頑狷曲捻者TNの日々雑記、沈思黙考

多くの失敗と後悔から得た考え方・捉え方・共感を持つ私が、独り静かに黙想、祈り、悔い改め、常識に囚われず根拠を問う。

古事記最初の島・淡路島で最古級含む出雲・荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡の同笵銅鐸出土、銅剣との近接出土、鉄器生産山間地集落、古代ユダヤ遺跡発掘65周年・・・邪馬臺国(やまと国)・阿波への路(みち)

2017-07-23 13:15:47 | 歴史・伝統・文化
 古事記では、伊邪那岐命(いざなきのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が最初に淤能碁呂島(おのごろじま)を生み、そこから大八島を生み出した。その島産みの内、一番最初のものが淡道之穂之狭別島(あはぢのほのさわけのしま)で淡路島、2つ目が伊予之二名島(いよのふたなのしま)で四国であった。
 その淡路島の松帆地区で、一昨年(2015年)4月に新たに発見された、「数十年に一度の発見」とされる銅鐸7個が、弥生時代の紀元前4世紀から紀元前2世紀に埋められた事が判明し、最古の埋納例の可能性も出て来た。これらの銅鐸の中には、音を鳴らす振り子「舌」が全国で初めて見つかった。また、島根県の荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡の一部の銅鐸と、同じ鋳型から作られた同笵銅鐸である事が判った。傷や線の模様が一致し、大型の中に小型を入れ子にしている共通性も有る。
 荒神谷遺跡では、銅鐸6個と銅剣358本が7mの間隔で出土したが、この度の松帆銅鐸と同じ松帆地区の古津路から銅剣14本が出土している。また、同地区の御堂からも銅鐸8個が出土している。淡路島の銅鐸出土数は、現在までの所、21個となっている。
 淡路島には他にも、弥生時代末期に邪馬台国が出現する直前の頃の、近畿最大の鉄器生産集落淡路市・五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡や、今年1月の発掘調査でそれをも上回る規模の鉄器生産跡である事が推定される事となった、約200の遺跡が点在する山間地集落遺跡、同じ淡路市・舟木遺跡等が存在する。その舟木遺跡からは、青銅製の古代支那(中国)の鏡の破片も出土している。この二つの遺跡の間隔は6キロのみで、またほぼ同時期に存在していたが、五斗長垣内の消滅後も舟木の方は存続していたとの事である。淡路島、特に南あわじ市松帆地区は近畿の西端に位置し、九州と結ぶ瀬戸内海の交通の要であったのではないかと言われる。
 また、本年(2017年)5月、南あわじ市八木入田の入田稲荷前遺跡において、紀元14~40年に古代支那の国家、「新」と「後漢」で鋳造された貨幣「貨泉(かせん)」が3枚発見された。貨泉は、九州、近畿、瀬戸内海沿岸地域で計約180枚発見されている。また、讃岐・阿波方面から運ばれた土器も発見されている。渡来人との交易も伺わせている。
 ところで、旧約聖書・イザヤ書を書いた預言者イザヤは、今から約2,700年前(紀元前7(~8)世紀)に在世されたが、紀元前6世紀にユダヤ人がバビロン捕囚をされるより前に、そのイザヤが率いる集団によって、シルクロード、或いは海路を葦舟に乗って、徳島県の阿波・剣山まで契約の箱が運ばれたとも言われている。
 本年5月14日、その阿波への路(みち)、淡路島の洲本市古茂江海岸で、「淡路菰江古代ユダヤ遺跡奉賛会」「古代ユダヤ遺跡発掘65周年記念式典」を開催した。1952年に淡路古文化解放協会会長・白山義高氏や、東大教授・内藤智秀氏、アメリカ第8軍専属でユダヤ教の大司教・M・J・ローゼン氏、日本イスラエル協会会長・小林考一氏、同理事長・鶴見憲氏、同常務理事・横尾守忠氏の一行が発掘調査した。六芒星(ダビデの紋章)が付きヘブライ語が書かれた漬物石や、同じく印の入った指輪等が出土した。
 1952年(昭和27年)10月13日付・神戸新聞、「日本人にもユダヤ人の血? 淡路で遺跡を発見」、更に10月15日付・同紙、「V字石の謎解明へ イスラエル遺跡発掘いよいよ進む」と見出しが付けられて詳しく報道された。その発掘調査の約25年前(今から約90年前、1927年(昭和2年)頃)、当時の四州園(現:ホテルニューアワジ別亭淡路夢泉景)という旅館の先代が、湯殿を建てる為に整地していた時に発見し、その時の目撃者の女性が発掘調査に立ち会った。当時、その先代が直後に亡くなられた為に、たたりではないかと思い、すぐ埋め戻したと言う。
 その四州園の敷地内に、天井に大きな石の蓋の有る石棺が存在する。地下1メートル四方に渡って石がV字型に置かれ、内部には青石の様な二寸か三寸程の石が入っていたとの事である。固く土を盛り、真ん中を凹ませて、その凹んだ所に斜めに板石を両側から置いてV字型にしてあったとの事だが、これが女根(ほど)を表すと言う。そして、そのV字型が発掘されX型を伝えておれば、ユダヤ人の遺跡としての確実性を深める事になるらしい。女根は、古事記でのイザナギとイザナミとの関係に関わっているのかもしれない。
 他にも、南あわじ市の諭鶴羽山から海浜に向かって、ユダヤ人遺跡の系統に属するが、白山氏によって21ヶ所発見されている。その諭鶴羽山から南に下って行った海岸には灘土生港が在り、その隣に灘油谷が在り、語源がユダヤであるとも言われている。
 私は以前、釣りに凝っていた頃に、よく淡路島まで出かけていた。中でもヨットハーバーや企業の保養施設、別荘等が建ち並ぶ古茂江海岸や、沼島の手前で淡路島最南端に在る灘土生漁港はお気に入りで、よく通ったものだった。カワハギ、グレ、アジ、ベラ、ガシラ、メバル・・・…等とよく釣らせてもらっていた。勿論、当時それらの遺跡を意識していた訳では無く偶然で、今思うと、何か不思議な感じに思える。

 本ブログ過去の関連記事 
  ・2013/07/08付:「日本人のルーツを取り戻す(5)・・・天皇と賎民は共に同じ民族ユダヤ人・・・『天皇家とユダヤ人』を読んで」
  ・2014/01/26付:「多くの中国史書を根拠に、その邪馬台国についての多くの『特徴』が四国山上の天然自然と一致・・・『邪馬台国の結論は四国山上説だ―ドキュメント・邪馬台国論争 』を読んで」
  ・2014/01/26付:「679年の『吉野宮の会盟』により、大和朝廷発祥地・阿波の隠蔽を行なった『大秘密政策』・・・『古代ユダヤと日本建国の秘密―消えた「ユダヤの秘宝」と四国・剣山の謎』を読んで」
  ・2016/10/16付:「皇胤としての生涯は天命である・・・天皇である事の根拠である血統に含まれる重大な意味、国体としての伝統・独自性と『男系男子』を守り続ける事の重要性」
  ・2017/01/30付:「徳島・阿波に存在した邪馬臺国(=やまと国、俗称:邪馬台国)は後に奈良・大和国へ移った・・・『一次資料』に忠実な古代史や近現代史の検証により真実が見えてくる。そして主キリストについての一次資料は『聖書』」
  ・2017/01/31付:「徳島・阿波に元々存在した伊津面(いずも:出雲)は葦原中国(いのはらのなかのくに)で長国(ながのくに)・・・古事記・伊予の二名島(いよのふたなじま)の四国、伊国(いのくに:倭国)、邪馬臺国(やまと国)」
  ・2017/05/11付:「武士道・自害・切腹に見る日本の伝統的精神性と神道による宗教性、『男系男子』を貫く日本の皇室とユダヤの祭司の血統・・・『驚くほど似ている 日本人とユダヤ人』を読む」

 参考文献
  「天皇家とユダヤ人」(著者:篠原央憲氏、出版社:光風社出版、出版日:1982/1/10)(※1977年(昭和52年)5月出版の改訂したもの)
  ・2015/05/20付・神戸新聞朝刊:「工場の砂山から『数十年に一度の発見』 最古級含む銅鐸7点 南あわじ・松帆地区 内部の振り子3本も」
  ・2015/05/20付・神戸新聞朝刊:「淡路島 文化の玄関口か 九州と近畿結ぶ海路の要衝」
  ・2015/06/27付・神戸新聞朝刊:「南あわじで4月発見 銅鐸の中に『舌』 全国初 CTで判明 使用時のまま埋納か」
  ・2015/07/10付・神戸新聞朝刊・淡路版:「淡路市教委がプロジェクト 舟木遺跡発掘着手へ 来月シンポ 弥生期研究を本格化」
  ・2016/04/10付・神戸新聞朝刊:「松帆銅鐸発見1年 古津路銅剣と近接出土? 県立考古博物館 主任調査員が講演」
  ・2016/10/15付・神戸新聞朝刊:「淡路の銅鐸 島根と兄弟 松帆3号と加茂岩倉27号 同じ鋳型、傷一致」
  ・2017/01/26付・神戸新聞朝刊:「淡路 弥生期の鉄器拠点 舟木遺跡 工房後発見、近畿最大か 「五斗長垣内」近く 小型工具も出土」
  ・2017/05/19付・神戸新聞朝刊:「淡路で古代中国の貨幣 南あわじで出土 弥生期 交易拠点か」
  ・2017/06/07付・神戸新聞朝刊:「松帆銅鐸 紀元前に埋納か 従来説より150年古く 南あわじ市 初の化学分析、植物片で特定」
  ・2017/06/07付・神戸新聞朝刊:「淡路 弥生人に『特別な地』 松帆銅鐸 最古の埋納例か 『多段階埋納説』が浮上」

  ・2017/07/17付・TOCANA:「2700年前、淡路島にイスラエルの失われた10支族がやって来た!? 「日ユ同祖論」の決定的証拠を歴史研究家が明かす!」



「天皇家とユダヤ人」
「天皇家とユダヤ人」
   (著者:篠原央憲氏、出版社:光風社出版、出版日:1982/1/10)
   (※1977年(昭和52年)5月出版の改訂したもの。)


 参考・関連動画
 

YouTube: 淡路島で発見!!古代ヘブライ語が記された指輪と丸石の謎 MUTube(ムー チューブ) 2017年8月号 #3
 

YouTube: 淡路菰江古代ユダヤ遺跡奉賛会
 

YouTube: これもユダヤ古代遺跡か? 淡路島に残るイスラエルの足跡!in ホテルニューアワジ別亭 淡路夢泉景
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 高校中退後の30年間、友達・... | トップ | 「継続は力なり」、安倍政権... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史・伝統・文化」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL