ART&CRAFT forum

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「編、組のウェアー」水谷悦子

2016-04-20 12:36:40 | 水谷悦子
◆「ジャケット」 1996年制作
棒針編
刺繍部分:ルーピング

◆「コート」 1996年制作
棒針編

◆「ベスト」  1996年制作
二重組織のブレーディング
ボリビアのファイビルーブブレード

◆「ベスト」  1997年制作
ブレーディング
棒針編
アンデスの組紐

1997年10月25日発行のART&CRAFT FORUM 9号に掲載した記事を改めて下記します。

 水戸は人口25万人弱の静かな地方都市です。黄門様で有名になってしまいましたが、徳川光囲以来、伝統的に向学心を持ち、文化に造詣の深い土地柄であると言われています。「スーパーひたち」に乗り、あるいは、常磐高速で車をとばし、2時間もあれば都心に行き着いてしまうという地理的条件にも恵まれ、人々は貪欲に東京から多くの情報を吸収しようとします。又、その反面、水戸芸術館のように他に追随することなく独自の理念で運営してゆくことも大切にしています。
 
 私は生まれ育った街水戸で、編むということを生業としています。自由に創作できる場をという願いで「生成り工房」という名のニット教室を開設し、編むことを教え始めてやっと10年。個展、グループ展という形で私個人の作品を発表してまだ三回目です。

 生成り工房は、時間も、課題も、制約を一切していません。生徒さん達は、こういう作品を創りたいという目的を持って通ってきます。私のしていることは、目的をより正確にするために、資料を集め、提示すること、デザインをするための方法や方向性を示すことです。はっきりとした目的のある作品に対しては、制作するにあたって一番良いと考える技法の伝達をしています。カリキュラムを自分で設定して制作をしている方もいますし、工房で制作をしている時間をじっくりと編むことを楽しむための至福のときとしている方もいます。

 毎年、秋に、会場を借りて生徒さんの作品展を催してきました。一年間の自信作を出展するわけですが、「作品をどんどん触っていただきましょう」と提案してきました。これは、触感、風合も作品を構成する重要な要素であると考えるからです。なかには、未完成の編地のままで展示をすることもあります。もちろん、それは、皆で展示に値する力作であると判断した作品に限りますが ……。デザインソースとなった資料や、びっしりとメモの書き込まれた編図を添えて、経過も楽しんでみていただこうと試みています。

 今年は、会場を借りずに、生成り工房の壁面を「ミニギャラリー」として開放して、個人が自主的に作品を展示し、メッセージを発信しています。どなたにでもみていただけるような形で一年間続けてゆきます。その間、ディスカッションを重ね、次回の催しを企画してゆこうと計画してします。

 私個人の作品は、ずっとウェアーにこだわって制作をしてきました。なぜかというと、ウェアーは、人が介在することによってはじめて成り立つと考えるからです。人がそれを着用し、自由に動き回るなかで、からだの線の美しさを感じることがあります。人の動きには、それぞれの生き方が自ずと現れてきます。同じ作品を身に纏っても、それぞれの生き方で、違った味わいになるのを感じます。人に着てもらうことで、頭の中だけで考えていた効果が、まったく意味をなしていないのに気付き、打ちのめされたり、予想もしなかった自然な効果に心踊らされたり……。そんなことが、次の制作の原動力となってゆきます。

 ここのところ、制作するにあたって、いわゆる、「セーターを編む、カーディガンを編む」という類いの、形が先行するものではなく、「身に纏うもの、からだを包むものとしての布を編み、その結果として形が創られてゆく」という概念に捕らわれています。そう考えると、ニットという技法にこだわり続けることもないのだという気がしてきます。もちろん、ニットには無限の可能性があり、まだまだ勉強不足を痛感しておりますが……。昨年から、東京テキスタイル研究所で、「アンデス・ナスカの染織を研究するクラス」に所属して勉強していますが、古代アンデスの作品群に魅せられています。幾つもの技法を組み合わせて布を創ってしまうという、自由な感性に驚かされました。そのなかで、ブレーディング、組紐など、道具を一切使わない技法に興味を持ちました。これらの技法は、世界各地で自然発生的に行われていることを知り、興味が大きく広がってゆきます。これらの技法とニットを組み合わせてウェアーを制作してゆこうと密かに企んでいるのです。