環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

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戦後62年 立ち止まって考えてみよう

2007-01-03 11:00:55 | 環境問題総論/経済的手法
さて、2005年、日本は戦後60年を迎えました。そして、今年2007年には、戦後の混乱が終息した1947~1949に生まれた「団塊の世代」(約700万人)が60歳の定年を迎えることになります。

この時代の大きな転換期にちょっと立ち止まって、混乱する日本を、そして、激動する世界を考えてみてください。

日本のあちこちで地震、台風、火山の噴火など自然災害が相次いで発生しています。国際社会に目を転ずると、2004年12月26日のスマトラ沖地震によるインド洋大津波や2005年8月29日に米国南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」など、自然災害の報道が多くなっています。戦争やテロ活動はやむきざしがなく、貧困の原因の一つとも指摘されている経済のグローバル化は、さらに急速に進展しています。

しかし将来、自然災害の発生をとめることが技術的に可能になったとしても、また、戦争やテロ活動がなくなり世界に真の平和が訪れたとしても、私たちがいま直面している環境問題に終わりはありません。私たちの「経済のあり方」「社会のあり方」が、環境問題の直接の原因だからです。

あらためていうまでもありませんが、工業化社会では資源やエネルギーが大量に使用されます。その結果、必然的に生ずるのが、汚染物質の大気圏、水圏、土壌などの「環境への人為的負荷」です。そして、その環境への人為的負荷が蓄積し、「環境の許容限度」と「人間の許容限度」に近づくと「環境問題」として表面化し、広く社会に認識されることになります。

つまり、環境問題が示唆する本質的な問題は、「それほど遠くない将来、私たちが日常の経済活動から生ずる環境負荷の蓄積に耐えられるかどうか」ということ、つまり「私たち人類の存続危機」にかかわることなのです。
 
それだけではありません。20世紀の後半になって顕在化してきた地球規模での環境の悪化は、拡大しつづける市場経済社会の行く手を阻むことになります。なぜなら、環境をこれ以上悪化させないために、また、できれば環境を改善するために、エネルギーや資源をできるだけ使わない経済のあり方が求められるようになるからです。

「化石燃料の使用により大気中のCO2濃度が増えると、地球が温暖化する」という仮説を最初に唱えたのは、スウェーデンの科学者スバンテ・アレニウスで、1896年のことでした。
この110年間に「世界の経済状況」と「私たちの生存基盤である地球の環境状況」は大きく変わりました。110年前にスウェーデンの科学者が唱えた仮説がいま、現実の問題となって、私たちに「経済活動の転換」の必要を強く迫っています。

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