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気儘な旅人の「三文オペラ」創作ノート

小説「フォワイエ・ポウ」(3)

2006-02-15 10:44:43 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
Photo: at Zurich Switzerland,,,

掲載済みの小説「フォワイエ・ポウ」は、下記から入れます。

1)第1回掲載(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)

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エセ男爵ブログ・連載小説
『フォワイエ・ポウ』
著:ジョージ青木

1章

2.(クリームチーズ・クラッカー)

おつまみが出来上がったので奥のテーブルに出し、目の前にいる栗田係長には直接、本田が手渡した。
「マスター、 これがおつまみですね!」
「そうです。うちは、基本的にお客様全員に必ずお付けするおつまみはないのでして。そう、いわゆる御通しってやつは、ご用意していません。ま、相手を見て、おつまみらしきものをお出ししています」
「チーズクラッカーとは、さすが凝ってらっしゃる・・・」
「いえいえ、私がわがまま言って自分流にしてしまったのでして、自分としては別に凝っているわけでもないのでして、どちらかといえば、手抜きなのですよ」
「・・・」
栗田からの返事は返ってこない。栗田の手元は、にわかに忙しくなった。生ビールをあおりながら、チーズのアルミラップを懸命に開き、ナイフで切り取ってクラッカーに載せて、味をきいていた。本田はそんな栗田の様子を伺い、間合いを計りながら話を続けた。
「いや~、栗田さん、実はですね・・・」
ここでようやく栗田の口が開いた。
「あ、マスター、失礼、これ、おいしい、おいしいです。だから、食べるのが忙しくて口が忙しくて、失礼しました」
「いやいや大丈夫ですよ、実は私、酒を呑み始めたら飲み終わるまでほとんど食事しないのです。ほんのわずかなおつまみがあればいいのです、が、日本人は食べながら、飲む。飲みながら、食べる。だからどうしてもおつまみが欲しい! おつまみがなければ、酒が喉を通らない、という、日本人の常識?そんな平均的な感性、と、言いますか・・・」
「分かった!マスター、分かりますよその感覚、つまり、欧米では飲むときには食べないという人がほとんどなのですから」
「ウム・・・ そういえば、そうですね」
「このクリームチーズ、まだ日本に入っていないというか、少なくともスーパーやデパートの食品売り場では、まだ見かけませんから、お客さんにとって特にチーズの好きな人には、そうとう受けるんじゃないですか?」
「それならいいのですが、実は、チーズは苦手、嫌いな人もいましてね、そのような方には、例のかわきものをお出しするのですが、ここでは、ポッキーチョコか、チョコレートのついていないプレーンなポッキーをお出しします」
「ピーナツは?」
「ああ、殻付の美味しいヤツを、置いていました。美味しいやつですよ。でも、中にはマナーが悪い客が居ましてね。つまり剥いた殻を散らかすんですよ。必ずボックス周りを掃除しないと、あとから入ってくるお客様に申し訳ない、したがって掃除する。掃除してお役を迎え入れる。面倒で非効率でどうしょうもないからやめたのです」
栗田は、熱心にマスターの話に聞き入っている。
一通り話を聴いた栗田係長は納得し、さらにクリームチーズの入手先を聞いてきたので、説明する。東京にいる知人の輸入業者に依頼したところ、一回一回の仕入れ単位が多く、小規模のバーでは無理だと判明し、酒屋さんに相談した。結果、専属の酒屋さん経由で仕入れている、と説明する。
このバーの「つきだし」には少々特徴がある。
読者はすでに十分にご承知の通り二~三流BARのおつまみは、「かわきもの」と称する、オカキ・ピーナツなど、ある程度の期間の保存が可能なもの、すなわち乾いている「手の掛からない」食品であるから、飲み物と一緒に客に具するにスピードがあるから、したがって客を待たせなくてよい。
オードブルの定番として、チーズクラッカーを用意している。このバーに訪れた客の全員に最初に出される「おつまみ」なのだ。
つきだしの名は、『チーズクラッカー』である。
その内容は・・・
2~3種類のチーズが主役となるが、ソーダクラッカー数枚、さらにプチトマトとパセリが副えられる。
さて、主役のチーズは如何なるものか?
「チーズ」はクリームチーズなのである。業務用ないし欧米の家庭でもちいるチーズは、巨大であるから、まずチーズのブロックを裸にして切り分けなければならず、こんな飲み屋で取り扱えない。したがって取り扱っているチーズは、その直径約5~6センチ、厚み約5~6ミリ、ちょうど円形のビスケットの大きさそのもの、それが銀紙でパッケージされている。このように小分けしたチーズは、すでに市販の円形の紙箱に入った6Pチーズとほぼ同じか、やや少な目の分量であるから、一人一人おつまみに出しても無駄が生じない。かつ1ダース単位、つまり12枚単位で仕入れができる。しかもマスターの独断と偏見により、プレーンチーズを始め、ナッツ入り、パイン風味、オレンジ風味の四種類を仕入れている。銀紙でラップされたチーズはそれぞれ、そのパッケージの表に種別が判別できるよう、絵入りで中身が説明されている。パッケージが小さいので、比較的小さな冷蔵庫でも収納管理しやすく、ある程度チーズのバリエーション対応もなんなく維持できるのである。但しチーズの場合、客によっては好き嫌いがあり、チーズのにおいを嗅ぐことすら受けつけない客もいる。店を訪れた客全員にこれを提供するには、かなりの問題があるかもしれないが、しかし、この店を訪れた全員の客に必ずチーズクラッカーを「おつまみ」として具する。
さらにもう一点、何故、おつまみが「チーズクラッカー」になったか?単純な理由があった。

<・・続く・・・(2月17日金曜日・掲載予定)>