江戸前ラノベ支店

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斬竜剣外伝・騎士の在り方-第8回。

2017年08月20日 00時10分20秒 | 斬竜剣
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-貧者の街-

 ショーンとシグルーンが荒野を1時間ほど歩くと、ようやく街が見えてきた。なお、転移魔法の使用は目撃者の可能性を考慮して控え、徒歩での移動となった。
 街の規模は精々1000人程度の人口といったところか。規模としてはそれほど小さいとは言えない。だが、平屋建ての家屋ばかりが目立ち、クラサハードの王都のように街を囲む外壁や塔などの高層建築物が全く確認できないことから、発展の度合いが遅れているのがショーンの目からも明らかだった。
 街に入ると更に見窄らしさが目立った。家屋は仮建築(バラック)のような粗末な物が多く、皆が貧しいからまともな建築物を建てるだけの財産が無いのだろうし、そもそもこの荒れ果てた土地が拡がるウタラではまともな木材が手に入らないのだろう。事実、バラバラのサイズの石を無理矢理に積み上げた石造りの家も目立つ。いずれにしても、嵐や地震が起これば簡単に崩れ落ちそうな物ばかりだ。
 また、路地にはゴミが散乱し、行き交う人々の顔にも生気が無い。皆やせ衰えているのだから無理もない。一見しただけでウタラの食糧難が事実であることは疑いようもなかった。
「他の貧困国でも街はもうちょっと活気があったりするものなんだけどねぇ。むしろ貧しいからこそ、日々の生活に全力だから活気があるというか……。
 でも、ここは何かを作っても、その大半を税として持って行かれるから、それなら努力して生産性を上げても無駄……という意識が蔓延しているわ。いっそ無政府状態なら自由はあったのに、中途半端に行政が機能しているのが不幸よね……」
 結果、産業の成長や食糧自給率の改善が一向に進まない要因となっている。それは統治体制が根本的に悪いとしか言えなかった。
 実際、国の上層部は国民の貧困を解決するつもりは無い。彼らは民に課した重税により贅沢な生活が維持できている以上、現状を改善する必要性を感じていない。むしろ国民全体が富めば、極少数しか存在しない富裕層である自分達の立場が弱まるとさえ考えている節があった。
 ならば王権を含むこの国の上層部を打倒するのが唯一無二の根本的な解決方法に見えるが、それはシグルーンならばともかく、ショーン一人で成し遂げられる物ではないし、日々の生活だけで精一杯のウタラ国民の働きも期待できないだろう。
 となれば、クラサハードに働きかけて軍を動かすしか無い。だが、戦争状態になればどのみち多くの人間が死ぬ。
「どうすれば……」
 ショーンは苦虫を噛みつぶしたような渋面を作り、答えの出ない自問自答を繰り返した。しかしそんな彼には、更に厳しい現実が突きつけられる。
 ゴミだらけの路地に人間までもがうち捨てられていたのだ。ショーンが助け起こそうとしたところ、
「既に餓死しているからやめておきなさい。それにこの国ではこういうのは珍しくないから、いちいち相手にしていたら目立って目的の障害になるわよ? ただでさえ私達はこの街の住人ではない余所者なんだしね」
 と、シグルーンに釘を刺された。街の住人が誰も行き倒れた者の遺体を片づけないのは、これがそれだけ日常的なことであり、皆がそれに慣れきっているからでもあるが、貧しい生活であるが故に精神的な余裕の無さからでもある。
 つまり自身にとって得にもならないことを行えるような気力が湧かないのである。だから、「いずれ誰かがやればいい」と、自身に実害が及ぶようなことでもなければ何もしない。
 事実、放っておけば人肉に手を出さなければならないほどの飢餓に追い詰められた者達が回収していくだろう──と、シグルーンは言う。つまり遺体に手を出せばそういう者達を敵に回し、その上餓死させることにもなりかねないというのだ。
「……っ!」
 あまりにも酷い惨状であった。既に亡くなっているのならば、その遺体を弔ってやりたい──出来るのならばショーンもそうしたかった。だが、ここで行動することによってトラブルを招き、何も出来ないままこの国から去るようでは意味が無い。──意味が無いのだが、そう割り切るのも身を切るような強い葛藤を伴うい選択であった。
 たまらずにショーンは走り出した。じっと堪え忍ぶにはあまりにも酷い現実を目の当たりして、怒りとも嘆きともつかない感情が体の奥底から溢れ出し、それらに体を操られているかの如く、彼は走り続けた。ともすれば大声で叫びだしそうだった。
 やがて、ショーンは街外れに辿り着き、ようやく止まった。そこに至るまでの道すがら、彼の目には見たくもない現実がいくつも飛び込んできたが、思わずそれらから目を逸らした事実に対し、自責の念を覚える。それが彼を苛(さいな)み、その顔はいつの間にか涙に濡れていた。
 そんなショーンの姿を、いつの間にか追いついてきたシグルーンが静かに見守っている。彼が落ち着きを取り戻すまで、ただひたすらに静かに──。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。


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