たしたが、その代償は決して小さくは無かったはずだ。
それでもノルン・ダークの言葉を遮らないのは、母に対して微かに残った情がそうさせたのかもしれない。
「私は全てを失ったと思った……。だからその代わりに、全てを手に入れようと思った。この世界の全てを……! その足掛かりとなるこの国は私の全てだったのだ……!」
「……だが、俺が還ってきた今、もういらないよな? 俺にはこの国の継承権があるはずだ。あんたも、骨達の親分なんて醜態を晒していないで、さっさと成仏して全てを俺に引き渡せ……」
「……そうだな……。我が子の成長した姿を拝むことが出来た今、最早思い残すことも無い……」
と、サエンの言葉を受けたノルンは涙する。先程までとは違い、憑き物が落ちたかのように穏やかな表情となっていた。
(あれ……? なんかいい感じに話がまとまりかけている……?)
それを感じ取り、レクリオは警戒を解いて結界を解除する。
「んんっ!?」
しかしそこへと流れ込んでくる空気は、未だ憎悪に満ちているかの如く冷たく、彼女を蝕む物であった。
(この空気……あの女王様が原因じゃ無いの!?)
そう、よくよく考えてみれば、この国がノルン・ダークにとっての全てであったというのならば、彼女自身の手で滅ぼす理由など無かったはずなのだ。つまり、彼女とは別の意志がこの国の滅亡に関与しているのではないか。
それを肯定するかのように、サエンの次の言葉がノルン・ダークに劇的な変化をもたらすこととなった。
「……尤も、あんた自身が望んでそうしているって訳でも無いのだろうがな。そろそろ解放してやれよ……!」
「おごっ!?」
その次の瞬間、ノルン・ダークの身体が激しく痙攣する。そして彼女が纏う何処か生物的な意匠の肩当てが、その全身を覆うように膨れ上がっていった。それはやがて、巨大な人の姿へと変じていく。いや、それは人ではなく──、
「悪魔(デーモン)……!!」
震えを伴って発せられたレクリオのその言葉の通り、それは古(いにしえ)よりの伝承の中にある悪魔の姿そのものであった。
次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。