れすぃむり るーずなーめむ

一個研究現代東北回民史之人的日常記録。

今天入齋月。

2008-08-31 22:47:55 | Gunlerimden
こんにちは。

本日夕刻より日本ではラマザーン月に入ったようです。
で、今年は私もるーぜ(断食)をやる予定なので、
明日以降午前は多分寝てます。
要するに昼夜逆転の生活、
「ゲゲゲの鬼太郎」ライフに入るというわけで。
....一応夜はちゃんと作業しますので、手前の計画にはそんなに支障はないと思いますが。

そんなワケで、
私にご連絡頂ける場合は、
出来たら明日以降、昼過ぎまでは電話はお控え頂けますようお願いします。

それでは。

蕎麦食った。

2008-08-31 22:47:40 | Gunlerimden
こんにちは。

昨日フト、
「最近似たようなモノ食っとらんな」などと考えまして。あれこれ考えるうちに「旨い蕎麦食いたい」と思い、
折りに触れお世話になっているBuqa-dai aqaに、
「未開発の川向う(東)」でと注文をつけた上で
お薦めのお店を教えて頂き、
イスラーム関係の研究をしたいという知人を拉致って行って参りました。

当該店は北山の植物園近くにあったのですが、
何だかんだで近くを通っていたはずなんですが、
今まで全然気付いていませんでした。
結構そんな感じで同じようにスルーしていた店があるんかなと思うと、
ジクジタル思いが(笑)

ま、それはそれでよしとして、
肝心の味の方なんですが。
私はおろしそば(980円)を頂いたのですけれど。
旨い。
旨いです。
蕎麦でもヒトによって好みが色々あると思いますが、
今回頂いたのは私のツボに見事にハマりました。
同行して頂いた方は山かけ蕎麦を食べられてましたが、
そちらも美味しそうでしたね。

イヤホント、Divaneは今まで「一見店かわからない店」をリサーチしていたのですがね。
今回それだけでもアレやなと開眼致しました。

植物園近辺に御用があるならば、
ついでに足を運ばれてみてもよろしいかと。
(店名は書きませんが、そんな見つけにくいワケではないので、お探し下さい)

それでは。

びるひずめとちんうぇふぁーと

2008-08-29 00:04:44 | Gunlerimden
こんにちは。

今更ここでアレコレ書かせて頂くのもおこがましいとは思いますが、
先にアフガーニスターンにてNGO所属の男性が殺害されたコトについて少し。

彼が拉致・拘束されてからその埋体(遺体)が発見されるまでは、
「解放」の誤報を含めて多くの報道がなされましたし、
現在も尚彼の御両親に対する取材を含め、種々雑多な情報が様々な媒体を通して発信されています。
そして、その多くは「ボランティア」としてアフガーニスターンの為に尽くした彼の功績を忍び、
また如何に彼を失った悲しみを表すかというものであると私は受け取りましたが。
こうした(主として)日本のメディアの同「事件」に対する扱いに関しては、
個人として、些か違和感を感じざるを得ません。
(といっても、往時の「自己責任論」(特に官製の)云々を言いたいのではありません。私はそうしたモノ言いが一番嫌いですので)

私が疑問に感じたのは、彼の拉致、そして死を「起点」にすることでしか、
彼が携わってきたアフガーニスターンの近年の「現状」に目を引き付けられなかったというコトに関する、
報道側の言及が殆ど見られないことです。
少数の「テロ」以外についてはここ二三年国内では殆ど報道されることがなかった同地域、
それが当地住民の為貢献して来た一邦人の死を「ネタ」にすることによってしか取り上げることが出来なかったことに対して、
どこまで自覚した上で情報を発信しているのか、
正直よくわからないのです。
もしそれを自覚しないまま報道を行うのであるならば、
それこそ、アフガーン農民の為に彼が「為した事」をなみするモノではないでしょうか。


彼が逝去の際どの様な感慨を抱いていたかは、本人と神のみ与り知るところですし、
私は「彼の活動がこうした結果を迎えたことは本望/無念だったろう」などとは言いません。
ただ、彼の「為した事」が今後もアフガーン人たちの間で少しでも根付けばと祈るばかりです。


...なんて言っても、私とて若干のペルシア語メディアのサイトを見るぐらいでしか、
当地については情報を持たなかったのですが...。
叩かれても文句言えませんね...。

それでは...。

波斯坦。

2008-08-27 19:01:57 | Gunlerimden
こんにちは。
1月ほど前の宴席にて、半ばネタのつもりで、
さる後輩に「ペルシア語の自主学習会でもやる?」と言ったところ。
何だかんだで本当にやることになってしまいまして。
流石にマンツーだと色々な意味で辛いので、
モンゴル史が御専門の某先輩にもお願いし、
参加頂ける様お話を取り付けたのですけれど。
いづれにせよ、さーひびは私であることには変わりなく、
教本等色々と準備せにゃならなくなったワケで。

差し当たって、文法に関してはコレを使うとして、
転写方法についても幾つか先達の論文を利用させて頂けそうなのですが、
「宿題」を出す上での例文を探す為の「読本」に関しては、
中々適当なのが見あたらないのですよね…。
つい先日当該の後輩と話をした際には、
『世界征服者の歴史』がいいのではないか、ということだったのですが。
私以外の参加者二人が中世モンゴル研究者ですので、
それでもいいのかもしれないのですけれど。
個人的にはMollā Nasroddīnとか、短くてイイのですけれどね

というワケで、
臨時波文学習会「波斯坦」(named after Būstān of Šeyx Sa’dī)を、
再来月からやるコトになりました。
シロートばかりの集まりですが、
同じ大学の方等等、御興味を御持ちになられた方、
よろしければ御連絡下さい。

それでは。

ふいみん うーしゅー。

2008-08-27 19:00:52 | Gunlerimden
こんにちは。
先日「うーしぃあおしゃおしゅお」同好家の集まりに参加したから、
というつながりで書かせて頂くのではないのですが、
ここ半年ぐらい、「回民の武術」というモノに興味を惹かれておりまして。


そもそもは、4・5年ほど前に、
馬文清他著『遼寧回族史話』(遼寧民族出版社、2001年)なんて本を買ったのが始まりで。
同書に収められた回民の武術家劉宝瑞(1896-1969)の逸話を読んで、
「ほう、回回も凄いヒトがいるのね」と感心してから、
ちょこちょこと折に触れて、回民間に行われている武術を調べている次第。

ちなみに上記の劉吾斯塔茲〔師傅〕の能くした「査拳」は、
雍正年間の武進士である山東冠県人沙亮(回民)が創設したと伝えられており、
(邱樹林主編『中国回族大詞典』江蘇古籍出版社、534頁、1992年)
爾後華北の教門中より名師を多く輩出したとのことで、
「由緒正しい」回民の武術、と認められているようです。
(無論漢民でも一家を為している方もおられるとは思いますが)

大学入学以来、偶の野山散策を除けば、
「運動らしい運動」をやっていなかったんじゃないかと思うここ数日。
思い余って某先輩経由で「査拳」の邦語教書購入の手筈までしてしまいました(笑)

こんどあちらに長期滞在する機会があれば、
初歩の脚式だけでも習ってこられたらなあ、なんて思うのですがね…。

それでは。