精神科医や医療機関が、BPDの患者さんの通院や入院に否定的となる別な理由の一つとして、統合失調症の患者さんとの関わりについての問題が挙げられます。統合失調症の患者さんは、極めて対人関係が閉鎖的、内向的で、おとなしく独りで殻に閉じこもって自分を守ろうとするので、気安く衝動的に対人関係を結びたがり、またときに強引に情緒的な駆け引きを求めるBPDの患者さんと極めて対照的で、ときに統合失調症の患者さんの治療に悪影響を与えかねません。それを危惧するような場合、精神科医や医療機関から治療拒否などをされることがあるかもしれません。そのような場合は、その精神科医や医療機関には関わらないで、別の精神科医や医療機関を探す方が賢明です。BPD治療で自信を失い辞めていく精神科医も多いようです。ちなみに、精神科医やカウンセラーの間では、BPDをまともに診ることができるようになれば、どんな精神疾患にも適切に対処することができるようになると言われているくらい、BPDはあらゆる症状を呈する可能性をもつものであると同時に、BPDの患者さんを好意的、意欲的に診てくれる精神科医や医療機関は、真の意味で実力があると言えるでしょう。
なお、患者さん自身の努力としては、他者との葛藤や愛憎関係を相手の立場や気持ちになって、その人のいろいろな側面、自分自身の理想と現実、好ましい部分と好ましくない部分、などいろいろな側面を自覚、認識し、受け入れ、抱きかかえ、乗り越えていくこと、辛いこと、苦しいことに耐えることを学んでいくことが重要です。つまり噛み砕いて言えば、自分に対しても他人に対しても思いやりと愛情を持てるようになることが回復の目標です。余談になりますが、BPDの患者さんは75%が女性でしかも20代に多いということから、頼りになり安心できる男性の恋人ができたり、結婚相手ができると急速に回復に向かうことがとても多いようです。しかし、信頼していた相手の男性に裏切られたり、見捨てられたりしたときのことを思うと、恋愛は薬にも毒にもなるのでしょう。
また周囲の方(最近ではノン・ボーダーと称されるようです)の患者さんへの対応としては、周囲がまず安定し幸せになることです。患者さんはそれを見習い、やがて取り入れ、安心して健全な精神を取り戻します。穏やかで安心感が持てる家庭や職場、学校を築くよう努めて下さい。犯人探しも禁物です。また、患者さんの欲求や一人になることへの不安に対して共感的理解を示す一方で、明確な限界を設定し(例えば夜何時以降は電話しない、ここまでは許せるけどこれ以上は許せない行為だ、など※これらは「限界設定=リミット・セッティング」と呼ばれ最近とくに重要視されています。)、一貫性のあるはっきりとした態度を維持することがよいとされています。つまり、健常者に対するものと同じような常識的な対応が必要です。「できることをやり、できないことはやらない。深追いはせず、拒絶もしない」というのが長続きするコツであると藤山(2006)は述べています。また、知らず知らずのうちに周囲が患者さんを依存的にさせ(とくに母親または母親的存在による過保護、過干渉)、無理な要求などをエスカレートさせてしまうケ-スも多いので、適切な距離感と客観性を保つことが重要です。また、言動や行動などがコロコロと変わり予測がつかないこと、頻繁に常識を逸脱するようなことを平然とやってのけてしまうことが多いので、そうした言動や行動に振り回されたり、一喜一憂していると周囲はへとへとになって疲れきって次第に対応もなげやりになってしまがちです。ノン・ボーダーの方の代表的な声としては、「何とかして助けてあげたい」、「実は自分も相当辛い」、「本当に病気なのだろうか」の3つが挙げられるそうです。まずは、周囲の方々はご自身のこころと身体を少しでもゆっくりと休ませてあげてください。
「大っ嫌い、行かないで」がボーダーの最大の特徴です。それは、安らぎへの希求と不安定な状況への嗜癖性という相反するこころの状態の並存を意味します。周囲は、その言動に振り回されず、大地のように動じず、そばに寄り添い、味方であることを永遠に訴え続ける努力が必要です。動じない=存在を認めないということではありません。動じないことで、ある程度の攻撃を受けるかも知れませんが、それを上手にかわしていく方法を見つけだすように努力してください。「BPDの患者さんから向けられた言動は、あなたへの個人攻撃とは取る必要はない」ということを理解すべきだと言われています。なぜなら「彼らは現実と空想の区別がつきにくいところがあり、目の前のあなたに対して投げかけている言葉でも、あなた以外の誰かを心の中に思い浮かべて言っている可能性があるから」だそうです。
具体的には、自分がとても理不尽なことを要求されていると感じたら、いきなり遠ざかるのではなくて、時間的にも距離的にも少し間を置いて接してみることです。目安としては「遠すぎず少し近め」がよいとされています。イギリスの精神科医のバリントはBPDの患者さんへの対応について、「大地のように、水のように、患者さんに接し、地のごとく支え、水のごとく浮かべ、患者さんの激しい行動に耐えていると、いつしか患者さんは新しい出発点に立つかも知れない、そうはならないかもしれないが少なくとも害はない」と述べています。また、「BPDの患者さんに対しては壁(あるいは鏡)になれ」とか「目の前に落とし穴があっても、それに気付かぬ振りをして患者さんがそこに落ちても自力で這い上がるのを暖かく見守れ」などといった心構えを持っている治療者も多いようです。
いずれにせよ、激しい言動、行動にばかりに目を奪われず、こころの底を見つめ、こころの裏の隠されたメッセージに耳を傾ける姿勢が何よりも重要だといえます。自傷行為、自殺企図などが見られた時も、周囲の方は、下手に慰めたり、励ましたり、叱ったりせず、何も言わずただ側に寄り添ってあげたり、抱き締めてあげて下さい。彼らは、そうした穏やかで暖かい愛情を求めているのです。周囲は、甘やかすことと愛情を注ぐことの区別さえしっかりつけることだけ心掛けていればいいのです。本人に治そう、良くなろうという意志さえあれば、BPDは必ず治るものです。どうか、希望を持って、安心して下さい。
(人生では、自分の思い通りにならない現実にぶちあたる場面がたくさんある。そのとき、どうするかでそいつの人間性が明らかになる。すべてはおまえ自身の決断にかかっている。『ドラゴン桜』より)
なお著明な人物では、太宰治、尾崎豊、ヘルマン・ヘッセ、マリリン・モンロー、ダイアナ妃などがBPDであったと言われています。
なお、人格障害(パーソナリティ障害)は米国精神医学会の精神障害の診断・統計マニュアル<最新のDSM-IV-TR日本語版2003年8月新訂版>では下記の10のタイプに分類されています。しかし、人間のパーソナリティ(性格、人格)には個人個人に偏りがあって当然で、正常と障害を区別するのは極めて難しいものです。ボーダーラインスケールなどの手軽なテストもありますが、自己判断ではなく、精神科医などの専門家によって客観的視点から多面的に観察してもらい、相応の時間をかけて診断を受けるべきです。
妄想性パーソナリティ障害:他人の動機を悪意のあるものと解釈するといった不信と疑い深さの様式
シゾイドパーソナリティ障害:社会的関係からの遊離および感情表現の範囲の限定の様式
失調型パーソナリティ障害:親密な関係で急に不快になること、認知的または知覚的歪曲、および行動の奇妙さの様式
反社会性パーソナリティ障害:他人の権利を無視しそれを侵害する様式
境界性パーソナリティ障害:対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の様式
演技性パーソナリティ障害:過度な情動性と人の注意を引こうとする様式
自己愛性パーソナリティ障害:誇大性、賞賛されたいという欲求、および共感性の欠如の様式
回避性パーソナリティ障害:社会的制止、不適切感、および否定的評価に対する過敏性の様式
依存性パーソナリティ障害:世話をされたいという全般的で過剰な欲求のために従属的でしがみつく行動を取る様式
強迫性パーソナリティ障害:秩序、完全主義、および統制にとらわれている様式
※なお、1~3を精神病に近いA群(奇妙で風変わりな群)、4~7をその中間のB群(演技的、感情的でうつろいやすい群)、8~10を神経症に近いC群(不安や恐怖を感じやすい群)と3つのクラスターに分類することもある。
A群)遺伝的に統合失調症気質を持っていることが多く、自閉的で妄想を持ちやすく、奇妙で風変わりな傾向があり、対人関係がうまくいかないことがある。ストレスが重大に関係することは少ないが、対人関係のストレスには影響を受ける。
B群)感情的な混乱の激しい人格障害。演劇的で、情緒的で、うつり気に見えることが多い。ストレスにかなり弱い傾向がある。
C群)不安や恐怖感が非常に強いパーソナリティ障害。まわりに対する評価や視線などが非常にストレスになり引きこもりがちな傾向がある。
※各パーソナリティ障害(人格障害)に関して詳しくはこちらへ。(ただし表記<邦訳>が改訂前の診断名になっています)
BPDの特徴
■年齢および性別に関する特徴:(1)自我同一性の問題を抱えた青年は、一時的にBPD (以下BPD)であるかのような過った印象を与えることがある。(2)明らかに女性に多い(約75%)
■有病率:一般人口の約2%、精神科外来患者の約10%、精神科入院患者の約20%と推定されている。人格障害をもつ患者の30%から60%はBPDである。(DSM-IV-TRより)
■経過:BPDの経過はかなり多様である。最も一般に、青年期から成人期早期までは慢性的な不安定さが続くが、この疾患による障害と自殺による危険性は成人でも若い時期に高く、加齢とともに低くなっていく。そしてこの障害をもつ患者の大部分は、30歳代や40歳代になれば、対人関係も職業面の機能もはるかに安定してゆく。
■家族表現様式:BPDの患者の第一度親族には、一般人口に比して、この疾患が約5倍多くみられる。また、物質関連障害、反社会性人格障害、および気分障害の家族的危険性も増加する。
■鑑別診断:BPDはしばしば気分障害と合併するが、両方の基準を満たす場合には、その両方を診断できる。他の人格障害は、ある種の特徴を共有するために、BPDと混同されることがある。患者がBPDに加えて他の一つ、またはそれ以上の人格障害の診断基準を満たしている場合には、合併して診断を下すことができる。各人格障害との鑑別点を挙げると、
演技性人格障害もまた、人の注目を集めようとすること、操作的な行動、急速に変化する情緒を特徴としているが、BPDとは、自己破壊性、親密な関係を怒って破綻させること、および慢性的な深い空虚感や孤独感によって区別される。
妄想様観念や幻覚は、BPDと分裂病人格障害の両者に存在するが、BPDでは、これらの症状が一過性で、外的構造に反応して生じる。
妄想性人格障害と自己愛性人格障害も些細な刺激に対して怒って反応するという特徴をもつが、これらの障害では、自己像が比較的安定していて、自己破壊性、衝動性、および見捨てられることに対する心配が比較的みられないという点で、BPDと区別される。
反社会性人格障害とBPDはともに操作的な行動を特徴とするが、反社会性人格障害の患者が、利益、力、または何らかの他の物質的な満足を得るために操作的なのに対して、BPDの患者は、相手の関心を得るために操作的になる。
依存性人格障害とBPDはともに見捨てられることに反応して情緒的な空虚感、強い怒り、要求を示すのに対し、依存性人格障害の患者は、相手をなだめたり従属的になろうとしたり、また、世話や支持を得るために代わりの関係を性急に求めたりする。そして、BPDの対人関係はより不安定である。
BPDは、慢性的な薬物使用に基づいて発現する症状(例:特定不能のコカイン関連障害)と区別されなければならない。BPDはまた、青年期の発達上の同一性をめぐる諸問題と区別されねばならない。
(以上『精神医学ハンドブック』p185-187, 創元社, 1998 より引用)
BPDの診断基準
精神障害の診断・統計マニュアル<DSM-IV >(米国精神医学会)
対人関係、自己像、感情の不安定及び著しい衝動性の広範な様式で成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。
以下のうち、5つ(またはそれ以上)で示される。
現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする気違いじみた努力。
注:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。
理想化とこき下ろしの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式。
同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像または自己感。
自己を傷つける可能性のある衝動性で。少なくとも2つの領域にわたるもの。
(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い。)
注:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。
自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し。
顕著な気分反応性による感情不安定性。
(例:通常は2、3時間持続し、2、3日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、イライラ、または不安。)
慢性的な空虚感。
不適切で激しい怒り、または怒りの制御困難。
(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、とっくみあいのけんかを繰り返す。)
一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離性症状。
世界保健機関国際疾病分類<ICD-10>(WHO世界保健機関)
全般的な、気分、対人関係、自己像の不安定さのパターンで、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。
以下のうち、5つ(またはそれ以上)で示される。
過剰な理想化と過小評価との両極端を揺れ動く特徴を持つ不安定で激しい対人関係の様式。
衝動的で自己を傷つける可能性のある領域の少なくとも2つにわたるもの。例えば浪費、セックス、物質常用、万引き、無謀な運転、過食。
(5に示される自殺行為や自傷行為は含まない。)
感情易変性:正常の気分から抑鬱、イライラ、または不安への著しい変動で、通常2~3時間続くが、2~3日以上続くことはめったにない。
不適切で激しい怒り。または怒りの制御が出来ないこと。例えばしばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、けんかを繰り返す。
自殺の脅し、そぶり、または自傷行為の繰り返し。
著明で持続的な同一性障害。それは以下の少なくとも2つ以上に関する不確実さとして現れる。(自己像、性嗜好、長期的目標、または職業選択、持つべき友人のタイプ、持つべき価値観。)
慢性的な空虚感。
現実の、または空想上で見捨てられることを避けようとした気違いじみた努力。(5に示される自殺行為や自傷行為は含まない。)