KAZUが退学勧告を受けてもうすぐ2ヶ月です。
2ヶ月前のKAZUは学校に通う楽しみを見つけて
毎日笑顔でした。
大好きなクラブ活動に毎日参加し、
後輩と関わり、充実した中学2年生をスタートさせました。
でも、一つのトラブルがきっかけで
退学を勧告され、その日から登校を禁止されました。
あれから、学校からの連絡は郵便のみになりました。
お手紙は一切ありません。
日々のお便り
学校で発生する費用の振込に関する用紙
保護者懇談会のお知らせ
夏休みのイベントについてのお知らせ
参加させる気のない修学旅行のプリント
担任は、まだ在籍しているから
仕方なく送ってくるのか?
事務仕事の一つだと思っているのか?
一つ一つのお知らせによって私やKAZUがどんな気持ちになるか
そんなこと全く考えていないのでしょう。
最近は、授業中2回注意をされた生徒は
居残りして反省文を書いているという話も流れてきました。
どんな注意なのかはわかりませんが、
子供達は毎日先生の顔色を伺っているように感じました。
そんな状態での学校生活は
本当に子供のためになるのだろうか。。。
中学時代は、情緒の成長にとって大切な時期です。
自分以外の人間に目を向け、
困っている人がいたら、手を差し伸べ
互いを思いやり、
時には意見をぶつけ合って妥協点を見つけていく。
人が自分とは違う存在なんだということに気付き、
世の中には自分に簡単にできることでも、
努力してもできない人がいるってことを理解する。
自分にはどうしてもできないこと、
時間をかけて努力しなければできないことでも
他人には簡単にできてしまうことがあるということに気付く。
それぞれが持っている才能に、個性に気付く。
みんな違っていてそれでいいということに気付くために
それを理解させるために先生のサポートがあるべき時期です。
でも、それを教える先生が、子供の意見を一切聞かず、
意見する子供のことを反抗的としか取らない学校は
単なる営利目的の施設のように思えてきます。
そして、もし全教員が同じ考えならそれは最悪なことで
また、一部の先生にKAZUの理解者がいるとしても
それを口に出さない、出させない環境なら
それは子供達にとってもふさわしくない環境です。
そんな場所で育った子は
会社に入っても言われたことしかできない
自ら善悪の判断のできない大人になるような気がします。
中間テストに続いて期末テストが迫ってきました。
今回もみんなから数日遅れで、テスト範囲と、
授業中に配布されたプリントが送られてきました。
今回は副教科もあるので、
授業を受けていないKAZUにとっては
かなり大変な作業です。
歌ったことがない楽譜をみても
聞いたことがない音楽の鑑賞方法を読んでも
解説を聞いたことがない絵のタイトルを見ても
やったことがないてん刻のプリントをみても
バレーボールをほとんど見たことがないのに
その競技方法やルールを暗記しろと言われても
さっぱりです。
実際はテスト直前の授業では
ここがポイントだよ!
ここは漢字で書けるように!など
テストに関するヒントがたくさんでますが、
その情報も一切ありません。
範囲が多少変更になってもわかりません。
実力テストとしてやるだけです。
それでも、そんな不利な状態でも
100%努力して臨みたいと思う真面目なKAZUです。
一方、KAZUの心の方はだんだん崩れてきました。
居場所を奪われた子は、何を支えにして
毎日を過ごせばよいのでしょう?
KAZUの心も少しずつ少しずつ凹んでいるのがわかります。
大好きなジムも、時間はたっぷりあるのに
行く回数が減りました。
そもそも外にでることがグッと減りました。
学校に通わなくなって、食事の量がグッと減りました。
ダルさや不眠を訴えるようになりました。
突然怒りを露わにしたり、
部屋で地団駄を踏む様子も増えてきました。
そんな鬱の初期症状のような状態に
追い込んでいることも学校にとってはどうでもよいことでしょう。
学校は存在そのものが邪魔という理由で
KAZUの全人格を否定し、
KAZUを追い出そうと必死になっています。
送られてくるお便りの一つ一つも
攻撃のように思えてきます。
中間テストの採点ミスも幾つかありましたが、
ワザと×にしたのではないかと思えるくらいです。
(塾の先生は、教科担当ではない人間が採点したから
このようなミスが起きるのでは?と感想を述べられました。
学校にとってはKAZUは不要な存在なので、
採点するのも面倒なのでしょうか。。。)
とにかくあと1週間です。
それで終わりです。
もちろん、ずっと止まっているわけではありません。
私も様々な機関に相談をして
KAZUに最適な場所はどこかを
じっくり検討しています。
人生のリスタート!
じっくり、ゆっくり考えたいです。
そして、KAZUも自分自身を見つめなおし、
自分にできることを毎日やり
できない部分を自らSOSできるように考えています。
今日は朝から大雨でしたが、
KAZUはいつものようにゴミ捨てに
行ってくれました。
「雨だからいいよ。。。」
と言ったけれど
「それぐらいしかできないから。。。」
と言って雨の中出て行きました。
それぐらいしか。。。
理解されないということが、
14歳の少年をどこまでも苦しめる、
そんなことが許されるのだろうかと
疑問に思います。
伸びようとする若芽は
今まさに伐採されようとしています。
私はその弱った枝の居場所を見つけて
挿し木ができる方法を模索しています。
2ヶ月前のKAZUは学校に通う楽しみを見つけて
毎日笑顔でした。
大好きなクラブ活動に毎日参加し、
後輩と関わり、充実した中学2年生をスタートさせました。
でも、一つのトラブルがきっかけで
退学を勧告され、その日から登校を禁止されました。
あれから、学校からの連絡は郵便のみになりました。
お手紙は一切ありません。
日々のお便り
学校で発生する費用の振込に関する用紙
保護者懇談会のお知らせ
夏休みのイベントについてのお知らせ
参加させる気のない修学旅行のプリント
担任は、まだ在籍しているから
仕方なく送ってくるのか?
事務仕事の一つだと思っているのか?
一つ一つのお知らせによって私やKAZUがどんな気持ちになるか
そんなこと全く考えていないのでしょう。
最近は、授業中2回注意をされた生徒は
居残りして反省文を書いているという話も流れてきました。
どんな注意なのかはわかりませんが、
子供達は毎日先生の顔色を伺っているように感じました。
そんな状態での学校生活は
本当に子供のためになるのだろうか。。。
中学時代は、情緒の成長にとって大切な時期です。
自分以外の人間に目を向け、
困っている人がいたら、手を差し伸べ
互いを思いやり、
時には意見をぶつけ合って妥協点を見つけていく。
人が自分とは違う存在なんだということに気付き、
世の中には自分に簡単にできることでも、
努力してもできない人がいるってことを理解する。
自分にはどうしてもできないこと、
時間をかけて努力しなければできないことでも
他人には簡単にできてしまうことがあるということに気付く。
それぞれが持っている才能に、個性に気付く。
みんな違っていてそれでいいということに気付くために
それを理解させるために先生のサポートがあるべき時期です。
でも、それを教える先生が、子供の意見を一切聞かず、
意見する子供のことを反抗的としか取らない学校は
単なる営利目的の施設のように思えてきます。
そして、もし全教員が同じ考えならそれは最悪なことで
また、一部の先生にKAZUの理解者がいるとしても
それを口に出さない、出させない環境なら
それは子供達にとってもふさわしくない環境です。
そんな場所で育った子は
会社に入っても言われたことしかできない
自ら善悪の判断のできない大人になるような気がします。
中間テストに続いて期末テストが迫ってきました。
今回もみんなから数日遅れで、テスト範囲と、
授業中に配布されたプリントが送られてきました。
今回は副教科もあるので、
授業を受けていないKAZUにとっては
かなり大変な作業です。
歌ったことがない楽譜をみても
聞いたことがない音楽の鑑賞方法を読んでも
解説を聞いたことがない絵のタイトルを見ても
やったことがないてん刻のプリントをみても
バレーボールをほとんど見たことがないのに
その競技方法やルールを暗記しろと言われても
さっぱりです。
実際はテスト直前の授業では
ここがポイントだよ!
ここは漢字で書けるように!など
テストに関するヒントがたくさんでますが、
その情報も一切ありません。
範囲が多少変更になってもわかりません。
実力テストとしてやるだけです。
それでも、そんな不利な状態でも
100%努力して臨みたいと思う真面目なKAZUです。
一方、KAZUの心の方はだんだん崩れてきました。
居場所を奪われた子は、何を支えにして
毎日を過ごせばよいのでしょう?
KAZUの心も少しずつ少しずつ凹んでいるのがわかります。
大好きなジムも、時間はたっぷりあるのに
行く回数が減りました。
そもそも外にでることがグッと減りました。
学校に通わなくなって、食事の量がグッと減りました。
ダルさや不眠を訴えるようになりました。
突然怒りを露わにしたり、
部屋で地団駄を踏む様子も増えてきました。
そんな鬱の初期症状のような状態に
追い込んでいることも学校にとってはどうでもよいことでしょう。
学校は存在そのものが邪魔という理由で
KAZUの全人格を否定し、
KAZUを追い出そうと必死になっています。
送られてくるお便りの一つ一つも
攻撃のように思えてきます。
中間テストの採点ミスも幾つかありましたが、
ワザと×にしたのではないかと思えるくらいです。
(塾の先生は、教科担当ではない人間が採点したから
このようなミスが起きるのでは?と感想を述べられました。
学校にとってはKAZUは不要な存在なので、
採点するのも面倒なのでしょうか。。。)
とにかくあと1週間です。
それで終わりです。
もちろん、ずっと止まっているわけではありません。
私も様々な機関に相談をして
KAZUに最適な場所はどこかを
じっくり検討しています。
人生のリスタート!
じっくり、ゆっくり考えたいです。
そして、KAZUも自分自身を見つめなおし、
自分にできることを毎日やり
できない部分を自らSOSできるように考えています。
今日は朝から大雨でしたが、
KAZUはいつものようにゴミ捨てに
行ってくれました。
「雨だからいいよ。。。」
と言ったけれど
「それぐらいしかできないから。。。」
と言って雨の中出て行きました。
それぐらいしか。。。
理解されないということが、
14歳の少年をどこまでも苦しめる、
そんなことが許されるのだろうかと
疑問に思います。
伸びようとする若芽は
今まさに伐採されようとしています。
私はその弱った枝の居場所を見つけて
挿し木ができる方法を模索しています。