Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

007-ゆらぎ

2012-09-20 21:29:43 | 伝承軌道上の恋の歌

 僕は人気のない公園の木陰に埋もれて座っている。傍らに佇んでいるウサギの被り物と一緒に同じ方を向いて、砂場で遊ぶ親子を眺めていた。十二時ちょうどの低い位置に昇る真冬の太陽がやけに眩しくて周りがぼやけて見える。
 と、その光を遮るように人影が僕の目の前に立った。逆光でよく見えない。大きな帽子を目深に被って、口元がわずかに笑って見える。
「ねえ、みんな空を飛びたいと思ったらどうすると思う?」
 突然のことに僕は黙る。
「簡単だよ。眼を閉じるんだ…でもね。私はこうすると空を飛べるの」
 そう言うと彼女はコートの前をストリーキングみたいにばさっと開けた。今、僕の目の前にはさっき見たマキーナの衣装が覗いてる。
「…で、それが…?」
 僕の言葉に、アノンは前屈みに肘をついて溜息を漏らす。
「…やっぱ違うの?」
「何が?」
「…デウ・エクス・マキーナのこと、本当に知らないんだ?」
 アノンは拗ねたように言うとウサギの頭を抱いて僕の隣にどしっと腰を下ろした。
「ああ。だから話してもらおう。その…アノン」
「意味はunknownとanonymousのanonどちらでも。好きな綴りの方で」
「アノン…僕が知りたいのはさっき言った通りだ。なんで初めて会った時あんなことを言ったんだ?」
 そう僕が核心に触れようとする。が。
「…ねえ、ほら、私のマキーナ見てどうだった?」
 アノンはまるで話を聞いてない。
「それはこっちの質問に答えてからだ」
 彼女のペースに乗せられまい。
「ねえ、感度鈍いよ、シルシ?マキーナってすっごく人気なんだから。理由はそれが人の共有する意識に触れてるから。情報の海に生まれたゆらぎがだんだんと自転していくの。多分、みんな予感はしてたのに、形にできた人がいなかった」
「ごめん、何を言ってるのかさっぱり…」
 それでもアノンは構わず続ける。
「でもそれができた人がいた。誰かは誰も知らない。デザイナーと噂される人はいた。つまり、スフィア、デウ・エクス・マキーナを作った人ね。でも私は違うと知ってた。それでオリジナルのデザイナーを探していたの」
 なるほど、なぜそんなに知りたかったのかは分からないが、僕のことをその『デザイナー』だと思ったってことなんだろうか?
「残念ながら、僕は何の関わりもない」
「…うん。それはよく分かった。あーあ、本当にがっかりだよ」
 そう言ってアノンがウサギのもふもふの頭に顔を埋めたのに、僕は心が緩んだらしい。
「調べればすぐ分かるものじゃないのか、ネットとかで…?」
「そのネットが問題。情報の海っていったでしょ?スフィアって色んな人がお話を作るの。それが層(レイヤー)を作って厚くなっていく。で、色んな人がネットを通じて自分で端末化した情報をアップロードするから、オリジナルが分からないことが多いの」
「じゃあ、そのオリジナルを作ったって言われてた人は何だったんだよ?」
「みんなが勝手にそう思ってただけ。みんなそのデザイナーが私をマキーナの投影したんだって言ってる。でも私は違うと思ってる。だって、私はただの女の子で何もない。それがたまらなく嫌なの。マキーナとしてみんなにもっと見られたい。だから、少しでもマキーナの元型にオリジナルに近いレイヤーまで降りてそれを自分に投影させたかった。オリジナルのデザイナーと私でマキーナの神話を作りたいって」
「最初のデザイナーを探して僕に行き着いた。その…スフィアとかいうのと僕と家族に起きた事件がモデルになってるってことか?」
 そういいながら、スフィアは実在の人物なんかを設定にしているなんてアキラが言ってたのを思い出して僕は一人納得した。
「うん。そういうこと」
 アノンが『嘘なの?』と聞いた意味も今なら分かる。年頃の女の子の激しい思い込みがその速度と質量のまま、偶然に僕を的にしただけのことだ。それ以上のことは何もない。
「とにかく。僕は関係ないんだ。もう二年近くあそこで周知活動…いや、ビラ配りしてるんだ。それを参考にしたとかはもしかしたらあるかも知れない。でも、とにかく僕は関係ないんだ。だから勝手な思い込みで巻き込まれるのは迷惑だ。言いたいはそれだけだ」 そう言って僕は立ち上がった。
「待って…まだ全部終わってないよ」
 アノンは僕に被り物を託すと、ゆっくりと前を通り過ぎる。そしてちょうど僕達の座っていたベンチの裏手にある緑色の柵に手をかけた。


「この跡…これは何だと思う?」
 見ろ、ということだろう。僕は促されるまま緑色をしたペンキが剥がれかけている鉄の柵に近づいた。アノンの白い指先には塗料を削り取るようにしてできたくさび形の記号のようなものが見て取れた。
「…これが最初の『ゆらぎ』」アノンがつぶやく。
その十数個の印はかろうじて規則性があるようで、どこかの文字なのかもしれないが、僕の知識をあさっても同じ物どころか似たものさえ思いつかない。
「記号、いやどこかの文字か何かか?」
「分からない。でもこれをここに彫ったのが本当のマキーナだって、ヨミが言ってて…私が触れられたソースはこれだけ」
「ヨミって?」
 しかしアノンは何も答えない。
「それならなおさら僕は蚊帳の外じゃないか。どうして僕のことを疑ったんだよ?」
 これを見せてどんな答えを期待していたんだろう?
「…わたし、もう行かなきゃ」アノンは言った。
「おい…」
 僕が引き止めようとすると
「あっそうだ。今度シルシの『周知活動』参加させて?日にちはねえ、今度の日曜。人もたくさん集まってるしいいでしょ?」とアノンはさっきと打って変わって明るく言う。
「無許可でやってるんだ。そんな日にやったら捕まっちゃうよ」
「とにかくその日。よろしくね」
 結局彼女との更新は成功とは言い難かった。

…つづき

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