ことのはのはね~奈良町から

演劇、アート、短歌他、町家での出会いまで、日々を綴ります。

三浦春馬さんの顔

2020-07-19 | その他
このブログには似つかわしくないと思いますが、昨日、実力派の若手俳優、三浦春馬さんの自死のニュースに驚いた一人として、少し記します。最近はきれいな若手男優が多く、個人的には名前も全く覚えられないのですが、三浦春馬さんは目をひき、いいなと思える俳優さんでした。顔が女性のようにも見え、実際、舞台ではドラッグクイーンも演じている(こちらはどちらかというと、男性的な肉体がかえって良いのですが)ので、八面六臂というほどの器用さは、これからとしても、年をとるのが楽しみな俳優さんだなと思っていました。俳優は「顔」が武器であるのは、このブログでグレタ・ガルボのことを以前書きましたが、なぜ、三浦春馬の顔を見てしまうのか、と言うと、「憂い」かなと思いました。そもそも、「憂い」を感じるような俳優さんがいないので、ひかれたのかもしれません。「憂い」はせつない、憂鬱、心配、悲しみ、とネガティブな意味ばかりですが、顔にみる憂いは、わかりやすい悲しみや悲哀でなく、なんというか、存在することへの悲哀といったような、やや哲学的で詩的な意味あいを感じるようにも思います。どんな顔をしても、どこか「憂い」があるといった類いのものでしょうか。つくづく、生きるということは、いつも何かを犠牲にしているわけで、食べること一つにしても、私たちは自然を「殺して」私たちの血と肉に変えています。そんなこと当たり前なのだけれど、「食べる」ことさえそうなのに、私たちは自然にだけでなく、同じ人間にも何かしら犠牲を強いるようなシーンが多々あります。人間関係のような生臭いものでなくても、そもそも「生きる」ということは、食欲初め、いろんな欲と業の中で生きるわけで、こういう言い方をするとなんだか宗教の領域のようですが、誰しもがおそらく劇的な暮らしでなくても、どこかで「生きる」ことの刹那と悲哀を感じた「顔」を持っているでしょう。自分では見えないけれど。そんな顔が作品となる、表象の一つに、優れた俳優の顔があるのだと私は思っています。だからこそ、三浦春馬の「顔」を見ていたのかもしれません。生きることの「憂い」を意識してかしないでか、けれど顔は何かしら、生きることのかなしみを語っている、そう、笑っている時でさえも。だから思わず見てしまうのです。加藤和彦が作曲した「悲しくてやりきれない」という名曲を劇のラストに使ったことがあります。この歌は、生きることの「悲しさ」と「愛しさ(かなしさ)」を普段の言葉で見事に歌っています。加藤和彦も自死しました。私たちは「悲しくてやりきれない」けれど生きている。けれど「憂い」を何ものかに感じる時、ふと、立ち止まり、何かしら大きな流れの中の「今」という地点にいる私について考える。自分自身を「はて?」と思い、この「かなしさ」は何かしらと考える…。そんな時に、詩歌や芸術が生まれるのかもしれません。三浦春馬さんの「憂い」を感じる顔がもう見られないこと、年をとった彼の芝居が見たかったこと、いろんな気持ちが巡ります。ただただ、ご冥福を祈るばかりです。

奈良町にぎわいの家 つし2階アート企画&町家美術館レポート

2020-07-04 | アート
昨年度までの5年間、奈良町にぎわいの家で開催された展示企画をまとめた冊子を製作し、発行しました。以下、冊子冒頭の挨拶をまま、掲載します。(写真は冊子の一部)

奈良町にぎわいの家~展示企画の取り組み~ つし二階アート企画&町家美術館から

2015年4月に開館した奈良町にぎわいの家は、奈良町の目抜きにある、大正6年(1917年)に建てられた町家です。裕福な古美術商が建てたこの町家は、一般の奈良町家とは違い、規模も大きく、間取りも個性的です。2017年に、国の登録有形文化財に指定されました。
当館は節気ごとの行事や茶会、かまど体験など、昔ながらの暮らしの知恵や心地よさを、発信する町家で、美術館ではありませんが、町家ならではの空間を活かした展示企画を年間を通して行っています。この冊子はその中から、以下の二つの企画を中心にまとめたものです。

①つし二階アート企画…「つし二階」は通りに面した「店の間」の真上にあたる天井の低い部屋で、一般的に、物置や使用人の寝泊まりに使用されていた場所です。当館には、手前と奥の二部屋をつなぐ「にじり口」のようなものがあります。どのように使われていたのかはよくわかっていません。天井の低さとこの謎の出入口もあって、子どもたちには「忍者屋敷?!」と言われるような空間です。この企画は、当館、藤野正文事務局長の発案で、2015年10月より始まり、通算、20回を数えます。地元奈良の団体にコーディネートをお願いしました。2015~2017年度は、「奈良アートプロム」、2018~2019年度は、(一社)はなまる にお世話になりました。予算も少なく、登録有形文化財での難しい展示を、親身になって考え、挑んでくださったことに感謝しています。特に、野村ヨシノリ様、津嘉山裕美様、内田千恵様にはお世話になりました。御礼申し上げます。

②町家美術館…一階の広々とした座敷を中心に江戸時代後期の蔵や離れまで、館内全体を使っての展示企画です。伝統美術から現代アートまで様々ですが、作品を展示する度に、この町家の力に驚かされました。作品を活かしながら、家の空間も引き立つ…。作品も建物も見事に調和するのです。大正期、古美術商が建てたこの家は、今、新たな作品により、次の「美術」のありようを見せてくれているのかもしれません。

町家での作品展示は、美術館と違い、ガラス越しでなく、身近に鑑賞できます。「家」で見ることに価値があるのだと思います。それは、アートが特別なものでなく、私たちの暮らしと共にあるということ。作品の形と感性に日々触れる中で、新しい発見や発想が生まれ、考える力を耕してくれるということ。それが、この5年間、展示作品を鑑賞しながら感じたことでした。
最後に。展示専門施設でない当館が、これだけの展示を開催できたのは、関係者の熱意と愛があったからこそ。こうした創造への熱意に頼るだけでなく、私たちが作品の価値を理解し、日々の生業の中で、「必要なもの」として意識できるような文化を、「家で鑑賞する」ということから探っていけたらと考えています。
作家、及び関係者の皆様、本当にありがとうございました。
これからも「家」の可能性と、新たな町家空間での出会いに期待して。
多くの皆様の来館を今後もお待ちしています。 
                               奈良町にぎわいの家 総合プロデューサー  おの・こまち


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 町家美術館


 つし2階アート企画