江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

斬竜剣外伝・亡国の灯-第9回。

2015年11月28日 00時21分17秒 | 斬竜剣
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-滅びの理由-

「私は……私は、お前達のことを必死に捜していたのだ……!」
 そんな今にも嗚咽に変わりそうなノルン・ダークの言葉に偽りは無い。実のところ彼女が近隣諸国に侵略の手を伸ばした切っ掛けは、愛する男と息子を捜す為だったのだ。
 何故ならば、サエン達が送り込まれた魔境はあまりにも広大であったからである。それはトスラック王国を取り囲むように存在していた複数の隣国の、更に外側を囲むように拡がっていた。この時代の人間の生活圏はまだまだ狭い。開拓民の手が及ばない土地の大半は魔境だと言っても過言ではなく、その隣国の国土を合わせたよりも広い魔境の何処にサエン達が送られてしまったのかは、トスラック王国を手中に入れたノルン・ダークにも知ることは叶わなかった。
 それを唯一知り得たのは、彼らを連行する任にあった兵士達のみであった。ところがである。他国で兵士が活動することは相手国からすれば諜報や工作の敵対行為ともとられかねない。だから彼らは極秘裏に移動し、そしてそのまま帰還しなかった。おそらくは魔境からの帰路の途中で、魔物か盗賊にでも襲われたのだろう。
 つまり、サエン達の行方を知る者は既にこの世には存在しないということになる。
 それを知ったノルン・ダークは大規模な捜索隊を編成し、魔境の各地へと手当たり次第に派遣しようとしたが、先述した理由により他国の領土で兵士が表立って動く事は難しく、捜索は遅々としてとして進まなかった。
 これに業を煮やしたノルン・ダークは隣国に攻め入り、その強大な魔力を用いて次々に占領していく。そしてその国々に捜索隊の拠点を置き、支配地域の国民の多くを捜索隊として魔境に送り込んだのである。無論、そのほとんどは生きて帰ることは無かった。
 ノルン・ダークのその行いは、多くの民衆にとって悪逆を極める物であったが、その動機が愛故なのだという事実はなんとも皮肉な話である。
「だが、見つからなかった……! 捜しても捜しても見つからなかった!」
 サエンはそう嘆く母を冷たい視線で見下ろしながら、静かにその述懐を聞いていた。母の想いがどうであろうとも、彼が舐めた辛酸は無かったことにはできない。今更言い訳されても、何が変わるという物でもないのだ。
 バンカーとその一族郎党は、魔境での過酷な生活の中で次々と命を落としていった。まだ幼かったサエンは、辛うじて生き残った者達に育てられはしたが、常に飢えと死の恐怖にさいなまれる生活と、そこで生き抜く為の戦闘技術などの修練を強いられ続けたのである。
 結果として、サエンは強靱な少年として成長を果たしたが、その代償は決して小さくは無かったはずだ。
 それでもノルン・ダークの言葉を遮らないのは、母に対して微かに残った情がそうさせたのかもしれない。
「私は全てを失ったと思った……。だからその代わりに、全てを手に入れようと思った。この世界の全てを……! その足掛かりとなるこの国は私の全てだったのだ……!」
「……だが、俺が還ってきた今、もういらないよな? 俺にはこの国の継承権があるはずだ。あんたも、骨達の親分なんて醜態を晒していないで、さっさと成仏して全てを俺に引き渡せ……」
「……そうだな……。我が子の成長した姿を拝むことが出来た今、最早思い残すことも無い……」
 と、サエンの言葉を受けたノルンは涙する。先程までとは違い、憑き物が落ちたかのように穏やかな表情となっていた。
(あれ……? なんかいい感じに話がまとまりかけている……?)
 それを感じ取り、レクリオは警戒を解いて結界を解除する。
「んんっ!?」
 しかしそこへと流れ込んでくる空気は、未だ憎悪に満ちているかの如く冷たく、彼女を蝕む物であった。
(この空気……あの女王様が原因じゃ無いの!?)
 そう、よくよく考えてみれば、この国がノルン・ダークにとっての全てであったというのならば、彼女自身の手で滅ぼす理由など無かったはずなのだ。つまり、彼女とは別の意志がこの国の滅亡に関与しているのではないか。
 それを肯定するかのように、サエンの次の言葉がノルン・ダークに劇的な変化をもたらすこととなった。
「……尤も、あんた自身が望んでそうしているって訳でも無いのだろうがな。そろそろ解放してやれよ……!」
「おごっ!?」
 その次の瞬間、ノルン・ダークの身体が激しく痙攣する。そして彼女が纏う何処か生物的な意匠の肩当てが、その全身を覆うように膨れ上がっていった。それはやがて、巨大な人の姿へと変じていく。いや、それは人ではなく──、
「悪魔(デーモン)……!!」
 震えを伴って発せられたレクリオのその言葉の通り、それは古(いにしえ)よりの伝承の中にある悪魔の姿そのものであった。

     


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

執筆日記。

2015年11月25日 02時05分27秒 | 日記
 ども、江戸まさひろです。
 最近になって改めて小説を書き始めて思い知った事があるのだけど、一つだけ確実に衰えた物があるなぁ……と。それが何かというと、単語が出てこない事。「確かこれを言い表す言葉で、何かいいのがあったはずだよなぁ」と思ってもなかなか思い出せないのですよねぇ……。これが老いか……。今はネットがあるので、関連する語句から調べられるけれど、それが無かったら厳しかっただろうなぁ……。
 まあそれでも、調べる前に仮で入れた言葉がそのまま残ってしまうパターンも有りますがね……。同人誌の時は1年以上かけたりも出来たけれど、連載だと推敲が不十分になりがち……。

 ところで、本分の方でバルカンの名前がちょっと出たけれど、この時点では当然人間です。この頃からベーオルフと面識があったのですねぇ……。そしてこの時代に於ける彼の最高傑作「破邪の剣」は、魔法とか実体が無い物を斬る事に特化した剣です。勿論、実体がある物に対しても絶大な切れ味を有していますがね。

斬竜剣外伝・亡国の灯-第8回。

2015年11月22日 00時49分52秒 | 斬竜剣
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-王家の悲劇-

「と、トスラック?」
 かつてこの国の名だった物がサエンの口から自らの名として出たことに、レクリオは大きく目を見開いた。その名の意味するところはただ一つ、彼がトスラック王家の生き残りだということだ。その言葉に偽りが無ければ──の話だが。
「俺は国から放逐されたあんたの息子だよ、ノルン・ダーク」
「つまり王子──っ!? 似合わね──っ!! あっ……スミマセン……」
 サエンはすっとんきょうな声を上げて驚愕しているレクリオに、怒気の籠もった視線を投げつけて黙らせた。そしてノルン・ダークに向き直り、
「送り込まれた魔境での生活は辛かったぜぇ……」
 泣き言とも恨み言ともつかない呟きをもらす。
 それを受けてノルン・ダークは呆然とした表情でサエンを見上げる。
「バ……バンカー公は……?」
「……親父は病(やまい)で死んだよ。あんたを呪いながらな」
「そ……そうか。だが違うのだ……。私はお前達を手放すつもりは無かったのだ……。しかし王が許さなかった……」
「まあ、その辺は色々と聞いてはいるがな……」
 サエンはわずかにうんざりとした表情を作って嘆息した。ノルン・ダークにどのような事情があろうとも、彼女の行為の結果が彼にとって望ましい物にはならなかったという事実には変わりない。
 そんな母子が現在のこの状況に至るまでの顛末こうである。

 かつてノルン・ダークが人々から畏怖の念を込めてそう呼ばれるようになる前──ノルンと呼ばれる少女は、一介の貴族の娘に過ぎなかった。強いて言えば、秀でた美貌と少々魔法の才能に恵まれていたこと以外は、何処にでもいる世間知らずの娘であった。
 彼女は多くの貴族の娘がそうであったように、家同士の政略的な理由によって嫁ぎ先が決まった。愛の無い婚姻はある意味貴族の娘にとっての宿命である。そのことに対する心構えは、それこそ幼い頃から教育係に教え込まれていた為に備わっており、夫となるべき者の人格が余程破壊的物でない限りは、その生活には何ら問題は無いはずだった。
 ただ、ノルンにとっての不幸は、その相手が当時のトスラック国王であったことだった。
 相手が普通の貴族であったのならば、同じく貴族の出身である彼女に馴染めないような生活になることなどあろうはずがない。仮に貧乏な弱小貴族であったとしても、生活に不満はあるだろうが我慢できないほどではなかったはずだ。
 だが、貴族以上に古い慣習に縛られた王族としての生活と、国の将来を担う跡継ぎを生むという重責は、ノルンにとって苦痛であった。
 だから彼女は逃げ場所を求めたのである。
 それが王国の公爵の地位にあったバンカーという男であった。王の側近である彼は、王妃であるノルンと顔を合わせる機会も多く、それが切っ掛けで2人の仲も深まっていった。無論、誰にも知られてはいけない、禁断の関係であったが、彼女にとって彼との逢瀬は唯一心の安まる時間だった。
 そんな関係が続く中で誕生したのがサエンである。それが王の子なのか、バンカー公爵の子なのか、今となってはそれを証明する術は無い。だが、ノルンは愛する男(バンカー)との間に授かった命だと信じて愛したし、当初は王もその赤子を自らの子と信じて疑わずに可愛がった。
 だが、その不義の関係は些細な事で露呈した。ノルンの身の回りを世話する女官には、この秘密を知り得る立場にあり、彼女の密告によって王に知られることとなったのである。
 激怒した王が取った行動は、バンカー公爵の一族郎党と、自らの子ではない可能性が生じたサエンの国外への放逐であった。本来ならば死罪であったはずだが、そうしなかったのはノルンの必死の懇願を受けての慈悲──ではなく、
「魔境での生き地獄を存分に身に受けよ!」
 という、より強い苦痛を与える為であった。
 バンカー達が放逐された土地は「魔境」と呼ばれるだけあって、夏は砂漠の如き熱波に、冬は極北の如き極寒に襲われる土地であり、当然動植物もロクに育たない為に食料を得る事も困難な環境であった。しかも、人を襲う危険な魔物まで徘徊する。
 これは事実上の死罪であったが、苦痛と死の恐怖を長引かせる為の更に重い処分であったといえる。
 ただ、ノルンだけは謹慎処分のみで許された。王には、なんだかんだで彼女に対する愛着があったのである。
 しかし、愛する男や息子と引き離されたことは、彼女にとって耐え難い苦痛であった。その取り返しの付かない喪失感に彼女は絶望し、長く長く嘆き悲しんだ。
 ──それが彼女を凶行に走らせることとなる。
 ノルンは王を暗殺し、そのまま王権を奪い取ったのである。
 深い悲しみと絶望を糧とした彼女の魔法の才は強大な闇の力に目覚め、敵対する者達を黙らせるには充分過ぎるほどの物となった。そして、その力は国を恐怖で支配する為に使われることとなる。
 が、そんなノルンの支配の体制は、後のトスラック王国滅亡とは全く関係が無かったのである。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

斬竜剣外伝・亡国の灯-第7回。

2015年11月19日 00時49分13秒 | 斬竜剣

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-闇の女王-

 レクリオはやむを得ず、サエンに続いて王の間へと踏み入った。そして慌てて扉を閉め、ドアの取っ手に自らの魔法の杖を閂(かんぬき)がわりにはめ込む。杖は彼女の魔力を高め、魔法の発動を補助する為の物だ。それが無くなれば彼女の魔法の効果は3割減にはなるだろうが、それでもスケルトンの大群に押し込まれるよりはマシである。
 尤も、数の力でスケルトンが強引に扉を破壊する可能性も否定できないが、知能を持たない彼らがそれ以外の手段でこの王の間に入り込むことも有り得ない。ここは扉と杖の頑丈さに期待するしか無かった。
 そして幸いなことに、今のところスケルトン達が扉を破ろうとする気配は無い。彼らにとっては、主(あるじ)が潜むこの王の間は神聖で不可侵な場所だとでもいうのだろうか。
 ならばこれで一難は去ったことになるが、この王の間の空気に触れ続けること自体がレクリオにとっては苦痛であった。居ても立ってもいられなくなるような感覚が体中を這いずり回り、ここに長時間留まれば、最低でも精神に異常を来すのではないかと思われた。そういう意味では危機はまだ続いているし、それは元凶を排除しない限り払拭されることもない。しかも、おそらくレクリオにはどうすることも出来ないだろう。
 つまり、全てはサエンに賭けなければならなかった。
 そのサエンはというと、怯えるレクリオとは対照的に、平然とかつゆっくりと玉座のある場所まで歩みを進める。そんな彼の前に待ちかまえていたのは──、
「……不敬な。我が国に何用ぞ?」
 何処か禍々しい衣装を纏った女であった。

     

 年齢はレクリオと大差ない30代のまだ若いと言える容貌をしていた。しかしその身に備わった威風は、もっと上の年代の者にも見える。だが、それも当然であろう。
「トスラック女王、ノルン・ダークか?」
「えっ」
 サエンの言葉にレクリオは耳を疑った。だが、その声に虚偽や冗談の色は見当たらない。では、目の前の女性は本当に女王だというのか。だとすれば、この国が滅びてからの15年間、彼女は全く年齢を重ねていないということなる。
 しかしノルン・ダークにはエルフなどの長命な種族の血が入っているようには見えない。となると、若さを維持している理由は──、
「まさかアンデッド(不死の怪物)……?」
 それぐらいしか考えられなかった。膨大な数のスケルトンを操っていたことを鑑みても、「死」に関わる魔術の力に長けていることは間違いないだろう。そしてその系統の術──俗に言うネクロマンサー(死霊術師)の究極の目的は、自らアンデッドと化して不死の生命を手に入れることであった。
 そんな術者の成れの果てで最も代表的な物に吸血鬼(ヴァンパイア)がある。人の血液を糧とし、吸血した相手を自らと同じ吸血鬼の下僕として操ることも出来る、非常に厄介な存在だ。伝染病の如き勢いで眷属を増やすその様は、人類の天敵と称しても過言ではない。
 事実、吸血鬼が原因で滅びた町や村の伝承は遠い過去から枚挙に遑(いとま)がない。しかも、強力な吸血鬼の個体は、この世で最強の生物とされる竜(ドラゴン)に匹敵する戦闘力を有しているとも言われている。
(それじゃあ……もしかしてこの国を滅ぼしたのは……!?)
 ノルン・ダークがアンデッド化する為の術の生け贄として国民を捧げたのか、それとも増殖した彼女の眷属によって国民が皆殺しにされたのか、その詳細こそ分からないが、そんな可能性に思い当たってレクリオは戦慄した。
 そしてサエンは、そんな化け物と独りで戦おうというのだろうか。少なくともレクリオには戦うつもりは毛頭ない。事実彼女は、自主的に部屋の隅へと避難し、魔力による防御障壁──所謂『結界』を形成している。
「が……頑張ってね」
 あなたが勝たないと私も死ぬから──そんな誠意は無いが必死な声援を背に受けて、サエンはノルン・ダークへと歩み寄っていく。
「何用と聞いている?」
 先程のサエンの呼び掛けを無視して、ノルン・ダークは再び問う。感情の籠もらない冷たい声音であった。
 それに対してサエンは、
「この国を貰い受けに来た」
 不敵に宣言した。
 その言葉に、ノルン・ダークの静かだった形相が一変する。それは、怒りであった。まさに憤怒の形相であった。幽鬼のように白い肌には変化こそ無いが、本来なら興奮から夕日に染まるが如き変貌を遂げていただろう──そんな顔である。
「この私の全てを奪おうと言うのか!?」
 ノルン・ダークの突き出された掌から電流が奔る。しかし、それはサエンに当たらなかった。いや、彼が信じ難いスピードで回避したのだ。
 だが、それでもノルン・ダークは電撃の術を連続して放った。それが無駄だと気付くまで何度も、何度でも、逆上した彼女は攻撃を繰り返すだろう。
「また、私から奪うのか!?」
(また……?)
 レクリオはその言葉に違和感を覚える。むしろノルン・ダークは奪った方ではなかったのか。その結果がこの国の有様なのでは──と。しかしそれならば、何故彼女はサエンの言葉にこれほど怒り狂っているのか、それが分からない。
 いずれにせよ、サエンはノルン・ダークの攻撃や言葉を意に介していないが如く、着実に剣での攻撃を可能にする為の間合いを詰めていった。そして、彼の剣が彼女を捉えようとしたその瞬間、
「もう何もくれてはやらぬ!」
 ノルン・ダークの全身が眩い光を放つ。彼女はその全身から電流を放出したのだ。まさに全方位へ向けての無差別攻撃であり、それは部屋の隅にいたレクリオにも及んだ。
「ひいいぃぃぃぃっ!?」
 勿論、あらかじめ結界で防御していた彼女に大事は無かったが、これではサエンにはかわしようがない。
 ──かのように思われた。
「甘ぇよ」
「なっ!?」
 しかしサエンは健在であり、そして彼が手にするその剣はノルン・ダークの右腕斬り飛ばす。
「がああぁっ!?」
 腕を切断された激痛からか、ノルン・ダークは床にうずくまった。ただ、その傷口からの出血は無く、やはり彼女が既に人間ではないことを物語っている。
「どうだ、当代随一と言われた鍛冶職人のバルカンに鍛えて貰った『破邪の剣(つるぎ)』の斬れ味は? こいつは魔法さえも斬り裂く」
「お……おのれ……!」
 怨嗟の念が籠もった視線でノルン・ダークはサエンを睨め上げた。ところが、それに対してサエンは哀れみの視線を彼女に向けている。
「いい加減、俺に全部を引き渡して眠れよ……。このサエン・バンカー・トスラックにな……」
「バ……バンカー……?」
 サエンの言葉に、ノルン・ダークの表情は驚愕の形で固まった。


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斬竜剣外伝・亡国の灯-第6回。

2015年11月15日 00時47分02秒 | 斬竜剣

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-元凶の在処(ありか)-

「はあっ!? 何言ってんの!? あんたが持ち込んだこの話の所為でもう何人も死んでいるのよ!?」
 最早、財宝を求めて城の探索だなんだと言っている場合ではない。一刻もはやくここから脱出しなければ、レクリオ達の命だっていつどうなるのか分からない状況だ。それにも関わらず、「脱出しない」というサエンのことが彼女には理解できなかった。
 そもそも、如何にサエンほどの実力があったとしても、全てのスケルトンを独りで相手していては、さすがにここまで生き残ることは難しかったはずである。彼はそれを知っていて、この探索の話を持ってきた可能性もある。
「もしかしてあんた、私達を囮にしたんじゃないのっ!?」
「いや、そりゃあ仲間がいる方が危険度は下がるだろうという打算はあったけれど……俺独りでもここには来るつもりだったぜ? 財宝の話だって別に嘘は言ってねぇ。生命を懸けるだけの価値があると思ったからお前らも話に乗ったんだろうし、危険を承知でここに来たはずだが? 別に文句を言われる筋合いは無ぇよな?」
「ぐっ……!」
 レクリオは言葉に詰まる。確かに危険と隣り合わせが常の冒険者は、いつ命を落としてもおかしくない。その上、この城に侵入した者が尽く未帰還であるという前情報もあった。それを承知の上で来たのだから、全ては自分自身の責任である。
 だがだからこそ、この状況での深入りは有り得ない。引き際の見極めは、冒険者としての重要な素養の1つだ。
「だけど、いくらなんでもこのまま進むのは危険でしょーが!」
「じやあ、おば……お姉さんだけ帰れば? 俺は独りででも進むけどな」
 それが出来たら苦労はしない──と、レクリオは頭を抱えた。そうこうしている間に、サエンはさっさと歩を進める。
「ちょ、ちょ、まっ!」
 慌ててレクリオはその後に続く。彼女独りの力ではスケルトンに対処できない以上、そうするしか他に術はなかった。
「でも、なんでそこまでして……」
 まだ生き急ぐような年齢でもなかろうに……と、レクリオは疑問に思う。
「俺の目的の為には、この城に眠る財宝がどうしても必要なんでな。それに決着をつけなきゃならない奴もいる……!」
「は? 決着? それって他にも誰か、この城にいるってこと?」
 そんなレクリオの疑問にサエンは答えない。しかし、よくよく考えてみれば、あれだけ膨大な数のスケルトンが自然発生したとは思えなかった。何処かにそれを操っている者がいるというのは、至極当然の帰結である。
「敵の親玉の懐に行くってこと!?」
 酷く焦ったレクリオの問いに、サエンはやはり答えない。しかし、その顔は不敵に笑っていた。
(どどどどどーすんのよ。これって更に危険な場所に行くってことだよね!? 死ぬよ? 今度こそ死ぬよ!?)
 だが、このまま独りで引き返しても多分死ぬ。それならば、まだサエンの強さに賭ける方がマシだろうか。レクリオは激しい葛藤を繰り返しながら彼の背を追い続け、そして手遅れとなった。
 サエンはとある扉の前で足を止める。人がくぐり抜けるだけにしてはあまりにも大きく、過剰なほどの装飾を施された扉だ。
「……ここ、何処なの? 宝物庫?」
「……いや、王の間だ」
「はあっ!?」
 レクリオ的には王の間になんか用は無い。そこにはおそらく財宝も、城から脱出する為の手立ても無いだろう。全く踏み入れるメリットが無い領域であった。その上げられた素っ頓狂な声も当然だと言える。
 むしろそこは、本来国の頂点に位置する者が君臨せし場所だ。ならば、今のこの死者の国に相応しい者が待ちかまえている可能性が高いのではないか。
 その存在との遭遇は、この城に入ってから最大限の危機が彼女達に降りかかるということを意味している。いや──、
「じゃあ、そこにいる奴を倒せば、あのスケルトンを無力化できるってこと!? 財宝も盗り放題!?」
「……まあそういうことになるな」
 この絶望的な状況からの一発逆転が狙える。その事実にレクリオは色めき立った。自分では敵わない相手でも、サエンほどの実力者ならばどうにかなるかもしれない。結果として城からの生還と、財宝の分け前が少しでも手にはいるのならば、これは相当に美味しい棚ぼたである。
 ここはサエンに自らの命を賭けてみるのも有りかもしれない。
 だが、サエンが王の間に繋がる扉を少し開けた瞬間、レクリオのそんな想いは吹き飛んだ。
「ひっ!?」
 扉の隙間から溢れ出た空気が、他とは明らかに違う。冷気ではないはずなのに、肌に突き刺さるような冷たさを感じるそれは、悪意や殺気と呼ぶべき物なのか、あるいはもっと悪い別の何かなのか──今までそれを経験したことが無いレクリオには何なのか分からなかったが、ともかく触れるだけでも身を蝕む毒の如き空気。
 その吹き溜まりを前にして、最早レクリオには王の間に踏み込もうなどという気持ちは消え去っていた。ここはサエンを独り残してでも引き返そう──と、彼女が踵(きびす)を返しかけたその時、今来た道の奥からスケルトンの群れが追ってくるのが見えた。先程までは別のフロアから追ってくる気配は無かったのに、城主へと接近する外敵へと一斉に反応したということだろうか。
「……あたし、死んだ」
 少なくとも、退路が完全に絶たれてしまったことは間違いない。
 恐怖のあまり、半笑いになりながらレクリオは涙した。


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