東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

観音坂(千駄ヶ谷)(2016)

2016年07月29日 | 坂道

観音坂下(千駄ヶ谷) 観音坂下(千駄ヶ谷) 観音坂下(千駄ヶ谷) 観音坂中腹(千駄ヶ谷) 観音坂中腹(千駄ヶ谷)




榎坂上をそのまま直進する。瑞円寺の塀を左手に見ながら歩くと、まもなく下り坂になり、ちょっとすると坂の中腹に出るが、ここが観音坂である。右折し、いったん坂下まで行く。坂下は、外苑西通りの交差点から西へ延びる道の途中につながる(現代地図)。その交差点名が観音橋である。

坂下から写真を並べるが、緩やかに右に曲がりながら中程度の勾配で上っている。渋谷区千駄ヶ谷二丁目12番と34番の間を西へ上る。

観音坂中腹(千駄ヶ谷) 観音坂中腹(千駄ヶ谷) 観音坂中腹(千駄ヶ谷) 観音坂中腹(千駄ヶ谷)




ちょっとカーブしながら上り、先ほどの榎坂からの道との交差点をすぎると、ほぼまっすぐの上りで、中程度の勾配である。この坂のポイントはこのカーブである。ほどよく緩やかに曲がっている。

右手に観音坂の標柱が立っている(以前の記事)。坂名は、聖輪寺の本尊であった如意輪観音像に由来する。

観音坂上(千駄ヶ谷) 観音坂上(千駄ヶ谷) 内藤新宿千駄ヶ谷辺図(文久二年(1862)) 御江戸大絵図(天保十四年(1843))




坂上に近づくと、しだいに緩やかになる。坂下からずっと静かな住宅街が続いている。

三枚目の尾張屋清七板の内藤新宿千駄ヶ谷辺図(文久二年(1862))を見ると、下左側の聖輪寺から上(西)に瑞円寺のわきを千駄ヶ谷八幡の方に上る道があるが、これがこの坂であろう。

四枚目の御江戸大絵図(天保十四年(1843))には「ウンリンジ」とあるが、聖輪寺と思われ、この前の道がこの坂であろうか。

江戸名所図会千駄ヶ谷聖輪寺 江戸名所図会千駄ヶ谷聖輪寺




江戸名所図会にある千駄ヶ谷観音堂(聖輪寺)の挿絵(左右)である。寺のわきの道が右から左へ上っているようにみえるが、この坂であろうか。

本文の説明には、「本尊如意輪観音は、当寺開山行基大士の彫像にして、御丈三尺五寸あり。世俗目玉の観音と字し奉る。」とあるが、目玉観音の謂われは、さらに本文参照(以前の記事)。

参考文献
横関英一「江戸の坂 東京の坂(全)」(ちくま学芸文庫)
山野勝「江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド」(朝日新聞社)
岡崎清記「今昔 東京の坂」(日本交通公社)
石川悌二「江戸東京坂道辞典」(新人物往来社)
デジタル古地図シリーズ第一集【復刻】江戸切絵図(人文社)
デジタル古地図シリーズ第二集【復刻】三都 江戸・京・大坂(人文社)
「嘉永・慶応 江戸切絵図(尾張屋清七板)」(人文社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図集 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
「大江戸地図帳」(人文社)
「東京人 特集 東京は坂の町」④april 2007 no.238(都市出版)
「江戸名所図会(三)」(角川文庫)

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