姉 の幼い頃の体験

2010年01月26日 15時17分18秒 | 日記
母の病院から自宅に帰ってきて、まる一日経ってしまいました。
なんにもせず・・・疲れて寝てばかり・・・。
かと言って姉も最近は疲れ来てるのが、わかる。
母に回復の兆しが見れないのが分かって、看病しているのはとてもつらい。
【いつ抜け出れるかもわからないトンネルの中】なんて小説の一節見たいな言葉がうかんでくる。

なんか楽しい話をと、思うのだがなんにも思い浮かばない。
  あっ、テンプレート 替えました
母の病院へ通う国道沿い、こんな感じの雪景色なんですよ、  滑るし・・。
      てっ、どうでもいいことですね? 


最近姉と良く話すようになって、(あたりまえなんですけどね、四六時中一緒ですから、)
だから、姉の話を、もうひとつ。  
ものすごく寒い北国で、ものすごく遠い南の国のおはなし。              

姉と昔話をしていて、思いだした事があります。
姉は海南島(はいなん島と読みます)で生まれています。
場所は地図でみると香港の右側にある小さな南の島です。
 ちなみに、姉の名前は 南の南の子と書いて南々子、「 な な こ 」といいます。

何でそんな南の島に、住んでかなんて全然わかりませんが、
その島では、その頃の父母と姉の写真をみると、ものすごく、ぜいたくな暮らしをしていたのが、わかります。
姉などは、ヤシの木の下で、立派なベッド様の高台にふかふかな布団を敷いて
原住民に大きなうちわ(?)で、仰がれている写真があったりします。 
まだ2歳にもならない姉がドイツからとりよせた子供のおもちゃのジープ( 本物そっくり  )に乗って原住民に押してもらっている写真などみると
悪い日本人の代表みたいですが、  こんな話はタダの自慢に聞こえちゃうでしょう?
でも話はここからなのです。

父に聞いたのです。   この手の話が私は大好きで、父にいつもせがんだものです。


日本が戦争に負けて、いざ引き挙げて来る段になった時、小さな子供は船に乗せれないと言うお達しが来て、

年齢制限があったかで、姉は船には乗れない事になったらしいのです。

それで、父は家財を一切がっさい処分して、たくさんのお金で船役人を買収して、大きなトランクに姉を入れて連れもどったのだそうです。
トランクの大きさは120cm×90cm×30cm位の革製のがっちりとしたもので
一円玉くらいの穴が、何か所かにあいていました。  空気穴だったそうです。 
もうそのトランクは有りませんが、記憶よりもう少し大きかったかも知れません。
今あったら、ヴィトンよりも高かったりして・・・。

船は出発まで、乗りこんでから、何日もあり、大変だったようです。
そして最後の検閲(?)に兵隊が乗り込んできて子供が乗っていないか、調べて歩き、
子どもが声を出したりして見つかると、海にポ~ンとほうり投げるのだそうです。  
まるで、地獄絵図のようであったと・・・。
母親が狂ったのようになり、後を追って飛び込む人もあったとか・・・。
そこで父はいうのです。 「 お姉ちゃんは偉かったんだぞう 」 と ( 毎回 

「一言も、カサリとも言わなっかたんだ~」 と、

兵隊が、父のそばにも来て、イライラとしていたが  、父はトランクの上に腰かけて、
「中を改めるから、トランクを開けろ!  」 と、言われても、聞こえないふりして、悠々と煙草を吸っていたらしく、知らんぷりしてたら、

それ以上は、父には声をかけず、別の人たちの所に行ってしまったらしいけど
父も内心はドキドキだったのだろうな~と思います。

なぜ子供はダメかと言うと 長い船旅ですからね、酔ったり 騒いだり 病気になったりと 色々な理由なんでしようね?
詳しくは聞いたことないのでわかりませんが・・・。
船が出発してからは、何処に隠れていたんだ?と言う位、子どもたちが出てきたらしいのですが・・・。 


父はあまりお酒に強い人ではなっかたのですが、昔は、酔うと、この話になり、
「 お姉ちゃんは偉かったんだぞう 」と言う所では決まって、姉を呼び 膝に乗せ、頭を撫ぜてました。
きっと父の人生で、ものすごく、衝撃的な、出来事だったのかも知れません。


でも今回この話をしていて、姉はまるっきり憶えていないんです。
いくら私がこうだったでしよう?  あ~だったんでしょう?  と言ってもまるっきり、記憶にないみたいで
父との記憶も「そんな話したことない」と言うんですよね~。 

      すごく  ふ し ぎ    

全く不思議な姉の、頭の中です。  
記憶とは、嫌な想いでを消去してしまものなのでしようか?


下のブログは、母の所に行った24日に 携帯にメモした、記事です。






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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
歴史 (勿忘草)
2010-01-26 21:39:19
お母様のご病気、心配ですが
親子姉妹の絆がより強くなる時間かもしれません。
お母様のそばで過ごすお姉さまとの時間も大切にしてください。
快復をお祈りしています。

人にはそれぞれの歴史がありますが
戦後の体験は壮絶だったようですね。
外地での (吾亦紅)
2010-01-26 23:42:33
生活は、良いときは、すごく良かったらしいですね。
私の夫の親が、台湾から引き上げでした。姑が、その頃の話をしてくれたことが数回ありました。
似たり寄ったりの、今考えると羨ましいくらいの生活をしていたのが、引き上げのときの悲惨さは、また想像を絶することですね。

お母上様をお大事に。バジルさんも、気をつけてくださいね。
おはようございます (ひまわり)
2010-01-27 05:38:01
テンプテート らしくなりましたね

戦後の混乱していた時のこと これって人間のした事 日本人????
戦争って怖いですね
お姉さま 記憶に無い 怖くて忘れようとなさったのでしょうね
姉妹で思い出話もいいものでしょ 今だから話せることも多いと思います
お母様がこう云う時間をくださったのでしょう
お大事にね

勿忘草さんおはようございます。 (バジル)
2010-01-27 08:43:13
コメント有難うございます。
人間て、切りなく、もっともっとと、欲をだす、ものですね。
母が意識を戻した時、このままでいいから、ずっと生きていて!と、思ったはずなのに、
何の反応もない母に、早く言葉を発してと、呼びかけてしまう私です。

姉は、小さい頃は利発な子供だったのですが、いまは、私がものすごくおしゃべりになって、
姉は、「うん うん」てな具合です。
おまけに「あんた、良くしゃべるね~。口疲れない?」なんて言い出すしまつです。
吾亦紅さん おはようございます。 (バジル)
2010-01-27 08:54:48
コメントありがとうございます。
そうなんですね?母からもその頃の話を聞いたことありますが、
何とぜいたくなと思った事あります。
はい、気をつけて通ってます。
途中テンプレートそっくりな景色があって、凛としていて清々しい気持ちになります。
まだまだ、続きそうで心が、折れそううなとき
立ち枯れの木々が、青空にそびえている様を見ると、気持ちがしゃんとしてきます。
ひまわりさん おはようございます。 (バジル)
2010-01-27 09:19:05
コメント有難うございます。
戦争は経験してないのです。戦後生まれですから
でも戦争当時の日本人が、朝鮮や、中国で行ってきたこと、忘れては、いけないと思います。

<お母様がこう云う時間をくださったのでしょう>そうなんですね?
きっと母が与えてくれた大切な時間なんでしょう。
姉はいつも私より何歩も先行く人で、あまり必要ない話などしてこなかった気がします。
姉の、心が思いがけず聞けて目から鱗の、事もありました。
大文字使うの 上手になったでしょう?
無理しないで (そら)
2010-01-27 13:14:59
お母様の看病に一生懸命になられてる様子
よくわかりますが、
どうぞご無理なさらないで下さい。

バジルさんが体調 壊すような事があったら
お母様がどんなに辛いか・・・

何も反応ない、分からないと思っても
最後まで耳は聞えてるそうですから、
きっと、姉妹で看病してあげてる事
お母様はご存知ですよ。
今 二人の娘さんがついていてくれて幸せでしょう
 きっと。
私ならそう思いたいのです。

引き上げ時の話 まるでドラマのようですね。
コメント有難うございます。 (バジル)
2010-01-27 14:31:30
そらさん、人間は業の深いものだと、思います。
何の反応もない母が、これから先ずうっと続くかもしれない。
こんな生活していたら、自分の身体も参ってしまう。
でも、姉一人に背負わす事はできない。
せめて母に何らかの表情が生まれてくれたら・・・。
など、自分でも、あきれるほど、欲深いものです。

ほとほと、つかれました。
こんにちは^^ (suzuran)
2010-01-27 17:37:30
お母様、心配ですね。
でもきっと、私もひまわりさんがおっしゃっているように
バジルさんとお姉様にこういう時間を作ってくださったんだと感じました。
お母様のそばでお二人がなさっている想い出話、きっとお母様も聞いていらっしゃるのでは?
そんな気がします。
お姉様の幼いころの出来事、まるで小説のお話を聞いているようでした。
今の世の中、景気が悪いと嘆いているけれどその当時の生きるか死ぬかの日常に比べるとなんと恵まれているのだろう、と改めて思いました。
とても貴重な体験を聞かせていただきました^^
お姉様がまったく記憶にないのはそれほど怖い出来事だったからなのかもしれませんね。
バジルさんの毎日の大変さ、お察しいたします。
どうぞ車の運転にも十分気をつけて下さいね
お母様、お大事に 
おはようございます。 (バジル)
2010-01-28 08:22:56
suzuranさん、コメントありがとうございます。
忙しいのに訪問下さり感謝です。
風邪など、引いてませんか?
同じ忙しさでも うれしい忙しさと私のように気が落ち込む忙しさとは、違いますから。
大丈夫ですよね?
すみません。また明日から、母の所へ行こうと考えていたら気が重くてついなかんじです。
言葉が、声が全然出ないんですよね…。
回復の兆しが見えないのに、看病しているとむなしい気がしてきて・・・。

姉の話、本当の話なのに姉はいやなんですね?
本当に憶えてなくて。でも海南島で撮った写真がありますからね~、
「ほらおねえちゃんでしょう?」と言っても、記憶にないみたいで、
人間の記憶って面白いな~って思います。

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