ART&CRAFT forum

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紙の造形 -中野恵美子展「道標」- 三宅哲雄

2013-12-21 10:18:16 | 三宅哲雄
◆「HAMAGE TO THE EARH」  1990
素材:サイザル、レーヨン、金銀糸、針金、鉄
技法:織
H 220×W 60×D 50cm
撮影:ROBERTO 奥村

1997年7月25日発行のART&CRAFT FORUM NO.8に掲載した記事を改めて下記します。

 紙は主に植物性の繊維を漉いて製したもので、後漢の時代に発明されたといわれ、2000年の歴史があり、今日では私どもの生活に欠くことのできない物質の一つとして、生活の隅々にまで、ごく自然に使われている。トイレットペーパー、テイシュペーパー、コピー用紙、新聞紙、雑誌、等々、その用途は多様であるが、パピルスやタパなどの一部の例外を除いて繊維を漉くという製造方法がほぼ一律なため、薄口から厚口まで多種にわたるものの、その形状は一般的には平面である。この平面性は加工がしやすく、結果として多用途となり、需要を拡大させ、明治以降その生産量は飛躍的に増大した。だか、この需要拡大を支えたのは均一な機械漉きの紙であって、紙の全生産量に占める割合では手漉きの紙は微々たるものである。機械生産が手工業の座を奪う歴史は紙に限られたことではなく、天然繊維を原料とする糸や布、土を原料とする陶磁器、そして鉄、木、ガラス等も例外ではない。現在、工業製品に、その座を追われた、これらの素材を原料とする手作り製品は工芸品もしくは美術品として生産・制作されている。
 紙は燃えやすく、溶けやすく、皺になりやすく、破れやすい、この様な性質は原料となる植物よりも脆弱かもしれない、植物から繊維だけを取り出し、トロロアオイなどの植物性粘液の粘滑性を利用して、漉き桁で繊維を流動させ紙層を形成し、乾燥させただけの製品であるからだ。物質が力を持つのはエネルギーを含有しているからで、丁寧に水洗されたり、叩解してエネルギーを取り去られた繊維で漉かれた紙は当然のことながら弱く、他のエネルギーが加われば、瞬時にその「かたち」を変化させる。この状態が燃焼であったり溶解や皺、破断という現象で表れ、「紙の弱さ」として私どもは実感するのである。すなわちこの弱さが無性格であり、結果として多用途になるのである。 トイレットペーパーは水溶性を最大の特徴とし、新聞紙や雑誌で代表される印刷用紙は多様な染料・顔料の染着に適応することで需要を拡大させてきた。又、絵画や書にとって紙は必要不可欠な媒体であるのは紙が自己主張せず、絵画や書としての表現を疎外しないからである。一方、和紙に柿渋を塗布することにより耐水性を得て番傘となり、和紙を細かく断ち、揉み込み、撚りを掛けることにより糸としての強度を得て、紙布が生まれるなど紙の製造過程や後加工でエネルギーを加え「強い紙」も生み出されている。すなわち紙が紙たる所以は多様な用途と多様な表現を試みる使用者や制作者の知恵と工夫のエネルギーを素直に受け入れる素材であるからだろう。
             
  5月19日(月)~24日(土)に千疋屋ギャラリー(東京)で中野恵美子展「道標」が聞かれた。展覧会案内に中野は作品制作は「今」の自分を確認する行為で作品は自分が歩み続ける上での「道標」であると記している。すなわち、中野にとって作品とは他者へのメッセージであるより、自分の作品制作の方向性を確認する大切な手段として作品は存在すると位置付けているようだ。
 「そんなこと当り前だよ!」と言う人も少なからずおられると思うが、本当に自らの事として制作している作家が、どれだけいるのだろうか?。全ての作家が自分の制作姿勢を言葉にしているわけではないが、作品は何らかの形で発表している。他者は発表された作品を観賞し、そこから何を感じるかは自由であるが、多くの作品と出会う中で、多弁な作品もあれば無言の作品と出会うこともある。勝手な話であるが、作品から感じたことが観賞者内で整合性を保つ場合は問題はないのだが、私などは不整合な現象に悩まされる場合が度々ある。この様な場合は私の感性の弱さに問題があると自分に言い聞かせながら、次作に期待している。
 中野さんの作品を始めて拝見したのは現代工芸展だと思う。以後、折々に拝見する機会は持ってきたが、正直言って「中野恵美子は何を創ろうとしているのだろうか・‥」という思いが強かった。美術評論家の久保貞次郎氏は1982年4月に東京セントラル絵画館で開催された「中野恵美子タペストリー展」の案内に「(前略)……あなた自身の力、あなたの内部にひそんでいる力を発見するために、あらゆる種類の経験と必死に格闘する決心と意志とを持たねばならない。中野さんは、織を通してその格闘をつづけている。」という一文を寄せている。この文を読み、なるほど中野は「自らの力を発見するために格闘していたのだ!」と理解すれば納得がいく。今回、中野は和紙と強撚の絹糸を二重織で織り、湯の中に浸すことにより二分の一に縮小させるという素材と技法を使用している。織りは東京造形大学でテキスタイルを専攻して以来、ほぼ一貫して重要な表現手段として使用しているが、紙を主要な表現素材にして制作したのは、恐らく初めてであろう。結婚以来、日常生活を共にしている母の書道の反古紙に、ごく自然に目を向けることになり、強撚の絹糸が紙という日常的で弱い素材と織りという基本的な技法を結びつけ、尚、強撚糸に含有されたエネルギーを放出することで発生する縮絨という力を借りて中野恵美子の作品は成立している。素材との出会いは、あくまでも自然に、技法も「織るために織る」のでなく、中野の言葉を借りれば「単に面を構成するもの」として使用し、縮絨という間接的技法にも作品を委ねるという、ごく自然な造形手法を獲得した結果、今回の「道標」がうまれたのである。林辺正子は「制作者は右手に<非物質的素材>を持ち、左手に<物質的素材>を持つ。ここで現場での実際の制性行為が発生するのである。」とA&C.F vol.7に記している。当初、中野は繊維素材を用いてタペストリーを織るということに情熱を傾け格闘し、クランブルック修了後は造形の根幹となる「私は何を創ろうとしているのか」という命題と格闘していたが、今回の作品から感じることは、右手と左手を使って作品を制作したことが伺い知れる気持ちの良い作品であった。
              
 伝統的素材と技法を使った作品を創ると「工芸的」であると、批評する人々が今日でも現存する。表現を枠組みで捉えようとする学問が依然として健在であるからだが、実際には、そんなことはお構いなしに多様な素材と技法を用いて制作する作家が主流をなすのも時間の問題だと、少し楽観的であるが思っている。だが、表現の自由が社会性を獲得するには、批評や観賞者の感性の充実も大切だが、最も大切なことは、作家が、どのような作品を発表するかにかかっており、特に、「工芸的」と批評される作家が素材や技法に依存した作品を制作し続ける限り、この傾向は変わらないと思う。どの様な素材や技法を使おうと、生のままで表示しては、作家の位置するところがない。特殊な素材や技法を使った作家が得意満面で作品について語る姿を見掛けるが、素材や技法を発見したのではなく使用方法などの一つを見つけたに過ぎない。この様な錯覚から抜け出すためには、ごく自然に身の回りに存在する素材や、拘り続けている技法を、作家の顔がみえるものに取り込むことだろう。素材や技法はそのために存在するのである。



『作り手と使い手』高橋新子

2013-12-15 12:59:39 | 高橋新子
1994年10月1日発行のTEXTILE FORUM NO.26に掲載した記事を改めて下記します。

 ここ数年来紙布と紙子への試みを続けている。文献や資料による日本古来のそれは、主として綿の栽培ができない地方で考え出された。特に江戸時代の仙台藩では夏の衣料としてその工夫が進み、紋紙布縮緬紙布等の高級品から日常着、野良着、蚊帳にまで織られる程の高い技術水準を誇り、実用衣料として洗濯にも充分耐える丈夫さもあって安定した需要に支えられ、仙台藩の名産品となったと伝えられている。
 その復元を目指すのはとうてい出来ない相談としても、先人達の工夫と知恵を学んで自分なりの形にしてみようという思いがあった。
まず材料捜しから始めた。いろいろと試行錯誤をくり返すうちに紙を糸にして布にする行程に耐えられるような、薄くて粘りがあり、すっきりと裁断でき緊張感があって水に強い和紙は、作り手つまり漉き手との納得のゆく話し合いの末に先方の手順と季節を待って、やっと手に入れることができるということを悟らされた。一般に楮100%手漉和紙として店頭にあるものはそれぞれに適した用途があり、紙糸作りに適したものは、むしろ稀であった。特に草木染のくり返しの作業に耐えられる紙は、漉き手と直に話し合った場合でも、まだ未解決の部分が残されている。
 紙糸や紙布の軽やかで優しい手ざわりは多くの人々に好まれ、当然のことながらいろいろな形で生活の中に取り入れたいという希望を持つようになる。しかし平面の和紙から線の糸を積み出すにはかなりの時間と費用とエネルギーを必要とするものであり、その行程を何とか短縮できないものかと考える人も出て来る。するとこれは行けるぞと考える業者も居て紙の糸が市場に現れ始めた。原料は楮の手漉紙ではなくマニラ麻のローラー仕上げの紙によるものであった。この紙糸は染めにも織りにもかなり耐えられ、扱いやすさとすっきりとした出来映えにおいて驚くばかりのものがあった。軽やかで優しい手ざわりとか、暖かみという点では楮紙にはるかに及ばないが、使い手個人の好みと用途によっては今後素材として充分使われるようになると思われた。
 工芸材料としての観点からのみ和紙を見るとき、高品質の物をこの先安定して入手できるかということについて一抹の不安がないわけではない。現在名人と謳われている漉き手の方々は高齢に達し後継者が育っていない場合を見聞きすることもある。一方、使い手の方は技術の上達をみる前に材料そのものが入手できなくなる時期を目前にしている。最近広く世界の人々が日本古来の美しい和紙に注目し始めたと謂われる。生き残りをかけた生産者側の努力には目覚しいものがあるが、時代の流れに沿った改良策が取り入れられ、昔のような良い紙はもう漉いてもらえないと囁かれているのも事実である。
 「良い材料が入手できなくなっても、なんとか工夫して自分なりのものを作れば良いか」と思いめぐらしている時、和紙に関する研究者であり業界の思想的なリーダーとされている柳橋眞氏の文章に出逢った。
「二十一世紀の紙漉きは十九世紀までの長い歴史を持つ伝統的製法をもっと熱心に勉強しなおすに違いない。
そしていかに自然のふところが奥深いかを知りすっかり痩せて枯れた自然の復興に努力するに違いない……二十一世紀の紙漉きの漉いた和紙はもはや使い捨ての紙ではない。千年をこえる生命力を持ち、その美しさが人の心に訴える力をそなえているものである。和紙の美と強さは、ひと目をひいて売れるというような次元のものではない………」
その和紙を使う者として自分のありように思いをめぐらす時、心に染む言葉であった。



ART&CRAFT FORUM 目次(創刊予告号~50号)

2013-12-05 10:32:37 | インポート

ART&CRAFT FORUM vol.50     2008年10月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ「私の制作ノート」     加藤祐子
◆P.6-7  連載コラム 「蟻の行列」     榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣⑮     -イカットの染料(Ⅱ) 特別な赤(後編)  富田和子 ◆P.11-12 連載『古代アンデスの染織と文化』⑮   -透ける織り布技法-   上野八重子
◆P.13-15新連載「編む植物図鑑」⑨     -ラフィア・ミョウガ-         高宮紀子
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.49     2008年7月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ「近代化という落し穴」  三宅哲雄
◆P.6-7  連載コラム 「風を入れる」    榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣⑭   -イカットの染料(Ⅱ) 特別な赤(前編)  富田和子
◆P.11-12 連載『古代アンデスの染織と文化』⑭   -伝承されている技法-  上野八重子
◆P.13-15新連載「編む植物図鑑」⑧     -イラクサ科・ヤナギ科-      高宮紀子
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.48     2008年4月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「WOOL-GATHERING」    若井麗華
◆P.6-7  連載コラム 「聴く耳力」       榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣⑬     -イカットの染料(Ⅰ) 身近な染料    富田和子 ◆P.11-12 連載『古代アンデスの染織と文化』⑬  -伝承されている技法-  上野八重子
◆P.13-15新連載「編む植物図鑑」⑦     -ヤシ科-               高宮紀子
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.47     2008年1月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「表現としてのかすり」   工藤いづみ
◆P.6-7  連載コラム 「ジョロウグモがいた」  榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣⑫     -イカットの素材(Ⅲ) 葉の繊維    富田和子
◆P.11-12 連載『古代アンデスの染織と文化』⑫  -伝承されている技法-   上野八重子
◆P.13-15新連載「編む植物図鑑」⑥     -イギリス編-            高宮紀子
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.46     2007年10月10日発行
◆P.1-4 特集Ⅰ 「モノづくりについて」       野口有希子
◆P.5  特集Ⅱ「こどもの造形教室夏期合宿」  吉川紀子
◆P.6-7  連載コラム  「青の記憶」       榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣⑪     -イカットの素材<Ⅱ> 絹-    富田和子
◆P.11-13 連載『古代アンデスの染織と文化』⑪     -アンデスの紐・Ⅴ(綴織)-
 上野八重子
◆P.14-16新連載「編む植物図鑑」⑤     -イネ科-             高宮紀子


ART&CRAFT FORUM vol.45     2007年7月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「向こう側」 へ        畑山典江
◆P.6-9 特集Ⅱ 「プライスプリット展報告」
◆P.10-11 連載コラム     「まじめな時間」            榛葉莟子
◆P.12-14 新連載『インドネシアの絣』⑩     -イカットの素材(Ⅰ) 木綿-     富田和子 ◆P.15-17 新連載『古代アンデスの染織と文化』⑩     -アンデスの紐・Ⅳ-
上野八重子
◆P.18-19新連載「編む植物図鑑」④     -紙をつくる植物-         高宮紀子
◆P.20  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.44     2007年4月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「感情を這い回る虫」      小林清美
◆P.6-7  連載コラム 「自分のカタチ」      榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣⑨     -イカットのプロセスⅣ コンビネーション 富田和子 ◆P.11-12 連載『古代アンデスの染織と文化』⑨     -アンデス雑話-    上野八重子
◆P.13-15新連載「編む植物図鑑」③     -アケビ科・ツヅラフジ科-      高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.43     2007年1月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「わたしの歩み」       矢島雲居
◆P.6-7  連載コラム 「円は閉じない」      榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣』⑧     -イカットのプロセスⅣ コンビネーション 富田和子 ◆P.11-13 連載『古代アンデスの染織と文化』⑧     -アンデスの紐・Ⅲ-   上野八重子
◆P.14-15新連載「編む植物図鑑」②     -カヤツリグサ科-           高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.42     2006年10月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「不思議キルト」        道正千晶
◆P.6-7  連載コラム 「トンボより蜻蛉」    榛葉莟子
◆P.8-10 連載『インドネシアの絣』⑦     -イカットのプロセスⅢシンプルな織機- 富田和子 ◆P.11-12 連載『古代アンデスの染織と文化』⑦     -アンデスの紐・Ⅲ-  上野八重子
◆P.13-15新連載「編む植物図鑑」 ①     -ヤナギ:Salix-            高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.41     2006年7月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「つながれた記憶」       三隅摩里子
◆P.6-7  連載コラム 「ときめきに出会う」    榛葉莟子
◆P.8-9 新連載『インドネシアの絣』⑥    -イカットのプロセスⅡ輪状の経糸-    富田和子
◆P.10-12 新連載『古代アンデスの染織と文化』⑥  -アンデスの紐・Ⅰ-     上野八重子
◆P.13-15連載「民具のかご・作品としてのかご」   -縄からはじまる-       高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.40     2006年4月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「出会いと織り」        篠宮和美
◆P.6-7  連載コラム 「草色の炎」       榛葉莟子
◆P.8-10 新連載『インドネシアの絣』⑤     -イカットのプロセス①絣括り-     富田和子 ◆P.11-12 新連載『古代アンデスの染織と文化』⑤   -アンデスの染色Ⅲ-   上野八重子
◆P.13-15連載「民具のかご・作品としてのかご」   -アシナカ-          高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.39     2006年1月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「時をこえて」        水町真砂子
◆P.6-9 特集Ⅱ 「プライスプリット展報告」
◆P.10-11 連載コラム 「古びない新鮮」    榛葉莟子
◆P.12-14 新連載『インドネシアの絣』④     -今も息づくイカット(後編)-     富田和子 ◆P.15-17 新連載『古代アンデスの染織と文化』④  -アンデスの染色Ⅱ-   上野八重子
◆P.18-19連載「民具のかご・作品としてのかご」  -ゾウリとワラジ-       高宮紀子 ◆P.20  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.38     2005年10月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「音にひかれて」        阿久津光子
◆P.6-7  連載コラム 「微熱色の庭」      榛葉莟子
◆P.8-10 新連載『インドネシアの絣』③     -今も息づくイカット(前編)-     富田和子
◆P.11-12 新連載『古代アンデスの染織と文化』③   -アンデスの染色-   上野八重子
◆P.13-15連載「民具のかご・作品としてのかご」   -素材の話 2・経木-   高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.37     2005年7月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「傷ついた者たちへ」      高橋稔枝
◆P.6-7  連載コラム 「空気潤む」       榛葉莟子
◆P.8-9 新連載『インドネシアの絣』②     -イカットの魅力-         富田和子
◆P.10-12 新連載『古代アンデスの染織と文化』②  -創造性と芸術感覚-  上野八重子
◆P.13-15連載「民具のかご・作品としてのかご」    -素材の話 1-      高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.36     2005年4月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「一本の線につながれて」    藤岡蕙子
◆P.6-7  連載コラム 「硝子越しの陽射し」  榛葉莟子
◆P.8-9 新連載『インドネシアの絣』①     -絣の魅力-        富田和子
◆P.10-12 連載論考Ⅰ 造形論のために(終章)  『存在の上澄みに向かって②』 橋本真之
◆P.13-14連載「民具のかご・作品としてのかご」    -ゾウリ-         高宮紀子
◆P.15 新連載『古代アンデスの文化-技法から-』①             上野八重子
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.35     2005年1月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「三本の糸」         三宅哲雄
◆P.6-7  連載コラム 「晴れたり曇ったり」   榛葉莟子
◆P.8-9 連載論考Ⅱ『手法』について    土屋公雄《底流》         藤井 匡
◆P.10-12 連載論考Ⅰ 造形論のために 『存在の上澄みに向かって』   橋本真之
◆P.13-15 連載「民具のかご・作品としてのかご」    -松葉のかご-   高宮紀子
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.34     2004年10月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「風の吹く日に」      滑川由美
◆P.6-7  連載コラム 「夜明けの合唱」   榛葉莟子
◆P.8-9 連載論考Ⅱ『手法』について    植松奎二《浮く石》        藤井 匡
◆P.10-13 連載論考Ⅰ 造形論のために  『方法的限界と絶対運動⑧』     橋本真之 ◆P.14-16 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑳     -組む-         高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.33     2004年7月10日発行
◆P.1-7 特集Ⅰ 「終わらない始まり」    榛葉莟子
◆P.8-9 連載論考Ⅱ『手法』について     丸山富之《作品02-81》     藤井 匡
◆P.10-13 連載論考Ⅰ 造形論のために  『方法的限界と絶対運動⑦』     橋本真之 ◆P.14-16 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑲  -平面から立体へ-     高宮紀子 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.32     2004年4月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「さざ波に寄せて」     原すがね
◆P.6-7  連載コラム 「早春の雪」    榛葉莟子
◆P.8-9 連載論考Ⅱ『手法』について    青木野枝《雲谷-Ⅳ》       藤井 匡
◆P.10-13 連載論考Ⅰ 造形論のために  『方法的限界と絶対運動⑥』    橋本真之
◆P.14-16 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑱   -マタタビのかご-     高宮紀子
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.31     2004年1月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「光と影を巡って」     かないいちろう
◆P.6-7  連載コラム 「紐むすびの靴で」    榛葉莟子
◆P.8-10 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑰   -韓国の藁細工-     高宮紀子 ◆P.11-13 連載論考Ⅰ 造形論のために  『方法的限界と絶対運動⑤』     橋本真之 ◆P.14-15 連載論考Ⅱ『手法』について    青木野枝《雲谷-Ⅳ》       藤井 匡
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.30     2003年10月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「うるしに魅せられて」    栗本夏樹
◆P.6-7  連載コラム 「虹色のミミズ」    榛葉莟子
◆P.8-9 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑯  -シダー バスケット-    高宮紀子
◆P.10-11 連載論考Ⅱ『手法』について    眞坂雅文《音・竹水の閑》     藤井 匡
◆P.12-15 連載論考Ⅰ 造形論のために 『方法的限界と絶対運動④』    橋本真之
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.29     2003年7月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「工芸のたのしさをかたちに」   中島俊市郎
◆P.6-7  連載コラム 「触れてくるもの」    榛葉莟子
◆P.8-9 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑮  -フレーム バスケット-   高宮紀子 ◆P.10-11 連載論考Ⅱ『手法』について     /金沢健一《2.3.4》      藤井 匡
◆P.12-15 連載論考Ⅰ 造形論のために 『方法的限界と絶対運動③』     橋本真之
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.28     2003年4月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「ファイバー界のパイオニオ 嶋貫昭子先生」       中野恵美子
◆P.6-7  連載コラム 「冬の色彩」     榛葉莟子
◆P.8-9 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑭  -螺旋の組織-   高宮紀子
◆P.10-11 連載論考Ⅱ『手法』について     /前田哲明《Untitled2003》    藤井 匡 ◆P.12-15 連載論考Ⅰ 造形論のために 『方法的限界と絶対運動②』     橋本真之
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.27     2003年1月10日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「タペストリーの頃-平面から立体織りへ」          小名木陽一
◆P.6-7  連載コラム 「あれや これや」   榛葉莟子
◆P.8-9 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑬ -ラウハラ バスケツト-   高宮紀子
◆P.10-11 連載論考Ⅱ『手法』について     /秋山陽《Oscillation Ⅵ》    藤井 匡
◆P.12-15 連載論考Ⅰ 造形論のために 『方法的限界と絶対運動』      橋本真之
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.26     2002年10月10日発行
◆P.1-3 特集Ⅰ 「表面を掘り下げる」 キャロライン・バートレット
◆P.4-5  新連載⑤「FEEL.FELT.FELT」        -記憶のなかの触覚- 田中美沙子
◆P.6-7  連載コラム 「どこかでなにかが‥」  榛葉莟子
◆P.8-9 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑫   -三方向の組み-    高宮紀子
◆P.10-11 連載論考Ⅱ『手法』について  /天野純治《VOICE OF WIND》   藤井 匡
◆P.12-15 連載論考Ⅰ 造形論のために 『方法の理路・素材との運動⑦』   橋本真之
◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.25     2002年7月10日発行
◆P.1-3 特集Ⅰ 「日本の木版画:イギリスからの視点」       ロバート・ハドルストン
◆P.4-5  新連載④「FEEL.FELT.FELT」    -デザインとアート(点・展・転)- 田中美沙子 ◆P.6-7  連載コラム 「爪を切る」      榛葉莟子
◆P.8-9 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑪  -巻き重ねる-     高宮紀子
◆P.10-11 連載論考Ⅱ『手法』について     /寺田武弘《鑿空》     藤井 匡
◆P.12-15 連載論考Ⅰ 造形論のために 『方法の理路・素材との運動⑥』   橋本真之 ◆P.16  お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.24     2002年4月10日発行
◆P.1-3 特集Ⅰ 「テキスタイル界のパイオニア」   -藤本經子先生-  中野恵美子
◆P.4-5 新連載③「FEEL.FELT.FELT」     -母なる技法への回帰- 田中美沙子
◆P.6-7 連載コラム 「はみ出た場所へ」  榛葉莟子
◆P.8-9 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑩  -かご以外の技術-  高宮紀子
◆P.10-11連載論考Ⅱ『手法』について  
  /戸田裕介《人間は神話を捨て去ることが出来るのか-Ⅱ》    藤井 匡
◆P.12-14連載論考Ⅰ 造形論のために 『方法の理路・素材との運動⑤』   橋本真之
◆P.15-16お知らせ・展覧会案内


ART&CRAFT FORUM VOL.23     2002年1月20日発行
◆P.1-3 特集Ⅰ 「文化を乗り越えるために」 -シャ・シャ・ヒグビーの活動から- 松永 康 ◆P.4-5  新連載②「FEEL.FELT.FELT」 -造形の楽しさ- 田中美沙子
◆P.6-9 連載論考Ⅰ 造形論のために     『方法の理路・素材との運動④』 橋本真之 ◆P.10-11 連載コラム 「本日は晴天なり」  榛葉莟子
◆P.12-13連載「民具のかご・作品としてのかご」⑨  -藁のかご-  高宮紀子
◆P.14-15 連載論考Ⅱ『手法』について  /村井進吾《SOLID》       藤井 匡
◆P.16 展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.22     2001年10月1日発行
◆P.1-3 特集Ⅰ 「素材を変容させる」     シェリル・ウェルシ
◆P.4-5  新連載「FEEL.FELT.FELT」-フェルトの魅力-       田中美沙子
◆P.6-9 連載論考Ⅰ 造形論のために  『方法の理路・素材との運動③』 橋本真之
◆P.10-11 連載コラム 「ひらひら蝶は舞う」  榛葉莟子
◆P.12-13連載「民具のかご・作品としてのかご」⑧ -アイデンティティのかご-   高宮紀子 ◆P.14-15 連載論考Ⅱ『手法』について /鷲見和紀郎《FUSULINA Deux》 藤井 匡
◆P.16 展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.21     2001年7月1日発行

◆P.1-4 特集Ⅰ 「アートを求めて」    山本篤子
◆P.5-7 連載論考Ⅰ 造形論のために   『方法の理路・素材の運動②』 橋本真之
◆P.8-9 連載コラム 「家の呼吸」     榛葉莟子
◆P.10-11連載「民具のかご・作品としてのかご」⑦  -素材の弾力と力- 高宮紀子
◆P.12-13連載論考Ⅱ『手法』について/岡本敦生              藤井 匡
◆P.14-15 春の展覧会から
◆P.16   展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.20     2001年4月1日発行
◆P.1-5 特集Ⅰ 「21世紀の子供達と共に」    マッカーダム堀内紀子
◆P.6-9 連載論考Ⅰ 造形論のために   『造形的発端について④』 橋本真之
◆P.10-11 連載コラム 「結ばれていくこと」 榛葉莟子
◆P.12-14 連載「民具のかご・作品としてのかご」⑥   -かごの素材-  高宮紀子
◆P.14-15 連載論考Ⅱ『手法』について/西雅秋     藤井 匡
◆P.16 展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM VOL.19     2000年12月20日発行
◆特集Ⅰ 21世紀への手紙にかえて   林辺正子
◆連載Ⅰ 造形論のために  『造形的発端について③』 橋本真之
◆連載コラム 「鉛筆を削る」      榛葉莟子
◆連載「民具のかご・作品としてのかご」⑤  -縄のかご-   高宮紀子
◆ 「売らない綿」         三宅哲雄
◆展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.18   2000年9月20日発行
◆ 特集Ⅰ 21世紀への手紙②      作品とともに歩む    中野恵美子
◆ 連載Ⅰ 造形論のために  『造形的発端について②』 橋本真之
◆ 連載コラム 「茄子のへたの刺を抜く」  榛葉莟子
◆ 連載「民具のかご・作品としてのかご」④  -かごを編む作業- 高宮紀子
◆ 秋期特別講座のご案内「スカリ」
◆梅田佳津子草木染フゥァアイルセーター展  かないいちろう「ひかりのかたろぐ」展
◆ 展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.17   2000年5月20日発行
◆ 特集Ⅰ 21世紀への手紙①     VANISHINGへの過程    田中秀穂
◆ 連載Ⅰ 造形論のために 『造形的発端について①』 橋本真之
◆ 連載コラム 「当たり前がやってくる」   榛葉莟子
◆ 連載「民具のかご・作品としてのかご」③  -型を使うかご- 高宮紀子
◆ 春の展覧会から
◆ 展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.16   2000年2月1日発行
◆ 特集Ⅰ 「風景から」        上野正夫
◆ 特集Ⅱ 「十九歳への返書」  橋本真之
◆ 特集Ⅲ 「二つのあかり」     三宅哲雄
◆ 連載コラム 「耳は聴いている」   榛葉莟子
◆ 連載「民具のかご・作品としてのかご」②   -“縫う”かご-  高宮紀子
◆ 展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.15     1999年10月1日発行
◆ 特集Ⅰ 「無為の風」      三宅哲雄
◆ 特集Ⅱ 「関井一夫の手」-再び素材論に向けて-   橋本真之
◆ 特集Ⅲ「和紙の居場所」  七海善久
◆ 作家が語る素材論9  「WOOL GATERING」    若井麗華
◆ 連載コラム   「M君の場合」  榛葉莟子
◆ 連載「民具のかご・作品としてのかご」  -コイリングのかご-  高宮紀子                                       ◆ 展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.14    1999年6月1日発行
◆特集Ⅰ 「早川嘉英-絞りの可能性を求めて」  舟迫 正
◆特集Ⅱ 「筆力という難問」  橋本真之
◆ 作家が語る素材論8  「風景の記憶と陶の存在」  佐々木礼美
◆ 連載コラム 「未完成であること」   榛葉莟子
◆春の展覧会から
◆ お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.13    1999年2月10日発行
◆特集Ⅰ「ARTE SELLA」   上野正夫
◆特集Ⅱ「凡庸の勝利」     橋本真之
◆「晦日の年」三宅哲雄
◆連載コラム 「一粒のアメ玉」   榛葉莟子
◆’98秋の展覧会から
◆お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.12    1998年10月10日発行
◆特集I フェルト-性質へのまなざし-  「フェルトの出会いと造形」田中美紗子
◆特集Ⅱ「フェルトという音楽」若井麗華
◆特集Ⅲ「5日目-神は羊を創造った-」おおひら よしこ
◆連載コラム 「素の記憶」  榛葉莟子
◆連載論考   造形技術としての『鍛金』の周辺    関井一夫・田中千絵
◆展覧会案内・お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.11    1998年8月1日発行
◆特集 熊井恭子個展    「叢生-SOUSEI-」を見て  三宅哲雄
◆連載論考 造形技術としてのf鍛金』の周辺    関井一夫・田中千絵
◆連載コラム 「闇の魔法」   榛葉莟子
◆クロスロード1 紙の里・西ノ内一菊池正気氏を訪ねて一  七海善久
◆クロスロード2 伝承活動について 渡辺一弘
◆お知らせ


ART&CRAFT FORUM vol.10    1998年4月1日発行
◆特集 服の新世紀  -WEARABLE ARTの誕生-    三宅哲雄
◆作家が語る素材論「囲いの中からの方位」  小山基義
◆連載論考 造形技術としての『鍛金』の周辺   関井一夫・田中千絵
◆クロスロード  工房・眺南居    塚田敏弥・久美
◆連載コラム「猫を通して」 榛葉莟子


ART&CRAFT FORUM vol.9    1997年10月25日発行
◆特集「産地の力」竹田耕三と早川嘉英の活動  三宅哲雄
◆作家が語る素材論6 [素材と身体] 鍛金における 橋本真之
◆連敷コラム「野原の散歩」    榛葉莟子
◆連載論考 造形技術としての『鍛金』の周辺  関井一夫・田中千絵
◆「子供造形教室の6ヶ月」    亀ケ谷友見子
◆[編、組のウェアー]  水谷悦子
◆「気紛れな布達」    銅谷春海


ART&CRAFT FORUM vol.8    1997年7月25日発行
◆特集① 紙の造形/中野恵美子展「道標」  三宅哲雄
◆特集②個展「道標」に至るまで   中野恵美子
◆作家が語る素材論5「天然染料に拘る」 高橋新子
◆海外レポート「イタリアで思う」   松山修平
◆クロスロード(1)「ハンドウィーバーとインダストリーテキスタイルデザイン」 堀内雅博
◆クロスロード(2)「染織の道具が楽しい」 斎藤義晴
◆連載コラム「音の力」   榛葉莟子


ART&CRAFT FORUM vol.7    1997年3月20日発行
◆特集「竹のドラゴンボール」   上野正夫
◆連載コラム「闇色の眼」     榛葉莟子
◆作家が語る素材論4「素材に関する私的試論」 林辺正子
◆作家紹介「川村紗智子]
◆海外レポート「ディグリーショウとテキスタイル展」 木原よしみ
◆クロスロード(1)  加藤祐子
◆クロスロード(2)  すずきなおたけ
◆連載コラム「自分の染め色(2)」高橋新子
◆お知らせ他


ART&CRAFT FORUM vol.6    1996年12月20日発行
◆特集「糸からの動き」-加藤美子の仕事から- 三宅哲雄
◆連載コラム「眼ざし」榛葉莟子
◆「糸からの動き」10人展
◆作家が語る素材3「けはいをきくこと」坂巻正美
◆作家紹介「礒辺晴美」  三宅哲雄
◆海外レポート「イタリアの風土と美術」  松山修平
◆連載コラム「文明開化以前」  高橋新子
◆お知らせ他


ART&CRAFT FORUM vol.5    1996年9月25日発行
◆特集「遊・結う・誘」
◆連載コラム「作り手と使い手(3)]  高橋新子
◆作家が語る素材論2「竹がつくった空間」 上野正夫
◆連載コラム「音からー・」  榛葉莟子
◆作家紹介「會見仁」
◆海外レポート「クロスクロッシング」福本繁樹
◆木綿染め研究グループ報告  「赤をより赤く染めるために」富田和子
◆お知らせ他


ART&CRAFT FORUM vol.4    1996年6月20日発行
◆作家が語る素材論(1) 「物質との跳躍」  橋本真之
◆特集「ギャラリから作家へのメッセージ」
◆連載コラム 絣の宝庫 -ヌサ・トゥンガラの旅Ⅴ- 富田和子
◆海外ドキュメント『ソウル』  鈴木純子他
◆作家と作品紹介『桜井玲子/坂巻正美』
◆連載コラム 自分の染め色(1)  高橋新子
◆研究発表『木綿染め研究グループ報告1』 富田和子
◆お知らせ
◆連載コラム 滲んでみえる 榛葉莟子


ART&CRAFT FORUM vol.3    1996年2月20日発行
◆巻頭特集『蘇る正倉院宝物』展一復元模造の120年-
◆ESSAY 「鍛金造形作家 橋本真之という人」 畑出典江 「生命の果実」 狩野智宏 ◆COLUMN 1「作り手と使い手」2 高橋新子
◆COLUMN 2「作る・考える・書く」関島寿子
◆COLUMN 3「絣の宝庫-ヌサ・トゥンガラの旅Ⅴ-」富田和子
◆COLUMN 4「白い犬」榛葉莟子
◆特別寄稿・菅木志雄展/羽澤瞬
◆INFORMATION 『ミッソーニの世界』展ほか
◆展覧会スケジュールほか   
◆ふりだしにもどる  三宅哲雄


ART&CRAFT FORUM vol.2    1995年10月20日発行
◆巻頭特集「時間・空間・思索:彫刻家」ダニ・カラヴァン展
◆ものづくりにとっての「歴史意識」〈嗜欲の器〉第4回展の懇親会から
◆ESSAYI批評について 笹山央
◆ドイモイ政策下のベトナムでは…越南の現代美術について
◆INFORMATION木原よしみ「不思議の色糸」作品展+ワークショップについて
◆COLUMN 1「ハレとケ」 高橋新子
◆COLUMN 2「ドローイング代りに考える」関島寿子
◆COLUMN 3「絣の宝庫-ヌサ・トゥンガラの旅Ⅳ-」富田和子
◆COLUMN 4「尾てい骨が行く」榛葉莟子
◆展覧会スケジュール 


ART&CRAFT FORUM 創刊号    1995年7月20日発行
◆巻頭特集「現代日本の工芸一伝統と前衛」展  Japanese Studio Craft :Tradition and the Avant-Garde
◆ コンテンポラリー・ジュエリー展
◆ESSAY(1)山本秀夫一少ない予算で展覧会を請け負う方法
◆ESSAY(2)和氣雅子一美術家と建築家のコラボレーションは可能である
◆クロスロードー北から南から
◆INFORMATION
◆PICK UP EXHIBITION
◆COLUMN 1「原点に返る」 高橋新子
◆COLUMN 2「かごを相手に独習する」関島寿子
◆COLUMN 3「絣の宝庫-ヌサ・トゥンガラの旅Ⅲ-」富田和子
◆COLUMN 4「なんでもないものがいい」榛葉莟子
◆展覧会スケジュール 


ART&CRAFT FORUM 創刊予告号    1995年4月20日発行
◆紙名改めのご挨拶
◆特集 季刊美術誌[工芸]は6月20日創刊!-
◆クロスロードー北から南から
◆ESSAY Ⅰ「震災からの新たな環境づくりへの期待」鳴海邦碩
◆ESSAY II「房総の山に小さな美術館を建てた」坂田和実
◆懇親会報告①ファイバー作家3人の創作論をめぐって
◆COLUMN 1「文献と伝承」 高橋新子
◆COLUMN 2「素材を相手に独習する②」関島寿子
◆COLUMN 3「生身の日常」榛葉莟子
◆COLUMN 4「絣の宝庫-ヌサ・トゥンガラの旅Ⅱ-」富田和子
◆展覧会スケジュール


「切片群」覚書   橋本真之

2013-12-01 09:52:51 | 橋本真之
Photo


◆『橋本真之展   -切片群-』  於:東京テキスタイル フォーラム


1994年10月1日発行のTEXTILE FORUM NO.26に掲載した記事を改めて下記します。


 銅板を金槌でたたいて曲面を作り、それに継ぎ足しては打ち出し、あるいは絞り、均す。鍛金による制作過程で、円形の銅板を金バサミで切り出してたたき始める時、あるいは新たな銅板を継ぎ足そうとして曲面に合わせる時、切り落とす銅片が出る。それは靴底を突きさす鋭さを持っている。それらの銅片は仕事場の隅に推積して、歩き回わる足下でいつも音をたてていた。私は推積した銅片を金属製造業者達のように銅クズとして売り払って、きれいさっぱりすることも出来たはずであった。生来の不精がそれらの不用な切りクズをいつまでも推積させ続けて来たのだったが、それらの銅片が不意に私に向かって存在の主張を始めたのである。銅を素材にしはじめてから18年もの間、制作中の作品のまだ見えて来ない筋道の先を追って集中する時、また日々疲れた身体を癒しながら、いつも私は漠然と仕事場の隅の方に、銅色の背景としてそれらを見ていた。銅片の山にまぎれさせることが出来ずに、書き物の為のテーブルの上に、切り落としたままの形で別にして来た物もいくつかはあった。私は、それらの存在を選択する上で、価値基準というものがあるとすれば、それは、河原で何かの加減で不意に拾い上げ、それ以来捨て去ることが出来なくなった小石に見るような、きわめて個人的な感覚の偏たりを測る物差しとしてであると思っていた。ところが全ての切片の主張に会って、私の感覚は粟立った。庭の草むしりをしていて、不意に抜くべき草とは何かと迷い始めた人のきわまる混乱だったかも知れない。かつて、海辺の石の全てが私には「林檎」に見え始めた時のように、視覚価値が変質していたのである。ある人が冗談混じりに指摘したように、それは私の肉体の衰えを意味していて、そうした衰えた肉体を持った精神の見る価値転換であったかも知れない。おそらく二十代の私には、それらの銅片を有効に利用する考えを思い付くことは出来ても、そうした視覚価値の変質の岐路に気付くことは出来なかったに違いないのである。
 私には、あらかじめ「切片群」の成立に観念上の企てがあった訳ではない。銅の切れ端を金槌でたたき始めた時、向かうべき指標は何もなかったのである。平らに打ち延ばすことに、意味も目的もあった訳ではない。そして不定形の切りクズを取り上げ、大きな金槌で打ち延べることで、そこに現われる形態の瞬間の変化と判断とに没頭し始めた。そうした時期がしばらく続いた後、ある時、私は直角三角形の銅片を取り上げ、その直角の頂点をたたき始めた。銅片は枯れた葉のように円筒状にまるまった。その円筒の開いた両端に底辺を合わせて空間を閉じようと試みた時、縁同志が接する為に出来る螺線状の有機的な面の現われに、私は心躍らせた。この形態がデッサンや模型によって発想されたのでなく、金槌でたたくことにより発見され、また成り立っているのを自覚した時、真に「切片群」が始まったのである。
 これらの銅片のひとつひとつの形状は、「金属の膜状組織の展開運動」すなわち「運動膜」の制作上、全て必要に応じて切り落としたものであり、いくつかの形状に分類することが出来る。それらの類型の内の変化は、制作している作品展開の、ちょっとしたひねり具合や歪みの差、あるいは失敗が残した形である。それらの残存をそのまま立ち上がらせる作品として、「切片群」が成立し得ると気付いた時、同時に私は「運動膜」という造形概念の外延に向かって手を付け始めていたと気付いた。
 やがて、私はこの「外延」の突端に片足を立て、そこから「運動膜」の中心に向けて大きなひと跨ぎをすることが出来るほどの巨きさに成長するならば、「果樹園」から大きな収穫を得ることになるに違いない。

『橋本真之展  -切片群-』
会期:1994年11月8日(火)~20日(日)
会場:東京テキスタイル フォーラム

※同時期に以下の会場でも「切片群」(その他)の発表を予定してします。

『現代美術の磁場 ‘94』
会期:1994年10月18日(火)~30日(日)
会場:茨城県つくば美術館 (つくば市)

『橋本真之展』
会期:1994年10月18日(火)~30日(日)
会場:アートスペース虹(京都)