環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

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社会的な合意形成 ⑨ 私たちはどうすればよいのか? 

2007-03-07 10:34:46 | 社会/合意形成/アクター


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私たち人間は「動物」ですが、「火を使うこと」、「道具を作り、それを使ってさらに大きな仕事をすること」、「未来を意図的に変更することができる能力を持っていること」などで他の動物と区別されます。

この人間の特性がわずか200年間に科学技術を発達させ、気がついてみれば自然の大循環にのらない自然から孤立した人間社会を作り上げ、その結果、私たちの生存そのものが怪しくなってきたことに、今、気がついたのです。簡単に言ってしまえば、これが環境問題の本質です。

閉鎖系である(有限な)地球上の「人間活動の更なる拡大」に対して、昨日のブログで取り上げた「変化しないもの(変化すべきではないもの)」 今後ますます大きな制約因子となってくるでしょう。私たちが「現在の産業経済システム」を「環境負荷の低い産業経済システム」に意図的に変えていかない限り、2050年頃には様々な分野で環境・エネルギー問題に付随する問題が起こるでしょう。

ですから、人間の存在を否定するのであれば話は簡単ですが、肯定するのであれば、環境問題を考える際に「人間」を忘れてはなりません。人間は環境への加害者であると同時に、環境からの被害者でもあるのです。それでは私たちはどうしたらよいのでしょうか? 

少なくとも、これらの問題を避けるためには、次のようなことを理解しなければなりません。
 
日本の公害は経済成長の過程で起こった地域的な問題であり、私たちが、現在、直面している環境問題は人間の活動が有史以来最大となり、人間活動の拡大による「環境への人為的負荷の増大」が「人間および環境の許容限度」に近づき、部分的にはその限度を超えてしまったことです。

なんどもくりかえしますが、従来型の経済成長が環境への人為的負荷を増大させる原因です。「現在の決定が数10年後の環境問題を原則的に決めてしまう」という経験則を思い出してください。
 
公害は社会に「加害者」と「被害者」の対立関係をもたらしましたが、環境問題は社会を構成する各主体に「協力関係」を求めています。

環境問題で対立関係が残っているのは、日本の「環境への認識」が「公害への認識」の域を出ていないことを示しているからだと思います。

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8 コメント

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Unknown (サイトウタツヤ)
2007-03-08 01:29:51
小澤先生のブログを読むと、自分が「本質」からそれていくのに気づかされます。

環境問題は、差し迫った問題であり、先延ばしは出来ない緊急性の高い問題であることと、何よりも人間と人間社会の何よりのベースになっている事実。
これは、環境問題がその他の社会問題と比べて、優先度が高くあるべきシンプルな理由ですね。

その上で問題解決の方法は、スウェーデン型の産業システムだったり、財政学の視点だったりするわけですね。

少々、そのシンプルな順序を、自分の好みで変えていたような気がします。これでは、「日本の論点」といささか違いがありませんでした。反省です。

「環境への共通認識」今一度、確認する必要ありです。

これからも、記事の更新期待しています、よろしくお願いします。



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Unknown (まさひこ)
2007-03-08 18:30:17
月刊誌『世界経済評論』(B000NI4M4Y)の2月号と3月号に「アジアにおける国際ナレッジマ・ネジメント」という記事があります。まだ読んでいませんが、『エコロジストのための経済学』における、お金とは情報であるという主張、そして国際的な経済関係がますます重要になってきている昨今、ということを考えますと、環境情報を金銭として評価するシステムを構築するにも国際関係は無視できないですね。でもって、『バイオインフォマティクス事典』(共立出版)の第11章には情報共有に重要な役割を果たしそうなネットワーク理論が書かれていましたし、『社会学評論』の最新号にも人が信頼をおく場合についての分析がありました。環境情報の金銭化という問題にも役に立つのではないかと思います。あと、『環境社会学会報』(2月28日号)には14~16ページにおいて「物語」概念の重要性が述べられ、『物語の役割』(ちくまプリマー新書)という本も出ました。『進化しすぎた脳』(講談社ブルーバックス)の指摘するとおり、人間は脳の解釈から逃れ切れないのなら、「必死に環境情報を客観的に金銭化しようとしている」としても、そう感じている人の認識能力の限界を踏まえたうえでやれることをやるしかないのでしょうかね、やはり。
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環境問題への共通認識 (小澤)
2007-03-09 11:41:28
サイトウタツヤさん、

「環境問題への共通の認識」今一度再確認する必要ありです、その通りですが、サイトウさんの「環境問題への共通の認識」と私の「環境問題への共通の認識」
には相違が刈るかも知れません。

私の「環境問題への共通の認識」とは具体的にはつぎの2つです。

①1月18日のブログ:環境問題とは何か
http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/ca642bdefcf5e11d1d714495d425163c

②1月26日のブログ:環境問題への対応 輸入概念でよいのか!
http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/b0eb5c544487e7fe5082d8903803106a




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マサヒコさんへ (小澤)
2007-03-09 12:05:57
私の環境論の柱は、サイトウタツヤさんへの返信にも書きましたように、「経済活動」はお金の流れで見るのではなく、資源とエネルギーの流れで見なければ本質がわからないということです。

社会科学者や評論家からのさまざまな提案が、結果として資源とエネルギーの消費量を抑制しつつ(これが重要です)、経済成長(GDPの成長)を達しているというものであれば、検証に値すると思います。


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Unknown (まさひこ)
2007-03-09 18:20:17
お返事ありがとうございます。

> 社会科学者や評論家からのさまざまな提案が、結果として資源とエネルギーの消費量を抑制しつつ(これが重要です)、経済成長(GDPの成長)を達しているというものであれば、検証に値すると思います。

とのご指摘には賛成します。
私の基本的な立場は『エコロジストのための経済学』(東洋経済新報社)に基づいています。
お金は(もはや金本位制でなく、電子マネーも飛び回っている以上)「交換価値を持つ」という「信頼」というか「情報」の流れなのですから、その流れに環境情報を盛り込むようにすべきでしょう、と。
つまり、「資源とエネルギーの消費量を抑制しているという情報」を金銭化するというか、「資源とエネルギーの消費量を抑制していないという情報」が入っている商品には金銭的評価を下げてもうからないようにする、とか。

そこで問題は「具体化するために環境情報を定量化するとしたら生じる問題」になると思います。

1.誰が最終的にその情報を「正しい」とするのか?
2.情報弱者への支援をどうするのか?
3.複数の環境情報が対立する場合(地理的な対立とか異質な環境問題同士の衝突とか)はどうするのか?

これが今後集中的に論じるべき問題だと思います。

(※ただ、いくら資源とエネルギーの消費量を抑制しても、経済成長には限界があると思います。)
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環境情報をお金に載せる (小澤)
2007-03-10 07:01:23
マサヒコさんが小島寛之さんの「エコロジストのための経済学」を基本にして、考えておられる「お金の価値に環境情報を盛り込む」という考え方は、2月21日の私のブログ「価格破壊あるいは安売り現象と環境問題」http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/bf6b326fcf920adfb976371f07927521で経済学者やエコノミストに問いかけた疑問への「議論の上での」回答となりうる
可能性を秘めていると思います。実際に行おうとすれば、マサヒコさんが挙げたような課題をはじめとして
さまざまな問題が出てくるでしょう。

お金にそのような「新たな価値」を与えなくても、資源やエネルギーの価格や物品の価格を高く設定するだけで類似の効果がある程度期待できます。

スウェーデンで行われている環境税はそのように利用されています。つまり、化石燃料には環境税をかけて、バイオマスには環境税をかけないことによってバイオマスの国内市場価格を相対的に安くし、化石燃料からバイオマスへの転換を図るなどの方法です。
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追加:環境問題への共通の認識 (小澤)
2007-03-10 07:06:08
サイトウタツヤさんへ

昨日、「環境問題への共通の認識」の具体例として、
私のブログから2つのブログを紹介しましたが、もう1つ追加します。

2月1日のブログ「環境問題の解決とは」です。
http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/9e672a1c30c4fa667adff38e8a4a2a0a
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お返事ありがとうございます (まさひこ)
2007-03-10 08:15:26
> 実際に行おうとすれば、マサヒコさんが挙げたような課題をはじめとしてさまざまな問題が出てくるでしょう。
> スウェーデンで行われている環境税はそのように利用されています。

お返事&お知らせありがとうございます。私の書き込み(2007-03-08 18:30:17)で申したかったのは、そのような原理的にはまったく正しい政策の実行において、生じるであろう問題(人間の認識能力の限界)と、その問題への解決になりうるであろう要素(人間の認識能力の限界への認識、ネットワーク理論)をお伝えすることで何か解決への糸口が導かれる(少なくとも
「こうした限界の中で判断するしかない」と割り切りながら制度の改善を進める)のではないか、と。そういう意図だったわけです。
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