「兄貴、ところでひとつ、飲み屋をやってみないか」従業員が退社し、事務所のドアが閉まった瞬間、譲治が口を切った。珍しくも、アルコールに口がつく前である。「なんだって?『飲み屋』がどうしたって?」本田は驚いた。「ま、一杯やろう、おつかれ・・・」お互い、グラスに口をつけた。
わずか1分もかからなかったが、互いに暫らく口を開かず、沈黙した。
「例の、兄貴もよく知っている『フォワイエ・ポウ』だよ・・・」
「なんだって? あの店、山根君がやってんだろうが、彼、どうしてるんだ」
「いや、実は・・・」
ようやく譲治は、事の仔細を語り始めた。
(以上、第6回掲載まで・・・)
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掲載済みの小説「フォワイエ・ポウ」は、下記から入れます。
1)第1回掲載(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)
3)第3回掲載(2月15日)
4)第4回掲載(2月17日)
5)第5回掲載(2月22日)
6)第6回掲載(2月24日)
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エセ男爵ブログ・連載小説
『フォワイエ・ポウ』
著:ジョージ青木
2章
1(安易な決断)(1)- 2
まず、
今、店は閉まっているという。
しかも店が閉ってから早くも半年になる。
なぜなら、マスターの山根は、今、刑務所につながれている。と、いう。
そもそも6年前に店を立ち上げたとき、銀行筋から6百万円の借金をして立ち上げた。三年間は、店は順調に流行ったし、かなり儲かった。儲かったから、女に手を出し始めた。その日の売上現金をレジから持ち出し、店が終わったあと毎夜の如く飲み歩いた。さらに学生時代からの夢だった念願の外車を買った。さらに同じ業界、つまり別の店の飲み屋のマスターと知り合いが増え、仲間内の資金繰りが必要になったとき、お互いに安易に手形を回しあっていたところ、仲間内で不渡り手形を出した。結果、高利貸しから資金を借りて処理したが、それがいけなかった。高利の借金がさらに増え始めた。
店の家賃が滞り始めた。
家主に繰り返し催促され、状況を話したところ、
「以前から、山根君は気に入っている。任せておけ!」
家主曰く、当初の銀行借入を含めて1千200万円に膨れ上がっていた全ての借金の全額を肩代わりし、整理してくれたとの事。
「がんばって商売をやれ!」
と、励まされたとの事。
その時に、自分(本田の弟、譲治)が、連帯保証人になったとの事。
その後はしかし、なぜか、客足が細くなり、累積赤字が一向に減らない。そんな山根は毎夜悩む。客が来ない、少ないと不安になり悩む、考える。暇な時間を潰すために、客のいない時間に気を紛らわす為に、店の中で何かしたい。革細工を始める。すぐにお金にはならない。また悩む。悪い友人の誘惑から、ヤクをはじめる。店にヤクを持ち込む。
あげくの果てに警察の手がまわり、刑務所にぶち込まれたのが半年前。譲治は知り合いから状況を聞き、1ヶ月前に刑務所に赴き、面会した。
今の状態では自分が肩代わりして、その借入金を支払わねばならない。
しかし、考え方によれば、いっそのこと、直接自分たちで店を運転しさえすれば、山根に代わって借金も返せるし、やり方次第で利益も出せる。でもってこの際だから、もし良かったら兄貴(本田)が自分でやってみないか?その場合、あらためて自分は兄貴のために保証人になる事、やぶさかではない。
と、来た。
おおよそ、事のいきさつは理解できた。
さらに質問した。
「なになに、君が山根君の保証人になったんだ?」
「うん・・・」
「何のために?何か利益があると考えたのか?」
「・・・」
「分かった、保証人になる前提で、君は山根と取引しているな?」
「うん、わずかだが、その時、金をもらった・・・」
「何いうか!君が金を要求したのだろう、違うか?」
「・・・」
「金額はいくらだ?幾らのカスリを取った?」
この質問、譲治からの返事は一切なかった。
「ま、現役のサラリーマンが、人の弱みにつけ込んだ商売は、いかん。友達から金を取る。しかも『金銭の保証人』となって金をせがむなんて・・・」
(うむ、いかにもスマートではない)
ここまで話を聞き、さらに質問したその答えが返ってこない本田幸一の心境は、複雑であった。弟から聞いたわずかな情報は、限られた本田の処理能力の中で、めまぐるしく揺れ動いていた。頭の上下左右にぶち当たり、揺れ動く弟の譲治に対する不信感ではなく、すでに嫌悪感であった。
(だからこんな後始末をやらなくちゃいけなくなる、そんな付けが回って来るんだぜ)
(残念だ。まさか、弟がこんな手口で子遣い稼ぎをやっていたとは!)
幸一は愕然としたが、ある意味では想定の範疇であった。譲治の学生時代を思い出したからだ。学生時代にはろくに大学にも通わず、さりとて、アルバイトらしきものもやっていない。だから、譲治が何をして時間を潰していたか、当時は皆目見当もつかず、今もってよくわからない。むしろ本田は自分のことで手一杯であった。そんな頃、譲治と山根の出会いがあり、『腐れ縁』が始まっている。
グループサウンド全盛時代であった当時、大学に進学するやいなや、地元の軽音楽好きな若者達で結成された、某グループサウンドのバンドの仲間に加わっていた。
そのメンバーの中に山根潔がいた。
素人バンドのギターとヴォーカルをやっていた山根は、その頃、すでにキャバレーのボーイを本業としていたが、将来は自分の店を持つ夢を抱いていた。そんな山根の生きている世界は、当然ながらネオン輝く夜の巷。山根のダチである譲治も、すでに学生時代から夜の巷を徘徊し始めていた。素人ながら、譲治は夜の巷の華やかさに触れ、見聞きし、いっぱしの「通」である。と、すでに学生時代からかん違いし、今も尚、かん違い状態から、けっして抜け出せないでいた。
その延長線上で、このたびの保証人騒ぎの渦中に、当然ながら巻き込まれていたのである。
「俺がやるかどうかは別だ。でも、放っておくわけには行かないだろうが・・・」
「ウウ・・・」
ここでようやく、譲治の声が出た。
「一度、付き合ってくれないか。とにかく店を見に行こう・・・」
こういうときの本田は、なぜか、弟を見捨てなかった。
弟の譲治は、にわかに元気を取り戻し、グラスのそこに残っていたビールを一気に飲み干しながら、流暢に話し始めた。
「兄貴、そうしてくれ、まず店を見てくれ」
「ウム・・・」
ため息交じりに、本田は頷く。
「前向きに考えてみるか・・・」
「お~ さすが兄貴だ! そういってくれると思った」
「まだやるとは言ってない!勘違いするな。まず、今の店の状況を見て、家主と条件を決めて、営業計画いや経営計画と方針を立てて、いろいろ考えたり、いろいろ調査してみないといかん。まだ、どうするかわからんぞ」
「そう、その通りだ、兄貴の云うとおりだ!」
「で、できたら今年中、いや今月は無理としても来月から店をやってくれないか、直接兄貴自身の手で・・・」
「どういうことだ?」
「僕はよくわかっている。昔から兄貴を見てきている。兄貴のセールスマンとしての冴え渡った会話も、一度兄貴の事務所に行ったときに、しっかりと聞いている。さりげなくも、自信に満ち溢れた客との対応と立ち居振る舞い。会話の素晴らしい間合い。決して嫌みのない、スマートな説得力。そんな旅行会社時代の兄貴の持って生まれた感性と実力と実績がある。まして、フォワイエ・ポウは男がやる店だ。店の場所も、それなりに良い。山根潔に代わって、兄貴がやればもっとよい店になること間違いない・・・」
「やめとけ、昔の事、もう、過去の話だ。そんな話そんなお世辞、もう通用しないぜ」
「・・・」
いかにも営業マン的な譲治の売り言葉は、本田の一言で止まった。
結局それから一週間を経過した週末の午後、本田は弟を伴って店を見に行った。
(この店『フォワイエ・ポウ』の開業は、確か5~6年前と聞く。いやいや、捨てたものではないぞ・・・)
本田が、最後にこの店に訪れたのは3年前。
(いいよ、やはりこの店のレイアウトは、今でも十分通用する店のレイアウトだ!もうあと4~5年くらいかな、しばらくは、このまま改装せずに、何とか使えるかもしれない・・・)
しかし今、こうして店の中に入り、別の何かを感じた。
<・・続く(2月3日金曜日、掲載予定)>
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<添付画像>:(ハンガリー・ブダペスト市内「ホテル・アストリア」1Fダイニングサロンにて。撮影日:1994年5月18日午前・・)
わずか1分もかからなかったが、互いに暫らく口を開かず、沈黙した。
「例の、兄貴もよく知っている『フォワイエ・ポウ』だよ・・・」
「なんだって? あの店、山根君がやってんだろうが、彼、どうしてるんだ」
「いや、実は・・・」
ようやく譲治は、事の仔細を語り始めた。
(以上、第6回掲載まで・・・)
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1)第1回掲載(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)
3)第3回掲載(2月15日)
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『フォワイエ・ポウ』
著:ジョージ青木
2章
1(安易な決断)(1)- 2
まず、
今、店は閉まっているという。
しかも店が閉ってから早くも半年になる。
なぜなら、マスターの山根は、今、刑務所につながれている。と、いう。
そもそも6年前に店を立ち上げたとき、銀行筋から6百万円の借金をして立ち上げた。三年間は、店は順調に流行ったし、かなり儲かった。儲かったから、女に手を出し始めた。その日の売上現金をレジから持ち出し、店が終わったあと毎夜の如く飲み歩いた。さらに学生時代からの夢だった念願の外車を買った。さらに同じ業界、つまり別の店の飲み屋のマスターと知り合いが増え、仲間内の資金繰りが必要になったとき、お互いに安易に手形を回しあっていたところ、仲間内で不渡り手形を出した。結果、高利貸しから資金を借りて処理したが、それがいけなかった。高利の借金がさらに増え始めた。
店の家賃が滞り始めた。
家主に繰り返し催促され、状況を話したところ、
「以前から、山根君は気に入っている。任せておけ!」
家主曰く、当初の銀行借入を含めて1千200万円に膨れ上がっていた全ての借金の全額を肩代わりし、整理してくれたとの事。
「がんばって商売をやれ!」
と、励まされたとの事。
その時に、自分(本田の弟、譲治)が、連帯保証人になったとの事。
その後はしかし、なぜか、客足が細くなり、累積赤字が一向に減らない。そんな山根は毎夜悩む。客が来ない、少ないと不安になり悩む、考える。暇な時間を潰すために、客のいない時間に気を紛らわす為に、店の中で何かしたい。革細工を始める。すぐにお金にはならない。また悩む。悪い友人の誘惑から、ヤクをはじめる。店にヤクを持ち込む。
あげくの果てに警察の手がまわり、刑務所にぶち込まれたのが半年前。譲治は知り合いから状況を聞き、1ヶ月前に刑務所に赴き、面会した。
今の状態では自分が肩代わりして、その借入金を支払わねばならない。
しかし、考え方によれば、いっそのこと、直接自分たちで店を運転しさえすれば、山根に代わって借金も返せるし、やり方次第で利益も出せる。でもってこの際だから、もし良かったら兄貴(本田)が自分でやってみないか?その場合、あらためて自分は兄貴のために保証人になる事、やぶさかではない。
と、来た。
おおよそ、事のいきさつは理解できた。
さらに質問した。
「なになに、君が山根君の保証人になったんだ?」
「うん・・・」
「何のために?何か利益があると考えたのか?」
「・・・」
「分かった、保証人になる前提で、君は山根と取引しているな?」
「うん、わずかだが、その時、金をもらった・・・」
「何いうか!君が金を要求したのだろう、違うか?」
「・・・」
「金額はいくらだ?幾らのカスリを取った?」
この質問、譲治からの返事は一切なかった。
「ま、現役のサラリーマンが、人の弱みにつけ込んだ商売は、いかん。友達から金を取る。しかも『金銭の保証人』となって金をせがむなんて・・・」
(うむ、いかにもスマートではない)
ここまで話を聞き、さらに質問したその答えが返ってこない本田幸一の心境は、複雑であった。弟から聞いたわずかな情報は、限られた本田の処理能力の中で、めまぐるしく揺れ動いていた。頭の上下左右にぶち当たり、揺れ動く弟の譲治に対する不信感ではなく、すでに嫌悪感であった。
(だからこんな後始末をやらなくちゃいけなくなる、そんな付けが回って来るんだぜ)
(残念だ。まさか、弟がこんな手口で子遣い稼ぎをやっていたとは!)
幸一は愕然としたが、ある意味では想定の範疇であった。譲治の学生時代を思い出したからだ。学生時代にはろくに大学にも通わず、さりとて、アルバイトらしきものもやっていない。だから、譲治が何をして時間を潰していたか、当時は皆目見当もつかず、今もってよくわからない。むしろ本田は自分のことで手一杯であった。そんな頃、譲治と山根の出会いがあり、『腐れ縁』が始まっている。
グループサウンド全盛時代であった当時、大学に進学するやいなや、地元の軽音楽好きな若者達で結成された、某グループサウンドのバンドの仲間に加わっていた。
そのメンバーの中に山根潔がいた。
素人バンドのギターとヴォーカルをやっていた山根は、その頃、すでにキャバレーのボーイを本業としていたが、将来は自分の店を持つ夢を抱いていた。そんな山根の生きている世界は、当然ながらネオン輝く夜の巷。山根のダチである譲治も、すでに学生時代から夜の巷を徘徊し始めていた。素人ながら、譲治は夜の巷の華やかさに触れ、見聞きし、いっぱしの「通」である。と、すでに学生時代からかん違いし、今も尚、かん違い状態から、けっして抜け出せないでいた。
その延長線上で、このたびの保証人騒ぎの渦中に、当然ながら巻き込まれていたのである。
「俺がやるかどうかは別だ。でも、放っておくわけには行かないだろうが・・・」
「ウウ・・・」
ここでようやく、譲治の声が出た。
「一度、付き合ってくれないか。とにかく店を見に行こう・・・」
こういうときの本田は、なぜか、弟を見捨てなかった。
弟の譲治は、にわかに元気を取り戻し、グラスのそこに残っていたビールを一気に飲み干しながら、流暢に話し始めた。
「兄貴、そうしてくれ、まず店を見てくれ」
「ウム・・・」
ため息交じりに、本田は頷く。
「前向きに考えてみるか・・・」
「お~ さすが兄貴だ! そういってくれると思った」
「まだやるとは言ってない!勘違いするな。まず、今の店の状況を見て、家主と条件を決めて、営業計画いや経営計画と方針を立てて、いろいろ考えたり、いろいろ調査してみないといかん。まだ、どうするかわからんぞ」
「そう、その通りだ、兄貴の云うとおりだ!」
「で、できたら今年中、いや今月は無理としても来月から店をやってくれないか、直接兄貴自身の手で・・・」
「どういうことだ?」
「僕はよくわかっている。昔から兄貴を見てきている。兄貴のセールスマンとしての冴え渡った会話も、一度兄貴の事務所に行ったときに、しっかりと聞いている。さりげなくも、自信に満ち溢れた客との対応と立ち居振る舞い。会話の素晴らしい間合い。決して嫌みのない、スマートな説得力。そんな旅行会社時代の兄貴の持って生まれた感性と実力と実績がある。まして、フォワイエ・ポウは男がやる店だ。店の場所も、それなりに良い。山根潔に代わって、兄貴がやればもっとよい店になること間違いない・・・」
「やめとけ、昔の事、もう、過去の話だ。そんな話そんなお世辞、もう通用しないぜ」
「・・・」
いかにも営業マン的な譲治の売り言葉は、本田の一言で止まった。
結局それから一週間を経過した週末の午後、本田は弟を伴って店を見に行った。
(この店『フォワイエ・ポウ』の開業は、確か5~6年前と聞く。いやいや、捨てたものではないぞ・・・)
本田が、最後にこの店に訪れたのは3年前。
(いいよ、やはりこの店のレイアウトは、今でも十分通用する店のレイアウトだ!もうあと4~5年くらいかな、しばらくは、このまま改装せずに、何とか使えるかもしれない・・・)
しかし今、こうして店の中に入り、別の何かを感じた。
<・・続く(2月3日金曜日、掲載予定)>
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<添付画像>:(ハンガリー・ブダペスト市内「ホテル・アストリア」1Fダイニングサロンにて。撮影日:1994年5月18日午前・・)