東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

本念寺と荷風

2012年04月26日 | 荷風

本念寺近くの無名の階段坂 本念寺門前 大田南畝の墓 説明板 東都駒込辺絵図(安政四年(1857)) 前回の逸見坂上を直進し、その先の四差路を右折し、次を右折し、白山通り方面へもどるようにしてしばらく歩くと、無名の階段坂に遭遇したので、坂下から写真を撮った(一枚目の写真)。街歩きのとき不意に石段坂に出会うとなんとなくうれしくなるから不思議である。

ここをさらに下り東へ進むと、右手に本念寺が見えてくる。二枚目の写真は門前を撮ったものである。前回の逸見坂のちょうど西北の反対側に位置し、一本となりの道沿いにある。ここに、三枚目の写真のように、天明期の文人・狂歌師である大田南畝(蜀山人)の墓がある。

四枚目の尾張屋板江戸切絵図東都駒込辺絵図(安政四年(1857))の部分図に、本念寺が現在と同じ位置に見える。近江屋板も同様である。

永井荷風は、蜀山人(大田南畝)が好みであったらしく、よくその作品などが日記「断腸亭日乗」にでてくるが、この寺に蜀山人の墓の掃苔に何回かきている。大正11年(1922)4月26日に次の記述がある。

「四月廿六日。日の光早くも夏となれり。午下小石川原町蓮久寺にて井上君先考の葬儀あり。焼香の後木曜会の二三子と本念寺に立寄り、蜀山人および其後裔南岳の墓を掃ふ。南岳墓碣の書は巌谷小波先生の筆にして、背面に真黒な土瓶つつこむ清水かなといふ南岳の句を刻したり。この日午前十時半頃強震あり。時計の針停り架上の物落ちたり。白山よりの帰途電車にて神田橋を過るに外濠の石垣一町ほど斜に傾き水中に崩れ落ちたる処もあり。人家屋上の瓦、土蔵の壁落ちたるもの亦尠からず。」

この日、ちょうど今日と同じ日であるが、友人井上啞々の父の葬儀でこの近くの蓮久寺(白山五丁目、東洋大学のわきにある)に来て、その帰りに本念寺に立ち寄り、蜀山人とその子孫の大田南岳(大正6年7月に亡くなっている)の墓参りをしている。午前に強い地震があったらしく、その被害の様子をかなり詳しく記している。関東大震災の一年四ヶ月程前である。

次は、大正13年(1924)4月20日である。

「四月二十日。午後白山蓮久寺に赴き、唖唖子の墓を展せむとするに墓標なし。先徳如苞翁の墓も未建てられず。先妣の墓ありたれば香花を手向け、門前の阪道を歩みて、原町本念寺に赴き南畝先生の墓を掃ひ、其父自得翁の墓誌を写し、御薬園阪を下り極楽水に出で、金冨町旧宅の門前を過ぐ。表門のほとりの榎、崖上の藤棚、壁梧、また裏手なる崖上の榎等、少年の頃見覚えたりし樹木、今猶塀外の道より見ゆ。裏門の傍に大なる桃の木ありしが今はなし。庭内に古松二三株ありしが今はいかがせしや。北鄰の田尻博士邸は他に引移りしと見えて、門前の様子変りたり。金剛寺阪の中腹より路地を抜け、金剛寺の境内を過ぎ、水道端に出て、江戸川橋より電車に乗る。」

この日も前回と同じく蓮久寺からこの寺に来ている。その後、ここから金冨町の旧宅まで歩き、旧邸の内外の光景をなつかしみながらここを通りすぎたようである。この日通った御薬園坂や極楽水のことは以前の記事で触れた。

次は、上記からかなり後の昭和16年(1941)10月27日。

「十月廿七日、晴れて風あり。午後散歩。谷中三崎町坂上なる永久寺に仮名垣魯文の墓を掃ふ。団子坂を上り白山に出でたれば原町の本念寺に至り山本北山累代の墓及大田南畝の墓前に香花を手向く。南畝の墓は十年前見たりし時とは位置を異にしたり。南岳の墓もその向変わりたるやうなり。寺を出で指ヶ谷町に豆腐地蔵尚在るや否やを見むと欲せしが秋の日既に暮れかかりたれば電車に乗りてかへる。」

この日、午後散歩に出て、団子坂の東にある谷中の三崎坂の永久寺に行き、江戸~明治の戯作者・新聞記者の仮名垣魯文の墓参りをした。永久寺はいまも同じ所にある。そこから坂を下り、団子坂を上り白山に出て、本念寺に行った。山本北山とは江戸中期の儒学者。南畝と南岳の墓の位置や向きが以前と変わっていることを記している。指ヶ谷町の豆腐地蔵を探そうとしたらしいが、どこであろうか。大久保の鬼王神社には願がかなうと断っていた豆腐をお礼にあげるというが、その類であろうか。そういったところに関心を持つのはいかにも『日和下駄』の著者らしいと思ってしまう。
(続く)

参考文献
デジタル古地図シリーズ第一集【復刻】江戸切絵図(人文社)
「嘉永・慶応 江戸切絵図(尾張屋清七板)」(人文社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図集 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
「新版 断腸亭日乗」(岩波書店)

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