江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

斬竜剣4-第21回。

2014年10月31日 01時58分08秒 | 斬竜剣
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―一方ルーフは……―

 一方ルーフは、アースガル城々下町の市場にいた。ザンの元から飛び出したはいいが、行くあても無く、こっそりと昼食をとった食堂へ戻ってみても、そこには既に彼女の姿は無かった。
 ザンがこんな見ず知らずの町にルーフを置いてきぼりにするほど無責任な人間だとは思えないが、どちらにしろ喧嘩別れ状態になってしまったばかりなので、お互いに顔を合わせづらいのも事実だ。だからまだ暫くの間は捜しに来てもらえそうにもないし、こちらから捜す気にもあまりなれない。
 そんな訳で、仕方がなくルーフはこの市場で途方に暮れていた。
 暫しの間、茫然と市場の隅で何をするでもなく立っていたルーフであったが、チャンダラ市での悪夢のような経験を思い起こし、
「また男の人に声をかけられた怖いから何かしよう……。とりあえず、夕食用の材料の買い出しでもしようかな……」
 辺りの食材を物色しはじめた。結局のところ、彼の最も得意とすることは料理である。何か物凄く美味しい料理を作れば、ザンも少しくらいは自分の価値を認めてくれるかもしれない――そんなことを考える何とも意地らしいルーフ君であった。
「あ、玉子が安いや! 今晩はオムレツがいいかな? それともスープに使おうかな……」
 と、どこぞの主婦のような呟きを漏らしながら市場を散策していたルーフであったが、ふと見覚えのある後ろ姿を人混みの中に見たような気がして立ち止まった。
(…………リチャードさん?)
 ルーフは慌ててリチャードらしき人物がいた辺りへと足を運ぶ。すると十数mほど先にある路地の入口へと入って行く人物の姿が目に止まった。
 スラリとした長身で、細身ながらも筋肉の引き締まったしなやかな身体付き。その身体を覆う上下とも黒い衣装は、おそらく闇夜の中では視認することを難しくするであろう。故にどことなく、暗殺者(アサシン)のような印象を見る者に与える。
 そんな服装に合わせたかのような漆黒の黒髪は、前髪だけが妙に長く、その前髪に隠れるような切れ長の鋭い目は、1度見れば簡単には忘れることはできないほど強烈な印象がある。
 だが、顔全体を見れば20代後半くらいの精悍な造りの為に、それほどキツイ印象にはならなかった。
 間違い無く彼は、チャンダラ市でルーフが出会った竜の血に身体を侵された殺人鬼――リチャードであった。
(ザンさんを狙って追ってきた……?)
 ルーフはリチャードが入っていった路地の奥を覗き込んだが、どうしたものかと逡巡する。
(追った方がいいのかな……?)
 リチャードの目的がザンの命にしろ、それ以外のことにしろ、一刻も早くその目的を知り、対策を講じなければ、チャンダラ市の事件の時と同様に沢山の人間が死ぬことになるであろう。
 ならば、このままリチャードの後を追って、せめて何処に行こうとしているのかを突き止めることができれば、それはザンにとってかなり有益な情報として役立つはずだ。そうなれば自身が『足手纏い』では無いということを、ルーフは証明することができる。
 しかし、もしもリチャードに追跡を見抜かれ、捕らえられて殺されるだけならまだしも、人質にでもされてしまえば、やはりルーフはザンの足手纏いでしかないことを自ら証明するようなものだった。しかも、そうなってしまう可能性の方が高いことも間違い無い。
(ここは余計な真似をしないで、リチャードさんがこの町にいたことだけをザンさんに報告した方がいいかな……)
 ルーフは賢明な判断を下した。下手な功名心を持って自滅するほど彼は愚かではない。すぐにその場を立ち去ろうと、振り向いた彼の視界を何か巨大な影が覆った。
「!?」
 そこには、2mを超えるかと思われる長身の男が立っていた。男はそろそろ老齢に差し掛かろうという年齢に見えたが、異様とも言えるほど生気に満ちており、その無精髭の多い野性的な顔立ちの所為もあってか、ルーフは熊か何かの巨大な獣にでも出くわしたかのような感覚を覚えた。
 その上半身にのみ革鎧を身に付け、その上に裾の破れた粗末な外套を纏った男の姿は、何処か山賊めいていて、如何にも堅気の人間ではない不穏な雰囲気を醸し出している。
 男はルーフを見下ろし、彼の進路を塞いだまま微動だにしようとしない。ルーフは訳も分からず、男の視線と身体の大きさにただただ圧倒された。
「あ……あの……?」
 ルーフが勇気を振り絞り、ようやく男に話しかけたその瞬間、男はその冗談抜きで丸太のように太い腕を伸ばしてルーフの首を鷲掴みし、そのまま吊り上げた。
「ぐっ、ううっ!?」
 混乱と首を締め上げられた息苦しさの所為で苦悶するルーフ。その表情を楽しむかのように、男は常人よりも幾分大き目な犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた。そして――、
「おい、リチャード! この小僧、貴様のことを見知っている様子だったぞ。心当たりはあるか?」
 と、男はルーフを吊し上げながら路地の中に入りこみ、リチャードに追いつくと彼の前にルーフを放り投げた。
「……こいつは……。リヴァイアサン様、この小僧はあの斬竜剣士の女の連れです。どうやらエキドナ様から頂戴した、この町にあの女がいると言う情報は確かなようですな」
「そうか。ならばこの小僧でその斬竜剣士を誘(おび)き寄せる為の餌にするなり、人質とするなり、色々と使わせてもらおうか……」
「はい……」
 そんな2人の会話を聞きながら、ルーフは身体を小刻みに震わせていた。それは、恐怖の為でもあるが、それ以上に――、
(やっぱり、僕はザンさんの足手纏いでしかないんだ……!)
 そのことをルーフは絶望的に思い知らされていた。

 200年の時を超えて、アースガルには再び巨大な災厄が降臨しつつあった……。

                                                   第5巻へ続く


 あとがきへ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

斬竜剣4-第20回。

2014年10月30日 03時19分54秒 | 斬竜剣
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「……これで私のお話はお終い。…………アラ?」
 シグーンが話を終えると、目の前のソファーの上には眠っているザンの姿があった。
「……まあ、お話はこれからいくらでもしてあげられるものね」
 シグルーンは別段怒った様子を見せず、むしろザンが自身の目の前で眠っている事実が嬉しかった。その理由は、戦いの中に身を置いたことのある者ならば誰もが分かることだ。
 『戦士は決して人前では熟睡しない――』。
 それは時として、自らの死に繋がる可能性があるからだ。戦いの中に身を置く以上、何処に敵が潜んでいないとも限らない。それ故に戦士は、人前で最も無防備となる寝姿を晒し、自らの弱点を敵に教えるような真似をしない。仮に眠っても、それは周囲に変化があればすぐにでも飛び起きることのできる浅い眠りだ。
 ザンがシグルーンの前で眠ったということは、余程彼女に気を許し、信頼していることの証明だった。事実、200年もの永い戦いの中に身を置き続けてきたザンにとって、無防備な寝姿を他者に見せることはほとんど無く、旅の同行者たるルーフやファーブの前でさえも、常にどこか緊張したような眠り方をしていた。
 ましてやこれほどまでに安らかな寝顔を見たことがある者は、この200年間では1人としていないだろう。両親の物語を子守歌代わりにしたおかげで、戦士となる前の本来の彼女へと、一時的にしろ戻ることができたのかもしれない。
「ふふ……赤ん坊の頃とあまり変わらない可愛い寝顔ね」
 シグルーンはザンの寝顔を見つめ、200年以上も昔に彼女と初めて出会った時のことを思い出していた。

「おかえりなさい姉様。もう、1年半ぶりくらいだね」
「ただいま。シグちゃん」
 姉妹は再開の挨拶を交わした。別れの日から約1年と7ヵ月。その間にシグルーンはかなり背が伸びた。元々長身の家系であった為に、同い年の少女の平均よりも背は高かったのだが、今や彼女の上背は十代半ばの少女とそう大差ない。
 その表情にもやや幼さを残すものの、成人の者と比べても遜色無いほど凛々しく見える。姉からの独り立ちと、次期女王候補としての責任がシグルーンを心身ともに大きく成長させていた。
 一方、ベルヒルデは少女の面影を脱ぎ捨てて、大人びた柔らかいな雰囲気を身につけていた。以前の彼女とは確実に何かが違う。そんな彼女の腕に抱かれたものにシグルーンは「おや?」と、目を留める。
 シグルーンが覗き込んでみると、そこにはおそらく生まれて1~2ヵ月程度の小さな赤ん坊の姿があった。その赤ん坊は、シグルーンやベルヒルデ同様に銀髪で瞳が紅い。

     

「姉様……この子! ……ベーオルフお兄さんとの?」
「へへへ……」
 肯定するかのようにベルヒルデは照れ笑いを浮かべる。
「この子、男の子? 女の子? 名前は?」
「リザン。リザン・ベーオルフ・ベルヒルデ。女の子よ」
「リザン・ベーオルフ・ベルヒルデ……庶民風に両親の名前を組み入れたんだね。姉様らしいや。女の子かぁ……それじゃあ、あたしの妹だね」
「姪でしょ?」
 ベルヒルデは妹の不可解な言葉にきょとんとする。
「妹だよ。だって、あたしは姉様に育てられたんだもの」
 そんなシグルーンの表情は、10歳を少し過ぎただけの年齢相応の少女らしいものへと戻っていた。ベルヒルデは嬉しそうに目を細める。その言葉に込められた感謝の念が、ハッキリと伝わって来たのだ。
「あたしも、姉様みたいに沢山妹を可愛がってあげるんだ。そして、色んなことを教えたり、助けてあげたりするの!」
「そう? それじゃあ、シグ姉様にお願いしようかな?」
「うん!」
 シグルーンは元気よく、そして嬉しそうに答えた。それに驚いたのか、
 ふえっ……。
 不意にリザンが泣き出しそうな気配を見せる。
「ああっ、まずいよ! ここで大泣きされたら姉様達みつかっちゃう。一応死んでいることになっているんだから」
 2人は大慌てでリザンをなだめはじめた。

「ふふふふ………」
 そんな懐かしい過去を思い起こしていたシグルーンの顔は、自然とほころんだ。そしてザンの寝姿を見つめ直し、問いかけるように囁く。
「……どんな夢を見ているのかしらねぇ?」
 その言葉に応えるかのように、ザンはモゴモゴと寝言を漏らす。
「…し……わせになるよ……」
 ザンの目はわずかに涙が滲んでいる。しかし、その顔は安らかなままだ。
「悪い夢では無いみたいね……。姉様の夢かしら? ……さて、このままにしておくのもあれかな……」
 シグルーンは他の部屋から毛布を持ってきて、それをザンが起こさないように慎重にかけつつ、穏やかな――それでいてどことなく切なげな微笑みを浮かべる。
「リザン……私の大切な妹。本当によく戻ってきてくれましたね……。これで姉様との約束も果たせそうだわ……」
 そんなシグルーンの言葉が聞こえたのかどうか、ザンは微笑みながらも更に深く眠り続けるのであった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

斬竜剣4-第19回。

2014年10月29日 00時17分54秒 | 斬竜剣
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 空を舞う飛竜の背にはベーオルフと、その後ろで顔を真っ青に染めて彼にしがみついているベルヒルデの姿があった。少しでもバランスを崩すまいとして必死の形相だ。
「………お前よー。いーかげん慣れたらどうだ? もう、結構飛んでるんだぜ?」
「怖いものは怖いのよ!」
 吠える狼の如く、ベルヒルデは歯を向いて喚いた。
「少しは余裕持てよな。ほら、ここから見える景色は凄く奇麗だぜ」
「…………」
 確かにそう言われてみれば、雲にも届きそうなほど高く飛ぶ飛竜から見える景色は、雄大なものだった。空と大地の境界線まで続く山脈(やまなみ)と森林と平原は勿論のこと、別の方角を見れば遠くに海らしきものも見える。山国育ちのベルヒルデにとっては初めて見る海だ。心奪われそうになる光景――だが、やはり下を見ると目眩を起こす。
「やっぱり駄目……」
 ベーオルフの背にベルヒルデの上半身がよろめく気配が伝わってきた。
「……どーでもいいけど、落ちるなよ?」
「ふふふふふ……それは保証できないわね……!」
 何故か勝ち誇ったように――実際は強がろうとしていたのだろうが、ベーオルフにはそう聞こえた――ベルヒルデは応えた。いずれにしろ、あまり嘘を言わないベルヒルデが「保証できない」と言うからには、本当に落ちる可能性もあるのだろう。
「お前、てきとーに何か喋っていろよ。気が紛れるかもしれねーからさ……」
 ベーオルフは本当に墜落されても困るので、ベルヒルデに1つの提案をした。
「……何か話せって言われてもねえ……。ああっ、そうだ!」
 まるで重大なことを思い出したかのように、ベルヒルデは叫んだ。
「……なんだ? 忘れ物でもしたのか?」
「……あなたの名前、なんて言うんだったっけ?」
「……あのな、普通は最初に聞くことだろうよ」
(そういえば、妹の方にしか自己紹介していなかったっけな……)
 そう思いつつ、呆れるベーオルフ。
「だってぇ……」
 ベルヒルデのふてくされたような声。ここ数日間の慌ただしさは尋常ではなかったので、あまりにも初歩的なことを――だからこそなのだろうが――つい失念していた。それに、ずっと『あなた』で事足りていたので、名前を知る必要もなかったのも事実だ。
「仕方がねーなぁ……。俺はベーオルフっていうんだ。お前はベルヒルデでいいんだよな?」
「ベーオルフね。私の名前は国葬の時にでも聞いたのかしら? それにしても、ベーオルフって言い難にくいわね。『ベーやん』って呼んでもいい? 私のことを『ベルベル』って呼んでもいいからさ。『ベルりん』でも可」
 と、ベルヒルデはお互い誰にも呼ばれたことがないような愛称を言ってみたりする。どうやら軽口が叩けるぐらいには余裕がでてきたようだ。
「…………………どちらも勘弁してくれ」
 心底嫌そうにベーオルフは呻く。しかし、すぐに「くっくっく」と笑い声を漏らし始めた。
「な、何よ?」
「いや……これだけボケた奴が、あれだけの剣の腕を持っていたりするんだからな……。しかも一国の姫様ときたもんだ、世の中分かんねーなぁ……と思ってよ。面白いよ、お前は」
「『ボケ』とは失礼な……」
 なんだか、貶されているのか褒められているのか微妙なところだったが、さすがに『ボケた奴は』聞き捨てならず、ベルヒルデは不満そうに抗議する。ただ、多少は自覚があるので――名前を聞かなかったのは事実だし――あまり強い調子では無い。
「でも、確かに剣の腕なら世界でも5本の指に入ることを自負しているわね。見ていなさい、私の力であなたを世界最強の男にしてみせるから」
 ベルヒルデのその言葉は途方もない宣言のようでいて、数年後に実現することとなるのだから侮れない。
「ふ……楽しみにしているぜ」
 ベルヒルデのことを頼もしく思いつつ、ベーオルフは笑う。その笑みが何を意味するのかは、彼自身もまだ理解していない。ただ、この時の彼は、過去に失ったものを再び取り戻そうとしていた。
 ベーオルフとベルヒルデ――この2人の間に長女リザンが誕生するのは、これより約1年半後のことである。

 一方、城に戻ったシグルーンは、多くの家臣達の前で『姉ベルヒルデが竜との決着をつける為に単身旅立ち、もう戻らないだろう』と告げた。
 このことにより、国は王位継承権をめぐっての混乱に陥るかと思いきや、その場でシグルーンは、恐るべき能力を皆に見せつけ――後の世には、その巨大な魔力を用いて、城の壁に軽々と大穴を穿って見せたと伝えられている――「この幼い少女も、やはり国の守護神・剣聖ベルヒルデの妹であり、姉に劣らぬ能力を秘めている」ということを人々に思い知らせた。
 こうしてシグルーンは、アースガル王族の末席に名を連ねる宮廷魔術士筆頭のホズを後見人として、あっさりと次代女王候補の身分に収まった。これにより、ベルヒルデが無き後もアースガルには目に見えた混乱も無く、その強国としての地盤を更に盤石なものとしていった。
 しかし、シグルーンが16歳の時に生死の境を彷徨うほどの大病を煩った。おそらく彼女の身体に宿るベーオルフの血が邪竜王の呪いに反応したのであろう。その際に国内で多少の騒動は生じたものの、その人間離れした再生能力で快気したシグルーンは瞬く間に混乱を収め、翌年には正式に女王として戴冠した。
 アースガルの歴史上、最初で最後の女王である。
 こうして、アースガルは女王シグルーンによって敷かれた善政と、その巨大な力によって約束された平和によって長い年月の間栄え続けた。彼女は前国王である兄以上に為政者としての能力に優れ、前守護神たる姉以上に巨大な戦闘能力を誇り、その上で人心の掌握術に長けていたのだ。
 だが時が進むにつれ、シグルーンは人々の前に姿を見せなくなっていった。それはいつまでも老いることが無い特殊な身体の秘密を、一族や側近の者達はともかく、それ以外の国民への誤魔化しができなくなってきた為である。それが故に、シグルーンは50歳を節目に息子へと王位を譲り、隠居生活に入った。
 それ以後のシグルーンは、なるべく俗世間へ干渉しないことを徹底した。本来ならば現役を退き、既に死去していても不思議ではない者が、いつまでも国の支配を続けていくことは、あまりにも人間社会に於ける摂理に反していると彼女が考えた為だ。
 結果、シグルーンが100歳の齢を数える頃には、旧クラサハード帝国皇家の子孫がアースガルより独立の動きを見せたが、その時もシグルーンは不干渉に徹した。その為に徐々にアースガルとクラサハードの立場は逆転していったが、それは永い歴史の流れの中では当たり前のように見られる国の興亡の1つに過ぎなかった。
 ただ、シグルーンは家族との思い出が沢山詰まっているアースガルの王城と、その城下町だけには何人(なんぴと)たりとも干渉することを許さず。彼女自身が幾度となく名を変え身分を変え、アースガル城の主(ぬし)として君臨し続けた。そしてもしもアースガルへ害成す者が現れれば、彼女自らが乗り出して、その者を完膚無きにまで叩きのめしたという。
 そんな彼女の行いは、アースガルの守護神『救国の戦乙女(ワルキューレ)・ベルヒルデ』が復活し、アースガルを護ったのだと人々の間で真しやかに囁かれることとなった。それは後の世に伝承として語り継がれ――、

 そして、現在に至る。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

斬竜剣4-第18回。

2014年10月28日 02時53分54秒 | 斬竜剣
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 シグルーンの指摘は図星であった。他者を護り続けて来たベルヒルデは、多くの人々から感謝を受けることによって『護る』ことの意義の大きさを理解している。同時に、それが『護られることは幸せなことなのだ』と実感させてもいた。
 だからこそ『たまには私も護られる側に立ってみたい』と、彼女が思うのは至極当然のことなのかもしれない。護られることによって、『誰かを護らなくても私には価値があるのだろうか?』それを確かめてみたいのだ。自身が母を死に追いやったと思い込んだが故に、自らを最も評価していなかった彼女は、無意識にそう思っていたのだろう。
 だが、傍目から見ればほとんど万能人間であるベルヒルデを護ることができるような人間は、『精神的』という意味でならまだしも、物理的ともなれば存在しないも同然だった。精々、兄のバルドルがベルヒルデに及んではいなかったが、かなりの魔術的戦闘能力を持っていた程度だ。結局のところ、ベルヒルデはいつも護る側に立たざるをえなかったのだ。
 だが、ベーオルフはベルヒルデが初めて『自身よりも確実に強い』と認めた人物であろう。彼ならば彼女を護る側に立つことができた。自身が求めているものを与えてくれる者に、彼女が心惹かれるのは当然なのだろう。
「も~、全くあなたは勘が鋭いわね……。私を手玉に取れるのはこの世でシグちゃんくらいなものよ……」
 ベルヒルデは苦笑するしかなかった。そして、シグルーンもそう言われると苦笑してしまう。
「でも……本当にいいの? 私がいなくなったらあなたは本当に独りぼっちになってしまうのよ……?」
「いいよ。どっちにしても、最初っから国を出る気だったんでしょ? 今更、決心を揺るがさないの! それに、姉様もいいかげん子離れしなさいってば……」
「言ってくれるわね……。全く、どっちが姉だか分からないわ……」
 ベルヒルデはホッと溜め息を吐いた。妹の逞しい成長ぶりに自然と笑みが浮かんでくる。しかし、すぐに表情をひきしめ、今伝えるべきことを伝えた。
「分かったわ……。困ったことがあったら宮廷魔術士のホズを頼りなさい。王家の血縁の中でも一番信頼できるし、有能だから。それと……いつか、戻ってきた時に話そうと思ったけど……。もし、あなたの身体のことで何かあったら……そのことは手紙に書いて、私の机の引き出しに入れておいたから、必要なら読んでね」
「うん……」
 それから暫くして、しんみりとした空気を醸し出す2人の間に、ベーオルフは気まずそうに割りんだ。
「あのさ……、よく分からんけど、俺を無視して話を進めないでくれるか? 俺に関係ある話なんだろ?」
「あっ、悪いわね。まずあなたに言っておかなければならないことだもんね。えーっとね……私をあなたと一緒に連れていってほしいのよ」
「ハイ?」
 思わぬ申し出にベーオルフは目を点にする。彼にとってはあまりにも唐突な要求であったが、ベルヒルデにとっては人生を懸けた真剣な願いだ。
「この国で……ううん、世界で竜の被害を二度と出さない為にも、竜と戦っているあなたの力になりたいのよ。世界に広がっている竜の戦争を止めたいの!
 それに、剣の稽古もまだまだ序盤だし、あなたさえ嫌じゃなければ戦略的なこととかも教えたいし……。その為にも私を連れていってほしいのよ!」
 そんなベルヒルデの告白に、ベーオルフは戸惑う。
「いや……それは願ったり叶ったりで、俺には断わる理由は無いけれどよ……。いいのか? 王族が国を出るのは大変なことだぞ? それに俺の仲間に快く受け入れられるかも分からないぞ? 当然、竜と関わる以上、危険もある……。きっと、色々と辛いことがあるぜ?」
「よく考えた上で覚悟を決めたわ。それに……少しぐらいなら護ってくれるでしょ?」
「……ああ……まあな……」
 ベルヒルデのちょっとだけすがるような上目使いを受けて、ベーオルフは顔を赤らめた。色恋沙汰に疎い彼女でも、積極的に出た場合は生来の恵まれた容姿がかなりの強みとなる。
(おお……、結構やるわね……姉様ってば)
「……ゴホン」
 シグルーンのひやかし的な視線を振り払おうとしたのか、ベーオルフは大げさに咳払いをする。
「まあ、そういうことなら、やっぱり城の方に戻るか? 色々と準備もあるだろうし」
「ううん、決心が揺らぐかもしれないからいいよ」
「でも、お前の妹を独りで帰らせていいのか? 送っていくけど?」
「あ、あたしは飛んで帰るから」
 と、シグルーンはちょっと浮いて見せた。
「……さっきから『飛ぶ』とか言ってたから気にはなっていたんだが……本気(マジ)で飛ぶのか……」
 ベーオルフは怯んだ。いくら不死竜と斬竜王の血を体内に宿していたとしても、たったの数日で――いや、例えどれだけの時間をかけたところで10歳に満たない子供が空を飛べるようになれるとは思えなかった。なんだかもう、常軌を逸しているとしか言いようがない。
「お前ら姉妹……一体何者よ……?」
「いや……真顔でそんなことを聞かれても……」
 ベルヒルデは多少ムッとしつつも、『私達ちょっと変かな……?」と、自分でもたまに思うことがあるので、あまり強く反論できなかった。
「ま、そういうことなら、姉妹2人でしっかりと別れを済ませときな。俺の方はいつでも出発できるからさ、いくら時間をかけてもいいぜ」
 と、ベーオルフは飛竜の背に登り、寝ころんだ。
「うん、ありがと……」
 それからベルヒルデはシグルーンへと向き直った。ひょっとしたら妹とはこれで今生の別れになるもしれない。そう思うと酷く別れ難いものを感じる。だが、すでに決断したことを曲げる訳にはいかなかった。それは妹も望んだことなのだから……。
 それでもベルヒルデの胸の内には、後ろめたい感情が膨れ上がっていく。
「ごめんなさいね……。私、ずっとあなたの側にいてあげるって言ったのに……」
「そんな3年も前の約束なんか憶えていないよ」
 シグルーンはあっさりと言う。しかし『3年前』と、約束をした時期がスラリと出てきた辺り、彼女はその約束をしっかりと憶えていた。そしてそれは、彼女にとってその約束がそれだけ尊かったことの証明でもある。本当は別れたくはない――ずっと姉に側にいて欲しいのだ。
(でも……いつまでも姉様に甘えて、あたしに縛りつけていてはいけないんだ……)
 親離れ――シグルーンにとって、この別れはそう呼んでもいいだろう。彼女は、親離れするにはまだまだ幼い年齢だったが、それでも姉からは沢山のものを貰い、そして学んできた。それは極一般的な子供が親から受ける物と比べても充分過ぎるものだったのかもしれない。
(だから、今度はあたしが姉様に返す番なんだ)
 シグルーンは爽やかに微笑む。彼女は泣くまいと決めていた。泣いてお互いに別れが辛いものになるのは避けたかったのだ。それでも、瞳が潤んでくることを抑えるのは難しく、それを誤魔化すかのように、彼女は明るく声を張り上げた。
「姉様! あたし頑張って姉様みたいな人になるからね! 姉様みたいに優しくて、強くって、沢山の人を護れる人に……!」
「そ、そう……? でも、それはきっと大変なことよ、自分で言うのもなんだけど……。今は無理しないで、子供らしい生き方を楽しんだ方がいいと思うよ? 人間、一生の内で子供でいられる時間が1番短いんだから……変に背伸びすると損よ?」
 ベルヒルデのこれまでの生き方は、同じ年頃の娘と比べると随分と損な役回りが多かったと言える。王族としての責務や、高い理想――それらに彼女が真剣に向き合えば向き合うほど、それは重責となって彼女をがんじがらめにした。勿論、自ら選んだ生き方だ。後悔はほとんど無いが、他者に同じ生き方をさせる気にはとてもなれなかった。
 それでも、シグルーンは、
「いいの! あたしがそうしたいの。姉様を目標にしたいの!」
 そんな迷いの全く無い宣言を聞くと、ベルヒルデとしては反対する言葉が見当たらなかった。自身の子が本気で望んでいることを、完全に否定できる親は多くない。しかも、それが自身を目標としてくれると言うのなら、親としてこれ以上の喜びはそう無いだろう。それは自らの生き方が、子にとって尊敬できる物として示すことができたという証明なのだから。
 まさに今、ベルヒルデはそんな気持ちを抱いていた。
「そう? それなら、姉様はシグルーンのこと応援するわよ。精一杯頑張りなさい」
「うん」
 姉妹は笑顔で互いの顔を見交わした。だが、その笑顔もどことなくぎこちない。そして数秒間の沈黙の後、2人は抱きしめ合った。お互いの涙を隠すかのように。
「元気でね……シグルーン……」
「うん……姉様もね……」
 それから2人は抱き合ったまま微動だにしなかったが、出発を急かすかのように飛竜が吠える。そんな気の利かない飛竜を殴りつけて諫めているベーオルフの姿を目にして、姉妹は顔を見合わせて笑った。
「そろそろ行くね。たまには帰ってくるから……」
「うん。いってらっしゃい、姉様」
 先ほどの雰囲気とは一変して、姉妹の別れは穏やかであっさりとしたものだった。

 ――この姉妹の別れの時から、世界は新たな動きを見せ始める。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

斬竜剣4-第17回。

2014年10月27日 02時17分52秒 | 斬竜剣
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―そして、歴史は続く―

 ファーブニルの姿が完全に消え、辺りに静寂が浸透した後もベーオルフは暫し呆けたように立ち尽くしていた。が、やがて溜め息まじりに呟く。
「…………終わったかな?」
 さすがの彼の顔にも疲労の色が濃い。魔力も闘気も、そして生命力に至るまでありとあらゆる力をかなり消耗しているようだった。
「……やっぱ、アレ(マルドゥーク)を使うと辛いな……」
 ベーオルフは大きく身体をよろめかせたが、背中を何者かの腕で支えられ、なんとか倒れずに済んだ。
「ちょ、ちょっと大丈夫なの!?」
 ベーオルフの背後にはベルヒルデとシグルーンの姿がある。何故か、2人とも泥にまみれていた。
「……来ていたのか。危ないって言っておいただろうが」
「だって心配だったんだもの。でも、確かに危なかったわね。爆発に巻き込まれて土砂に埋もれていたところを、今ようやく這い出してきたとこ」
「あ、そ……」
 普通の人間が埋もれた土砂から自力で脱出できるものなのだろうか? そんな疑問をベーオルフはあえて深く考えないことにした。この姉妹に関しては、最早「なんでも有り」な感がある。
「ま、来てみて正解だったわ。命には別状なさそうだけど、相当疲れているみたいだし。早く城に帰って手当てして休ませた方が良さそうだわ。シグルーン、2人を抱えて飛べる?」
「う~ん、2人はさすがに無理かも……」
「それじゃあ、私が歩くわ。シグルーン、お願いね」
「うん」
 ベーオルフを運ぼうと歩み寄ってきたシグルーンを、ベーオルフは手で制した。
「いや、いいよ。この程度ならちょっと休めば、すぐに回復するしな……」
「休むって、こんな所よりも城のベッドの上でゆっくり休んだ方がいいんじゃないの?」
 ベルヒルデの言葉にベーオルフは首を横に振り、そしてどういう訳か指笛を吹いた。
「?」
 暫くすると空から1匹の竜が舞い降りてきた。前足がそのまま翼になっている『飛竜(ワイバーン)』と呼ばれる竜の眷属だ。胴体は精々馬よりも多少大きい程度だが、翼を広げるとその身体は数倍くらい大きく見える。
「竜!?」
 ベルヒルデは突然の竜の出現に、慌てて身構える。
「そんなに警戒しなくてもいいぜ。俺はこいつに乗ってこの大陸に来たんだからな。こいつの上で休養していけば、里に着く頃には充分回復しているだろうさ」
「里に着く頃って……あなた、もう帰る気なの? もう少しゆっくりしていきなさいよ!」
 何故か慌てた様子を見せつつ、ベルヒルデはベーオルフを引き止める。
「いや、俺の役目も一応終わったしな。あの逃げた竜の行方も追わなきゃならないし、あまり長居もしてられないんだわ。丁度お前達もここにいるんだから、城に戻らずにここでお別れしようかと思う」
 そう言って、ベーオルフは飛竜に歩み寄りその背を撫でてやる。
「じゃあ、私に剣の指導を受けるって話はどうなったのよ? まだ全部終わってないのよ!?」
「でも、お前だって今は国のことで大変だろ? いずれまたこの国に来るからさ、剣のことはその時でいいや」
 ベーオルフにそう言われてしまうと、ベルヒルデは口を閉ざしてうつむくしかなかった。だが、このままでは、彼女の目的は遂げられなくなってしまう。
(まだ準備できていないのに……。せめて、あと1週間あれば……)
「姉様!」
 唐突にシグルーンはベルヒルデの腕を引き、彼女の顔を引き寄せる。
「な、何よシグルーンったら?」
 シグルーンはベルヒルデの耳元に小声で囁いた。
「姉様、このままあの人についていっちゃいなよ?」
「シ、シグルーンっ!?」
「竜と戦う為にあの人についていくんでしょ?」
 ベルヒルデは密かに計画していたことを見抜かれてぎょっとする。確かにそれを匂わせる話を妹の前でしてはいたが、詳細な部分は――いや、本心は全く話してはいなかったはずだ。
「でも、まだ国が落ち着いていない時に、私がいなくなるのは……。せめて、もう少し根回ししておかないと……」
「大丈夫、国とか後のことはあたしが上手くやっておくからさ。姉様がいなくなった理由も『竜と戦いに行った』って言えば、みんな納得すると思うよ。また悲しませてしまうかもしれないけど……」
「………………」
 確かにこの地で行われたベーオルフとファーブニルの激しい戦いは、アースガルの国民にも伝わっていることだろう。その上でシグルーンが『姉様は逃げた竜と決着をつける為に単身旅立った』と言えば、皆は『ベルヒルデは竜と戦って、相討ちとなったのだ。その証拠にベルヒルデは戻らないし、竜も再びこの国を襲わない』などと、思い込むかもしれない。
 その方がベルヒルデ自身は元より、また国やその他のあらゆる面において都合が良かった。いつ戻るかも分からない有能な統治者を待つよりも、もう存在しないと諦めて新たな統治体制を築き、国の地盤を固めていった方がアースガル神聖王国にとっても、そこに住む国民にとっても良いはずだ。
「でも、それだと……私、伝説になりそうね……」
「いいんじゃない? 姉様、それだけのことをしていると思うよ」
 そう言われてベルヒルデはわずかに苦笑した。
「でも、やっぱり、今のままでは私はまだ行けない……。私がいなくなったら、直系の王族はあなた独りになってしまうわ。今のままじゃ、幼いあなたを利用しようとする輩に狙われて権力闘争に巻きこれてしまう。それを……なんとかしないと……」
 そんな風にベルヒルデが逡巡していると、
「うごっ!?」
 またしてもシグルーの張った結界に鼻っ面を強打されて、彼女は悲鳴を上げる。遠くではベーオルフが「何事か」と、唖然として2人の様子を見守っていた。
「ほら、もうあたしは自分の身は自分で護れるから大丈夫だよ」
「あ、あんたね~」
 ベルヒルデは鼻を押さえながら抗議するが、妹の悲しげな目を見て何も言えなくなった。
「でも……ホントに姉様、そろそろ自分の好きなことした方がいいよ。姉様ったら、いつも誰かの為ばかりで、自分の為のことは何もやらないんだもの……」
 シグルーンは目を伏せた。姉は誰かを護ろうとする想いが強過ぎる。そして、いずれはそれに押し潰されるのではないか……と。事実、彼女のそんな想いは間違ってはいなかった。結局、ベルヒルデは最後の最期まで自身よりも愛する者の命を優先させたのだから……。
 しかし、そんなただ人を護る為だけの人生ではあまりにも悲しすぎる。だから、姉にはもっと自由に、自らの為に生きてもらいたいとシグルーンは思った。
「シグルーン……。でも、好きなことって……私は遊びに行く訳じゃないし……」
「違うでしょ? 竜と戦う為ばかりじゃないでしょ?」
 そして、再び姉の腕を引き、顔を手繰り寄せてシグルーンは――、
「……姉様、自分より強い人が好みのタイプなんじゃないの?」
 と、耳元で囁く。
「ばっ、違…………!」
 ベルヒルデは『違う』と言いかけたが、シグルーンの自信たっぷりの顔に圧倒されたのか、そのまま絶句して顔を真っ赤に染めた。そして、何処となくふてくされたように妹から視線を逸らせる。
「……まあ……少しはそれもあるかも……」
 と、小声で肯定するしかなかった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。