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ブログ小説 「フォワイエ・ポウ」 (2)

2006-02-10 02:09:28 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
Photo by G.A., at the French Restaurant in "Auberge Blanche Fuji" on Nov. 2004.

* 連載小説の掲載を始めました。毎週2回発表(水曜日&金曜日)いたします。

1)第1回掲載分(2月9日)(こちらから入れます)

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<ブログ連載小説>
 『フォワイエ・ポウ』 著:ジョージ青木

1章 1.(メタリックレッドのロールスロイス)

(2)

五反田恵子率いる一行は、ようやく目的地の「飲み屋専門雑居ビル」に到達した。
居酒屋、おでん屋、一杯めし屋、等々、ようやく7~8店舗程度の飲食店が入れる程度、そんな小さな4階建ビルの側面には、店の数だけ看板に灯が燈っている。
上から5番目の位置に黒地に白抜きの文字、カタカナで「フォワイエ・ポウ」・・
この看板の店、すなわち「フォワイエ・ポウ」が、御一行様の今夜の目的場所である。
小さなエレベーターに、すし詰めになって8名全員が乗り込むと、ほとんど定員オーバーの状態である。しかし、やはり女性ばかりの乗客は、このエレベーターにとっては軽いのであろう。エレベーターは定員オーバーのブザーは鳴らず、拒否反応無しに、動き始める。五反田恵子はおもむろに3Fのボタンを押すと、かなりゆっくりと動く旧式エレベーターは、それなりの時間をかけて目的地の3階に辿りつく。
再びエレベーターの扉が開く。
エレベーターから降り立った扉の目の前には、大人の雰囲気をうかがわせる和風居酒屋がある。その居酒屋の前を通過し、さらに左に回りこむ。回ればその右手におでん屋がある。これがまことに狭苦しい「おでん屋」で、カウンター席の7~8脚だけしかない。したがって7~8人で満席となる広さは、ビルの中に入っていなければ、まるっきり都会のガード下の屋台店そのものである。しかしそれなりに店の特徴らしきものもうかがえる。和風にしつらえてある壁は格子戸風ガラス張り。必ず着物を羽織って出勤するママは、年の頃40半ばであろうか。その他の従業員は1名。ママの母親の年恰好ではないけれども、どう見ても50台後半の女性である。おでん一筋の商売をして、すでに七年もたつ。今もつぶれずに頑張っている。そんなお店、外からガラス越しに店内が見える「おでん屋」を右側に眺めながら、約4~5メーター前進する。
通路は、そこで行き止まりとなる。
行き止まりとなった通路の突き当たりに、先ほどの「自転車ロールスロイス」が手前左側の壁に立てかけてあるではないか。行き止まりと思われた通路の右側の隅に、青いペンキが塗られた洋風のドアーが見えてきた。雑居ビルの狭い通路をこのあたりまで奥に入ると、わずかにモダンジャズ風の音楽が聞こえてくるのだ。ブルーに塗られたドアーの内側から、わずかに、もれ聞こえてくる。
息せき切って先頭を歩いていた五反田恵子が、息を弾ませながら口を開いた。
「さあ、ようやく到着しました!ここが目的地です、、、」
同じく息を弾ませている栗田係長は、息を吐きながら小さく叫んだ。
「俺、この4階の店に一度来た事あるよ。老舗の居酒屋で『モツ料理』が中心で、特に『テールスープ』が有名だぜ」
「あ、なんだ係長、そうなんだ、すでにこの場所、知ってらっしゃったんですね」
「知ってるよ、このビルにある居酒屋、地元の通のサラリーマンやそこそこの経営者クラスは、それなりに知ってるぜ、地元の有名人も来ているらしいし、結構それなりに凝った店があるんだってよ、そうなんだって」
一番年上、しかも御一行様の内ただ1人の男、なぜか今夜の栗田係長は1人ではしゃいでいる。女性陣からの返答や間合いの声がかからないので、栗田ひとりが喋っている。
「なんだなんだ、このビルは和風の飯屋ばかり入居しているのだ、とばかり思っていたけれど、しゃれた飲み屋もあるんだ」
栗田係長が一人で呟き感心しているうちに、先頭の五反田恵子がバーの入り口ドアーを開き、御一行はすでにバーの中まで足が進んでいた。

「いらっしゃい! お待ちしていました」
むやみに大声でなく、さりとて小声で呟くでもなく、しかし御一行様全員に聞こえるよう適切なヴォリュームの声で、マスターがお迎えの声をかけて、挨拶代わりにする。
「いらっしゃいませ・・・」
マスターに続き、若い男性従業員が控えめに挨拶をする。狭い店内の中、身のこなしはいかにも軽く、御一行到着までのわずか数分間の間にセッッティングを終えた一番奥のボックス席へ誘導する。が、しかし、その立ち居振る舞いはけっして大げさではなく、適度なスマートさが、ある。彼の名前は三城淳一、地元唯一の国立大学H大教育学部数学科2年生、九州は宮崎県の出身である。
栗田係長をはじめに、あついオシボリを手渡しながら、
「お飲み物いかが致しましょう?」
淳一の視線は、それとなく五反田恵子の目に向けられている。
「そうね、キープしている私のボトル、まだありましたね、それを出してくださいな・・・」
とっさに栗田が口を挟んだ。
「いや、今日は新しくボトルを出してもらおう、きみきみ、あ、三城君だっけ、ちょっと本田さん呼んで、俺がマスターに直接話しするから・・・」
女性に囲まれ、ボックス席にふんぞり返り、おもむろに足を組み、タバコに火をつけながら栗田は早口にしゃべり続ける。
「かしこまりました」
カウンターの中にいた本田は、すでにこのやり取りを聞いていた。栗田がしゃべり終わると、おもむろにカウンターから奥のボックス席にゆっくりと進んだ。
「マスターマスター、さすがですね。話がもう通じている。ところでさ、何かボトルキープしたいの、さて何にしよう?キープのお酒はなにがありますか。さて、みんな、何がいいのかな」
恵子が発言した。
「さすがに係長。今日は係長にご馳走になりますからね。でも、予算は決めていますからね、そう、2千円だけ!」
「先に係長に渡しておきますから、宜しくお願いしま~す」
しゃべりながら恵子は、さっそく他の女性連中から2千円を徴収し始めている。
「わかった、足らずは俺が出す。そのかわり俺の好きな酒をキープするよ、それでいいな、みんな・・・」
「OKで~す、係長にお任せしま~す」
「よ~し、シーバスだ!マスター、シーバスリーガル。ありますね。それ、キープできますか?」
「はい、大丈夫です、うちでキープできるのは、ちょっとクラシックですが、サントリーの角瓶、それから定番のサントリーオールド通称だるま、それにオールドパーとシーバスリーガルなのです。ほとんどがスコッチですよ、あと、最近はバーボンを云々言うお客がいますが、うちはワイルドターキーの12年物だけです。他のバーボンは、キープ対応はしていません」
この大切な話題、マスターは手短にしかもかなり詳細に、栗田に説明した。
「オオ、さすがマスター、シーバスはOKなんだ! 良かった、良かった。さっそくシーバスで、キープお願いしますよ・・・」
マスターに直接オーダーした栗田は、あらためて満足した。
「はい、さっそくご用意します」
「それから、乾杯はビールだよな。マスター、最初はビールでやりますからね」
「了解です、でも、この店、瓶ビールはおいてません、ハイネッケンの生ですが、それで宜しいでしょうか?」
「あ~、うれしいなマスター、ハイネッケンの生ビールがのめるなんて、それそれ、それでいこう・・・」
生ビールの注がれた人数分のジョッキー、さらにシーバスリーガルのボトル、人数分の水割りグラスが用意されたが、なぜか同時にワイングラスもテーブルに運ばれた。さらに彼らのボックスに近い場所に、ワインクーラーが運ばれてきた。
「このワイン、マスターからのプレゼントです」
マスターに代わって段取りしていた三城君は、栗田以下の全員に説明を始める。
「ドイツのモーゼルワイン、白ワインで少し甘口ですが、どなたのお口にも合いますので是非召し上がってみてください。とのことです・・・」
女性連中は単純に驚き、喜んだ。が、栗田の驚きが一番大きかった。
「ちょっと、ちょっと。こんなことしてもらって、どういうことなのかな」
栗田のつぶやきに、三城君が答える。
「あ~、時々ですが、うちのマスターは自分の気に入ったお客さんに特別にサービスする癖があるんです、なんだか、今日はまた特別にマスターの御機嫌が良いみたいでして・・・」
栗田は納得した。
「恐縮です、マスター、どうも、ありがとうございます」
カウンターの中で、急ごしらえのパーティー用オードブルを作っている本田に向けて、栗田は自分の席から立ち上がるように身体を乗出し、両手を振り回しながら、傍目に見ればまことに大げさに栗田流の礼を表現していた。
「あ~、ワインのお礼だなんて、大丈夫ですよ。どうぞご遠慮なく。後で五反田さんのお好きな温かい肉料理をご用意しますから、プレゼントしたモーゼルワインは暫くクーラーの中で冷やしておいて、温かい料理が出来上がってから、料理と一緒に召し上がってください」
こうして栗田に向けて話しながらも、カウンターの内側にいる本田の手元は忙しく、オードブルの飾り付けに専念してる。
御一行はビールで乾杯を終えた。たちまち栗田は奥のボックス席からカウンターに移ってきた。
本田に話しかけるのが、目的である。
「早速ですがマスター、ご一緒に生ビール、いかがですか?」
本田は即答を避け、少し考えた。その間、わずか十秒前後であるが、栗田にとって、そうとう長く感じた。
「はい、少し早いのですが、今夜はいいでしょう、一杯やりましょう」
通常本田は、10時過ぎまで、可能な限りアルコールを口にしないよう、努めて心がけていた。それには単純な理由がある。人にはそれぞれ酒の飲み方がある、酒を呑めば調子が変わる、いわゆる酒癖がある。しかし本田の酒には癖がない。あえて癖を探せば、ある。その癖は、酔っ払うと太っ腹になる癖であり、若い頃はずいぶん太っ腹になってはしご酒をやり、散財した経験がある。だから、自分のお店で太っ腹になると、金を払ってのみに来たお客全員に、酒をおごりかねない。近頃は自ら、そんな心配をしており、その証が、10時までは、酒を口にしない、という自己の決まりを作っているのだが、これがなかなか守れない。
「カンパイ!ようこそ、初めまして、宜しくお願いします・・・」

赤い自転車ロールスロイスとの出会いで、少し驚き、目的地の店に入るとモダンジャズのBGMで少し盛り上がり、店の一番奥のボックステーブルのセッティング準備完了で案内されたから久しぶりに自尊心が高まり、自分の好みのシーバスリーガルをキープして喜び、今夜の栗田の目的に合致したワインをサービスしてもらって盛り上がり、普通の飲み屋ではなかなか見当たらないハイネッケンの生ビールを口にして、アイドリングからいよいよ本調子にエンジンのかかった栗田は、満足して今夜のアクセルを踏み始めた。
まだ生ビール一口しか飲んでいない今夜の栗田係長は、すでに酔っ払っていた。それはアルコールに浸された肉体を意味するのではなく、アルコールを飲む前から、アルコールのムードに乗ってしまった自分自身の気分に酔っ払っていたのである。